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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       参拾肆


再び戦い始めようとした、その時だった。


視界に光が降り注ぐ。

見上げるまでもない。

視線の先に、黄昏色の闇を引き裂いて掛かる光架。

動揺する金艮・金熊と違い私達は思わず笑む。


頭上を、戦場を結界が覆い私達に報せてくれる。

“さあ、始めましょう”と華琳様の声が聞こえてくるかの様に告げる。

改めて私達に対し軍将陣の“開幕”の時を。



「…さてと、楽しんでた所悪いが、此処からは私等は“全力”で行く

だから、直ぐに終わっても文句は言うなよ?」


『──っ!!』



その翠さんの一言で二人の顔から“表情”が消えた。

正確には“私的な感情が”という事になるが。

自分達の意思を優先させて戦っていた二人が、本来の自分達が果たす“使命”を思い出したのでしょう。

つまり、主君である王累の“駒”としての役目を。



「…どうやら、“遊び”が過ぎたみたいですね

お陰で頭が冷えましたよ」


「何だ、もう止めか?

折角、素で話してたのに」


「キシャシャシャシャッ…

熱くなるのは面白ぇんだが目的を見失っちまう様じゃ笑え無ぇからなぁ…」


「まあ、それもそうだな」



怒りによって傾倒していた思考が正常に戻ったらしく金熊は最初の口調に戻り、金艮は武人でも兄でもない“戦士”へと変わる。

金熊も厄介ではあるのだが金艮の方が遥かに厄介だ。

何しろ、そう為った者と、為れない者とでは、大きな隔たりが存在する。

文字通りに一線を画する。



(…敵であるという事が、本当に惜しい兄弟だな…)



色々と問題は有る二人だが対峙してみれば特に悪感情を懐くという事は無い。

確かに色々と頭が痛い事は否めないのだが。

その賑やかさは私達の在る日常の雰囲気に近いのだ。

だからこそ、思ってしまうのだろうな。


勿論、だからと言って今更躊躇う様な事は無いが。



「手前ぇ等が今から全力で遣るってんならよぉ…

此方も見せてやらぁ!

“取って置き”をなっ!」


「…気が進みませんがね」



そんな状況なのに彼方等も真剣なのか否か判らない。

本気なのは確かだと思うが今一真剣さは伝わらない。

主に金艮の所為で。


そう思って見ている事など気にもしない様に、金艮は何やら手足を動かす。

…今更、準備体操?。

いや、流石に無いか。

…無いと思いたいです。



「行くぜっ!、超極秘奥義・武羅叉(ぶらざ)ーっ!」


「…混魃人(こんばっと)




遣る気満々の金艮に対し、金熊は諦めた様にしながら“仕方が無い”という様に適当に呟いて続く。

此方も、変な動きを適当に面倒臭そうにしながら。



壊救世(えぐぜ)ーっ!!』


『──っ!?』



そして、二人が同じ格好で声を揃えた瞬間だった。

二人を眩い光が包み込み、私達の視界を染め上げた。


咄嗟に後ろに飛び退いて、防御姿勢を取る。

それしか出来無かった。




光が収束し──消えたら、其処に金艮・金熊の二人の姿は存在しなかった。


しかし、その代わりに別の存在が其処に居た。

全身が筋骨隆々で表皮すらテカテカと照っている程に活力に溢れている。

ビクビックンッ!と跳ねる胸筋…侮れません。

一般的な成人男性の四倍は有る手足が四本ずつ。

そして、坊主頭の獅子頭。

鬣は無いが、顔は獅子だ。

全身にも被毛は無い。

見た目は物凄く変だ。


だが、驚くべきは、そんな姿形ではない。



「──なっ!?、まさか!?、“合身”した、だとっ!?」


「──っ!、アレがっ!?

“変身”と並ぶ異形の中で真の強敵にのみ許される、究極奥義の一つ…っ…」



私達は驚愕と共に息を飲み警戒心を跳ね上げる。


それは、雷華様が仰有った英雄譚等には付き物である“敵役(ラスボス)”という存在だけが用いる極技。

“まだ我は後三回の変身を残している”とか言うのが台詞の決まり事らしい。

“悪の美学”という物なのかもしれません。


兎も角、それ程極技を今、二人は使ったのです。



「キシャーシャッシャッ!

