12 災転縁成 壱
甘寧side──
許昌に来て早二週間。
旅をしていた時を思えば、忙しい日々を送っている。
しかし、充実している。
旅も悪くはなかったのだが私には明確な“仕事”等が有る方が良い様だ。
「手元が甘い」
「にゃんっ!?」
棍を握った右手を叩かれて奇声を上げる灯璃。
“不慣れ”とは言え、十分平均以上の腕前は有る。
それを易々とあしらわれる子和様には感嘆する。
「剣の時もそうだったが、腕だけで振ろうとするな
身体全体を使え」
「うぅ〜…そう言われても中々上手く出来無いし…」
子供の様に拗ねた顔で言う灯璃にも見慣れた。
泉里でさえ、説教の回数が減った位だ。
「体術の延長だ
“上手く”やる必要はない
武器を持つと扱い方により動きは多少は変わる
だが、“意識”し過ぎると動きが悪くなる
“自然”にすれば良い」
「“自然”にって…」
「食事の時、箸の持ち方や扱い方を一々考えるか?
箸を持ったからと言って、特別な動きをするか?」
「……しません」
「要はそれと同じだ
こうしよう、ああしようと考えずに身体の一部として動かせる様になれ」
「頑張りますっ!」
頭を撫でられ機嫌を良くし返事をする灯璃。
単純と言えばそれまでだが気持ちは判る。
子和様の“あれ”は狡い。
嫌な気持ちも、気分も全て掻き消してしまう。
「さて次は、義封だな」
「はいっ!
宜しく御願いしますっ!」
気合いを入れて棍を構える珀花を見て、ふと思う。
以前は二刀流で稽古をし、最近は棍を扱わせている。
単に“経験”を積ませる為ではないのだろう。
私達が使って遣る鍛練とは本質が違う気がする。
(珀花にも長物を扱わせるおつもりだろうか…)
だが、珀花も私と同様に、指導しているのは剣兵。
率いるのもそうなる筈。
葵と灯璃も珀花に似ている状況だが、対象は槍兵。
子和様が最初の段階で指示していた通りに。
故に、何の話も無く変更をされるとは思えない。
(それに槍兵に偏り過ぎる事になるからな…)
そんな“悪手”を子和様が取るとは思えない。
ならば答えは一つ。
何かしら意図や意味が有るという事だ。
(“今の”私では子和様の見ている物は判らないが…
いつかは、きっと…)
その域に行きたいと思う。
武人としても、女としてもいつか“隣”に。
その“想い”を胸に秘め、私は進む。
遥かな“未来”を。
──side out
鍛練を終え、汗を流して、朝食を採る。
いつもと変わらない。
そして現在は朝議の最中。
と言っても、殆ど終了。
後は気になった事や確認をするだけなのだが…
「神隠し?」
「はい、兵達の話していた事を聞いただけですが…
陳国の方で旅人や村人等が行方不明になっているとの噂が有るそうです」
漢升の言った噂話。
それに皆が眉根を寄せると華琳が此方を見る。
「…どう思う?」
「“黒”だな」
「その根拠は?」
華琳の質問を受けながら、興覇へと目を向ける。
“察し”が付いていた様で小さく頷いて見せる。
「“人拐い”です」
「…はぁ…いつから?」
興覇の言葉に驚く皆を除き華琳は理解した様だ。
呆れた様に溜め息を吐くと説明を促す。
「細かい説明は追々な…
近々“会議”の予定だろ?
その時に纏めてする」
「そう…判ったわ
それで今回の“噂”の件はどうするのかしら?」
「“潰し”はするさ
但し、“裏”でな」
「兵は動かさない訳?」
「いや、二百程動かす
それ以上は目立つからな
折角の“実戦”の機会だ
“有効”に活用するさ」
そう言うと華琳は苦笑。
皆も似た様な反応だ。
「という訳で、数人に同行して貰う事になる」
俺の言葉を聞き皆の表情が引き締まる。
ちゃんと“意味”を理解し身に付いている様だ。
「軍師に子揚と文若…
軍将に興覇・妙才・伯道・子義、以上の六人だ」
「子和様ぁ…」
“賊”絡みと聞いて公明が行きたそうにしているが…今回は“御預け”だ。
“駄目だ”と首を横に振り却下する。
叱られた子供か仔犬の様にしょんぼりとする公明。
俺も人の事は言えないが、“憂さ晴らし”の相手ではないからな。
「兵は軍将各々の指揮下の五十名を選抜
揃い次第、討伐に向かう
遅くとも明日の昼までには帰ってくるつもりでな」
『御意っ!』
朝議も終わった事で全員が退室して行った。
残ったのは俺と華琳。
「今回の討伐に結を連れて行っても良いの?
