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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
792/915

       参拾弐


頭では理解している。

けれども、だからと言って納得が出来るか否かは全く別の話だと言える。


巨体を揺らしながら此方に接近し続ける“莫髑魑”。

その直接の相手は愛紗達が遣ってくれてはいるけど、その分、土塊兵は素通りし私が相手をしている。

他の軍将達は“結界”内に散って王累軍の戦力を削ぐ為に戦っている最中だから援軍を期待するというのは私としても無茶振りだろう事は判っている。

それでも、せめて一人。

もう一人“私の護衛役”が居て欲しいと思う。

思ってしまうのよ。


それはまあ、私の花杖なら軍師陣(皆)が担当場所まで辿り着いて準備が整う間、一人で門扉を守護出来ると思ってはいるけど。

抑、それ自体が無茶振りと言ってもいいわよね?。

と言うか、私じゃなくても泉里の絲なら似た様な事は出来るでしょうが!。

…まあ、私に比べれば長期防衛には不向きだけど。

消耗云々の話じゃなくて、安定力に欠けるものね。

攻城戦や夜戦、暗殺系なら泉里が適役だけど。



「──にしても、これだけ土塊を生み出し続けられるなんて何者な訳?

どう考えたって正面な存在じゃないでしょ?」


「だったら、ほら、単純に複数なんじゃない?

王累って平気で使い捨てる奴みたいだし」



独り言の様に呟いた愚痴に当たり前の様に返す灯璃。

その反応に偶に苛立つ時も有りはするけど、今の様に中々に的確な意見を返して私達を驚かせる事が有る。

その辺りは珀花も同じね。

“子供っぽい”から下手に常識に囚われない。

それは、軍師陣(私達)には望んでも得られない物。

だって、そんな風に私達が為ってしまったら、曹魏は混乱してしまうもの。

軍将であり、珀花と灯璃の二人程度だから混乱らしい混乱が無いというだけで、問題は起こしているもの。

…まあ、それは私的な事で軍将としては優秀だけど。

それだけに、冥琳や泉里の“何故、普段から…”等の愚痴が尽きない訳だけど。


それは兎も角として。

灯璃の言った可能性は高いでしょうね。

自分以外は“道具(駒)”と思っている筈の王累。

そんな奴が“気遣う”とか有り得ないもの。

だから、何れだけの犠牲が出る事に為ろうとも王累は気にする事は無い。

奴にとって“そんな事”は気にする必要も無い。

些末事なのだから。



「…で、どうなのよ?

複数だとしても、媒体自体見付け出せないの?」


「無理っぽいかな〜…

結界内には居る筈だけど…今、探しに行ったら此処が手薄になるよ?」



“判ってるでしょ?”と、灯璃が言外に語る。

そう、判ってはいるのよ。

かなり面倒だって事はね。


此方等の探知に引っ掛かる程度なら疾っくに見付けて叩いている筈。

しかし、今も尚、そうする事が出来ずに土塊兵が次々涌き出て来ている以上は、媒体は健在している。

だからこそ、厄介なのよ。

時間も手間も掛かるから。




つまり、見付けられない程隠行が上手いか、結界内を移動しているという事。

他にも可能性は有るけど…差し当たっては今の二つが有力でしょうね。

それを見付けるよりかは、先に“八卦晶界陣”敷いた方が効率的だと言える。

華琳様と軍将陣が全力でも問題無く戦えるのならね。



(…とは言え、予想よりも日没が早い気がするわね…

…気のせい、じゃないなら理由が有るわよね?)



そう考えながら、何と無く“纉葉”に繋ぎ現在時刻を確認してみて──驚く。

纉葉が示した時刻に。


現在──午後9時36分。


日没が早いのではない。

日没が“遅過ぎる”のだ。



「──っ、雲長!、公明!

今っ、何時何分っ?!」



我に返ると一番近くにいる愛紗達へと私は直ぐに声を掛けて確認をする。

華琳様や他の皆への確認や報告は一旦保留。

先ずは“私以外”の纉葉がどうなのかを確かめる事が重要に為ってくる。



「一体何を──っ!?」


「今は…9時37分っ!