行くぞっ、小娘共っ!」


『──っ!!』



ググッ…と、身体を屈めて肩から突進をしてくる様に構えを取る──“筋獅子”とでも呼びましょう。

その構えた筋獅子が地面を──ビダンッ!、と叩いて突っ伏した。



「──痛おぉっ!?」


「──ぶべっっ!?

ちょっ、何勝手に攻撃とかしようとしてんのっ?!

此処は先ず様子を見ながら遠目からでしょっ?!」


「いやいやっ、弟よっ!

漢なら拳で語る所だっ!」


「普段は手斧使ってる癖に何で今だけ拳だよっ?!

巫山戯んじゃねぇっ!」


「普段は普段だっ!

何より、この姿に為ったのであれば殴り合う事にこそ漢の浪慢が有るっ!」


「無ぇよっ、そんなのっ!

つーか、捨てて来いっ!

そんな糞の役にも立たねぇ浪慢なんて捨てろっ!」


「いーやっ、駄目だっ!

これだけは譲れんっ!

如何に弟の頼みで有ろうと絶対に譲れんぞーっ!!」


「無駄に暑苦しいっ!」



──と、何やら、獅子頭が忙しく左右を向きながら、一人喧嘩?を始めた。

…もしかしたら、筋獅子は同じ身体を二人が共有して動かしているのだろうか。

…うん、そんな気がする。



「──よし、迸り穿て!、汞倶尖麟っ!」


『──なぁガボゴボバボボベボゴボバボッ!!!!????』



我に返った翠さんは手早く矛槍の能力を発動させると筋獅子を水球で捕縛する。

放って置けば溺死しそうな気もしないではないですが早く終わらせる為に、私も動きます。



「猛駆裂星!、“飛勇閻虎(ひゆうえんこ)”っ!」



氣を喰らい両手の手甲から氣晶の大爪が生じる。

それを対剣の様に振り抜き筋獅子の四肢を断った。

…虚しい戦いでした。



──side out。



 孫権side──


姉様達が完全に“圏外”へ脱出した事を悟り、動きを変えて攻め始めた。

其処までは予定通り。

特に問題は無かった。


しかし、相手の金名の方も決して容易い相手ではなく中々に攻め悩む。



「いやはや、本当に貴女は器用な方ですね…

とても“聞いていた話”と同じ人物とは思えません」


「ああ、そうだろうな

その事は私自身が誰よりも自覚している」



相変わらず、こうして時折揶揄う様に話し掛けてきて私の動揺を誘う。

或いは、激昂させて感情に振り回されて隙を作らせる事が狙いなのだろう。


だが、それは難しい話だ。

何しろ、今の私の精神面はある意味で無敵だ。

そう、雷華様以外に簡単に心を揺さ振られはしない。

女心と秋の空──は違う。

乙女心と体重計──も違う…ああいや、それはそれで合ってはいるのだけれど。

そうではなくて。


走馬灯ではいが、今日まで私が積み重ねてきた日々が瞬間的に脳裏を過る。

単純に分ければ私の歴史は三つに分けられる。

先ずは生まれてから母様が小蓮を産む辺りまでの私。

それから、雷華様に出逢うまでの私。

そして、雷華様に出逢って以降の今に至る私。

年齢的に見て一番長いのが第二時代の私ね。

勿論、これから先だったら第三時代の私だけれど。

現時点では、という事よ。


鬱屈していた第二時代。

それが金名の言う話であるという事は直ぐに判る。

正直、良い思い出ではないという事も有り、進んでは語りたくはない話だもの。

けれど、思い出したくないという訳ではない。

辛く、苦く、嫌な気持ちは懐かない事は難しい。

しかし、それら全てを今は受け入れられている。

今の私にとっては、全てが欠かせない糧である。



「…解らないだろうがな」


「何がです?」


「人はな、成長す(変わ)るという事が、だ」


「………」



その意味が解らないというつもりではない。

飽く迄、私の理由が、だ。

例え、自分(過去)を奪われ傀儡(駒)と為ってはいても金名も私達と同じ人だった事には変わりない。

だから、そういう意味での発言ではない。


しかし、“今の”金名には理解出来無い事だろう。

彼は王累の傀儡(駒)というだけの存在なのだから。



「…やれやれ、予想以上に“負けず嫌い”でしたか」


「どの程度の評価だったか大体は察しが付くが…

残念だったな

