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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾参


しかし、飽く迄も可能性。

その域を出はしない。

けれど、王累は怖れた。

不老不死(己)にとっては、それこそが唯一の天敵(死)で有るが故に。

そう、王累こそ不老不死が完全ではない事を誰よりも理解しているという訳よ。


そう言われた王累の表情は親の仇を睨むかの様に。

憤怒と憎悪に歪む。

判ってはいた事でしょう。

しかし、こういう風に己の心中を暴かれてしまっては決して、いい気はしない。

苛立ちや不愉快さを嫌でも感じてしまうでしょう。

それは自尊心が強い者程に顕著に表れてくるのよ。



「未知(解らない)、という事は恐怖よね…

既知である範疇であれば、想像が及ぶし対処する事も出来無くはないわ

けれど、何も解らない以上想像には限界が有る

想定外と一口に言っても、その内容は大きく二種類に分けられるでしょう

対処可能な範疇である物と対処不可能な物…

今回は後者という事…

知っているのでしょう?

唯一“アレ”を扱えるのは“適格者”だけ…

けれど、その“顕現”には二人の存在が必要な場合が有るという事をね」



挑発・嘲笑するかの様に、口角を上げて言い切る。

単なる推測ではない。

全てを知っているからこそ言い切れるだけ。

知らなければ、強がりでも私は言い切れない。

“口は禍の門”──迂闊な情報の漏洩が齎す怖さを、嫌という程知っている。

いえ、思い知らされていると言うべきでしょうね。

“誰かさん”に。


そんな私を睨み付けながら王累は眉根を更に顰める。



「其処まで判っていながら何故、貴様は揺れぬ?

如何に貴様の夫が此処へと戻って来られるとしても、それが何時の事なのか…

確証の無い確信だけでは、腑に落ちぬ…

何が貴様を退かせぬ?」



その言葉を聞いてしまえば思わず上がる口角を抑える事は難しいでしょう。

だって、こんなにも愉快な状況は無いもの。

力に酔い、溺れ、浸る。

その気持ちが理解出来る。

優越感・愉悦という感覚は厄介過ぎる物だと。

勿論、それに飲まれる様な事は有り得ない。



「“アレ”の顕現の為には“天の御遣い”三人全てが揃っている事が前提条件…

それは間違い無いわ

過去、幾度も辛酸を舐めて知っている通りにね

けれど、“天の御遣い”の召喚は今回で最後…

“三天の召器”は失われ、“龍族”も死に絶えた今、新たな召喚は出来無いわ

そういう意味では、私達が死ぬまで待っていられたら楽勝だったのかもね

でも、そうは為らなかった

それは子和の功ではないわ

還って逝った龍族の意志、歴代の適格者達の勝利よ

決して抗えず、拭えない、“絶たなくては為らない”という恐怖心を刻み付けた先達の命の聖痕(しるし)が逃げる事を赦さなかった

ふふっ…解るかしら?

