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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
796/915

       参拾陸


 張任side──


私が対峙する男──童開。

粗暴・乱雑・無礼・傲慢と“そういう”方向の性格を詰め合わせた様な輩。

はっきり言えば、私が一番嫌悪する輩だ。

それだけに、多大な鬱憤が戦っているだけで溜まっていっている。

それはもう、それを氣量に変えれば一撃で“結界”の内部に居る敵を一掃出来るかもしれない程に。


…それはそれとして。

馬鹿力と言うか、力馬鹿な童開の戦い方は単純明快。

近付いて、殴り殺す。

近付いて、叩き壊す。

近付いて、打ち潰す。

近付いて──が全て。

そう、単純馬鹿な訳だ。

これが凪の様に、接近戦を主体としながらも間合いや距離を問わない相手ならば苦労もしただろう。

だが、殺り甲斐は有る。

それだけの苦労に見合った経験(糧)を獲られる。


しかし、現実は無情だ。

私が獲るのは鬱憤ばかり。

これも、“引き”の悪さが故なのだろうか。

…まあ、雷華様に出逢えた以上、一生分の運気を使い果たしていたとしても私は構わないがな。


…こほん、そういう訳で、そんな輩に誰が真っ向から近付いていくのか。

少なくとも、私はそういう馬鹿な真似はしない。

力技に力技を打付け合って戦う気など毛頭無い。

故に、回避を優先しながら“削る”事にするのは当然だと言える。



「──チッ!、糞女がっ!

目が疲れんだろうがっ!

そんな風に、ちょろちょろすんじゃねえっ!

つーかっ、ちょこまかせず正面から掛かって来いっ!

男らしく戦えっ!」


「──っ、私は女です

見て判りませんか?

ああ、その濁り腐り切った飾り物にも為らない眼では見る事も出来ませんね…

故に、“妄想”ばかりして勝手な事を言うのも仕方の無い事なのでしょう

せめて、その妄想(夢)から覚める前に逝きなさい」


「ああんっ!?、んだとっ?!

誰の眼が飾り物だっ?!」


「貴様だ、愚か者め

非常に不快ではあるが、今この場には我等しか居ないのだから、私が言っている相手は貴様しか居るまい

それすらも理解出来ぬとは眼だけでなく、脳まで溶け腐り“入っているだけ”に為っている様だな」


「──手前ぇだけは絶対にぶっっっ殺すっっ!!!!!!」


「残念だな、無理な話だ

貴様は私は愚か、誰一人も殺す事は出来ぬ…

何故なら、この場で貴様は討ち倒されるからだ

この私に因ってな」


「上等だっ!、来いっ!」


「は?、貴様に近付く?、嫌に決まっているだろう

何故、好き好んで嫌悪しか湧かない輩に近付かなくてはならないのだ」


「んだとゴラあっ?!

大体、剣士が近付かねぇでどうやって戦うんだよっ?!

巫山戯じゃねぇよっ!」


「──ならば、刮目せよ

その“巫山戯けた”証を」



そう言って、私は大太刀の柄に右手を置き、一呼吸で鞘から抜き放つ。

閃くは黒刃。

しかし、奔るは刻刃。

決して目視する事の出来ぬ不可視の刃が奔る。

そして、血花が舞う。





「──っ!?」



十分に安全な間合い。

互いの攻撃が届かぬ距離。

それを無視し、振り抜いた大太刀は童開を斬った。

──が、むさ苦しいだけの筋肉を誇っている様だ。

加えて、勘も悪くない。


まあ、単純な者である程、そういう勘が鋭くなり易いというのが雷華様の説だ。

勿論、絶対ではないが。

確かに、宅でも、そういう傾向は有る様に思えるから全くの間違いではない事は私達も理解している。

当人達は知らない事だが。


それは兎も角として。

致命傷を回避したが左肩を斬り裂かれた童開は私から初めて距離を取った。

そして、一度傷口を確認し此方を睨み付けてきた。



「手前ぇ…何しやがった」


「態々、敵に親切に丁寧に説明してやる理由が有れば教えてくれるか?」


「…〜っ……糞女がっ…」



当然である事実を言えば、理解しつつも納得は出来ず物凄い形相で睨む童開。

そういう態度を“負け犬の遠吠え”だと言うのだが。

言っても仕方が無いので、言わないでおく。


──でだ、結局の所、私が何をしたのか。

それは実は見たままの事。

ただ大太刀を“居合い”の要領で抜き放った。

それだけだったりする。


しかし、“それだけ”ではそんな事は起きない。

だから、童開は訊ねた。

答えて遣る必要は無いが。

今の童開の懐く気持ちは、理解する事が出来る。

私もそうだったのだから。



(そう、この技術は本当に“巫山戯た極技”だ…)



