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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
789/915

       弐拾玖


 姜維side──


私の受け持つ“兌”を含む西の三柱は孫策軍の退路の確保を兼ねています。

その為、戦闘自体に制限が掛かってしまいます。

それは仕方が有りません。

彼女達を巻き込んでしまう事は本末転倒ですから。

ですから、力を抑えて戦う事に異議は有りません。



「…ただ、だからと言って相手が此方等の意図を汲み合わせてくれるという事は有りませんから…」



思わず口から出てしまった言葉の通りに、王累軍には私達に合わせて力を抑える理由は有りません。

ですから、被害や影響等は全く気にしていません。

彼方等からすれば孫策軍も私達も“倒すだけ”という意味では同じでしょうから当然と言えば当然ですが。

それでも、少し位は空気を読んで貰いたいというのが本音だったりします。

…言っても無駄な事だとは判っていますけど。



「──せめて、話が可能な相手が望ましいな…」


「…はい、全くです…」



そう言われ、私は躊躇無く同意しました。

本当の事ですから。

嘘を吐いたり、強がる様な理由は有りませんので。


そんな私の反応を見ていて小さく苦笑を浮かべたのは一緒に戦う秋蘭さん。

私の護衛を兼ねているのは言うまでも有りません。

御世話に為ります。


それはそれとして。

問題の私達の相手ですが…“毫蛸(ごうしょう)”、と私達は呼んでいます。

…話が通じない相手なのにどうして名前が判るのか、ですか?。

それは簡単です。

頭──人で言えば後頭部に当たる場所に大きく名前が書かれていますので。

…まあ、“持ち主の名前”という可能性も、全く無いという事は無い訳ですが。

現状、取り敢えず呼び方が有る方が判り易い事も有り私達は“毫蛸”と呼ぶ事で一致した訳です。


で、その毫蛸ですが。

名前の通りの蛸さんです。

とは言え、海で獲れる様な姿では有りません。

形だけを見れば姿は確かに蛸なのですが、八本の脚は蜘蛛の様に細長くて先端は角みたいに硬質な感じで、それでいて実際には意外と柔軟に動いています。

脚全体は焦茶と黒の縞柄の被毛に被われています。

見た目には蜘蛛の脚ですが動き方は蛸の脚みたいな為骨は無いのでしょう。

…被毛を持った蛸さんて、居るのでしょうか?。

後で雷華様に訊いてみる事にしましょう。


胴体は魚鱗に被われていて蛸らしくは有りませんが、形は立派な蛸です。

四方を同時に睨む様にして存在する四つの巨眼。

しかし、分厚く透明な膜に守られている上に、目蓋を閉じるかの様に胴体の内に収納されてしまう事も有り容易には潰せません。

あと、後頭部と判る理由は嘴が付いているからです。

何故か脚の付け根ではなく胴体の真ん中に。

判り易いから構いませんが──不思議ですよね。


胴体だけで高さは約4m。

八本の脚は短長四本ずつで短脚は約5m、長脚の方は約8mに届く程。

本当に大きいですよね。





「で、どうする?」



その様に秋蘭さんに訊かれ考える事は一つだけ。

毫蛸を倒す方法です。


既に、ある程度交戦をして情報を収集しています。

その上で考える訳ですが…簡単では有りません。

まず、あの八本脚が邪魔で本体を遠距離から攻撃する事が難しい状況です。

加えて、あの脚は再生する事も有って、一時的にしか排除が出来ません。

何処で切断しても再生には一定時間を──3秒程度を必要とする様です。

それだけ有れば秋蘭さん達軍将なら、問題無く毫蛸の本体に取り付けます。


ただ、その所要時間が実は“演技(誘い)”という事も考えられる訳です。

会話は出来ませんが、頭が悪い訳とは限りません。

其処を直結させてしまうと隙が生じ、危険ですから。

その辺りは慎重に。


見た目からすれば、先ずは八本の脚を無力化した上で四巨眼を潰す、というのが妥当な方法でしょう。

しかし、再生するのが何も脚だけとは限りません。

そう考えると毫蛸を確実に仕留めるには心臓に当たる呪核の破壊が最善の方法と言えるでしょう。



「…あの巨躯の中から探し出すまでには何れ位時間が必要ですか?」



“何を”は不要です。

私達将師は基本的に全員が文武官ですから。

特に秋蘭さんは軍将陣でも軍師寄りの考え方・見方が出来ますから。

直ぐに察して貰えます。



「…控え目に見ても3分は必要だな」


「…3分、ですか…」



それは“相手が動かない”“呪核が動かない”という二つの前提条件が有る上で遣った場合の話です。

その二つが満たされないで遣るとなると、所要時間は確実に増します。


とは言え、前者に関しては問題無く満たせます。

しかし、何度も見せる事は間違い無く悪手です。

ですから、遣るのであれば確実に仕留めに掛かる時。

その一度に為るでしょう。



「…“追い詰める”方法は通じると思いますか?」


「…正直、微妙だな

“一撃型”の者が居るなら遣る価値は有るが…

私達には少々不向きだ」


「…そうですよね…」



判ってはいます。

半分ずつ、斬り刻みながら呪核の逃げ場を奪う事で、着実に追い込んでゆくには“一刀両断が出来る”事が必要不可欠ですから。

