弐
少女の傷も直ぐに治る。
倒した賊徒は二十一人──その内、少女が七人。
潜在能力と将来性に期待をしてしまうな。
「あ、あの…貴方達は?」
恐る恐る訊ねる少女。
助けたから敵とは思ってはいないだろうが。
「なに、徒の通りすがりの御節介焼きですよ」
「……え?…」
“御隠居”風に俺が笑顔で言うと少女は呆然。
…あれ?、外したか。
「私は太史子義
豫州刺史である曹孟徳様に御仕えしています
其方らは孟徳様の御身内で曹子和様です」
「…刺史…曹操様っ!?」
「そう、そう」
──と言った瞬間だった。
首筋に鋭利な殺気を感じ、反射的に振り向く。
勿論、彼女は居ない。
…このネタは金輪際二度と言うまい。
「……っ!?、あ、あのっ、私は典韋と言います!
御願いしますっ!
助けて下さいっ!」
我に返ると少女──典韋は俺の服を握り締めながら、必死に訴え掛けた。
「では、複数の者が捕虜になっていると…」
「そうらしい」
合流した本隊と時を同じくして戻った追跡隊。
連中の拠点は此処から北へ一里程の所。
山の谷間の奥に木製の砦を築いているそうだ。
…兌州牧は無能だねぇ。
その報告を含め敵の拠点に移動しながら話す。
典韋の話では賊徒によって拐われた者達は少なくとも四十人は居るとの事。
“商品”だから殆ど無傷の様では有るが。
で、その内の一人、戯志才という女性が同じ牢に居た顔良という女性と策を講じ典韋を逃がして救助要請を頼んだらしい。
「典韋が逃げ出してから、間が無く助けたから捕虜はまだ無事だろう
だが、時間は無いな」
そう言い右隣を進む子揚を見て策を述べる様に促す。
「…子和様には典韋さんと一緒に砦に裏から侵入し、捕虜の方々の身を確保して頂きたいと思います
妙才には崖上から射撃を、興覇には反対側の崖上から下っての奇襲を御願いし、私と伯道、文若と子義にて本隊を左右に受け持ちつつ“囮”をします
兵は各軍将のままに」
子揚の右に並ぶ文若に対し視線で問うと首肯。
異論も追加も無い様だ。
この短期間で子揚は力量を上げたか。
経験は偉大だねぇ。
話が纏まった所で腕の中に居る典韋を見る。
因みに男だと既知。
「典韋、危険では有るが、お前は必ず俺が守る
案内を頼めるか?」
「ひゃっ、ひゃいっ!
ふ、不束者ですが、宜しく御願いしますっ!」
顔を真っ赤にする典韋。
溜め息を吐く家臣一同。
…“また”遣ったかな。
顔良side──
典韋ちゃんを逃がしてから凡そ一刻が経った。
一旦は静まっていた砦内が再び騒つき出した。
「…動きが有った、と見るべきでしょうか?」
「現状では“何方ら”とも言えないですが…
少なからずは、ですね」
同じ牢内に居る戯志才殿に話し掛けると同様の見解に気を引き締める。
良い動きなら典韋ちゃんが助けを連れて戻った。
悪い動きなら…考えたくはないが彼女が捕まった。
そうなるからだ。
「…無事、ですよね」
「…断言は出来ません
ですが、彼女は身の熟しも軽く機転も利きます
今は信じましょう」
「…そうですね」
牢の連なる通路の先。
上へ通じる階段を見詰め、静かに目を閉じた。
更に半刻程経った頃か。
鳴り響く銅鑼の音。
一段と大きく砦内が騒つき急速に静まり返る。
「…出陣、でしょうか?」
「官軍が来たのか…或いは次なる“獲物”を捕まえに出たか、でしょうね…」
後者なら気が滅入る。
前者である事を願う。
ギギィ…と扉が開く音に、私達は顔を見合わせる。
足音は──少ない。
官軍ではないのか──そう思った時、牢の格子の先に彼女が現れた。
「戯志才さん、顔良さん、御待たせしました!」
「っ!、典韋ちゃんっ!
