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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾漆


 曹操side──


苛烈に、辛辣に、狡猾に、容赦の無くなる程に。

剣戟という物は、響き渡るその音を小さく、静かに、甲高く、澄ませてゆく。

鈍く濁った打鉄の音色は、刃の搗ち合う金切り音へ、弦が弾け擦り合う琴音へ、風が撫で奏でる澄音へ。

それは昇華されてゆく。


極地ともなれば、搗ち合い断ち合う際に生じる火花を舞い散らせるだけで、音は一切しなくなる。

あまりにも早過ぎて。

あまりにも鋭過ぎて。

あまりにも精密過ぎて。

それは人の認識・知覚する領域を超えてゆくのよ。


尤も、それを理解している時点で“常人”からは遠く離れてしまっているのだと言えるのでしょうけれど。

それは仕方の無い事。

だって、雷華(夫)が其処に立っているのだもの。

私達(妻)が其処に並ぶ事を望まない理由は無いもの。

だから、当然だと言うべきなのでしょう。

それを“知る”事が出来る領域(高み)にまで辿り着くという事はね。


そんな私から見ても王累の技量は大した物。

普段積む鍛練と比べても、決して質は低くはない。

寧ろ、宅の面子の中でさえ上位に入るでしょう。

勿論、総合力ではなくて、飽く迄も純粋な武の技量の話としては、だけれど。



(総合力に関しては私達が上だと言いたい所だけれど王累には“禍刃”が有る…

だから、それだけで余裕で優位に立てるのよね…)



