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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
793/915

       参拾参


傍に来る翠さんを感じつつ視線は金艮・金熊の兄弟に向けたまま逸らさない。

あの程度で倒せる相手とは思ってはいません。

飽く迄、一時中断しているというだけです。

まだ終わってはいない以上油断は出来ませんから。


──と、思って見ていたら頭を乱暴に撫でられた。

当然、雷華様ではない。

此処に居る居ないではなく撫で方が全く違うから。

雷華様の場合、傍目からは乱暴に見えても当事者には“少し強め”に感じる程度だったりする。

つまり、雷華様の優しさと深い愛情が籠っている為、愛撫だと言──こほんっ…まあ、そんや訳です。


それに対して、今私の頭を撫でている方は乱暴です。

優しさや愛情が無いという訳では有りませんが。

遠慮や手加減が無いです。

その事からも、同性である事が判ります。

…まあ、私が間合いに入り頭を撫でられる相手自体が此処には、宅の女性(皆様)しか居ない訳ですからね。

当然と言えば当然です。


そして、誰かという事も、考えるまでも有りません。



「ほら、力抜けって

力み過ぎてるぞ」



視線を向けた瞬間に苦笑を浮かべながら翠さんは私に話し掛けてくる。

“目を見て話せ”が対話の基本であり礼儀なのだが、時と場合に因っては視線を合わせない事も重要。

或いは、視線を上手く使い誘導する事も、である。

…私は苦手だが。


…私が視線を向けなければ翠さんは私の頭を撫で続け待っていたのだろうか?。

ふと、そんな事が思い付く程度には私の意識は解れ、力が抜けたのでしょう。

翠さんが手を退けた。

…若干、名残惜しいと思う辺りは“姉妹”意識が有る為なのだろう。

女として、妻としては皆が好敵手(恋敵)なのですが、それ以外では姉妹と言える様な関係ですから。

…べ、別に甘えたいとか、そういう事では無いです。

ええ、違いますとも!。


──という、勝手な動揺を気付かれない様に隠しつつ翠さんに話し掛ける。



「…判る程に、ですか?」


「“私等だから”って位の物なんだけどな

けどな、そう為ってるって事が重要だろ?」


「…それは……はい」


「まあ、あれだな

根が真面目な分、無意識に“正々堂々”って事を頭が重視してる遣り方に為るんだろうけどさ…

これは闘いじゃないんだ

一対一(さし)に拘る必要は何処にも無い、だろ?

…まあ、そう言う私自身も偉そうに他人の事を言える訳じゃないけどな…」



そう翠さんに言われてみて──成る程、と思った。

確かに私は金熊と戦う中で“一対一で…”と無意識に決め付けていた気がする。

そんな必要は無いのに。


…まあ、そういう状況へと為る一因は翠さんが金艮と勝手に戦いを始めたからな訳なのですが。

それは言わないでおく事にして置きましょう。

頼りになる“姉さん”を、態々貶める様な真似をする理由は今の“妹(私)”には有りませんから。




土煙が舞っていた中から、立ち上がる姿が見える。

独特過ぎる影の形を見れば誰なのかは一目瞭然。

その予想を裏切る事無く、金艮が獰猛な笑みを浮かべ此方等を見ている。



「くぅ〜っ…やってくれるじゃねぇかーっ!

だがな、この程度で俺様を倒せるだなんて──」


「──おいっ、退けっ!

人の上に乗ったまま勝手に話を進めるな愚兄っ!」



──俯せに倒れ伏している金熊の上に立って。

いや、気付きますよね?、普通、判りますよ?。

足下が軟らかかったら。

だから、下で踏まれている金熊が怒るのは判る。

と言うか、大体なら誰でも怒る事だと思います。



「おおっ!、其処に居たか我が愛しき弟よっ!

だが、そう照れるな!

幾らお前が、お兄様の役に立てて嬉しくても喜ぶのが恥ずかしいからと、意地を張っているのは判る!

判っているからな!

