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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       参拾


 郭嘉side──


迅速に、“八卦晶界陣”を敷かなくてはならない。

それなのに、です。



「まさか、この様な手段を使ってくるとは…」


「有り得ない、という事は無いのでしょうが…」


「正直、予想外ですね…」



そう私に続いて呟いたのは月と結様の二人。

東側の三柱を担う私達。

私が“震”、月が“艮”、結様が“巽”なのですが。

今は三人で“結界”を張り中に避難しています。


最激戦地である門扉前から直ぐに東へは向かわずに、中央寄りにて移動していた訳なのですが…失敗だったと言わざるを得ませんね。

軍将の護衛の手間を省き、途中で散開するという形を想定していました。

それが敵の張った結界内に捕らわれてしまう事と為り足止めされている訳です。


結界の大元である施術者は外部ではなく結界の内側に居る事は、幸いですね。

軍将陣の手を煩わせる事は有りませんから。



「──とは言え、当の敵の位置を特定するのが中々に難しそうですね…」


「そうですね…これだけ、生い茂った密林の中ですと隠れ放題ですから…」



そう私が溢すと月が周囲を見回しながら同意する様に溜め息と共に呟いた。

荒野に突如として出現した未開地の様な密林。

それが、結界内だけである以上は施術者にとっては、有利な環境なのでしょう。

そうでなくては、密林など態々生み出しはしない筈。



「…単純な足止めだと?」


「それだけなら内側に居る事を態々私達に“教える”必要は無い筈です

少なくとも、それだけなら外側に居て逃げ回った方が時間は稼げますから」


「…となると、隙を突いて仕留めに来るでしょうね」


「その可能性が高いかと」



私と月は状況から推測し、彼方の意図を絞り込む。

確かに月の言う様に私達を足止めして時間を稼ぐなら施術者は内よりも外に居る方が良い訳です。

そうはせず、尚且つ私達に“自分は内側(此処)だ”と最初に存在を示した辺り、単に“逃がさない”という意思表示だけではなく。

仕留めようとしている事を此方等に示している。

そう受け取る事が出来ると言えますからね。



「…その上で紛れる辺り、面倒そうですね…」


「…結界内の粗全てが同じ気配と氣量の様です

特定は厳しいかと…」


「そうですか…」



索敵をされていた結様から聞かされる情報に対して、小さく溜め息を吐く。



「ですが、“隔離”された状況は私達にしてみれば、悪い事では有りません

ある程度なら、“力業”で強引に押し切れます」



そう続けた結様の言葉に、私は思わず月を見た。

何も言わずに苦笑だけする月ですが、否定が出来無い気持ちは理解出来ます。

病弱で有り“美人薄命”を体現した様な過去を持った元・皇女殿下ですが意外と“お転婆”ですからね。

…まあ、結様の言葉通り、私達には状況は悪い事では無い事は確かです。




とは言え、それは施術者が“外に逃げられない”か、“外へは逃がさない”事が前提の話な訳ですが。

まあ、安易に追い詰めない限りは大丈夫でしょう。



「さて、問題の相手ですが姿を見せるでしょうか…」


「身を隠す事が容易いのが密林の特徴ですからね…

積極的に戦うつもりなら、既に攻撃している筈です

紛れて潜伏し、時間を稼ぐ事が優先的な狙いなら…」


「先ず、此方等に姿を晒す事は有り得ないかと…」


「そうでしょうね…」



そう静かに話し合って──三人揃って溜め息を吐く。

本当に面倒な話です。


極端な話、私一人で密林を排除する事は可能です。

しかし、それだけです。

肝心である施術者を仕留め切れず外に逃がす可能性が有る以上、それは現状では控えるべきでしょう。

また、月と結様も攻撃的に仕留め損なう可能性は私と大差無いと言えます。


つまりは、私達は単独での状況の打開は難しい事だと言えるでしょう。



「…施術者は、どういった相手なのでしょうか…」



そう呟くのは結様。

言葉通りに捉えたのなら、相手の事を推測・想定して対応策を練る事に繋げようという風に聞こえる。