無事だったんですねっ!」
思わず立ち上がり、格子に駆け寄る。
同時に気付く。
もう一人、見慣れない女性が居る事に。
「下がって居なさい」
「え?…あ、は、はい!」
彼女が右手に持つ剣を見て反射的に後退った。
次の瞬間、閃く剣線が牢の格子に重なった。
音も無く“断ち”斬った、“見事”としか言い表せぬ技量に見惚れる。
女性が格子を左手で押すとゆっくり、思い出した様に切り取られた格子が此方へ向かって倒れた。
「典韋、彼女達の手枷を」
「はい!」
私達を典韋ちゃんに任せ、女性は他の牢へ向かう。
間違い無く、私達の救助に来てくれた方だろう。
「助かりました、典韋
所で彼女は一体?」
戯志才殿が即座に訊ねる。
無理もない。
私だって彼女が気になって仕方無いのだから。
「豫州刺史の曹操様の家の方で曹純様です
追われていた私を助けて、此処まで来てくれました」
「…そうですか」
少し思案顔の戯志才殿。
“豫州刺史”という部分が気になるのだろう。
──side out
典韋side──
両親を、友達を、村の皆を殺され“奴隷”として私は捕まった。
最初は絶望しかなかった。
でも、捕まった牢から見た場所には私よりも幼い娘が何人も居た。
それを知って泣いていても仕方無いと思った。
どうにかしたいと。
そんな時、私に声を掛けて来たのが戯志才さん。
彼女は小柄な私ならば隙を突いて逃げ出せると言い、その“隙”を作ると断言。
そうして私は外へ。
しかし、敵も黙って逃がす真似はしない。
私は追い詰められて囲まれ手傷を負っていた。
“もう駄目…”と諦めた、その時だった。
彼女達が現れたのは。
私を取り囲む男達を一蹴し現れた太史慈さん。
そして朱の外套を羽織り、緋色の地に黒と白の花蝶の紋様の刺繍された装束。
真紅の馬を駆る白金の髪の美しい女性──にしか見えなかった曹純様。
二人に助けて頂いた事が、私に“希望”をくれた。
理由を御話しして皆の事を助けて頂ける事になった。
私は曹純様と、砦が手薄になった所で裏手から中へと侵入した。
呆気ない程、簡単に入れて誰にも見付からない。
入った場所は知らない所で困ったけど曹純様の“勘”で判る所まで行けた。
…本当に“勘”なのかは、信じ難いけど。
でも、曹純様達の事なら、信じられる。
だから迷いは無い。
そして、皆の捕まっている牢へと辿り着いた。
曹純様によって牢の格子が断ち斬られ解放された。
現在、他に居ないか確認が取られ状況が伝えられる。
「──という訳で、外では討伐戦の最中です
終わるまでは此処で待機し終戦の後、此方の誘導にて避難して頂きます
此所迄の事で何か質問等は有りますか?
解らなければ遠慮無く手を挙げて下さい」
そう言うが挙手する人など一人も居ない。
庶人や子供にも理解出来る説明だったから。
「では、最後に一つ…
身寄りや頼る先の“有る”方は挙手を」
少し、意地悪な質問。
此処に居る殆どの人は帰る場所さえ無い。
だから、挙手も無い。
「…判りました
許昌まで同行して頂く事になりますが…
皆さんの身柄ですが曹家が一時預かります
勿論、拒否して頂いても、問題は有りません
私達の帰路になりますが、途中まで送ります
“他”へ行きたい方は挙手して下さい」
勿論、挙がる手は無い。
曹純様の笑顔は、見る者に安心をくれる。
信じても大丈夫だと。
──side out
太史慈side──
雪那様の側近として文官の仕事は手伝って来た。
しかし、討伐等の軍事には一切関わらなかった。
故に桂花の言っていた事は的を射ている。
この討伐が私にとっての、“初陣”だ。
「“連山陣”で正面で受け均衡を見せた後に後退し、左右に分離…
“横撃陣”に移行しながら敵に鶴翼に見せつつ興覇の奇襲で“対反陣”が出来る様に動くわよ」
「了解した」
桂花の説明に手順を脳裏に描いて想定する。
“連山陣”は波形陣の隙間を無くした密集陣形。
“横撃陣”は横一列になるだけだが基礎の陣形。
“対反陣”は包囲陣形。
三つの“横撃陣”で中央に敵を集め三角形を描く。
どれも聞き慣れない名だが当然の事。
曹家内でのみ使われている陣形だからだ。
動きの中では形造る場合も有るが明確に定める事で、兵に判り易くしている。
複雑な陣よりも簡単な陣を覚えさせ、その“複合”で複雑な陣を形成させる。
これは、迅速な陣換えにも繋がる事にもなる。
発案されたのは子和様。
将師にとって“当然”でも兵には伝わり難い。
其処を改善し、将師と兵の意志疎通を密接にする。
言われれば“当たり前”と思うが実際には気付く事が無い事だ。
「…不思議な方だ…」
思わず呟いた一言。
だが、そうとしか言い様が私には無い。
野心や大志を抱く訳でも、“王然”とするでもなく、在るが侭で居る。
だが、理想と言える姿。
故に惹かれるのだろう。
「子義、始まるわよ
油断しないで頂戴ね?」
「そう言う文若も」
互いに笑みを浮かべ持ち場へと移動する。
私の持ち場は先陣。
左側を見れば反対側を担う斐羽の姿が有る。
ガァーンッ、ガァーンッ、ガァーンッ!と銅鑼が打ち鳴らされる。
