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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       参拾伍


翼を広げ、羽撃く様に閃く剣と為った翼槍の刃からは炎が羽根の様に舞い踊る。

切り裂いた金名の身体を、業火と為って焼く。



「…残酷と言うか、残忍と言うべきなのか…

何とも言えませんね…」



──が、それは金名の命を奪うまでには至らない。

手足を焼き滅ぼしながら、それ以上は焼く事をせずに静かに燃えているだけ。

だが、可笑しくはない。

司氣である炎は私の意思で焼く対象を選択出来る。

何処まで焼くのか。

その程度には制御が出来る域には辿り着いている。


その結果、私に生かされる金名は此方を見ながら軽い抗議を投げ掛けてくる。

気にはしないけど。

金名を生かしている事にはちゃんと理由が有る。

そうでなければ、私も好き好んで他者をいたぶる様な真似はしない。

そんな趣味・嗜好は無いし一思いに終わらせるわ。


金名の側まで歩み寄ると、私は静かに見下ろしながら口を開く。

勿論、油断はしないで。



「…一つ、訊いても?」


「…私に答えられる事なら構いませんよ…」



少しだけ逡巡した様だが、金名は私の問いに答えると返してくれた。

それは勝敗が決したが故の彼なりの敬意なのかも。

勝者に対する敗者としての称賛の意味も含めて。



「何故、あの時、孫策達を“見逃した”?」



そう訊ねると金名の双眸が僅かにだが、揺れた。

驚き、躊躇い、迷い…。

他にも混ざった感情が有るのかもしれない。

だが、それを飲み込む様に金名は感情を隠す。



「…何の事でしょうか…」


「惚けるな、貴様の腕なら全員は難しくとも一人位は仕留められた筈だ」


「…流石に貴女の姉は…」


「そうではない

何故、“小野寺”を貴様は狙わなかった?

孫家の中核は孫策ではなく彼だと判っていた筈だ

そして、彼は弱いとも

彼を仕留めれば、孫策達は憤怒と憎悪、悲哀によって我を忘れ復讐の為に戦いに参加していただろう…

そうなれば、我々にとって大きな“足枷”となった

それを貴様が予想出来無い筈が無い」


「………」



誤魔化そうとする金名だが私の指摘を聞いたのと共に口を噤んだ。

だから、視線で問う。

“先程、自ら言った言葉は偽りだったのか?”と。


すると、金名は諦めた様に深い溜め息を吐いた。



「…ええ、その通りです

それは可能でしたね

孫策軍は脱出する事にだけ集中していましたから…

彼一人を狙って殺す事は、然程難しい事ではなかったでしょうね」



其処で言葉を切る金名に、私は視線で続きを促す。



「…彼が、北郷とは違って“人間である事”を選んで歩んでいたから…

それでは、駄目ですか?」


「…いや、十分だ

今、終わらせよう」


「…地獄(彼方)で貴女達が来るのを待っていますよ」



そう言い残して金名は炎に飲まれて消え去った。



──side out。



 甘寧side──


“漸く、全力で…”と。

そう思ってはいるのだが、思っていた以上に私の前に立ち塞がる相手は厄介。

見た目とは不釣り合いな程“老獪”な戦い方をする。

正直、劣化版の雷華様だと言えない事もない程だ。

勿論、雷華様の方が遥かに格上では有るのだが。



「──何じゃ、まだ考え事をしておられるとはのぉ…

随分と余裕が有るのぉ」


「…軽口を叩ける貴様には言われたくはないがな」



そう言いながら、迫り来る槍刃を曲剣で弾き逸らすと接近し過ぎない様に後方に飛び退き、距離を取る。

止まる事は無く駆け回る。

進路上に現れる土塊兵共を蹴散らしながら、斬り結び続けている。



(…私と同じ様に、速さと技巧に重きを置いているが故に長引いてしまうな…)



何方等かが力押し形ならば決着は早いのだが。

私達の様な戦い方を得意としている者同士となると、実力が隔絶していなければ戦いが長引いてしまうのは仕方が無い事だろう。


──とは言え、実際問題、私達の能力は私の方に分が有る事は間違い無い。

単純な威力等は私が上だ。

それは間違い無い。

しかし、それを補うだけの経験値が相手には有る。

結果、総合的な実力として簡単には決まらなくなり、戦いを長引かせている。



(何れだけの戦を生き抜き死線を潜り抜けてきたのか想像が出来無いな…)



