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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾弐


王累から少し離れて止まり視界を紫に染めるかの様に煌々と耀く細剣を一振りし纏った“司天”を散らし、一息吐いてから振り向く。



「──判ってはいたけど…

まあ、そうでしょうね」



視線の先には、無傷の姿で立っている王累。

ゆっくりと此方へ振り向き嘲笑する様に口角を上げて私を見据えてくる。

…見下ろしている、と言う方が的確でしょうね。

視線の位置関係ではなく、彼我の立場的な意味で。


チラッ…と視線を右手へと落として細剣の刃を見る。

別に可笑しな点は無い。

この子が刃毀れする事など有り得ないし、特に異常が起きている訳でもない。

そんなに柔じゃないもの。

何より、手応えは有った。

確かに、肉を、骨を断った感触は有ったのだから。

しかし、現実として王累は無傷なのも確かな事。

では、その答えは何か。



「素晴らしい物だろう?

“不老不死”というのは」



右手を上げ先程私が斬った痕跡を辿る様にして身体を撫でて見せる。

それは明きからな挑発行為なのだと見て取れる。

だから、乗ってしまう事は愚かな事だと言える。

だけれどね、腹が立つ物は腹が立つのよ。

どうしようもないわ。

そういう物だもの。


…それは兎も角として。

王累が言う様に不老不死が正体だと言えるでしょう。

但し、一口に“不老不死”だと言っても様々なのよ。

それは雷華が“硬気功”が強化・放出・操作の何れに属するかを私達に訊いた、あの質問と同じ様に。

結果と過程とが、必ずしも一つだとは限らない。

一致するとは限らない。

ただ、事実としてみたなら否定は出来無いだけ。



(“澱”ですら倒せるのに通じないなんてね…

出鱈目もいい所だわ…

全く…何をどう遣ったら、其処まで歪められるのか…

逆の意味で感心するわね)



“不老不死”、それを望む権力者や思想家は多い。

“永遠の生命”という物に魅入られ、狂い、踏み外し破滅する者ばかりだが。

後を絶たないのも事実。

見果てぬ夢幻は限り無く、心を惹き付け、魅了して、呪鎖の様に絡み付く。

望めば望む程に絡まって、自らを縛ってゆく。

それは宛ら蜘蛛の絲。

最後は結局、喰われ逝く。

何よりも忌避し、恐怖した死という名の捕食者に。



(…だからこそ、よね

雷華に惹かれるのは…)



不老不死と為った存在には不必要な事だから理解する事さえ出来無くなる。

だから私達は何が有ろうとそんな物は望まない。


私達は“女”なのよ。

生きて、命を紡ぎ、繋ぐ。

意志と血の繋がり。

生命の営みと育み。

本能として知っている。

それが尊いという事を。

それが愛しいという事を。

それが歓喜である事を。

それを私達に示してくれて教え、与えてくれる。

そんな雷華だからこそ。

私は、私達は、望むのよ。

共に歩み、生きて、紡ぎ、育み、繋ぐ事を。


故に、相容れない。

不老不死(そんな)輩とは。




そんな事を考えているから反応は自然と薄くなる。

当然、見ている方に思考が伝わる訳ではないのだし、それを見抜けたり理解する事が出来る関係ではない。

よって、それを見ていれば不遜、或いは不敵な態度に思える事でしょう。

そして、それは今の王累も同じだという事。



「フン…面白くはないが、貴様は“日輪”と呼ぶべき存在、間違う事無き稀代の英傑の様だな…」



言葉通り面白くなさそうに鼻を鳴らし、不機嫌な事を隠す事無く晒す王累。

その言葉は称賛と言っても間違いは無いでしょう。

“災厄”からの称賛と有り少々微妙な気になるけれど悪い気はしない。

敵対者からでも称賛される存在であるという事自体が類い稀な事なのだから。


ただ、そう言われても私の心は感動などしない。

まだ、秦王政からの言葉の方が嬉しいわね。

──という事ではない。

その比喩に引っ掛かった為だったりする。



「日輪、ね…」


「何だ、その反応?

