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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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6 狐と狸と商い


 甘寧side──


私を助けてくれた男である飛影は良く判らない。

見た目も完全に美女だ。

…それは関係無いか。


情報と引き換えに、身体を要求してきたかと思えば、私にとって大切な“それ”──燕の形見の銀色の鈴を手渡してきた。


どうやら私を揶揄って──いや、試したのだろう。


私が自暴自棄にならない様に諭す意味も含めて。


彼が鈴を手渡した後、私の頭を撫でた時、不思議な程心が落ち着いた。

鈴が戻った事も有るのかも知れないが。


ただ、あの時の問いに対し返した答えに嘘は無い。


自分でも判らないが、彼を信頼しきっていた。

其処には微塵の迷いも無く冷静だった。



(あれは何だったのか…)



今は判らない。

もう一度、同じ様な状況になれば判るだろうか。



(…もう一度──っ!?)



そう考えた瞬間、脳裡には彼の至近距離の顔。

自分の頬に、顎に、右手に触れた温もり。

それらが思考を染める。



(な、何を考えているっ!?

“あれ”は私を試す為だ

他意は無い!──筈だ!

抑、“そういう”関係ではないのだから…)



“そういう”とはどういう関係なのか、と自分の中で突っ込みが入る。


それで“そういう”関係を具体的に考えてしまう。

何故か…いや、必然的にか彼と自分の姿で。


顔が熱くなる。

自分が判る位だ、他人から見ても判るだろう。


私は深呼吸し、頭を冷す。


思考を逸らそうと周囲へと視線を動かし──彼の姿を捉えた所で止まる。


止まってしまった。


焦りを隠し、平静を装って話し掛ける。



「…それは?」



私の言葉に彼は振り向くと不思議そうな表情で小さく首を傾げた。

…それを可愛いと思ったら負けだろうか。



「馬車だけど?」


「見れば判る

私が聞いているのはただの旅人が何故、馬車を持っているのかという事だ」


「ああ、成る程

これは自作だ

理由は“戦利品”の運搬が主になるがな」



彼が荷の一部を指し、私は一目で“戦利品”が何かを理解した。



「甘寧、持ってろ」



そう言って放ってきたのは鞘に入った直剣。

抜いて見ると良くも悪くもないが、戦うには十分。



「身を守る術だ」



問う前に言われた。

私の見立てた彼の実力なら私程度は問題無いだろう。



「…判った」



だが、嫌な気はしない。


本当に、不思議な男だ。



──side out



永安へ向かって早三日。

馬車での移動なので日数が掛かるのは承知。

しかし、二人旅というのは微妙に困る。

主に会話の間に。



「…やはり、敵わないか」



左隣で呟く甘寧。

昨日と一昨日は体調を戻す事を理由に引き下がったが今日は“軽くなら大丈夫”と引かなかった。


結果、馬車を引いている馬──綺麗な尾花栗毛の牝馬なので栗花(りっか)と命名──を休ませる間を使って手合わせする事になった。


勝負、と言った訳ではないから気にするなと言いたい所だが真剣に向かって来た彼女の姿勢・意思を尊重し言いはしない。

ただ、あの男や賊徒共とは格段に上手だった。



「見物を広める為とは言え一人で旅をしている事から出来るとは思っていたが…

此処までとはな」



感嘆する甘寧。

因みに“何処までだ?”と胸中で突っ込む。



「物騒な世の中だからな」



そう言って誤魔化す。


特にイベントが有る訳でも観光地でもない。

必然的に会話の内容は互いの事になる。

此方は甘寧に彼是と聞いて何も答えない訳にはいかず質問に答えた。


華佗との一件で“設定”を決めておいて良かった。


その内容は──

本名は隠し伏せ名は飛影。

年齢・出身は不詳。

見物を広める為に旅をし、武術等は我流を含め旅先で学んだりしている──と。



「それだけの腕前で仕官は考えないのか?」


「そのまま返す」


「…私は江賊だ

正面に扱われはしない」



自身か、或いは親しい者が経験したのか。

既に諦めている様だ。



「なら、探せば良い」


「…何?」


「噂や名等に惑わされず、お前“自身”を見てくれるお前の主君を、な」



そう言い左手で甘寧の頭をポンポンッとして撫でる。



「…私の…私の主、か…」



子供が考える様に呟く姿に自然と目を細める。



(“死”ばかりを見詰めて心を囚われるな

お前は“生きている”