最初から敗けていたのよ

子和に、私達に関わった、その時点でね

魂魄へと刻まれた恐怖に、繋がり継がれる人の意志に敗れていたのよ」





言われて初めて理解し──そして、気付く。

単純な恐怖心ではない。

自分に辛酸を舐めさせた、忌まわしき存在達が。

自分が否定した存在達が。

自分を、生かさせなかった(逃がさなかった)事を。


今、王累は初めて知る。



「如何に子和でも逃げられ隠れられては、ね…

私達が人間である以上は、寿命(とき)には抗えない

“アレ”は特殊な故に遺す事は出来無いもの

だけど、その心配は無いと私達は判っていた

恐怖心(過去)が必ず私達の前に引き摺り出す、と…

私達は確信していたのよ

だから、私達からは無闇に動かなかった

まあ、上手く誘い出す為に“勘違い”をさせる意図も有ったのだけれど…

それは既に言った事だから今更でしょうね」



そう言って不敵に嗤う。

事実、私達は彼女と会って話を聞いてから、その事を確信していた。

まあ、当の彼女達は狙って遣っていた訳ではない。

ただただ一心に未来を繋ぐ為に戦い抜いただけ。

決して意図してはいない。

だからこそ、王累は気付く事が出来無かった。

だからこそ、王累の魂魄に刻み付ける事が出来た。

生きた“人の意志”こそが王累にとっての、何よりの恐怖なのだから。

自分が捨てた物だからこそ否定していた。

滅ぼそうとする訳よ。


静かに俯いた王累。

その胸中は読めないけれど終わる訳は無い。

まだ、これから。

だから、気は抜かない。



「…そう、なのだろうな…

ああ、その通りだな

貴様の言う様に、貴様等が死ぬのを待てば良かった

我は不老不死なのだからな

それが最も確実だろう

…だが、理解していても、出来無かっただろうがな」


「まあ、そうでしょうね」



顔を上げた王累の眼差しを真っ直ぐに受け止める。

これまでの見下し続けた、自分の優位を全く疑わない余裕綽々な態度とは違う。

漸く、私達を認めた。

漸く、自分を理解した。



「そうだ、そうなのだな…

嘗ての我であれば、それを迷わず選んだだろう…

だが、今は出来ぬ…

今の我には選べぬな…

それでは、意味が無い!

貴様をっ!、奴をっ!

全てを討ち倒した先にしか我が望む勝利は無いっ!」



右手を強く握り締めながら私を見据えて、叫ぶ。

同時に叩き付けられるのは王累が初めて見せる闘志。

殺気や戦意とは違う。

憤怒や憎悪とも違う。

それは、敗け続けた相手を撃ち負かしたいという。

とても単純な感情。

王累が捨てた筈の人の情。

しかし、人と対峙する故に知らず知らずに裡に甦った王累の人としての未練。



「そう、それでいいのよ

この“世界”の行く末?、愚かな人間に失望した?

そんな下らない理由なんて要らないのよ

“存在が気に入らない”

それ位に自分勝手な理由で丁度良いのよ

この戦いに大義など不要

ただただ己が信念と存在を貫く為に死合うだけ

その後の事は生者(勝者)の好きにすれば良いのよ」





ごちゃごちゃと考え過ぎて本質を見失っている。

そんな相手と戦ったって、何も面白くはないわ。

何の意味も価値も無い。

それならば何処かに出向き賊徒の一団辺りを一つでも潰していた方が増しだわ。


だから、漸く、ね。

漸く、戦いを始められる。

その事に笑みが浮かぶ。



「…やはり、貴様等夫婦は気に入らんな…」


「それは、お互い様よ」



負け惜しみみたいに言った王累の一言に、軽口の様に私は短く返す。

しかし、先程までとは違う雰囲気が流れている。


極端な話、王累自身もまた被害者と言える訳よ。

だから“憑き物”が落ちた様な表情を今、見せる訳。



(全く…本当に面倒過ぎる仕事を押し付けて…

帰ってきたら、どうなるか覚えていなさいよ?)



そう、全ては計画通り。

不老不死の王累を討ち破る事は出来ても、もう二度と甦らない様に完全に滅し、“還す”為には必要不可欠だったりするのよ。

王累に残った“人の心”を解き放ち、引き出す事が。

つまりは、“死を正しい物として受け入れさせる”為という事らしいわ。

その辺りは雷華の指示通り従っているだけだから私は詳しくは判らないけれど。

まあ、“何と無く解る”と言えるでしょうね。

その意味としては。


尤も、遣り方は私任せで、四苦八苦させられていた事は絶対に言わないわ。

面白くないもの。



「だが、どうする気だ?

奴が居ない以上、我を討つ術は無いのだろう?

“アレ”以外では我を討つ事は出来ぬからな」


「勿論、知っているわよ

何度も言うけれど、子和が何の策も無く、こんな事を遣らせる訳が無いでしょ?

ちゃんと用意して有るわ」


「フンッ…では見せてみよ

その策とやらを」


「ええ、見せてあげるわ

私達二人にだけ与えられた最初にして最後の奇跡…

全てが積み重なり紡がれた必然という結実…

適格者の証たる“アレ”を──“天刃”をねっ!」


「──馬鹿なっ!?

貴様が使える筈が──」


「──論より証拠よっ!