我が賛辞を受けて、まさか不服だと言うのか?」


「別に誰にどう評されても私は気にしないわ

唯一人を除いてはね」



そう惚気て見せる。

勿論、嘘偽りは無い。

私にとっての真の賛辞とは雷華からの言葉のみ。

身内からの賛辞なら普通に嬉しいでしょうけど。

歓喜には程遠い。

…まあ、そういう風にまで雷華の色に“染められた”という事なのだけれど。

そう考えるだけでも自然と嬉しくなるから困るわ。



「何処までも生意気な…」


「当然でしょう?

それよりも──知っているかしら?

日輪というのは地上からは眩く、尊い存在だけれど…

実は物凄い熱量の大塊で、本来は誰も近寄る事なんて出来無いのよ

故に、宇宙(そら)に置いて日輪は孤独・孤高なの

その事を知ってしまうと、そんな存在に例えられても素直には喜べないのよ」


「…まさか、寂しいとでも言いたいのか?」


「ええ、寂しいわね

一度でも繋がり(温もり)を知ってしまったら、特に…

ただ、日輪にも寄り添える存在が有るのよ

それが何か判るかしら?」


「…月、という所か?」


「ある意味では間違いでは無いでしょうね…

月は“寄り添う者”として代名詞の様な物だから…

けれどね、違うわ」



勿体振った様に言いながら肩を竦めてみせる。

そんな私の態度に対して、王累は苛立ちを見せる。



「難しい話ではないわ

日輪に寄り添う存在とは、日輪が耀く場所…

そう、天空(そら)こそが、日輪にとっては欠かせない必要不可欠な存在…

即ち、寄り添う存在よ」


「…惰弱な考えだな」


「まあ、そういう風にしか思えないでしょうね…

理解を求めはしないわ

人間に絶望し、見限って、人外に堕ちた者には、ね」



更に挑発する様に言う。

けれど、それは本心。

理解し合う気など無い。

私達と王累は対極。

決して、相容れない存在。

ただ滅ぼし合うだけ。





「ああ、その通りだ

そして、我は手に入れた!

この不老不死をっ!

人間を滅ぼす力をっ!」



愉悦に浸り、力に酔う様に王累は嗤い、両手を広げて天を仰いだ。


そんな姿に、言い様の無い悲哀と憐憫を懐く。

王累自身に対してではなく人間という存在に対して。

判っていても、同じ過ちを繰り返してしまう人間に。

それを正す事も止める事も出来無い人間に。

失望に似た感情が湧く。


しかし、同時に仕方が無い事なのだとも思う。

人間は“群れ”を形成して生きる動物である。

稀に“はぐれ”が出るが、基本的には社会という枠に属して生活をする。

その社会構造その物こそが最大の害悪なのだけれど、如何なる世界にも、雷華の様な存在が居る訳ではなく数多くの世界が、社会が、人々が試行錯誤をしながら形成している。



(知れば知る程に、人間は愚かしいと思うわ…

だから、王累の様に堕ちる者達の思考は判る…

勿論、私達に堕ちる気など微塵も無いけれどね…)



其方等へは進みはしない。

でも、理解は出来る。

王累個人に対して、という事ではなくて。

そういう者達として。


“世界平和”を謳いながら武力を振り翳し、力強くで支配しようする。

そんな、劉備の様な輩達は何処にでもいる。

場所も、時代も、世界すら超えても、ね。

そういった意味でならば、劉備なんて俗物な訳よ。

大して珍しくもない。

こういう時代の節目節目に一人は必ず台頭してくる。

人間の弱さを己が利とする事が出来る。

所謂、“御輿”には最適な暗愚な夢想家がね。


勿論、その存在を許容し、好んで迎え入れてしまう。

そういう民衆の弱さこそが間違いの元凶なのだけれど指摘は出来無い。

可能・不可能といった問題ではなく、無意味だから。

その弱さに向き合えるなら人々は道を間違えはせず、世の中は真に世界平和へと疾うに至っている。

けれど、そうではないから世の中からは政争・戦争が消え去りはしない。



(雷華の様な人物なんて、稀では利かないわ…

存在自体が奇跡なのよ

だからこそ、思うもの

それを引き当てた昔の私を心底誉めてあげたいと…)