キシャシャシャシャッ!」


「っ、人の話をっ…いや、もうそれでいいから…

兎に角、退いて下さい」



仁王立ちをして話していた金艮に下敷きにされていた金熊が下から抗議と批難の声を上げると、金艮は特に気にする様子も無く笑顔で金熊に話し掛けていて──退ける気は無さそうだった様に見えたのは、気のせいという訳ではなかった様で金熊の方が諦めた。

“話を聞かない”よりも、“話が通じない”方がより面倒な相手ですからね。


取り敢えず、それによって話が終わって金艮は金熊の背中から退けた。

金艮という荷物が無くなり金熊は立ち上がる。

土埃に塗れた服を叩きつつ金艮を“居ない者”という体で意識的に除外した様で文句も言わずに私達だけを見据えてくる。


…多分、“苛めっ子”なら此処で金艮の事や、二人が兄弟である事を上手く使い弄るのでしょうね。

私には出来ませんが。



「なんだ、お前等って兄弟だったのか?」


「おうっ!、此奴は俺様の可愛い弟の金熊だっ!

俺様と違って恥ずかしがり屋なんだがな!」



──と、特に気にする様な素振りもなく、当たり前の会話という感じで翠さんは会話に出て来た兄弟という事を金艮に訊ねた。

自慢気に肯定し話している金艮に対して、金熊の方は明らかな拒絶を見せた。

──と言うか、金熊の顔が表情を失った。

…そんなに嫌なんですか。



「いやいや、それはお前が恥ずかしがらな過ぎるってだけなんじゃないか?

寧ろ、金熊の方は私等からしてみれば、普通だな」


「何だとっ!?

そうなのか弟よっ?!

そうだったのかっ?!」



掴み掛かって、問い詰める様に話し掛ける金艮に対し無視しようとしていたが、“ブッヂィイッ!!”と音が聞こえてきそうな程に。

金熊がキレた。



「──ああそうだよっ!!

お前が頭可笑しいんだって昔から思ってたよっ!!

何だよ、その格好はっ?!

意味解んねぇんだよっ!!

──つぅーかっ、俺の事を巻き込むんじゃねえっ!!」





金熊の態度の変化は劇的で──少なくとも、対峙した私にとっては当初の印象が変わるのに十分だった。

と言うより、兄弟としては実は似ているんだと判って逆に納得してしまう。


そして──その反動により綺麗に切り揃えられていた前髪が“落ちた”。



『──え?』



その予想外の事態に驚いて声を漏らす私達の事なんて気にもしていないのか。

金熊は両手で金艮の胸元を掴み返して怒鳴り続ける。

相当溜まっていたらしく、かなり言葉が汚い。

ただ、その内容を聞く限り金熊に同情してしまうのも仕方の無いと思える部分が半分は有った。

もう半分は逆恨みだが。


そんな事よりも、だ。

私達が反応に困るのは。



「おおっ!、弟よっ!

そうだ!、それでいいっ!

それでいいんだっ!」


「何がだよっ?!」


「久し振りではないか!

お前の顔を見て話したのは一体何時だったのかさえも忘れてしまう程だぞ!

隠す必要など無いっ!

嗚呼っ!、我が弟よっ!」


「──っ!!??」



金艮の言葉に、キレていた筈の金熊は両手を離したら即座に顔と頭を触る。

其処には何も無い。

深く被っていた外套も。

視界を塞いでいた前髪──被っていた“鬘”も。

そして──生えている筈の髪すらも、その頭頂部には綺麗に存在していない。


晒している事を理解して、金熊は私達に振り向く。

其処で──更なる衝撃。



「──いや、笑撃だろ…」


「──っ…くっ…」



翠さんの的確過ぎる一言に我慢し切れずに吹き出す。

笑ってはいけない。

頭では理解している。

しかし、現実は非情で。

このまま我慢してしまえば私の腹筋が崩壊するまでは時間の問題だと言えた。

その為、不本意では有るが私は背を向ける事にした。

見なければ、増しだから。



「…貴様等…見たな?」


「そりゃあ、まあ…堂々と見せられたらなぁ?」


「違えよっ!、見せたくて見せたんじゃねえっ!

どう考えても不本意だって判るだろうがっ?!」


「何を気にする弟よっ!

その円らな瞳っ!

俺様は大好きだぞっ!」


「黙ってろ糞兄貴っ!」


「いや、円らだと思うぞ?