例えば、氣を刃の様にして撃ち放つとか、氣で気流を操り“鎌鼬”を引き起こすというのであれば、童開も不思議には思わない。

勿論、気付けない程巧妙に隠しているという考え方も出来るとは思うが。

それでは説明し切れない。

だから、考えてしまう。

“何が起きた?”、と。


実際の所は、原理としては鎌鼬現象と同じだ。

真空の刃が童開の身を斬り裂いたのだからな。

しかし、通常の鎌鼬程度で童開の皮膚を斬り裂く事は出来無いだろう。

その事は何度か斬り付けて確認しているから判る。


だから、童開は悩む。

氣を使った攻撃ではなく、自分の身を斬り裂いた。

その正体が判らないから。



(…まあ、口で説明しても納得出来無いだろうがな)



私も、それが雷華様からの指導でなかったら受け入れ難かった事だと思う。

それ程に、可笑しいのだ。


理屈としては、こうだ。

地上には大気が満ちており大気が動く事で流れが生じ“風”と為る。

であるなら、剣等を振れば風の道を意図的に生み出す事が出来る、という物。

鎌鼬現象と同じである。


其処から更に踏み込んで、“刃の触れた一部分だけ”鎌鼬現象を起こす。

それを、より速く、鋭く、“線”に近付ける事により極技は現実となる。

故に、氣は伴わない。

純粋な技術なのだから。


尚、突きによる“点”での極技も存在している事は、言うまでもないだろう。




挑発──をするつもりではなかったが、結果として、そうなっていた──により頭に血が上るかと思われた童開だったのだが意外にも冷静に為っていた。

血が下がった(出た)事で、という訳ではないだろう。



「…ペッ…まあいい…

それが何だろうが要するに“離れ技”なんだろ?

だから手前ぇは近距離戦に応じねぇんだな

近距離だけの俺とは違って“遠距離攻撃(良い手札)”持ってんじゃねぇか」


「…そういう手札を貴様が持っていないとは限らないだろうがな」


「残念だが、無ぇよ

俺は馬鹿で不器用だからな

俺には(これ)しかねぇ

だが、それで十分だ」



悔しいが童開の言った事に間違いは無かった。

雷華様なら兎も角、私では一定以上離れていなければ使えないのだから。

それは私が未熟な故。

極技の欠点ではない。


だが、それよりも今は馬鹿正直に自分が近距離戦しか出来無いという事を暴露し両の拳を打ち合わせながら笑っている童開が問題だ。



「…手札を晒すのは二流、というのが教えだ…」


「俺には無理だな」


「そうだろうな…

だが、そういう馬鹿ならば私も嫌いではない」



好き嫌いで敵を選べる様な戦場など存在しないが。

印象の変わる相手は居る。

当初の印象とは真逆に。

それは良くも悪くも、だ。


私は言いながら、大太刀を納刀して、構える。

右前の半身、右手を柄へと添えたままの姿勢で。



「戦う気になったかっ!」


「ああ、気が変わった

貴様を見下していた事への謝意も含め、今の私に繰り出せる最高の一撃を以て、貴様の武に応えよう

“真っ向勝負”だ」


「そうだそうだそうだっ!!

こうでなきゃなあっ!!

折角の戦いだっ!!

ど派手に!、猛烈にっ!、血を滾らせてっ!

殺り合おうぜえぇっ!!!!」


「…其処まで熱くなるのは私には難しいが…

まあ、負けず嫌いな点では似た様なものだろう…」



彼我の盛り上がりと言うか“温度差”に関してだけはどうしようもないな。

戦う以上、負けたくないと思うのは当然なのだが。

童開の様には…無理だな。


氣を静かに練り込む私と、咆哮に近い気合いを見せて視認出来る程に氣を高めて右拳へと集約する童開。

文字通りの一撃勝負。



「ぅ雄雄おぉおおおぉっ!