自ら“道”を閉ざすな)



敢えて口には出さない。

ヒントは与えるが答えには自分で辿り着かなければ、意味がない。



(悩む事も“糧”になる

今はゆっくり考えろ)



教え子の、或いは妹の成長を見守る心境だろうか。

尤も、甘寧にバレたら何を言われるか判らないが。


栗花の蹄と、馬車の車輪の音をBGMに空を仰ぐ。


先人曰く“合縁奇縁”とは良く言ったものだ。


この“縁”が何を紡ぐのか未来に思いを馳せる。




小屋を発って五日目。

栗花の脚を止める。

視界の先、山の麓、長江に臨む街が広がる。

空を見て太陽の位置を確認して時間を計る。



「…昼過ぎには着くか」



甘寧にも意見を求め視線を向けると首肯が返る。

彼女と同じ見立てと判ると推測にも自信が出る。


栗花の手綱を靭らせ馬車を街へと進めた。






━━永安


華佗と会った村しか比較の対象が無いが、規模は主要となる街だけ有って大きく通りも賑わっている。



「俺は荷を捌いてくる

その間に其方は宿を探しておいてくれるか?

栗花を預けられる所で

名前を聞かれたら飛影か、“吹雲”でな」



吹雲(すいうん)”は予め決めていた甘寧の伏せ名。

流石に本名を名乗らせる訳にはいかない。

表向きの関係は“夫婦”と相談して決めた。



「判った」


「見付かったら…そうだな彼処の店で」



軽く見回して、目に入った飲食店と思しき一軒を指し甘寧を見る。

首肯を受け、その場で別れ各々に目的の場所へ。


甘寧と別れた後、露店等を覗きながら武器を扱う店を探して歩く。


別行動を取る理由は効率も有るが“物価”に関しての情報収集の為だ。

旅人が“その手”に疎いと怪しいだけ。

一応、賊徒から聞き出しはしたが正確さに欠ける。


通貨は三つ。

“銭”となる銀貨。

一枚で百両と等価値。

銀杏の形らしい。

一般には流通しない。


“両”となる銅貨。

所謂“五銖銭”だ。

一枚で二十四朱と等価値。

丸銭で直径は3cm程。

中心に正方形の穴が有る。


“朱”となる青銅貨。

最も一般的な通貨。

長方形で大きさは1×3cmのサイズになる。


米一俵(約30kg)が十両。

飯屋での一食が二〜三朱。


正直、聞いた時は時代的に豊かなのかと思った。

だが、それは一時的な物。

穀物の物価は前年と当年の出来に左右される。

ここ三年程、豊作だった。それだけの話だ。


そんな事を考えて歩く中、一軒の店に目が止まる。


如何にも“成金です!”と言いた気な豪華な店構え。

店は真新し訳ではないのである程度は商人の腕は有るだろうと判断出来る。


豪商や老舗の様な店よりも“これ位”が丁度良い。



(さて、幾ら取れるか…

“こういう”手合いは中々無いから楽しみだ)



栗花の鼻面を撫でながら、その店へと向かう。





「いらっしゃいませー♪」



店員と思しき女性が笑顔で迎えてくれる。

店内を見回せば客と店員を合わせて三十人程。

棚に陳列されている商品は鍋や包丁等の調理用品から箸や匙、食器等の日用品、反物や家具類も有る。



(問題は買い取りが可能かどうかだが…)



この時代──いや、経済の背景的に無い訳はない。


ゆっくり店内を眺めながら手空きとなった店員に話し掛ける。



「宜しいですか?」


「いらっしゃいませ

何を御求めでしょうか?」



笑顔で対応する女性。

中々に好印象で合格点。

此方も笑顔で返す。



「此方では“買い取り”はされていますか?」



そう訊ねると驚きを見せ、此方の衣服へ視線を向けて値踏みしてくる。

その行為は減点。



「旅の間に手に入った物を売却したいと思いまして

御店主は居られますか?」



理由を話し、笑顔で店主へ取り次ぎを頼む。

女性は一礼して店の奥へと下がって行った。



(身形だけで判断する辺り見立ては合ってたな)



