肆拾肆
「だが、如何に“天刃”を手にしていようとも貴様が必ずしも我を討ち倒せる等とは思わぬ事だな」
「御忠告、どうも
けれど、安心して頂戴
出来もしない事を口にする程に愚かではないわ」
互いに不敵に嗤い合う。
単純な挑発ではない。
意志という刃を撃ち合わせ斬り付けている。
そう、戦いは既に始まっているのだから。
それと自然と出た言葉。
雷華の真似では有るけど、私自身の意志でも有る。
無責任な発言はしない。
言葉とは“言刃”である。
その事を常とし、自らに、他者に当然とする為に。
雷華が自ら示してきている事でも有るのだから。
それを妻(私)が蔑ろにする事なんて出来る訳が無い。
妻の、女の誇りに懸けて。
そんな事を思考の片隅にて思い浮かべながらも視線と意識は王累に向いている。
そして──唐突に、同時に私達は動き出す。
『──っ!!』
ギッギィンッ!!、と綺麗な甲高い音を辺りに響かせて打付かり合った刃。
私の視線は自然と、王累の手元へと向いていた。
王累の右手に握られている目障りな程に眩い黄金色に輝いている長剣。
剣身や鍔の装飾も華美で、実用性よりも美術品という印象が強い一振り。
しかし、その存在感のまま油断の出来無い存在である事を強く感じ取る。
「…成る程ね、それが例の“禍刃”という事ね」
鍔迫り合いをしながらも、静かに話し掛ける。
“禍刃”とは私達の天刃と対極に位置をしている存在──という訳ではない。
単純に、過去の敗北に因り王累が生み出した対抗策。
天刃に抗う為の力。
それだけでしかない。
まあ、その威力等は十分に人々の脅威なのだけれど。
“その程度の事”を、一々気にしていたら王累と戦う事なんて出来無いもの。
そんな私の反応を見ながら呆れた様に王累は溜め息を吐いてから、声を出す。
「…やれやれ…貴様等には本当に面白味が掛けるな…
少しは素直に驚いてみたらどうなのだ?
初めて眼にするのだぞ?
存在を如何に知識としては知っていようとも、少しは驚いてもよかろう?
貴様等の切り札でも有る、天刃と撃ち合うのだから」
「予備知識が有るという事は否定はしないわ
けれど、そうではなくても一々驚いていたら集中力を保ち続けられないもの
逆に言えば、その程度では私達は集中力を切らす事は無いという事よ
尤も、そういう風に私達は鍛え上げられているというべきでしょうけれどね」
「フンッ…熟、腹立たしい男だな、貴様の夫は」
「それは否定しないわ
私達でさえ、掌で踊らせる容赦の無さだもの」
ええ、そういう意味でなら雷華以上に腹を立てられる相手も居ないわね。
私に限らず、誰しもが。
未だに誰一人として雷華の本気には勝ててはいない。
見た目の美しさに反して、可愛さの欠片も無い。
それでも其処を目指すのは惚れた弱みでしょうね。
「…理解する気は無いが、貴様等夫婦は理解に苦しむ様な存在だな」
「それはそうでしょうね
私達夫婦の在り方に関して他者に理解を求めてなんていないもの
それは私達だけの物であり他者に望む事ではないわ
まあ、真似出来るものなら遣ってみるのは自由だから構わないけれどね」
真似なんて出来無い事を、私達自身が知っている。
何故なら、私達の関係とは雷華が在ってこそ。
何かを削って、というなら出来るでしょうけど。
“そっくりそのままに”は不可能だと言える。
私や皆を真似する、という事も至難でしょうしね。
「まあ、それは兎も角…
その禍刃にも名前くらいは有るのでしょう?」
「…まあ、良かろう
確と覚えよ!、我が禍刃・“闇斷帝”!
