参拾壱
董卓side──
…何でしょうか。
この、妙に清々しく爽快な癖に為りそうな感覚は。
もしかしたら、桂花さんが毒舌なのは“この感覚”が原因なのかもしれません。
いえ、きっとそうです。
そうに違い有りません。
このゾクゾクッと身震いをしながらも悪寒ではなく、不可思議な高揚感を覚える感じを味わう為に。
桂花さんは意図的に毒舌を用いているのでしょう。
つまり、そういう事ならば“同志”である私が彼女と同じ様にしても何も問題は無い筈です。
……いいえ、有りますね。
流石に急な変化というのは怪しまれてしまう筈です。
となると、此処はゆっくり時間を掛けて、ですね。
それに、あまり皆さんには知られたくは有りません。
知られてしまうという事は──同志が増える訳で。
それだけを見れば語り合い分かち合う仲間が出来る為悪い事では有りませんが。
その一方で、“楽しみ”が減ってしまうのも確かな事でしょうから。
出来る事なら、その機会を減らしたくはないので。
自分から広める様な真似は控えるべきでしょう。
そう考えると、桂花さんは理解している訳ですね。
この“楽しみ”は誰かから与えられる物ではなく。
自らが見出だす物だと。
流石は、大先輩です。
いつか二人で、ゆっくりと話したいものです。
──と、それは兎も角。
今は遣るべき事を遣って、場を整えなくては。
『──悪かねえ手だや!
だが、その程度じゃあ全く無意味な事を知れや!』
稟さんが斬り刻んだ密林が細かくなった欠片から再び芽吹き密林を形成しようと蠢き始める。
その様子から限定的ながら植物を操れるのだと解る。
…雷華様が居らっしゃれば欲しるかも知れません。
中々に有用ですから。
尤も、この程度なら私達も出来る範疇ですけど。
さて、稟さんが気にせずに斬り刻み続けている間に、私も仕掛けましょうか。
両手首に有る腕輪。
腕を交差させる様に重ね、氣を糧として生成するのは氣晶の円月輪。
それを両掌へと四枚ずつ。
そして、両腕を振り抜き、隔離領域内へと放つ。
「狩喰せよ!、“浮相紡鴦”っ!」
『──なっ、何だやっ!?
俺達の身体が──』
慌てる葺蚤が響く。
それもその筈です。
この子の能力は“吸着”。
一度定めた標的であれば、追い掛けて必中します。
その一方で、対象の存在を引き寄せる事も出来ます。
つまり、虫の様に小さく、複数体存在していようとも稟さんの風の結界内に居る限りは“全て”吸い寄せ、一ヶ所に集められます。
後は、単純です。
身動きが取れず、一ヶ所に固まっている葺蚤を結様が撃ち滅ぼすだけです。
『お、おの──────』
捨て台詞を言い切る事すら許されず、葺蚤は閃光へと消え去りました。
同時に私達を隔離していた結界もです。
さて、急ぎましょうか。
──side out。
孔融side──
“案ずるより生むが易い”──とは言いますが。
実際に事が起きてみたなら後悔する事は多いものだと言えるでしょう。
ですから、この現状もまた有り触れた内の一つです。
「──とは言ったものの、こんな事なら私も護衛組に同行していた方が楽だったかもしれませんね…」
「うっ…申し訳有りません
私事に巻き込む様な事態に為ってしまいまして…」
そう愚痴った私に対して、本当に申し訳が無さそうに項垂れてしまう泉里。
私としても本気で怒ってはいませんよ。
愚痴りたくなる状況なのは本当なのですが。
そういう状況に為った事の責任が泉里に有るのだとは言えませんからね。
まあ、泉里は兎も角として私は粗無関係ですが。
「…栄、光…ヲォ…」
「…オ、俺ガ…当主ダ…」
「…血ィ…血ヲォ…」
「…女ァ…金ェ…俺ノ…」
「…司馬、家…存続ゥ…」