──って、午後9時っ!?」



愛紗は訝しみながらも直ぐ確認して気付き。

灯璃は何も考えずに時刻を読み上げてから、気付く。

今の間に分は進んだけど、それは私の纉葉も同じ。

反応からして、愛紗もね。


だとすれば、これは異常。

何かが、可笑しい。

私は直ぐに華琳様に繋ぐ。



《どうしたの桂花?》


《…華琳様、お手数ですが其方等の纉葉は現在、何時何分を示していますか?》



一瞬、率直に言うべきか、逡巡してしまう。

しかし、必ずしも華琳様の纉葉も私達と同じ状態とは限らないでしょう。

ならば、御自身で確かめて頂く方がいいと考えた。

もし、華琳様と違うのなら“私達だけ”が何かしらの影響下に有る、という事に為るのだから。



《…──っ!?、これは…》



けれど、直ぐに返ったのは華琳様の驚きだった。

となれば、“これ”は私達全体に関係している事。

纉葉の完全同調は正常で、異常なのは“世界の状態”である事を物語る。



《私と愛紗・灯璃の纉葉は既に午後の9時半を回った時刻を示しています》


《私の方は9時38分よ

差は出ていないのね?》


《はい、纉葉は正常かと》


《…王累が龍脈を使用した影響かしら…

いえ、抑、王累の遣る事は世界に異常を来すには十分過ぎる事ばかり…

“その程度”なら増しだと考えるべきでしょうね

桂花、愛紗達や軍師陣にも“気にする必要は無い”と伝えて置きなさい

今は只、王累軍を滅ぼす事だけに集中するわよ》


《御意!》



そう言うと接続は切れる。


流石は華琳様です。

詳しい事が解らない状況で即座に必要か否かを判断し指示を出す事は必須でも、こんな場合でも動揺せずに判断されるのですから。

軍将陣が上がらない辺りは気にしないからよね。




細かい事は後回し。

直接的な影響が無いのなら今は考える必要は無い。


…まあ、軍師の性としては気になるんだけど。

“考えるな”って言う方が無理だもの。

そんなの“息をするな”と言われているのも同じ。

だから、後回しなのよ。


そういう意味だと、灯璃は──考えなさ過ぎるけど、愛紗ですら割り切れるのは軍将の性でしょうね。

その辺りが、ある意味では羨ましく思う事も有る。

一時的に、だけれど。



《──桂花、待たせたな

此方等の準備は出来たぞ》


「──っ!」



そんな事を考えている中、一番遠い場合に配置される冥琳からの報告が来た。

“遅いわよ!、私を過労死させるきなのっ?!、本気で干からびるかと思った位に此奴等涌いて来るんだから嫌になるわよっ!”──と思わず叫びそうになる。

冥琳に言っても仕方が無い愚痴だから言わないが。

と言うか、一番遠い場所が担当の冥琳は私の次に大変だったでしょうからね。

そういう意味では同志よ。

だから冥琳には言わない。

他の六人──の内の一部に愚痴りはしたけれどね。


それは兎も角としてよ。

他の六人からは既に到着の報告を受けている。

よって、私が準備をすれば発動準備は整う。



「雲長!、公明!