絶望と滅亡を齎せし世界の黄昏を宿す剣よっ!」
ふむ…“闇斷帝”、ね。
世界の黄昏(終焉)を宿し、闇すらも断絶する、という感じかしらね。
無駄な程に黄金色な辺りも黄昏の色へと掛かっている──のかしらね。
単に、王累の趣味だという可能性を否定出来無いのは“そういう”実例を、私が知っている為ね。
此処でも無駄に顔を出して来る辺りが鬱陶しいわ。
…それは兎も角として。
悪くはないけど、悪役には不釣り合いな名前ね。
闇を名に冠している辺りはそれっぽいのだけれど。
………何故かしらね。
そういう事を遣らせると、誰よりも生き生きしそうな“誰かさん”の、得意気な悪役嗤い(笑顔)が頭に思い浮かんでくるのは。
本当、困った夫ね。
「覚えて置けと言われても天刃と同様に残りはしない存在でしょう?
終わっても“戦利品”にも為らないのなら覚えて置く意味が無いわ」
そう言った瞬間に、王累は眉根を顰めて表情に不満を露にする。
その様子に覚えが有る様な感覚が湧いてくる。
但し、その感覚は気持ちを氷点下にまで冷ます。
同時に、何かが張り詰めて切れる寸前にまで至る。
そう、寸前にまで。
「…おい、貴様には戦いの醍醐味は無いのか?
其処は“そう…それなら、その名を墓碑銘の代わりに覚えて置きましょう”とか言うべき場面だろう?」
「…何?、まさか此処で、それが“漢の浪漫だ”とか何とか巫山戯た戯言なんて言わないでしょうね?」
「ああ、そのま──」
「大体ね、私達は女よ
それが何?、漢の浪漫?
解る訳無いでしょうがっ!
それを理解しろ?
巫山戯ているのかしら?
それならば先に“女心”を理解して見せないよっ!
ほらっ、どうしたの?!
さあっ!、さあっ!!
偉そうに言う位なのだから出来るのよねっ?!」
「…ぁあ…いや…すまぬ…
その、我が悪かっ──」
「はあ?、何を勝手な事を言っているのかしら?
私は、“出来るのか?”と訊いているのよ?
それ意外の返答を一体誰が許したのかしら?
大体ね、男だからと──」
ふぅっ…スッキリしたわ。
色々と溜まっていた鬱憤が綺麗に消えていったわね。
まさか、戦場(こんな所)でこんなにも清々しい気持ちになれるだなんて思っても見なかったわ。
この世の中、何処で、何が有るのか判らないものね。
良くも悪くも、だけれど。
「…くっ…何故、我が…」
…まあ、今も私の目の前で正座している王累について考えるのは止めましょう。
折角得た爽快感が台無しに為ってしまうもの。
此処は綺麗さっぱりと切り替えていかないとね。
タンッ…と後ろに飛び退き距離を取って構え直す。
「さあ、時間が惜しいわ
未来を掴むのが何方等かを決めましょう」
「…このっ…」
「何かしら?」
「………ああ、そうだな
そうするとしよう
だが、最後に嗤うのは我で貴様等ではないがな!」
ニッコリ…と王累に笑って見せれば、“忘れる様に”頭を振って立ち上がると、禍刃を私に向けて叫ぶ。
互いに気合いは十分。
留まる理由も無し。
先に仕掛けたのは王累。
愚直と言える程に真っ直ぐ私に向かって接近すると、禍刃を振り抜いた。
それを前に出て打ち逸らし王累と入れ替わる様にして擦れ違うと即座に反転。
同様に王累の方も反転。
振り向きながら振り抜いた両者の刃が搗ち合う。
「死ね!、糞女がっ!」
「随分な言われようね!
先程までは“日輪だ”等と言っていたのではなかったのかしらっ?!」
「知らんな!、そんな昔の事は忘れたわっ!」
「あら、痴呆の始まり?!
まあ、そうなっても特には可笑しくないでしょうね!
十分過ぎる程に生きてきた不老不死(死に損ない)な訳でしょうからっ!」
「この減らず口目が!
貴様の口に“慎み”という物は無いのかっ?!」
「御生憎様ね!
慎む理由も無ければ礼節を重んじる相手ではない以上遣る意味が無いわ!」
「目上を敬うという意思は何処に行ったっ?!」
「歳を取っているだけでは敬う理由には為らないわ!
敬うだけの人物だからこそ敬う気持ちを懐くのよ!
それが出来無い相手なんて単なる老害よっ!」
「今の言葉は世の老人共を敵に回したぞっ!」
「敵に回って結構よ!
その程度でしかない者達を敬う理由は無いもの!
と言うか、さっきから何?!