行くぜっ!、これが全力の俺の魂(拳)だっっ!!!!!!」


「死に戦け!、“空呀吼狼(くうがこうろう)”っ!」



何方等が先に、ではない。

同時に、感じ合って。

己が信念(一撃)を放つ。


音衝波を纏い絶刃と化した大太刀の刃は童開の拳を、腕を、身体を、一刀の下に断ち斬った。

振り返った時、消えて逝く彼の顔に浮かんでいたのは満足気な笑みだった。



──side out。



 顔良side──


昔から、“普通”だとか、“地味”だとか言われて。

時には“幸も影も薄い”と言われた事も有った。

そして──そうなんだって自覚もしていた。


そんな私が“過去”と為り変わる事が出来たのは。

雷華様と出逢えたから。

雷華様に愛されているから私は変わる事が出来た。

だから、今は昔に比べたら気にしてはいない。


でも、だけど。

“そういう”のとは違って私には願望が有った。

──“目立ちたい”、と。



「──でも!、これはっ!

こんな形では私の願いとは違いますよおおぉっ!!!!」



──と叫ぶ私の顔を掠め、頭上から雨の様に降り注ぐ“それ”は地面を容赦無く貫いて刺さる。

槍刃の様に鋭く。

矢の様に飛来し。

不毛の大地に、“刃毛”を突き生やしてゆく。


その元凶が奇叫を上げる。

思わず耳を塞ぐ。

塞がなければ鼓膜を破られ意識を飛ばされ兼ねない。

勿論、その位で防げる程度だったら気にもしない。

だから、きちんとした対処方法により、防ぐ。



(葵さんに感謝しますっ!

だから助けて下さいっ!

こんなの私一人で相手する自信有りませんからっ!!)



走りながら振り返った私の視界に映るのは自然界から逸脱している巨躯を持った獣だったりする。

しかし、この獣。

かなり卑怯だったりする。



(何で──何で、そんなに可愛いんですかあっ?!)



私を見詰める円らな瞳は、その巨躯や攻撃とは裏腹に物凄く純粋で。

“…きゅい?”と鳴く声が聴こえてきそうな感じで、小首を傾げるんです。

それはもう、思わず全身で抱き付いて、もふりたいと思ってしまう位に!。


そんな獣の正体とは。

全長5mは有ろうかという巨躯の“針鼠”です。

ええ、そうです。

掌に乗っかって、ころころ転がって愛らしい。

あの、針鼠さんです。


でも、大き過ぎっ!!。

“大きかったらな〜”とか想像しましたけどっ!。

だからって、変な能力付きなのは無しですよねっ?!。

そうですよねーっ?!。




全ての事の始まりは、私が拾った一枚の紙切れ。

其処には“愛曖”とだけ。

正直、嫌な言葉でした。

だから、思わず“なんて、不吉な事を書くんですか!

物凄い嫌がらせですよっ!と言うか、これって私への当て付けですかっ?!”、と叫びながら細かく千切って破り捨てて、八つ当たりを兼ねて踏み躙っていたら、突然、その紙切れが光って──爆発したら、あの子が出て来たんですよ。


しかし、ある意味で言えば名は体を表す、ですね。

確かに可愛いんですけど、こんなにも大きいと可愛さ余って鬱陶しく為ります。

やはり、想像は想像だから良いんですよ。

何でもかんでも想像の物を現実化すれば良いという事ではない訳ですね。

想像の中だから楽しめる。

それも、大事な事です。



「でも今は助けてっ?!

想像の中じゃなくて本当に誰か助けてっ?!」


《──今は無理(です)(ね)(よ)(だわ)》


《頑張りなさい、斗詩》



──と、一縷の望みを託し繋いでみたから、全員から無理と言われました。

グスンッ…雷華様ぁ、私、何かしましたか?。

私ってば不幸過ぎますよ。



《…斗詩、女を上げるなら絶好の機会よ?

それを貴女は逃すの?

雷華に──魅せないの?》


「──頑張りますっ!!」



──が、華琳様の一言で、気付きます。

それもそうですよね。

そうなんですよね!。

悪い方にばっかり考えると不幸なんですけど、これを前向きに考えると絶好機な訳だったりします。

逃しませんとも!。


天に向け、拳を掲げ誓う。



「見ていて下さいっ!

私、頑張りますからっ!!」





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