そのデカ物を含めて残りは任せたわよ!」


「──っ!、了解した!」


「任せなさいってっ!」



私の言葉の意味を理解し、二人は私から敵を遠ざける様に動きを変える。


しかし、敵も此方等の狙いには気付いているのだから簡単には私に準備をさせる状況は作らせない。

だけどね、そんな事は百も承知してるわよ。

そして、だからこそ、私が此処を担っているのよ!。


花杖を正面に構え、今まで“別途に集束させていた”氣を惜しみ無く注ぐ。



「淵翔功慮!、“劈夜奇梟(ひゃくやききょう)”!」



咲き誇るは光の花弁。

私を、門扉を護る様にして巨大な光花が菊の花の様に幾重にも重なる花を咲かせ王累軍を抵抗すら許さずに押し退けてゆく。

しかし、長くは持たない。

広範囲に為れば為る程に、耐久力は落ちてしまうのは仕方が無い事。

けれど、それで十分。

一番邪魔なのはデカ物だけなんだから。


そして、右手を懐に入れて雷華様の秘蔵品“洸珠”を取り出すと同時に私は皆と繋ぎ、同調させて術の起動状態へと至る。

莫大な氣を必要とする陣。

その為に特別に支給された洸珠だったりする。

洸珠から氣を引き出すと、予め組んでいた術式に対し直結させ──発動さする。



『八卦晶界陣っ!!!!!!!!』



私達の声が重なると同時に天へと昇る八つの光柱が、夜の帳を裂きながら伸びて虹が掛かる様に中央に向け──重なり合う。

目視出来る巨大な半球状の結界が戦場を覆った。



──side out。



 曹操side──


群がる土塊兵を壊しながら王累を目指して進む。

中々辿り着けない理由は、王累も馬鹿ではないから。

私達を侮る事を止めたから持久戦を仕掛けている。

少しでも私を疲弊させる為移動し続けている。

大きくは離れずにね。


まあ、それは兎も角として頭では別の事を考える。

桂花から話を聞くまで全く気付かなかった。

“狂った時間”の事を。



(“その程度”、ね…

我ながら大した物言いだと言わざるを得ないわね…)



そう思いながら、胸中にて苦笑を浮かべる。


桂花には“落ち着かせる”という意味も有って、私はあの様に言った訳だけれど実際には結構な問題よね。

そして、“私自身が”話を気にし過ぎない様にする。

その為の発言だった。


少なくとも、この開戦──ああ、劉備達絡みの騒動は余興だから全部無視をして王累軍との実質的な衝突時──から考えると、私達の体感的には約二時間。

孫策達は精鋭部隊だった分撤退も速かったしね。

大体一時間位ね。

決して、可笑しくはない。


抑、私達は雷華によって、徹底的に時間感覚を心身に染み付けさせられている。

普通なら、気付くのよ。

“そういう”違和感には。



(けど、日没自体が遅れて視覚情報から狂わされた…

意図的に?、いえ、それは無いでしょうね…

其処まで操れるのであれば雷華が退場する時に私達を錯覚させて、“目の前で”消える瞬間を見せて、心を折る真似が出来るもの…)



そうしていないのだから、これは意図的ではない。

尤も、雷華なら利用される事は無いでしょうね。

利用する事は有っても。


──と、考えている中。

頭上に架かる光の帯。

それが結び合わさった事で“舞台”は整った。


さあ、此処から本番よ。

気合いを入れ直して存分に殺り(舞い)ましょう。

悔いを残さぬ様に。



──side out。



 楽進side──


踏み込んで放った右の拳。

それを自ら後ろに飛び退く事によって受け流す金熊。

技法自体は私にも馴染みの深い物では有るのだが。

如何せん、この金熊。

防御が上手過ぎる。

雷華様程ではないにしても“倒されない”という点に特化した戦い方をする者を私は知らない。


何しろ、武術・器術という技法は基本的には殺法。

即ち、対象を殺す為に考え生み出された技法である。

それから身を護る為に、と防御等の対処の技法が色々考え出された訳で。

“相手を倒さす気が無く、倒されない為の技法”など聞いた事が無い。

後の先を取る事に特化した戦い方等は有ってもだ。



(──っ、遣り難いっ…)



基本的に間合いを支配し、相手を倒すのが武術。

私の様に打撃・蹴撃主体の者にとっては、この金熊は相性が悪い。

と言うか、私ではなくても向かって来ない相手を前に自分の戦い方は遣り難いと思います。



「──どうしました?

まだ一度も私は貴女からの攻撃を受けていませんよ?

それとも──人の姿の敵は殺り難いのですかね?」



挑発してくる金熊に対し、“巧く言ったつもりか!”とか言いたくなる。

出来れば、前髪に隠された顔を殴って殺りたい。



「クククッ──ほらほら、私は此方で──ぞばっ!?」


「──ヒギシャアッ!?」


「……………………え?」


「──っしゃあっ!

“ストライク”っ!」



余裕綽々だった金熊が急に視界から奇声を残して消え呆然としていると代わりに聞こえてきたのは拳を握り達成感を見せる翠さん。

口にしていた言葉は確か、“命中”という意味で使う場合も有る言葉、だったと思いますが。

…ああ、成る程。

そういう事ですか。

それなら、金熊にも有効に為る訳ですね。




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