「…敵…殺ス…復興ヲ…」
今、張っている防御結界を取り囲む形で私達の周囲に立っている六人の男性。
見た目には生者なのですが声や話し方からも判る様に正面では有りません。
そして、察するには十分な情報でも有ります。
「一応、確認しますが…」
「……はい、私の腹違いの弟達に間違い有りません」
何と言っていいのか。
適切な言葉が見付からないというのが本音ですね。
ですが、それは泉里に対し同情する意味ではなくて、この状況が単に偶然なのか“意図的”なのか。
それが定かではない事への逡巡からの意味で、です。
泉里が項垂れてしまうのは身内の恥というのも理由の一つでは有るのでしょう。
ですが、それ以上に王累に良い様に扱われているのが腹違いとは言え、同じ血を受け継いでいる弟達という事が情けない為かと。
私が泉里の立場だとすれば巻き込んでしまった私への申し訳無い気持ちは本当に半端の無い物でしょう。
まあ、それは兎も角。
「…ですが確か、子和様のお話では六人共に死亡したという事だったのでは?」
「…はい、その通りです
私も念の為に、自分の眼で確認しに出向きましたので死亡は間違い有りません」
「となると…秦王政同様に王累に甦らされた…」
「…とは思えません
可能性としては、無いとは言い切れませんが…
あんな“出来損ない”では揺さ振りにも使えません
寧ろ、甦らせるだけで氣の無駄使いでしょう
あと、そうまでする価値が有る人材でも有りません
ただ虚栄心と自尊心だけが無駄に強いだけの愚か者達ばかりでしたから」
実弟達に対する辛辣過ぎる評価には胸中で苦笑。
しかし、司馬家の御家事情というのは珍しくもない、よく有る事でしたからね。
気持ちは理解出来ます。
家督争いで家を疲弊させ、財も地位も信頼も無くして互いを罵り、憎み合って、殺し合ったのですから。
憐れむ余地すらも無い。
愚かな末路ですからね。
ですが、今問題になるのは彼等の生前の事ではなく、現状に関してです。
…少なくとも、私も泉里と同じ様に彼等に利用価値は有るとは思えません。
抑、仮に彼等が生きていたとしても泉里は自らの手で一切躊躇する事無く始末し排除している筈です。
何しろ、血が繋がっているというだけの関係です。
姉弟という関係も事実では有りますが、それに対して特別な価値は有りません。
寧ろ、泉里にとってみれば灯璃の方が姉妹というべき存在でしょうから。
ですから、泉里に対しての揺さ振りの可能性は無いに等しいと言えます。
つまり、これは偶然。
泉里に当てて来た、という可能性は無いでしょう。
となれば、個人的能力でも無い以上、彼等には必ずや“何か”が有る筈です。
態々甦らせてまで使役するだけの理由が。
探知を掛けては見ますが…これと言って目立った事は有りませんね。
少なくとも、傀儡や寄生の可能性は無い様です。
その事から考えても彼等は何かしらの“触媒”という扱いでしょうか。
一番、判り易い所で私達を取り囲んでからの自爆。
道連れにするか、隔離するといった所でしょう。
飽く迄、可能性ですが。
「…六つ子、三つ子二組、双子が三組──という様な事は有りませんよね?」
「はい、有りません
此処には居ませんが長男は唯一の正妻の子供でしたが私達は皆妾腹です
次男と六男、三男と五男、四男と七男が同腹です」
「年齢的には近い、という事は有るでしょうが…
その程度ですか…」
同調性、という利用価値は無いという事ですね。
まあ、見た目が同腹という話ですら疑わしい程に姿が似てはいませんから。
…泉里、貴女は異母腹から産まれて良かったですね。
まあ、単純に男女の違いの話かもしれませんけど。
「亡き父も長男の異母兄も整った容姿でしたよ?