生憎と、これ位でなければ進む事が出来無いのでな」



主に、女として、妻として雷華様の隣を目指す為に。

現状に満足し甘んじている様では置いて行かれるのが判っているもの。

まあ、そういう事を競える恋敵(相手)が居るからこそ私達は進めるのよね。

一人ではないから。




そうこうしている内に空は黄昏てゆき──待っていた“八卦晶界陣”が為る。



「おや?、これは…ああ、成る程、そうですか…」



一旦動きを止めた金名が、新しく張られた結界を見て小さく溜め息を吐いた。

この結界が、どういう物か理解したのだろうな。

そういう意味では、下手な武将よりも面倒だ。

だからこそ武張らせている事には意味が有る。


──と言うか、もし王累が適材適所で当てて来たなら私達は今よりも遥かに苦労していたでしょうね。

王累が金名達を“使える”と判断してはいても。

使い捨てる気だから、然程有用な運用はしていない。

謀略を巡らせていたのも、殆んどが開戦前まで。

…まあ、其処は“結果的にそう為った”と言うべきと判ってはいるけれどね。


雷華様の掌で転がされて、華琳様に口で踊らされて。

その真価を発揮する前に、悉く潰されたというだけ。

ええ、それだけの話よ。



「…どうやら、遊び過ぎたみたいですね…」



何処か諦めた様な雰囲気で金名は此方に向き直る。

だが、その双眸の輝きも、戦意も鈍ってはいない。

寧ろ、強く為っている。



「漸く、全力を出すか」


「いえ、少し違いますね」



軽い挑発と皮肉を込めての発言だったが、金名に軽く流されてしまう。

…確かに、考えて言える程私は“こういう”のは得意ではないのだけど。

気力には影響しないけど。

あっさり遣られてしまうと若干凹んでしまう。

…悔しくはないわよ!。



「何だ、此処に来てもまだ余裕が有るのか?」


「有ったら良いのですが…

生憎と、彼我の力量差位は察しが付きますので…

此処からは死力を尽くして当たらせて頂きます」


「…そうか」



苛立ちを打付ける様にして更に煽ってみたら、金名が私が思っていた以上に強い覚悟を見せてきた。

下らない感傷は綺麗に消え闘志だけが湧き上がる。


その覚悟に対し、正面から応えて殺り合いたいと。

“虎”の血が騒ぐ。




暗器というのは、見せない事は勿論、感じさせない・解らせない事も重要。

得物が何であるのか。

それが知られてしまったら相手に警戒心を与える為の不確定要素が失われる。

だから、暗器使いは決して得物を知られない様にする事を重要視する。


──それなのに、だ。

金名は暗器を晒した。

凪の様な格闘主体の者達が使う手甲から伸びる細長い鉄線は泉里の銀繭絲の様に切り裂いてくる。

鉄線の先端に小さな分銅が付いているらしい。

そして、伸びて──戻る。

収納されるのだ。

これは判らなかったら結構厄介な得物でしょうね。

素直に、そう思った。



「嫌な得物だな!」


「其方等もっ、ですよ!」



金名の攻撃を躱しながら、翼槍の柄を伸ばす事により間合いを変化させる。

伸縮する、という意味では互いに同じ。

つまり、まだ足りない。


金名が左手を突き出して、鉄線を伸ばしたのを躱して──眼前に迫る手甲が私の視界を塞いだ。

上手い手だ。

しかし、それでは不足。

私は動じずに躱す。


“合わせる”様に繰り出す石突きから伸び出る鎖が、金名の右腕を手甲ごと絡め取ったのを見て一本釣りの要領で引き抜く。



「──貰ったっ!」


「──っ!?」



体勢を崩し前のめりになる金名の隙だらけの懐目掛け一歩、踏み込む。

──それと同時だった。

金名が手甲を外し、前へと踏み込んだのは。

爪から滴が落ちる。

私の懐へと飛び込んできた金名の“毒爪”が迫る。


──が、一手、勝った。


振り上げた翼槍の柄を縮め右手から背面越しに左手に持ち変えると、剣と為った刃を逆手のまま身体を捻り迷わず振り抜く。



「天を灼け!、“緋炎冴凰(ひえんこおう)”っ!」





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