しかし、此処に居る三人は軍師である。

それも、曹魏の軍師だ。

その裏に有る意図を汲めぬ鈍い輩では有りません。



「ふむ…密林を好み、且つ臆病な程に慎重、となれば“猿”辺りなのでは?」


「いえ、其処までの素早い動きが出来無いからこそ、密林へと潜んでいるのではないでしょうか?」



──と、当たり障りの無い予想を口にしてみる。

勿論、そんな可能性は無い事は理解している。

少なくとも普通の大きさの野鼠よりも身体は小さいと思っている。

もしも、それより大きいのだとすれば、隠行の能力が桁違いに高い事に為るが…その可能性は低い。

何故なら、それ程に能力が高いのなら、こんな状況を作る必要は無い。

隔離する結界だけで十分と言えるのだから。

故に、施術者は隠行能力は高くは無く、個体としての氣の操作能力も高くは無いという事が判る。


勿論、そう思い込ませる為という可能性は有りますが其処まで疑い過ぎては何も出来無く為りますからね。

ある程度は、取捨選択する必要も有る訳です。

尤も、雷華様が相手なら、その取捨選択の思考ですら誘導をされている可能性が有りますからね。

それに比べれば楽です。



「成る程…確かに状況的に見ても私達を倒せない為に隔離している、と…

その様に言えますね」


「間違い無い有りません」



結様の言葉に対して、月は断言してみせる。

当然ながら、そんな風には私達は思ってはいない。

この会話は、相手に対する揺さ振りです。

主に自尊心に対しての。

要は挑発ですね。


そして、それを澄まし顔で遣る二人に胸中で苦笑。

まあ、“良い女”とは概ね強かなものですからね。





『キュチチチチッ…随分と軽く見られたものだや

おい、其処の小娘共や

葺蚤(しゅうそう)”様を嘗めるなや?』



はっきりとは判らない。

彼方此方から反響する様に聞こえてきた声。

葺蚤と名乗った声の主こそ施術者に間違い無い。


しかし、こうも容易く釣り出せるとはな。

二人の演技力を誉めるべきなのか、或いは葺蚤の方が単純過ぎるのか。

まあ、何方等でも構わない事では有るがな。



「そうですか…ですが姿も見せない相手に対しては、そういった評価をせざるを得ませんから…

自業自得だと思って諦めて頂くしか有りませんね

だって──」


「──事実、“小物”には違い無いのでしょう?」



更に煽る様に二人は辛辣で容赦の無い評価を口にし、葺蚤を揺さ振ります。

短気で血の気の多い輩なら簡単にキレさせられる程度には効き目が有るかと。


しかし、私達の評価通りの性格をしているのであれば“誘い”であると見抜いて乗っては来ない筈。



『…っ…キュチチチチッ…

本当に生意気な小娘共や

けどな、そんな見え透いた誘いには乗らんや』


「まあ…それは失礼を…

その程度の事が理解出来る知能は有ったのですね

てっきり、猪並みに単純で猿並みに自意識が強くて、けれど、非常に臆病だから“自分は慎重派だ”等と、誤魔化す様な事を戯れ言を自信満々に間抜けな笑みを浮かべながら宣っている

そんな滑稽な方なのかと…

ああいえ、私は別に臆病で慎重な性格が悪い事だとは言いませんよ?

戦場で生き残れる可能性が高い者とは、勇猛に戦う者ではなく、蛮勇に酔った者でもなく、智謀に長けた者でもなく──誰よりも死を恐れて戦いから遠ざかる、臆病者なのですから

ですから、貴方は正しいと胸を張って下さい

“自分は生きる為に臆病で見栄という虚飾で着飾り、強がっているだけの弱者”であるのだと

どんなに他者から見た時に不本意な評価をされようと貴方の姿勢は生きる為には間違いでは有りません

ええ、そうですとも

生きてゆく為には下らない自尊心など不要ですから

貴方は、とても素晴らしい臆病者(生への執着者)だと言えますね」


『────っ!!!!』



純真な、乙女の様な優しく清楚な微笑みを浮かべて、まるで桂花の様な毒舌で、流れる様にして罵詈雑言を葺蚤に浴びせる月。

普段の彼女からは想像すら出来無い姿に、先程までは一緒に挑発をしていた筈の結様も引いています。


…と言うか、月。

貴女、色々と溜まっていたのですか?。

貴女、すっきりする以上に活き活きとしていますよ。

物凄く、愉しそうにね。





『…このっ…小娘がや…』


「あら?、どうなさったのでしょうか?