これは惚気ではないわ。

素直に、感心しているの。

もし、私が少しでも妥協を考えていたら、私の元には雷華は居なかった。

劉備は当然として、孫策の元にも現れなかった…筈。

其処はまあ、可能性だから否定はし切れないわ。

私が違っているとするなら孫策も、劉備でさえ違った可能性は有り得るもの。


ただ、現実は変わらない。

だから、この話は飽く迄も“たられば”なのよ。

何処まで行ってもね。




そんな事を考えている間に王累は私に向き直る。

勿論、その間に油断したり意識を逸らしてはいない。



「如何に貴様等が強くとも不老不死の我を倒す事など出来はせぬぞ?」


「そうね、厄介な物だわ

けれど、大事な事を忘れていないかしら?

その不老不死(紛い物)には天敵が存在する事を」



王累とて判っている。

幾度も辛酸を舐めたのだ。

失念などしていない。

それを理解しているが故に敢えて指摘する。

古い傷痕を抉る様に。

思い出させる。

平静を奪い兼ねない程の、憎悪と恐怖をね。



「忘れる?、“アレ”を?

クククッ…有り得んっ!

我が憎き“アレ”を忘れる事など有りはしないっ!」



狙い通り──と言いたい所だけれど、残念ね。

どうやら、私が思う程には効果が薄かったみたい。


激昂したかに思えた王累は直ぐに冷静に為った。

先程のは、“お約束”的な演出でしょう。

仮に本気だったとしても、その程度という事。

役には立たないわね。



「まあ、忘れられるのなら忘れてしまいたいがな…

ただ、それは直ぐに叶う

貴様等を討ち滅ぼせばな」


「そうでしょうね…

けれど、“アレ”に対する警戒心は消えていない

だからなのよね?

劉備達を唆し、私や孫策が此処に集まる様に仕向け、纏めて始末しようと目論み実行したのは」



そう返した瞬間。

余裕綽々だった筈の王累の表情が僅かに強張ったのを私は見逃さなかった。

同時に理解もする。

それが意図的な物ではなく素の反応だという事を。

私は経験で見極める。


伊達に秘密主義者(雷華)の妻は遣ってはいないのよ。

雷華に比べれば王累程度は可愛い物だもの。

…まあ、それを自慢しても良いのかは悩むわね。

雷華が、そういう人だって判っている私達は兎も角、普通は首を傾げるもの。

秘密主義者の夫だなんて。

本当、私達は客観的に見て考えると可笑しな夫婦ね。

まあ、真似が出来る程度の夫婦ではないのだから。

仕方が無いわよね。





「気付かないと思った?

まあ、劉備達は別にしても孫策達は違う…

だから、狙ったのよね?

二人を排除出来れば良し、最低でも結果的に此処から離れさせる事が出来れば、それで十分だった…

万が一を、怖れるが故に…

何か違ったかしら?」


「………っ…」



ギギギリィッ…と、奥歯を噛み締める嫌な音が今にも聞こえて来そうな形相で、王累は私を睨み付ける。

そう、屈辱的よね。

自分が理解している根幹に刻み込まれている恐怖等を暴き出されるというのは。

恥辱も混じれば倍増よ。

…どうして判るのか?、と訊いたら殺すわ。

エェ、殺シテアゲルワ。


──と、危ない危ない。

脱線し掛けたわね。



「“適格者”である子和を排除してしまう事が、最も効果的であり安全を確かな物とする事が出来る…

そう考えたから例の二人を使って、弾き出す為の術を施行させた

その時点で、最大の危険は消え去った筈…

にも関わらず、態々私達を此処に集めた

その理由を考えないなんて有り得ると思う?

ええ、そうでしょうね

そんな馬鹿が相手だったら小細工する必要は無いわ

けれど、そうではない

それが判っているからこそ万が一を怖れたのよ

適格者に至っていた子和が外に弾き出された事により生じるであろう可能性──適格者の“移行”…

その可能性を持つ小野寺、序でに北郷の存在を此処で完全に始末したかった

三人を排除出来れば全ての可能性が潰えるものね」



そう言って王累を見下す。

実際にではなく、感覚的にだけれど。

主導権を握る側が上に立ち相手を見下ろす。

それは普通の事。

故に可笑しくはない。

今は私に主導権が有る。




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