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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
798/915

       参拾捌


それが如何様な物なのか。

理解する事は出来ません。

正直、それを理解したくも有りませんから。

ただ、納得は出来ました。

恐らくですが、猊乱という存在は“液体生物”とでも言うべき物なのでしょう。

そう考えれば、猊乱の服も赤黒い爪も、全てが身体の一部という事。

眼や口・鼻、毛髪や皮膚、筋肉や骨格でさえも。

猊乱にとっては“擬態”に過ぎないという事ですね。

だから、どんなに攻撃して致命傷を与えようとも死ぬ事が無かった訳です。

それは、完全消滅以外には倒せないという事。

ある意味、判り易くなって気が楽に為ります。


本性を見せたからなのか、獲物を前に衝動的な欲求が抑え切れなくなったのか。

それは判りませんが。

猊乱は身体──血液っぽい粘液を様々な形へと変えて襲い掛かって来ます。

爪・槍・牙・剣・尾・腕・盾・脚・斧──冥琳の武具以上に多彩な変化。

しかし、気付きます。

それらは全て“猊乱からは離れてはいない”事に。



(…成る程、身体の形状や軟硬といった性質は変える事が出来ても、切り離して使うといった事は出来無いという訳ですね…)



通りで攻撃に“飛び道具”が無い訳です。

一度切り離してしまえば、それは二度と元には戻らず失ってしまう。

だから、一撃離脱を選ぶ。

削られてしまうと、確実に減っていってしまうから。

そして、現状では補充する事が出来無いから。

何故ならば、此処には私達以外の生物は全く存在してはいません。

もし、猊乱が存在するなら“どんな存在でも”捕食し吸収が出来るのであれば、王累が利用している筈。

そうは為っていない事から猊乱の捕食対象は“正”の存在に限られる、という事なのでしょう。

だから、孫策軍を狙う様に動いていた訳ですね。

私が阻止しましたが。

因って、猊乱は己が本来の不死に近い能力を存分には発揮出来無い訳です。



(王累の失策──ではなく結局は雷華様の読み勝ち、なのでしょうね…)



そう考えるだけで、思わず苦笑が溢れてしまう。

緊迫した戦闘の最中でも。

揺らがぬ理由は唯一つ。

私達は更に高みに在る方に並び立つ事を望む為。

だから、“こんな所”では立ち止まれません。



「──至り闢け、“龍廻天(りんかいてん)”…」



涅邪族の血と“龍瞳”。

二つの鍵を以てのみ至れる私だけの高み。

それなのに何故、雷華様が使えるのかは謎ですが。

その効果は、自身の氣量・資質の倍加。

但し、時間制限付きであり著しい消耗を強いられる。

しかし、その価値は有る。

それにより、私は届く。



「旭謡瑞暉!、“咲鼓朞象(しょうくごしょう)”!」



傘の様に開いた鉄棍。

それを猊乱に向けながら、“司炎”を纏わせる。

棍を回転させ猊乱へ突進。

慌てて避けようとしますが既に手遅れ。

炎傘が穿ち、猊乱を残さず灼き滅ぼしました。



──side out。



 太史慈side──


普段から行っている鍛練。

それは質・量共に他勢力の追随を許さない程。

当然ながら、それを私達が出来るのは雷華様が在って初めて可能な訳ですが。

鍛練の中でも、多種多様な状況を想定して行われる為慣れる事は有りません。

基本的に毎回必死です。


そんな私達は得手不得手は有るにしても、想像し得る大体の対戦相手というのは一通り熟しています。

故に、余程奇怪な事や人外でもない限りは、対処する事は難しく有りません。



(──ただ、これは流石に想定が出来無い…)