砦の門扉の向こうで集まり高まる薄汚い気配。
その腐りきった魂の醜悪な臭いが漂って来る様だ。
「…さあ、来るが良い」
右手に持つ槍の鋒を門扉に向けて右足を前にし半身で構え、見据える。
鈍く、響く門扉の開く音。
入り乱れ、整然さの欠片も感じられぬ地鳴り。
耳障りな獣共の雄叫び。
曹家での日常に比べると、不快な事この上無い。
「…成る程…
“当たり前”過ぎるが故に気付けない物ですね…」
小さく笑みを浮かべながら心に決める。
さっさと片付けて帰ると。
「太史子義──参るっ!」
──side out
捕虜の確保から一時間程で外が“後始末”へ移行。
“出迎え”た妙才と伯道に案内されて捕虜は避難。
俺は御約束的に尋問タイムへと突入した。
まあ、代わり映えのしない内容だったが。
…あれ?、俺、今回一人も殺ってなくね?、とか今更だったりするが。
最近は“散歩”も自重中で鈍ってるんだよなぁ。
──などと、下らない事を考えながら待機中。
「曹純様!」
元気の良い声に振り向けば典韋──と顔良と戯志才。
戯志才は兎も角としても、顔良は表情で判るな。
「失礼致します
この度は助けて頂きまして誠に有り難うございます」
戯志才の言葉で三人揃って頭を下げてくる。
打ち合わせ通りだろう。
「気にしなくて良いですよ
これも“仕事”です」
営業スマイルで返す。
“媚び”を売るのではなく油断を誘う為に。
「率直に言って頂けると、助かりますね」
『──っ…』
気を抜いた瞬間を逃さず、核心を突くと三人は一様に息を飲む。
「…では、畏れながら…
私共を曹家の末席に御加え頂きたく、参りました」
「“末席”とは謙遜ですね
貴女の双眸には“自信”が浮かんでいますよ?」
「──っ!?…御慧眼に返す言葉もございません」
戯志才との遣り取りを置き二人へと視線を向ける。
「姓名は顔良、字は令明、真名は斗詩と申します
未熟者ですが身を粉にして御仕え致します」
「姓名は典韋、字は士載、真名は流琉です
えと、その…い、一生懸命頑張りますっ!
宜しく御願いしますっ!」
実に真っ直ぐで判り易い、良い“答え”だ。
“しまった…”と戯志才の顔が僅かに揺れた。
「“策士、策に溺れる”…
弁舌や駆け引きで“才”を示すよりも、飾り気の無い実直な“声”の方が心へと響く事も有ります
名を“偽る”事も旅路では必要ですが命運を共にする相手には託すべきかと…
考えてみて下さい」
そう笑顔で言うと戯志才は深く頭を下げて、抱拳礼の構えを取る。
「…確と肝に銘じます
戯志才は旅の間の仮の名…
姓名は郭嘉、字は奉孝…
真名を稟と言います
傲る事、慢心する事無く、己を磨き御仕え致します」
姓名字:典 韋 士載
真名:流琉
年齢:17歳(登場時)
身長:143cm
愛馬:春蕾
青芦毛/牝/三歳
備考:
兌州と豫州の境に近い村で生まれ育った。
しかし、一年前に賊に村が襲われ燐県の邑に避難。
その邑も賊に襲われた上に両親や邑の人々は皆殺され自身は捕虜にされた。
村で生まれ育った同い年の友人に許緒(チョは別字)が居るが一年前に別々になり疎遠になっている。
昔から山で狩りをしたり、畑仕事を手伝っていた事も有ってか基礎能力は高く、荒削りながら動きも良い。
だが、戦術的には未熟。
母親が文官の経験が有り、文字の読み書きは出来る。
家事能力は抜群。
特に料理の腕前は華琳から太鼓判を押される程。
※青芦毛は独自設定です。
実在はしません。
姓名字:郭 嘉 奉孝
真名:稟
年齢:21歳(登場時)
身長:170cm
愛馬:夜雲
青駁毛/牝/五歳
備考:
豫州は穎川郡の出身。
世の流れを、行く末を見、仕える“主”を求めて旅をしていた。
旅を共にし、真名を預けた友人に程翌(イクは別字)と趙雲が居る。
女の身で旅をしていた為、護身術程度は出来る。
知謀に関しては無名だが、将来を嘱望された程。
旅で得た“経験”は普通の文官には無い閃きや考えを生む礎になっている。
家事能力は並みよりは上。
手先が器用で裁縫が得意で服を自作したり出来る。
姓名字:顔 良 令明
真名:斗詩
年齢:21歳(登場時)
身長:160cm
愛馬:冬瀬
尾花白毛/牝/三歳
備考:
豫州は梁国の出身。
五年前に父、二年前に母を亡くし天涯孤独。
現在は亡くなっているが、私塾を開いていた元官吏の“胡質”に師事していた。
昨今の世の流れから故郷を離れて仕官する為の旅路で賊に捕まってしまう。
指揮経験は無いか、腕前は悪くはない。
但し、自分の適性や特徴を理解出来ていない。
また文官としても問題無く働けるだけの教養は有る。
指揮経験は無い。
家事能力は高く世話好きな事も有り家庭的に見える。
※尾花白毛は独自設定で、
実在はしません。
【独自陣形】
“連山陣”
■ ■
■■■■■■
“横撃陣”
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“対反陣”
■ ■ / \
■ ■ 敵
■ 敵 ■ ─
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