彼等の母親も容姿としては方向性の違いこそ有っても整っていましたので…」
「直接的な血筋・遺伝では無いという事ですか…」
そう呟くと泉里は苦笑。
まあ、何と言っていいのか難しい事ですからね。
そういう反応に為るというのも当然でしょう。
ただ、少なくとも雷華様と私達の子供は遺伝的に見て優れているとは思います。
直接的な血筋が出れば。
其処は産まれてみなくては判らない事ですが。
「ですが、そういう事なら話は早いですね
手早く済ませましょう」
「そうですね」
「終へ誘え!、“撫幻勾貘”っ!」
私は右手を連珠へと掛けて外すと鞭の様に撓らせる。
──side out。
司馬懿side──
本当に、“縁”という物は良くも悪くも思い通りには為らない物です。
司馬家の娘として生まれた事には感謝している部分は少なく有りません。
もしも、お義母様の元にて育てられていなければ今の私は有りませんでした。
それは灯璃とも、皆とも、誰より──雷華様とも。
私は出逢えなかったのかもしれませんから。
ですが、それとは逆に今の状況は愚痴を溢したくなる事だと言えます。
勿論、私に都合の良い様に縁を選ぶ事は難しいという事は理解していますが。
切り捨てて尚、此処に来て付き纏う弟達(悪縁)には、うんざりしてしまいます。
──といった愚痴は胸中に留めておくとして。
雪那さんが連珠を伸ばして弟達の身体を縛ります。
そのまま連珠の能力により氣を吸収し始めます。
…あの能力は判っていても遣り難いですからね。
弟達は膝を着き、踞る様に地面に倒れ伏します。
「特に変化が無いですし、執念、或いは未練と血統を利用した術ですかね…」
「そうかもしれませんね」
私達も昔よりは色々と学び理解してはいますが。
それでも、雷華様には到底及びません。
ですから、こういう時には考えてしまう訳です。
“どうでしょうか?”と。
…思わず、振り向きそうに為ってしまう程に。
…言えませんけど。
「…念の為に、“同時”でお願いしますね」
「はい」
雪那さんの言葉に首肯し、私は両手を広げて指先から六本の“銀繭絲”を生成し──念の為に、私達を護る繭盾用にも生成します。
万が一が有りますからね。
「繰紡統絡!、“奏歌天蛛”っ!」
隠す必要の無い虹輝が更に輝きを増し、弟達の身体を同時に切り裂いた。
その瞬間、氣が収束するが量不足だったのでしょう。
パフンッ…と小さな破裂音だけを残して弟達の亡骸は塵と化して消えた。
最後まで締まらない弟達に私達は微妙な憐憫の感情を懐いてしまいました。
──side out。
荀或side──
隔壁に有る唯一の門扉。
其処を破ろうとする意図は理解する事が出来る。
隔離状態にある王累軍には他の場所を狙って移動するという手段は取れないのが実情だったりする。
他の門扉へ攻める別動隊が居る可能性は考えられる。
しかし、現実的ではない。
何故ならば、王累の最優先目標とは華琳様と私達。
最大の障害となる私達さえ排除してしまえば、曹魏は後で楽に滅ぼせるから。
だから、全戦力を此処へと投入している。
尤も、その王累の思考すら雷華様の掌の上。
格が違うのよ、格が。
──と、現実逃避したいと思ってしまうのが現状。
「──あーもうっ!
本当に鬱陶しいわねっ!
何っ?!、何なのっ?!
切りが無いにも程って物が有るでしょうがっ?!
アンタ達は何なのよっ?!
蜂でも蟻でも蚤や蛆でさえ一匹ずつ潰していってれば孰れ必ず確実に減ってって死滅するわよっ?!
それが何っ?!
何で減らないのよっ?!
次々に涌き出て来るのにも限度って物が有るわよっ?!
巫山戯てるのっ?!
ねえっ?!
存在だけでも十分可笑しいでしょうにっ!
頭の中まで可笑しいだとか巫山戯過ぎでしょっ?!
いい加減死になさいよっ!
少しは休ませなさいよっ!
──と言うか、他の所にも少しは行きなさいよっ!!
この土塊共があぁああぁああぁぁっっっ!!!!!!!!!!」
──と、全力で叫ぶ。
それだけでも少しだけれど溜まりに溜まりに溜まりに溜まっていた鬱憤が晴れてスッキリとする。
本当に僅かだけどね。
「…十分、発散していると思うのは私だけ?」
「安心しろ、私も同じだ」
「そうだよね…」
何か、灯璃と愛紗が此方を見ながら言ってるけど。
私は別に気にしないわ。