私には“天刃”が有るから対抗出来ているけれど。

本当に、厄介と言うよりも反則だと言えるわね。

研き上げる天賦も。

積み重ねる努力も。

培われ養う経験も。

繋いで結ぶ信頼も。

何もかもを嘲笑うかの様に凌駕してみせるのだから。

他に何と言えと言うのか。

──とまあ、そう言いたくなってしまう位に。

その存在は別格なのよ。

文字通り、存在が違う。


そんな禍刃は、王累が自ら生み出したという物。

その可能性とは間違い無く人間としての性質。

だからこそ、雷華は見抜き──危険視しているのよ。

此処で滅ぼしても“還す”事が出来無くては、孰れは復活、或いは、新たに誕生してしまうかもしれない。

そう為った時、対処出来る存在が有るか否か。

私達が紡ぎ、繋ぎ、継ぎ、託してゆく意志は有っても不可能な事は不可能。

“その意志さえ有れば”、みたいな無責任で無根拠な根性論を言う気は私達には毛頭も無いのよ。


だから、確実に還す。

王累の中に在る人間として残っている可能性を利用し確実に終わらせる。

それは、もう既に十中八九成っていると言える。

後は仕上げるだけ。

王累を倒し、討ち滅ぼす。

王累の死を以て、成る。


まるで、悪役の語る様な話だけれど、構わない。

現実は物語とは違う。

綺麗事だけで綴れる程に、現実は容易くはない。

甘く美しい夢幻に浸るより辛く苦しい現実を歩む。

その覚悟を持つ者だけが、人々を、国を、未来を。

導き、紡ぎ、繋いでゆく事が出来るのだから。





『────っ!』



高い領域で戦っている中、私達は同時に動きを止めて視線を一方向へと向けた。

勿論、互いに意識を逸らすという事はしない。

ただ一時中断しただけ。

少しでも隙を見せたなら、躊躇無く突きに掛かる気で互いに対峙している。

故に、緊張感は切れない。


そんな中での事。

僅かに感じた大地の揺れが見計らったかの様に大きく跳ね上がった。

横揺れではない、縦揺れ。

しかし、地震とは違う事は体感からして判る。

この揺れ方は噴出に近い。

“何か”が地中から地上へ向かって出ようとしているという事なのだと。

瞬時に理解出来た。


その次の瞬間、視線の先に大地という殻を破り捨てて生まれ出でるかの様にして巨躯の何かが現れた。

その周囲には軍将陣(皆)の姿と気配が有る事からして“それ”が何であるのか。

直ぐに察しが付いた。

漸く、見付けたのだと。


それは兎も角として。

見た目通りなら──いえ、認めたくはないのだけれど他の可能性が微妙な為に、仕方無く妥協してあげるのだけれど…ええ、妥協よ。

蝸牛であろう異形の存在が其処に鎮座していた。

…蝸牛と認めてしまうと、何かが負ける気がするのは気のせいだと思いたいわ。



「…これは驚いたな…

よもや、見付けられるとは思っても見なかったが…」



そう呟いた王累へと視線を向けて見れば、その呟きが嘘ではないと判る。

本当に、驚いているから。

ただまあ、そうなる王累の心境は理解は出来る。

もし、私が王累の立場なら王累以上に驚愕をしていて大きな隙を生んでしまった可能性は高いでしょう。

それ程に、現状に至るには色々と突き破られなくては届きはしないのだから。


そういう意味では、今も尚隙を見せない分だけ王累は勝っていると言える。

…まあ、人間を辞めている分だけ、といった言い方も出来るのだけれど。

それを言いはしない。



「この“結界”は地下にも当然の様に及ぶわ

だから、逃げられない

“隠し方”としては上手い方法では有ったけれど…

まだまだ甘かったわね

それ位の状況ならば子和は想定しているわよ」



──多分、だけどね。

まあ、斗詩の武具の機能は明らかに“そういう事”を意識しているもの。

“漢の浪漫”というだけで片付けるのは雷華の術中に嵌まったという事。

あの雷華(超秘密主義者)がそう簡単に真意を明かす筈なんて有り得ないもの。

“重箱の隅を突っ突く”位疑いに疑って丁度と良いと言えるのですからね。

本当、飽きさせないわ。



「成る程な…“異界”から遣って来るという意味でも此方の常識や想像を越えて遣ってくれる訳か…」


「ええ、そういう事よ」



──と言いながら、胸中で“ああ、確かにね…”と。

王累に言われて気付いて、納得していたりもする。

私は“雷華だから”が先に有るからなのでしょうね。

先に其処に行かないのは。




そんな風に話している間に彼方では戦闘が開始されて──蝸牛は倒された。

何か、色々と言いたくなる衝動に駆られるのだけれど今は無視しましょう。

主に、曹魏の誇りの為に。


それはそれとして。

件の術者が倒された為に、結界内に居た土塊兵は全て文字通りに土塊に戻る。

正直、アレを多面的に配し用いられていたとしたら、被害を皆無に抑えるという事は困難だったでしょう。

そうさせなかった辺りは、雷華の勝ちよね。

見事に王累の思考を読み、誘導したのだから。


その辺りを理解しているか否かは判らないけれど。

王累は土塊に戻った様子を見詰めながら溜め息を一つ吐いてから此方を向く。

その態度の割りに悔しさや口惜しさ、残念さといった感情は窺えない。

寧ろ、“まあ、無いのなら無いでも構わぬがな…”と余裕を感じさせる態度。

…それが事実なのだから、笑うに笑えないわね。



「やれやれ…倒されたか

となると、次は我か?」


「それは有り得ないわね

私達以外には正面に相手が出来無いと判っている以上無駄な事はしないわ