まさか敬われなかったから世界を滅ぼそうだとかいう巫山戯た理由で私達に対し喧嘩を売ったのっ?!
だとしたら滑稽ねっ!」
「戯けがっ!
そんな筈が有るかっ!」
激しい応酬は言葉だけには留まらず、二つの刃もまた激しく剣戟を響かせる。
搗ち合う度に弾ける燐光は宛ら火花の様に舞い散る。
──side out。
周瑜side──
“八卦晶界陣”を敷けば、後は維持するだけ。
特に調整を必要とする様な事でもなく、本当に状態を維持するだけなのだ。
勿論、氣の技量の殆んどを維持の為に割くのだが。
そうしても問題は無い。
身の危険が迫る様な事態は先ず起きないだろう。
仮に、何か起きたとしても“結界”の内には軍将陣が顔を揃えているのだ。
彼女達が対処してくれる。
そう、それ故に私達は暇を持て余す事となる。
移動は出来無いからな。
《本当、そうですよね…
あっ、4五角です》
《──っ!、…………》
《こうして実際に実践にて使用してみる事で、初めて理解出来た気がします…
私達の“普通”が何れだけ非常識なのかと…》
《…それも雷華様の狙いの御一つ、なんですよね…
………6八銀、です…》
《雷華様ですからね
まあ、皆から色々言われる事でしょうけど…
其処は自業自得ですから》
《愚痴では済まないという事も御承知でしょうが…
それならば、私達も存分に“要求”出来ますからね
……ん、1七桂です》
《尤も、雷華様の体力より時間の方が問題です
…この時間のズレの現象、利用出来ませんか?》
《雷華様ならば、の話だな
少なくとも私達には利用は難しい事だろう
諦めておけ、泉里》
──とまあ、こんな感じで繋いで談笑している位しか出来無いのだが。
ああ、因みに目隠し将棋を遣っているのは半分。
月vs桂花、螢vs稟だ。
他は観戦しながら雑談をし次の自分達の番に備えての策を練っている。
そんな対局の戦況なのだが前者は月が大きく優勢で、後者は拮抗している。
まあ、桂花の場合は攻めに攻め過ぎた結果だがな。
遊びだから色々と試す事は悪い事ではない。
其処から学ぶ事、見える事というのは確かに有るし、雷華様も大事にされている事でも有るからな。
ただ、負けるが嫌ならば、最初から試すな。
試す以上は勝ち負けよりも経験値を優先しろ。
今にも歯軋りと罵詈雑言が聴こえてきそうだぞ。
《──それにしても一向に減る気がしませんね…》
そう呟いたのは雪那。
動く事は出来無いのだが、視覚は生きている。
視界の中で軍将陣を相手に相変わらず蹂躙され続ける土塊兵の群れは、言葉通り減る気配が無い。
私達も探知を手伝えたなら良かったのだが。
生憎と、この結界の維持は氣量よりも技術的に集中し費やさなくてならない。
その結果、探知等を遣れる余裕は無いのだ。
“纉葉”を介して繋いでの会話とは違ってな。
尚、纉葉を利用して探知を試みるという案も出たが…技術的に割くのが厳しく、実行には至らなかった。
《華琳様が王累との戦いを始めていらっしゃいますし王累自身、という可能性は無くなりましたね》
《元より低かったしな…
だが、そうだとすると中々厄介な仕掛けだな…》
《…やはり、結界内を移動していると考えるべきなのでしょうね…》
《そうなのでしょうけど…
地上には居ないとなると、地中という事ですか…》
《結界の性質上、逃がしはしないでしょうが…
見付け出すのは中々に骨が折れるでしょうね》
その言葉に皆、黙る。
出来る・出来無いという事ではない。
単純に、大変だからだ。
実際に遣るのは軍将陣で、私達は手伝えない。
その事に対して後ろめたいという気持ちは無い。
私達には私達の。
彼女達には彼女達の。
各々に担う役目が有る。
それが違うというだけ。
だから、其処は問題無い。
問題なのは──
《…その後始末って、絶対大変なんでしょうね…》
──そう、其処が問題だ。
斗詩は強制参加だろうが。
誰が担当者になるのか。
実に頭の痛い問題だ。
──side out。