そう考えながら見据える。

全長は1.5m程だろう。

二本の短槍を両手に持って巧みに操り攻めてくる。

その者の名は高定。

叟族の長という男だ。


叟族の事なら、私も錦帆賊として活動していた事から色々と知っている。

悪名の高さならば私達より“民の間”では有名だ。

だが、“権力者の間”では私達の方が上だった。

その理由は単純。

悪政宦官や悪徳商人を狙い襲っていた私達に対して、叟族(彼等)は力の無い弱い無辜の民を狙って襲う。

その上に私達の敵(獲物)に裏では協力的だったりするという話だったからな。

直接、対峙した事は無いが相容れない相手だという事だけは理解していた。


だから、戦う事自体に対し躊躇う理由は無い。

ただ、気にはなるのだ。

この高定という男は、一体“何時から”王累の配下に入っていたのか、と。


どうでもいい事だと言えばどうでもいい事なのだが。

疑問としては当然だろう。

まあ、本人の口から直接に訊き出すのか、戦いの後に雷華様に御訊ねするか。

その何方等かだろう。

…“だから何だ?”という程度の疑問なのだが。

気にはなる訳だ。



(それを知ったから何かが変わるという訳ではないが気持ち的には、すっきりとするだろうからな…)



もやもやと、晴れないままよりかは精神的に良い事は言うまでもない。

例え、一過性の疑問による物だったとしてもだ。

考える事は大事だからな。




疑問を解消する為に。

敢えて、接近戦へと転じ、高定に肉薄する。

普通に“仕掛けて来た”と思えるだろうがな。


振り抜いた曲剣は、高定が身体の前で交差させた短槍によって止められる。

ギリギギリッ…と鈍い音を立てながら押し合う。

受け流すのは簡単だろうが高定も敢えて受けていると交えた刃を通して感じる。



「…貴様、何時から王累の配下に為っていた?」


「フム…何時から、のぉ…

敢えて言うのじゃとすれば最初から、じゃろうのぉ」



そう率直に訊けば、高定は少しだけ考える素振りをし勿体振った様に答えた。

“最初から”というのが、一体“何処から”を指して言っているのか。

それが肝心だろう。

思い浮かぶ可能性が有り、それを高定に打付ける。



「…それは、貴様が叟族の長と為った時には、という意味なのか?