鈴萌と螢はまだ合格点には達してないとしても…」
「子揚は出陣すれば立場上結果を残す必要が有る
だから、失敗も含めた上で“経験”を積ませる為にはこういう機会しかない
まあ、興覇を下に付けるし大丈夫だろ」
「確かに、そうね…
無事に終われば十分だわ」
荀或side──
賊討伐──普通なら…否、袁家に居た頃の私だったら絶好の“好機”だと思い、自分の才能や有能さを示し認められる事しか考えてはいなかっただろう。
しかし、今は違う。
賊によって生じた被害等の把握を急ぐ。
討伐する賊が生じた経緯や近隣の状況を考える。
そして、如何にして二次を防ぎ改善するか。
それらが真っ先に来る。
私の考え方が変わったのは他ならぬ子和様の御陰。
子和様の思想や価値観には素直に感服する。
決して“押し付ける”事は為さらず、飽く迄も個人に考えさせる教え方。
一例を示されても“答え”とは仰らない。
だから、様々な事を考える必然性に至り、“理解”の意味を考えさせられる。
「子和様、敵方に直行する方針で宜しいですか?」
梨旭の背に揺られながら、左の少し前を進む子和様に訊ねる。
「現状ではな
出した斥候が戻って報告の内容如何では変わるが…
まあ、余計な時間を掛ける事だけは無いな」
「…結様の件ですか?」
チラッ…と後方に居る姿を見てから、子和様に視線を戻すと苦笑される。
「全く無いとは言わないが基本的に迅速な行動は今回必須条件だ
如何に孟徳が刺史だからと言っても、権力を笠に着て好き勝手は出来無い
例え、道理が通っていても州の全てが曹家の領域ではないからな
余計な軋轢は生まない事に越した事はないだろ?」
「…そうですね」
灯璃の様に“賊”と聞き、私も“殲滅”する事だけを無意識に優先していた事に漸く気付いた。
子和様が彼女を外したのも“それ”が理由だろう事に気付いていたのに。
情けない話だ。
恐らく子和様は“事後”を含めて考えられている。
この件は“これ”だけでは終わらないのだろう。
(本当に凄い方だわ…)
私の“男嫌い”は直ってはいないけど、仕事に於いて支障が出る事は無い。
あの時の子和様の言葉が、私の凝り固まった価値観を穿ったから。
あの時から私は少なからず変わり始めていた。
(尤も“好き”になるのは無理な気がするけど…)
根本的にはまだまだ。
曹家の中では言わなくても“敵”に対しては容赦無く言える気がする。
というか、言う。
溜まった“鬱憤”を晴らすには今回は丁度良い。
「程々にな?」
「…ぜ、善処します…」
見透かした様に、子和様に苦笑しながら言われ思わず顔を逸らしてしまう。
抜け目の無い方だ。
──side out
愛馬の居なかった子揚達も烈紅の仲間で気の合う子を愛馬にし、それぞれ専用の相棒を得た。
俺も烈紅が居るしな。
良い事だ。
「…戻ったか」
いつもより感知範囲を抑え皆に経験を積ませる方向で動いている。
必然、斥候の情報は大きな意味を持ってくる。
「失礼致します
此処より、二里程先に賊の一隊と思しき者達が…
残った者がより詳しい報を追って御届けする次第」
「そうか、御苦労様
下がってくれ」
「はっ…」
斥候が下がると将師の皆が此方を見てくる。
指示待ち、だろうな。
「さて…子揚、お前ならば次に“どう”動く?」
しかし、それでは実戦にはならない。
今回は可能な限り皆に指揮させるつもりだ。
今の一言で皆も察した様で良い緊張感が窺える。
「…軍将を一人、十人程の兵と共に先行させます
何か有れば、対処する事も出来ますし“上手く”敵を逃して追跡する事で拠点を知る事も可能かと…」