見た事無い位にな」



そう言った翠さんの言葉で脳裏に思い浮かぶのは先程見たばかりの金熊の素顔。

そう、とても円らな瞳だ。

まるで、墨を一滴落として出来た様な小豆よりも更に可愛らしい二つの瞳。


顔の大きさは大きい方で、立派で極太な眉が有って、兄よりも太く大きな鼻と、少年の様な可愛い唇。

其処に、ちょこちょこんと円らな瞳が二つ。

違和感が有り過ぎる感じで存在していた。




つまり、こういう事だ。

美的感覚が狂っている兄は弟を可愛いと本気も本気で思っているのだが。

感性が普通の弟からすると自分が世間一般的に考えて容姿が変わっているという事を理解している訳だ。


当然、両者の考えは真逆で弟は顔を隠したがる。

しかもだ、その悲劇的には兄は外見は抜群に格好良い中身が残念という始末。

“何故、逆じゃない?!”と弟は思った事だろう。

だが、現実は非情だ。

そして、これが現実だ。


因みに、正月に皆で遊んだ“福笑い”という雷華様が作られた遊具で出来た顔の可笑しさでは笑ったが。

これは、笑っては失礼だと頭では判っている。

そう、判ってはいるのだ。


だが、限界は有る。

私は聖人君子ではない。

普通の感性の人間だ。

無理な物は無理である。



「────ぷふっ…」


「──死ねや、小娘っ!!」


「──っ!?」



視線を外していた事。

場の空気が弛緩した事。

翠さんの意識が金熊の方に傾いていた事。

理由は幾つも挙げられる。

だが、それ以上に兄の弟に対する愛情の深さを。

私は見くびっていた。


気付いた時には金艮の持つ手斧が視界の端で閃く。



「──チッ!」



──が、そう簡単に私とて殺られるつもりは無い。

油断していた事は確かだが無警戒ではなかった。

理由は何で有れど、戦いの最中に敵から視線と意識を外すという行動の危険性を理解しているのだから。


華麗に、とはいかないが、前転する様に地面を転がり金艮から距離を取る。

起き上がった所に同じ様に距離を取った翠さんが来て視線で“仕方が無いけど、今のは凪が悪いからな?”という意思を示す。

それは理解しているので、私も小さく頷き返す。



「…先程は失礼をした

敵とは言え、貴男の容姿を侮辱した事は謝ろう」


「…小娘、手前ぇは絶対に俺が殺して遣るからな!」



誠意を示すつもりで素直に謝罪したのだが。

金熊は更に怒り心頭。


私が悪いのは確かだが。

むぅ…難しいものだ。




そうして再開された戦いは一対一から二対二へ。

とは言え、彼方等の狙いは兄弟の揃って私らしい。

当然と言えば当然だが。


しかし、金熊が攻めてきて初めて得物が何であるかを知る事が出来た。

意外と言えば意外なのだが納得出来る面も有る。

金熊の得物は両腕に付けた円形の二つの鉄盾。

それを拳甲の様にも扱って打撃を放ってくる。

攻守一体型の戦い方からは彼の性格を読み取れる。

ただ、元々の戦い方が彼の基礎に有るからだろう。

間合いの取り方が上手い。


それに、仲が悪いとは全く思えない二人の連携。

自分勝手そうな金艮だが、金熊の動きを理解しているというのが判る。

主導しているのは金艮だ。

一方、反発している金熊は金艮と絡む事で動きを更に変化させていける。

だが、時に金熊が補助へと回る事で金艮が攻撃に転じ前に出て来る。

一定ではない。

兄弟だからの呼吸。

正直、一対二で戦ったなら苦戦は必至だろう。



「──させるかよっ!」


「──鬱陶しいっ!」



しかし、これは二対二。

私にも“姉”が居る。

彼等兄弟にも負けない絆を私達姉妹も持っている。



「しゃらあっ!」



金艮を狙った突きを金熊が庇う様に割り込んで防ぎ、金熊の肩を踏み越える形で金艮が翠さんに飛び掛かる所で私が横から金艮を狙い殴り掛かる。

それを読んでいたらしく、金熊が金艮の右足を右手で掴み取り金艮は左の鉄盾を足場にして私に方向転換し斬り掛かる。

それを再び翠さんが妨害、金熊が翠さんに肉薄すれば翠さんは矛槍を突き立てて跳び上がって躱すと、私は矛槍を掴んで巻き付く様に旋回し金熊を蹴り飛ばし、金艮に命中させる。

弾かれ合う様に距離を取り私達は静かに構え直す。




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