もしかして──実際には、そんな風には思ってなくて本当に御自分が臆病だから強かっていただけですか?

そうだとしたら──本当に臆病者だったのですね」


『ギュヂヂヂヂッ!!

殺すや!、殺してやるや!

後悔するがいいやっ!』



明らかに冷静さを失った、キレた印象の強い葺蚤。

ですが、それは印象というだけではなく、事実で。

私達の張る結界を取り巻く様にして露になった怒気と殺気から理解する。


同時に確信を得る。

月が挑発をしていた間も、私達は隔離領域内の探知を継続しています。

その結果、相手の能力への仮説と、正体への仮説。

それを絞り込めました。

そして、この挑発の結果で確信した訳です。


この葺蚤という敵は個体は小虫の様に小さい。

しかし、本体が一つという訳ではなく、複数の本体が一つの存在を形成している“群体”の様です。

それ故に、本体を一つでも討ち漏らすと、再生される可能性が高いでしょう。


ですが、其処は大丈夫。

葺蚤には不運なのですが、私達には幸運な訳です。

最大の懸念材料だったのは“結界外に本体が一つでも存在している可能性”。

それが、怒気・殺気が無い事で確信しました。

間違い無く葺蚤は“全て”隔離領域内に存在する。

それが判れば、後は迅速に片付けてしまうだけです。


私は二人から距離を取り、防御結界ギリギリの位置で双扇を手にすると広げて、舞いを始める様に構える。

そして、最大まで巨大化。



「渡遥思旅!、“穂波颯鼬(すいはそうこう)”っ!」



氣を獲て、双扇に刻まれた絵柄が輝きを放つ。

その輝きを隔離領域内へと舞い散らせる様に、双扇を振り抜く。

刹那、生じるは突風。

そして──鎌鼬。

隔離領域内に広がる密林を切り裂きながら、結界壁の内側に風壁を形成する。

虫一匹、塵一つ逃さない。

“絶死の風楼”を。



──side out。



 劉曄side──


月さんが桂花さんの様に…凄い演技力です。

私も同じ位に出来たのなら良かったのですけど。

中々に挑発行為というのは難しい物ですよね。

軍師陣(私達)の鍛練の中に演技力・話術が有りますが“こういった駆け引き”は本当に演技力が必要な事を痛感させられています。

向き不向きが有るとは私も理解はしてはいます。

ですが、それでもやはり、私も“負けず嫌い”な質に違い無いのでしょう。

出来る様になる為に色々と試してはいます。

…成果は微妙なの所です。


──と、思っている間にも稟さんが動き始めます。

私達を覆います防御結界と隔離結界の間に吹き荒れる風が容赦無く密林を破壊し斬り刻んでゆきます。



『──ギュチチッ!?

な、何だや、この風やっ!?

何をしたやっ?!』


「ふむ…“何をした?”と訊かれても、何故敵に態々説明しなくて為らないのか私には解り兼ねますね…

出来れば、私にも解る様に御説明願えますか?」


『ムギュヂーッ!!

ムカつくや!、お前等全員本当にムカつくやっ!』



突然の事に動揺する葺蚤に対して、月さんに代わって既に仕掛け終えた稟さんが挑発をして、葺蚤の意識を引き付けます。

それにより私達は一時的に葺蚤の意識から外れます。


個別意思の集合体ではなく同一意思の複数群体である葺蚤の最大の弱点。

それが思考の一つだけした存在しない事です。

乱れ無ければ、強みな事は確かな訳ですけど。


私は腰後ろから双銃を抜き大銃を前、小銃を後ろにて連結させ──収束を開始。



「閃衝銓理!、“裂空熾猩(れっくうしせい)”っ!」



真名に応え、収束しる氣が光塵を纏い、耀く。

夜空に鏤む星々を掻き集め束ねてゆく様に。

強く、眩く、耀きを増す。



──side out。



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