「成る程、良い策だな
文若、お前はどう思う?」
「概ねは私も同じです
ただ、二つ…
一つは子和様に御同行頂き先に判断をして頂く事…
敵の様子や状況によっては私達では後手になる結果も考えられます
指示を待つ時間も“無駄”になります
もう一つ、軍将には彩音を推挙します」
「その理由は?」
「思春と斐羽は共に十分な経験が有ります
秋蘭は私達の護衛の際に、力量の一端を見ました
ですので、力量の判らない彩音の采配を見てみたい
軍師としての意見です」
堂々とした、筋の通った、しっかりとした意見。
子揚も文若も確かな先見を見せて良い傾向だ。
「特に指摘する点も無し、二人共良い献策だ
子義、人員の選抜を頼む」
「はい」
会釈して愛馬の梦傳と共に自分の隊の方へ向かう。
「離れてる間に別れて動く場合は子揚・興覇・妙才、もう一隊が文若・伯道だ
まあ、無いとは思うが…
戦闘になったら撃破する事よりも被害を出さない事を心掛ける様にな」
『御意』
念の為、の注意だが絶対に無いとは言い切れない故の配慮だ。
皆判ってはいる筈だが。
(こんな事で躓く様では、先が思いやられるし…
何より華琳の名を出すには早過ぎるからな…)
刺史の立場を持ち出すのも後事に悪影響を残すだけ。
動くべき時ではない。
“今は”まだ、な。
子義と共に先行して直ぐに次の報告が入る。
「荒野に屯している?」
「はい…ただ、それ以上は身を隠す場所が無いので、判りません
数は多くても三十程かと」
「残りの者は?」
「一番近い、身を隠せる所にて監視・待機中です」
「良い判断だ、御苦労
後続にも伝えてくれ
それから“少し”だけ足を落として来る様にもな」
「はっ」
そう言うと斥候は後続へと向かって走り去る。
直ぐに子義へと向き直り、“どうする?”と眼差しで訊ねる。
「…四人だけ連れて行き、残りは斥候と共に三人一組で追跡に備え展開…では、如何でしょうか?」
「問題無い」
笑顔で答えると子義は兵に指示を飛ばした。
──程無く、視界に敵影を捕捉した──のだが…
様子が可笑しい。
円陣を組む様に屯して居り此方にも気付いていない。
好都合では有るが。
──と、円陣の中心付近で何かが打ち上げられた。
気になって見れば人。
身形からして賊か。
氣を探れば中心に一人だけ異なる感情の気配。
歳は十七程、女の子だ。
「中に少女が居る
俺は少女を確保する
子義、撃退は任せた」
「了解しました」
指示すると子義は突出し、賊の円陣に斬り込む。
右手に持った槍を左側から振り抜くと、梦傳は寸前で頭を下げて“道”を開け、初撃で壁になっていた賊の三〜四人を屠る。
其処で漸く、此方の存在に気付いた賊徒。
「な、何だ手前ぇはっ!?」
「邪魔す──」
「邪魔だ!」
在り来りな台詞を言わせず切り捨てる子義。
良い感じに、注目を集めてくれてるな。
その隙に人垣の間を縫って少女の元へ。
若緑色の髪、橙色の双眸、背丈は文若位か。
両腕に出来た切り傷。
額と頬を伝う“赤”を見て殺意が沸くが抑える。
烈紅に乗ったまま少女へと駆け寄り、右腕で抱え上げ子義の方を見る。
「に、逃げろっ!!」
「お、覚えてやがれっ!!」
捨て台詞を吐きながら散る賊徒──七人、か。
適度だな。
後は追跡隊に任せよう。
「少し、じっとして居て」
そう言うと額と両腕の傷を氣で治癒する。
普段は情報として禁止する氣だが秘匿も場合に因る。
こういう時は臨機応変。
何より、放置するのは男の本能が赦さないしな。