視線の先に居るのは一応は人間だと言える。

…えっと、ギリギリは?……いえ、やっぱり、多分……人間…な…筈、かと。

ま、まあ、人の形をしてはいますから。

間違いではないかと。

それに重要なのは其処では有りませんから。


“のっぺらぼう”とか言う化け物の話を聞いた事が、有るでしょうか。

眼・鼻・口が無い、とても背の高い人の姿をしている化け物だそうです。

ただ人を驚かすだけ、から顔が無い事に強い劣等感を持っている為、人を襲って人の顔を剥ぎ取る、という危険な話まで有る。

程度の幅が広く、極端だと思える話の化け物です。


そんな“のっぺらぼう”が私の目の前に居ます。

身長が2m80cm位の。

因みにですが、彼の名前は“非我祢(ひがね)”というのだそうです。

…え?、口が無いのに何故解るのか、ですか?。

それは簡単な事です。

彼の胸元には、白い布地に名前・性別・年齢・趣味・女性の好みが丁寧に書いて縫い付けられています。

尚、名前以外の情報ですが男性・八十九歳・骨董収集・清楚で男に尽くす女性、との事でした。

どうでもいいのですが。

異性自身に具体的な条件を望んでしまうと良い結果は得られませんよ?。

私達は縁が有った方が偶々雷華様だっただけです。

──と言うか、八十九歳は人間の年齢で、ですか?。

それとも化け物の世界での年齢として、ですか?。

重要な事では有りませんが微妙に気になります。



「──とか、思っていても口が無いから質問をしても無駄な訳ですが…」



私は、お喋りではないので戦いの最中に会話をしようとは思いませんが。

それでも人の形をしていて思考も出来てはいるのに、会話が不可能という状況は消化不良な感が強いです。

…筆談?、流石に其処まで手間を掛ける気は無いので遣りませんが。

…どうなのですかね。

と言うか、あの自己紹介は自分で付けたのか。

或いは誰かが付けたのか。

もし、主である筈の王累が彼に付けたのだとしたら…だとしたら?…何です?…意図が判りません。

単なる嫌がらせの様にしか思えないのですが。

それとも、真剣に彼の事を考えて主心・親切心からの処置だったのか。

考えても答えが出ない事がもどかしいですが。

本当、どうなのですかね。




まあ、それは兎も角として彼──非我祢を倒す事が、今は大事な訳です。


そんな非我祢なのですが、どうやら視界に映っている存在は本体ではないらしく幾ら斬っても、突いても、叩き潰しても…水面に向け攻撃しているみたいに元に戻ってしまいます。

まあ、本当の水面みたいに力強くで攻撃したら四散し減少してくれてさえいれば“削れば行ける!”と判り易くて楽なのですが。

面倒な相手です。

こういった相手に対しては司氣が使える方が適任ではないでしょうか。

そういう訳で、今からでも代わりません?。

──などと愚痴っていても仕方が無いのですが。


ただ、攻撃しても削る事も出来無いとなると遣る気も無くなりますから。

疲れるだけですので。



(…確かに攻撃は効いてはいないみたいだけど…

一度だけ、反応が違った)



それは“晶針”を生み出し牽制の意図も含めて攻撃を繰り出した時の事。

一瞬では有ったが、確かに非我祢は“苦痛”と言える反応を見せていた。


“結界”が敷かれている為外に本体が居るというのは先ず考えられない。

その場合、内外で遮断され消滅してしまうから。

だから、少なくとも本体は結界の内側に居る。

しかし、その範囲は広大。

一人で探すのは非効率的と言わざるを得ない。


ただ、雷華様の講義的には“遠隔操作をする場合には必ず氣の流れが生じる”のだそうです。

そう考えると、本体は実は然程離れた場所に居るとは思えない訳です。

そして、一度は有効だったという事実も有ります。



(………っ!、成る程…

そういう事でしたか…)