それとも──現世に貴様が生を受けた時からか?」


「ホッホッホッ──嗚呼、お前さん、良いのぉ…

久々に愉しめそうじゃ…」



ゾクリと背筋が寒くなる。

それは恐怖からではなく、感情を窺えない張り付けた笑みと、糸目の奥に宿って爛々と耀いているだろう、その狂喜を感じたから。


勿論、この程度で焦る様な軟弱な鍛えられ方を私達はしてはいない。

雷華様の方が上なのだ。


だが、そうは言っていても歓迎する相手ではない。

寧ろ、嫌悪感が先に立つ。

そういう相手である。

何しろ、その温厚な笑顔の下に隠した外道な本性を、決して気取らせる事は無く近付いてくるのだから。


ただ、疑問は一つだけでは無かったりする。

だから、一応は、溢れ出す感情を抑え込む。



「…貴様にとって、叟族の者達は何だったのだ?」



高定が叟族の長という事は問題には為らない。

しかし、高定は一族の者を率いて此処に来ていた。

その一族は全て、王累の駒として犠牲となり、無惨に命を奪われてしまった。

形は違えど集団の長として仲間の命を背負った私には赦し難い事だった。



「そうじゃのぉ…

端的に言えば、戦いの為の人柱(犠牲)じゃろうか

まあ、生きておる間は儂のお陰で、過去の叟族よりは確実に良い思いを出来たのじゃからのぉ

対価としては、十分過ぎた日々を遅れた筈じゃて」


「…そうか」



感情は抑えている。

それでも、無意識に声音が冷たくなってしまう。


高定の言う通り、犠牲には為ってしまったが、叟族の者達が他者を襲い獲ていた様々な利益を思えば、一族全てが死に絶えようとも、自業自得だと言える。

我欲に溺れたが故に自らも他者の我欲を満たすが為の犠牲(糧)に為った。

ただ、それだけの事だ。

弱肉強食(真理)の下にな。




それでも、懐く感情は全く別物だと言えよう。

私は、私達は、高定の様な輩を赦せはしないのだ。


互いに得物を弾き合って、飛び退いて構え直す。

そして、動き出そうとした瞬間だった。

唐突に思い出したかの様に高定が呟いた。



「──ああ、そうじゃった

お前さんは確か、錦帆賊の頭じゃったのぉ

ならば、凌操の様に踊って楽しませて貰えるのぉ」


「──っ!?」



ザワッ…と心が騒ぎ立つ。

思考を塗り潰し、冷静さを奪い去ろうと闇が蠢く。

何故?、高定が凌操の事を──と考えるまでもないと直ぐに結論付けた。

意外な程に、あっさりと。

驚く程に、冷静に。

私は思考を終了させた。


直接的な犯人、依頼者。

此奴等は既に死んでいる。

その事は、雷華様から直接聞かされているのだ。

其処に間違いは無い。


だが、残っていた様だ。

その両者を繋いでいた者、謀略を“仲介した”者が、私の目の前に。


思わず口角が上がりそうに為ってしまう。

あまりの“歓喜”の前に、自制心を失い掛ける。

だが、雷華様の顔が直ぐに脳裏に浮かんだ事により、それには至らなかった。



「私は相手が貴様であった事に感謝しよう

この手で葬れる事にな」


「ホッホッホッ…良いのぉ

実に心地好い殺気じゃ…

しかし、少々物足りぬな…

もっと深い憎悪に染まる事を期待したのじゃがな…

フム…残念じゃのぉ…」



それは当然だろう。

雷華様の教えは私を導き、心身に刻み込まれている。

当然、憤怒は懐く。

だが、憎悪には染まらぬ。

この戦いは、私の戦い。

私が背負う、私の決着だ。

誰にも邪魔はさせない。



「そう嘆くな、高定…

これが貴様にとって味わう最後の殺気になるのだ

二度と味わう事は出来ぬ

故に、存分に堪能しろ」


「さて、そう簡単に最後になるかのぉ…」


「死出の土産に覚えて置け

鈴の音は、黄泉路へ誘う、標と知れ…」



静かに、鈴が鳴り響く。

私達の想いを秘めて。




距離を取る必要は無い。

私は迷わず高定に向かって疾駆して肉薄する。

その勢いのまま振り抜いた曲剣が、高定の頚を刎ねる──事は無かった。

最短距離で狙う必殺。

それは読み易いからだ。



「──っ!?」



だが、そうなる事は此方も当然読める訳で。

次を用意するのは必然。

私は振り抜いた勢いのまま最小限で最高速に回転し、曲剣を高定に向かって投げ放っていた。


それは高定にしても予想外だったのだろう。

宙に浮いている事も有り、回避は不可能に近い。

だが、高定は左手の短槍を地面に刺して強引に軌道を変え迫った曲剣を躱した。

──瞬間に、私は右手から伸びる紐を手繰った。



「──これはっ!?」



同時に曲剣が方向を変え、高定に向かってゆく。

それもギリギリで躱す。

だが、再び進路を変え──三度、高定は躱す。

その瞬間、曲剣から伸びる紐が高定を捕らえた。



「くっ!?──霧じゃとっ!?

彼奴は何処じゃっ!?」



拘束された高定は焦る中、私を探して気付く。

周囲が霧に覆われていて、私の姿が見えない事に。


曲剣に氣を与え、周囲へと霧を発生させる。

それは紐を通じても可能な事だったりする。

しかも、隠行は専売特許と言ってもいい位だ。

高定では見破れない。

故に、高定は守りに徹する事を選んだ。

それは最善の選択だ。


だが、それでは足りない。



「──っ!?」



鈴の音が、静寂に響く。

一つ、二つ、四つ、八つ…響く程に数を増し、重なり合って五感を奪い去り。

恐怖を奏でる。



「顕幻しろ!、“紫影霏燕(しようひえん)”っ!」



そして、最大に強化された一閃を以て高定の身を縦に両断にし、決着。


貴様は断末魔すら許さぬ。

恐怖に抱かれて果てろ。



──side out。



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