あの娘達の役目は終わり

後は、この最終戦(舞台)の終幕を見届けるだけよ

歴史には、観客(語り手)が必要でしょ?」


「フンッ…確かにな」



そう言って互いに笑うと、中断した戦いを再開する。

合図など必要は無い。

中断していたとは言っても気を抜いてはいない。

集中も切れてはいない。

飽く迄、間を置いていた。

その程度でしかない。

故に、いきなりでも私達は本気の戦いが出来る。

戻る訳でも、入る訳でも、上げる訳でもない。

即座に再開が出来る。


そんな私達の戦いだけれど変化が無い訳ではない。

途中から消えていたけれど土塊兵が居なくなった事、軍将陣(皆)が結界の際まで下がって行った事。

それにより、私達の戦いは先程までよりも、激しさを一気に増してゆく。

抑えていた枷が無くなり、解き放たれてゆく。

自然に上がる口角。

狂喜にも似た歓喜。

それは、純然たる生と死を奪い合う戦いが故に。

血が、肉が、魂が、猛る。


踏み込むだけで大地に罅と足跡が刻まれる。

着地しただけで大地が割れ地形が容易く変わる。

無数に衝突し合う刃により大気は悲鳴を上げる。

余波──“流れ刃”により大地は、岩石は切り刻まれ無惨な姿へと成り果てる。


それは到底、第三者が急に介入する事など出来無い、正しく死闘だと言える。

ただただ殺す為だけに。

ただただ死を与えようと。

二つの刃は閃く。

それを死闘と呼ばずして、何と呼べばいいのか。



──side out。



 荀或side──


土塊兵を生んでいた術者を始末し終えた軍将陣は各々二人ずつに分かれて、私達軍師陣の元へと来る。

私の所には──愛紗と凪。

因みに斗詩は飛んで行った雪那の所に居る。

その相方に為ってしまった翠は不運でしょうね。

けどまあ、取り敢えずは、御苦労様と言いましょう。



「──で、終わった途端にこんなのって無いわ…」


「……凄まじいですね…」



愚痴に近い私の呟きに対し凪は息を飲みながら素直な感想を漏らしている。

どんなに強くても、私達は何処か“普通”なままで、今も居られている。

それは多分、雷華様という“非常識”が傍に居るし、雷華様御自身が常日頃から“当たり前な日々(日常)”という物の大切さを私達に示して下さっているから。

だから、見失わないのだと改めて思い知らされる。


それ位に、今の華琳様達の戦いは桁違いと言える。

ただ、同時に視線を逸らす事も出来無いのだけれど。


それは羨望と嫉妬。

或いは憧憬と畏敬。

同じ“覇王”であっても、まだ歩みを始めたばかりの蓮華とは格が違う。

誰よりも、長く、近く。

“雷華様の(そこ)”へと立ち続けているが故に。

負けたくはないから。

負けられないから。

何より──勝ち(越え)たいと思うからこそ。

私達は目を離せない。



「…それで?」



そう私が問い掛けた相手は凪ではない。

同じ様に戦いを見詰める、愛紗に対して。

こう言っては何なのだけど軍師陣(私達)から見ても、愛紗は抜けている。

恐らく、華琳様を除いては妻(私達)の中では一番上、控え目に見ても確実に上位三指に入ると言える。

ある意味、華琳様に対して一番近い位置に居るのよ。

…蓮華には悪いけどね。



「…恐らく、皆と同じだ

“まだまだ”だ…」


「…そっか…」



何かを言おうと思えば。

言えない事は無い。

でも、意味は無いのよ。

けど、可笑しいわよね。

この状況で“嬉しい”って思っているんだから。

だから、仕方が無いわ。



──side out。



 孫権side──


稟と葵と一緒に居ながら、華琳様の戦いを見詰める。

それだけで、自然と右手の愛槍を、空いた左手を。

強く、強く、握り締める。


“…遠いわね”と思いつつ嬉しく思ってしまう辺り、私達は華琳様にも惹かれて臣従している証よね。

勿論、女として、妻として負けたままで居ようなんて微塵も思わないけれど。



「…頭では判っていても、こうして“高み(それ)”を目の当たりにすると嫌でも思ってしまいますね…」



そう呟く稟の気持ちを私は直ぐに理解出来た。

軍師と軍将。

それは役職だけではなく、至れる違いでもある。

私達全員が“同じ”である必要なんて無い。

違っていて構わない。

違っていて当然。

各々が各々のままに歩み、至る事が大事なのだから。


けれど、そうは言っても、羨ましいと思うのよ。

違うからこそ。

自分では至れないが故に。

強烈に、惹かれてしまう。

それは仕方の無い事。

誰にでも有る事だもの。

だから、可笑しくない。

悪い事ではない。

其処からしか得られない、そういう事も有るのよ。

ただ、見失っては駄目。

必ずしも導いてくれる人が居るとは限らないもの。

嘗ての私がそうだった様に抜け出せなくなるから。


そういう意味では葵とかは強いと思うわ。

今も華琳様の戦いを見詰め其処から少しでも学び取り自らを高める糧を得ようと貪欲に集中している。

勿論、私や稟も同じよ。

ただ、集中力の差は各々に有るというだけでね。


でも、それでいいのよ。

“歩みを揃える”事だけが正しい訳ではない。

違うから価値が有るの。

違うから意味が有るの。

そうよね、雷華様。



──side out。



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