冷静に、本当に重要である幾つかの情報だけを繋げば答えは見えました。

尤も、其処へと至れたのは雷華様の存在が在ってこそであり、私自身が雷華様の妻となっているから。

そうでなくては、至る事は不可能だったでしょう。


斧槍を左右に分離させると両手に持って、氣を集約。

非我祢から一旦離れてから一定の距離を保ったままで周囲を何周かして確認し、自分と非我祢の立ち位置を誘導・調整してから正面に回り込む様にして、跳躍。

大きく仰け反る程に両腕を振り上げ──二本の斧槍を非我祢に向けて振り抜く。

同時に、自分が生み出せる最大量の晶針を撃ち放つ。

豪雨の様に降り注ぐ晶針は非我祢の身体を軽々と貫き──地面に有る影へと深く突き刺さってゆく。

次の瞬間、非我祢の身体は泥人形の様に溶けて崩れ、影が人の形に隆起する。



「憤裁せよ!、“矢断撥鮫(しだんばっこう)”っ!」



空中で一回転し、その間に斧槍を元に戻して、一閃。

影の塊は爆散して消えた。



──side out。



 黄忠side──


戦場では先ず場所と相手は選べません。

勿論、絶対に出来無いとは言いはしませんが。

先の黄蓋との一戦の様に、望んだ闘いが出来る場合も少なからず有りますので。

ですが、それは稀少な事。

基本的には、出来無い事の方が多いでしょう。

何故なら、戦場とは一方の意思だけで形成されている状況では有りませんから。

最低でも二者の意思により成り立っていますので。

当然、其処に関わる意思の数が多ければ多い程に。

戦場とは複雑化します。



「──無視するなーっ!」


「──逃げるなーっ!」


「あらあら〜」



怒鳴り声を上げながら私を追い掛けてくる二つの影に僅かに視線を送りながらも余裕の態度は崩さない。

そして逃げ足──ではなく移動速度も落とさない。



「此処は戦場ですよ?

“待てっ!”と言われても待つ人なんて居ませんし、“死ねっ!”と言われても死ぬ人は居ません

そうしたいのなら、自分が頑張るしか有りませんよ」



──と、大人の余裕を見せお説教するみたいな感じで二人の追走者を話し掛けて反応を窺います。

挑発──と言うよりかは、揶揄っている感じです。

尤も、言動程に彼我の差は無かったりしますが。

其処は悟らせない様にして上手く隠しますよ。

女は秘密を纏い、魅力的に“化ける”訳ですから。



「ムッキーッ!、偉そうに説教するなーっ!」


「そうだそうだーっ!

説教なんか嫌いだーっ!」



明らかに子供っぽい反応が反ってきていますが。

実際、その二人の追走者は子供だったりします。

身長は…1m前後程。

男の子二人の兄弟っぽい、息の合った二人組みです。

勿論、見た目に騙されたりしませんよ、私は。

相手が、幼く無垢な子供の姿をしていようとも。

戦場に立っている以上は、“戦士”として扱う。


少なくとも私自身は初めて戦場に立った時から、そう覚悟していますから。

子供が相手でも戦場では、一切躊躇はしません。




──とは言え、好き好んで子供を殺したいという様な明らかに歪んでいると判る精神はしていません。

ですから、子供を傷付ける事自体は望みません。

まあ、現状では二人が私の倒すべき敵である事には、変わり有りませんが。



(それにしても…王累とは中々に姑息なのですね…)



正直、もっと判り易くて、率直に“我こそが破壊!、我こそが絶対だ!”という馬鹿っぽい悪の方が個人的には好ましいですね。

尤も、どんな輩であろうと悪であり、敵であるのなら同じ事ですが。

其処はまあ、気分的な問題という事です。



「くそっ!、早ぇっ!」


「追い付けないっ!

オレ達より大きいのに!」


「それはそうですよ?

貴男達より身体が大きい、つまりは貴男達よりも私は脚が長い訳ですからね

一歩で進む距離が私の方が広く、長くなる訳です」


「おおっ!、成る程っ!」


「いや、“李鮟(りあん)”感心してる所じゃないよ!?

今の怒る所だよ!?

オレ達の方が、短足だって言われてるんだから!」


「何だとっ!?

本当か“苓鮟(れあん)”?!

くそっ!、酷い奴だっ!」



ふむ…兄っぽい方が李鮟、弟っぽい方が苓鮟、ね。

何方等が兄で弟かは私には判りませんし、知る必要も大して有りませんが。



「あら、気付いたの?

なら、もっと頑張らないと追い付けませんよ?」


「当然だ!、負けるか!」


「ええ、頑張ってね♪」


「苓鮟、応援されたぞ!」


「違うよ、李鮟!

今のは馬鹿にされたんだと思うよ!」


「そうなのかっ!?

何て巧妙な話術だっ!」



敵であるのは確かですが、何と言いますか…ええ。

憎めない子達ですよね。

寧ろ、普段接する子供達と同じ様で困りますね。




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