海千山千の本物の商人には足元を見られ買い叩かれる可能性が高い。

だが、半端な商人相手なら比較的高く売れる。


店員の対応で店主が後者で有ると判る。

後は交渉の腕次第だ。


暫くすると、顎髭を蓄えた三十代半ば位の男が此方へ遣って来た。

派手目な服装から予想通り“成金”商人だろう。



「御待たせしました

御買い取りを御希望で?」


「はい、荷物は表の馬車に積んでいます

見て頂いても?」


「勿論ですとも」



愛想良く振る舞う店主。

こういう時は自分の容姿が本当に役立つ。


店主を伴い外へ。


番犬代わりにもなる栗花の鼻面を撫でる。

店主を荷台へ案内し積み荷を見せる。


内容は──

米俵が五俵。

酒甕(約10L)が四個。

酒瓶(丸徳利型、約2L)が二十一個。

剣・槍・斧・鉈等の鉄製の武器が約四百。

錆びたり、折れた鉄屑物が約三十kg相当。

他に布や毛皮等が少々。


因みに栗花の運搬には氣で補助していた。

一頭引きでは厳しい。



「何かと物騒ですが連れが頼りになりますので」



予想外の量に絶句している店主に脅しの意味も含めて笑顔で言う。



「…そ、そうですか」



苦笑する店主と店員。


暫くして買い取る積み荷の内容を確認し終えると店内へと戻った。




奥に有った卓を挟み椅子に店主と腰を下ろす。



「買い取り額ですが…

これ位になりますね」



そう言って提示された額は約三千両──三十銭だ。

時価物も有るが…安い。



「内訳を御聞きしても?」



店主の回答は次の通り。

米俵・五十五両。

酒甕・四百両。

酒瓶・四百五十五両。

武器・二千両。

鉄屑・九十両。

明らかに武器と鉄屑の値が安く見積もられている。



「…成る程」



小さく頷いて見せ──



「では、これで──」


「ええ、別の御店に売りに行かせて頂きます」



立ち上がって背を向ける。



「──なっ!?

お、御待ち下さいっ!」



店主は慌てて引き止める。

当然だろう。


武器類にしろ鉄屑にしろ、結構な量だ。

逃すには惜しい筈。

加えて、ライバル店にでも売られたりしたら評判にも関わってくる。

だから、引けない。

例え、高値になっても。



(老獪な商人なら此処では引いてるだろうな…

まあ、この男には無理だ

そう思ったから、この店を選んだんだからな

真っ当な値段なら問題無く売却するつもりだったし)



商人が相手の“賭け”程、危険な物はない。

勝てる勝負しかしない。


だが、此処で予期せぬ事が起こる。



「どうかされましたか?」



店主の声に反応したのか、一人の女性が店内に入って声を掛けて来た。



「か、漢升様っ!?」



店主が女性を見て驚く。



(…かんしょう…漢升?…まさか“黄忠”?)



本人だとしたら面倒だ。

此方へ歩いて来るが、凝視しない様にする。


歳は二十代半ばか後半。

明るい紫色の長い髪。

優し気な藍色の双眸。

身長は自分より少し高い。

スタイルは…うん。

“アレで弓の名手か?”と疑いたくなる大きさだ。


しかし、何気無い仕草からでも、その力量は窺える。


流れる様な足運び。

身体の軸──重心にブレは見られない。


肩から指先迄の靭やかさ。

無駄無く鍛えられながらも柔軟な筋肉。

怪我等も無いだろう。


表情は穏やかだが、気配は周囲を──此方を気にし、警戒している。



(…先に仕掛けるか)



笑顔を浮かべながら彼女へ向き直る。



「いえ、大した事では…

商談の上での相違です

私と此方の“価値”に差が生じたので決裂した

“それだけ”の事です」



そう言って、非は店主側に有る様に印象付ける。


さて、彼女はどう動くか。




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