刮目して見なさないっ!」



右手に持つ細剣を左手へと持ち替えると、私は右手を振り上げ、天へと翳す。

そして何も無い筈の虚空を“しっかりと”掴む。

鞘から引き抜くのと同様に右手を頭上から正面へと。

躊躇う事無く降り下ろす。


その次の瞬間。

私と王累の視界を横切って虚空が静かに閃いた。

光とは違う。

それは不可思議な耀き。

けれど、それが何なのかを理解する事は難しい。

それは、そういう物。


その閃きの導く先に。

真っ直ぐに王累へと向けて伸ばされた私の右手には、一振りの刃が在った。




それは葵が雷華から継いだ太刀と似た形の片刃の剣。

全長は凡そ90cm。

一点の曇りも無い蒼い刃は長さ凡そ60cm。

独特の反りを持った刀身。

私は知っている。

“彼方”では“日本刀”と呼ばれる武器であると。

そして、多才な雷華が最も得意としている得物だと。

だからまあ、葵が大太刀を与えられた時には、内心は穏やかではなかったわね。

私には、この子が有るから仕方が無いのだけれど。

ただ、嫉妬してしまうのは仕方が無いでしょう。

私だって“女”だから。


…それは兎も角として。

太刀を凝視しながら王累は唇を小さく震わせる。

天刃が此処に在る事に?。

不老不死(自分)を滅ぼせる唯一の存在である天刃を、私が手にしているから?。

天刃を目視した事で、死をはっきりと感じたから?。

否、何れも否よ。

何故ならば、王累の口角は上がっているのだから。

それは明らかな歓喜。

狂喜だとさえ言える。



「子和と私の為に生まれた私達だけの“対天刃”…

適格者が子和だけであり、子和と私だったからこそ、この子達は生まれたのよ

そして、この子こそが私の天刃である──“蒼天光絽(そうてんこうろ)”よ」



見せ付ける様に一振りし、刀身を閃かせる。

燐光とは違う、耀き。

眩しさを伴わない優しく、淡く、力強い、虹彩を纏う不可思議な耀きが舞う。


それを見て、納得した様に王累の表情は落ち着く。

もう少し、驚愕に染まった姿を楽しみたい所だけれど──仕方が無いわね。

惜しい気はするけれど。



「…フフッ…クククッ…

まさか、この様な策を用意していたとはな…」


「想像、出来たかしら?」


「いいや、不可能だ…

過去、幾度となく我を討ち倒してきた天刃を見間違う事など有り得ぬが…

この様な事は初めてだ

顕現に必要な存在も無く、しかも、“命の宿り木”が個人で顕現し得るなどと…いや、そうか…

成る程な、だからか…」





自己と向き合い、受け入れ視野が広く為った様ね。

直ぐに気付けるだなんて。



「“結魂”の副産物、とは言い難いかしらね

それにしては過大な恩恵と言えなくもないのだから」



理屈としては単純な話。

適格者である雷華と結魂し繋がった命の宿り木である私にも適格者として天刃を手にする資格が与えられた──というだけの事。

まあ、そんな簡単に結論を出せる事ではないけれど。

そう成ったのは事実であり覆しようの無い事。

それに雷華達でさえ詳しい事は解らないのよ。

私に解る訳が無いわ。

だから、気にしない。

“気にしたら負け”だって散々理解しているもの。

そういう事なのよ。



「確かに…普通ならばな

貴様等が特別である事を、熟思い知らされる…

貴様等、本当に人間か?」


「あら、失礼ね…

私達程、人間らしい人間はそうは居ないわよ?」


「…貴様等がか?」


「ええ、勿論よ

“人間とは不完全で在るが故に無限の可能性を持つ”というのが子和の持論よ

その可能性は良くも悪くも成り得るけれど…

それは全て己次第よ

己の可能性を捨てない限り路は閉ざされないわ

だから、私達は進むのよ

現時点(こんな所)でなんて満足出来る訳が無いもの

私達は欲張りなのよ

人間が人間である根源が、欲望である様にね」


「…そういう意味でならば確かに貴様等は人間らしいと言えるのだろうな」



呆れた様な、しかし一方で納得したという顔を見せる王累を見て、私も笑う。

別に“認めらたから”等と言うつもりはない。

少なくとも私達は他者から認められる為に望んでいる訳ではない。

自分以外という意味でなら間違ってはいないけれど。


ただ、王累が対峙する私を対等の敵と認めたから。

それだけよ。




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