勿論、絶対に出来無い事は有りません。

私も、秋蘭さんも、相手が格下なら出来ます。

ただ、現状で毫蛸を相手に出来無いというだけです。



「…“抜く”には?」


「…専念すれば、1分だ」


「…判りました

…それで、お願いします」


「了解した」



短い確認作業の様な会話。

けれど、それで十分です。

紡ぎ結い、積み重ねてきた絆により通じ合えます。



「…では、参ります」



カチッ!、と頭の中で針が時を刻み始めるのと同時に私は毫蛸に向かって疾駆し攻撃を開始します。



──side out。



 夏侯淵side──


螢の合図と共に、毫蛸から距離を取ると私は戦いには参加せず、自衛の最低限の警戒だけを意識しながら、“溜め”始める。


螢の作戦は至って単純。

“斬り刻めないのならば、丸ごと消してしまうまで”という判り易い物だ。

まあ、本来なら“抜く”と聞けば、“一撃にて貫く”という事を考えるだろう。

だが、実際には違う。


何故、その様な面倒な言い回しをしているのか。

その答えは毫蛸に有る。

少なくとも、この毫蛸には知性が存在している。

私達の話を聞いている。

だとすれば、会話を聞いて此方等の狙いを察知して、対処する可能性が有る。

それを利用する為だ。


呪核を狙った一点穿貫。

私が“溜め”を行う様子を見たのなら、更に可能性は高いと考える事だろう。

毫蛸の知性が何れ程なのか定かではないが。

“自己の防衛を優先しようとする判断”は出来る筈。

つまり、“再生可能な脚を緩衝材(盾)に使って威力を削ぎ落として耐え切ろう”という思考をさせる様に、螢は仕向けている訳だ。



(…出逢ったばかりの頃は放っては置けない危うさの有る娘だったがな…

逞しく成長したものだ…)



しっかりと自分の遣るべき事をしながらも、ついつい昔を懐かしむ様に思い出と為っている場面を思い返し──ほっこりしてしまう。

螢は“癒し系”だからな。

仕方が有るまい。



(姉者とは真逆の意味で、心配だったからな…)



考え無しに突っ走る姉者は何を遣らかすのか。

それが不安であり、心配の種だったのだが。

当時の螢は優等生過ぎた。

基本的に他人に合わせる為人間関係では問題は起きる事は無かったが、あまりに内向的過ぎたのだ。

自己犠牲とは少し違うが、自己抑制が行き過ぎているというのが当時の螢だ。

勿論、雷華様が放置する事など有り得ない訳だが。


あの頃は“この娘は私達が守らなくては…”と。

それが当たり前だったが。

今では共に肩を並べて戦い命(背中)を預け合える。

同等の存在へと成った。

それは妻(女)としてもだ。

本当に、逞しくな。



(まあ、だからこそ余計に“任せっ放し”というのは姉として立つ瀬が無いので此処は頑張らせて貰おう)



簡単には追い抜かれまいと負けん気と意地を見せたく為ってしまうのは、やはり“姉”だからだろうな。


…もしかしたら、姉者にも私の存在に対して同じ様に感じていたりした事が有るのかもしれないな。

機会が有れば、その辺りを聞いてみるかな。




“溜め”は継続しながらも私は意識的に“もう一つ”別の操作を行う。


操作系の資質が高い者なら二つ以上の氣の操作を行う高等技術は意外に容易い。

しかし、生憎と私の資質は放出系だからな。

それを修得するには中々に苦労をしている。

単純な氣の技法であれば、其処まで難しくは無いが。

私達の──雷華様が立つ、その“高み”に至る為には必須技術なのでな。

それはもう、一生懸命だ。


それはさて置き。

螢を援護する為に並行して右手に氣塊を生み出して、更に氣を増加・圧縮し──活性化させる。

燃え上がるのは──氣炎。


以前では辿り着けなかった望みながらも手の届かない狭き門の“高み”だった。

だが、私は資格を得た。

当時は雷華様からの詳しい説明は無かったのだが。

今ならば、何と無く解る。

雷華様が“天の御遣い”だという事に関係しているのだろうという事がな。

…まあ、その程度だが。

だからと言って、雷華様に対する意識は変わらない。

私にとっては目標であり、最愛の男(旦那様)。

それで十分なのだから。


とは言え、まだ私の力量は雷華様・華琳様は勿論だが先天的に資質の有った面々にも及ばないがな。

其処は要鍛練有るのみ。

頑張らなくてはな。



(──さて、遣るか)



左手で愛弓を構え、右手の氣炎を矢と為して番える。

自力ではなく、愛弓による補助が無くては矢に変える事が出来無い点に関しては不甲斐無く思うがな。

その辺りも追々出来る様に成らなければ。

まだまだ先は長いからな。


狙いを毫蛸の嘴に定めると燃え盛る氣炎の矢を放つ。

矢である以上、基本的には曲線を描くのが普通だ。

しかし、氣の矢・氣晶矢は“真っ直ぐ”に飛ばす事が出来るのが強みだ。



「──後は任せるぞ」



私の行動に対し振り返った螢を見て口角を上げながら一言だけ呟く。

螢は驚いた表情を見せ──小さく笑って見せる。


“火種”さえ有れば私より放出系の資質の高い螢なら上手く利用出来る。

毫蛸を仕留める為に。

私は“必殺”の一撃に向け“溜め”に集中する。




私の放った氣炎の矢を螢は自身の愛器である羽衣へと引火させる様に纏わせる。

翻る羽衣から焼け散る様に炎の花弁が舞い踊る。


当然ながら螢の行動に対し毫蛸は困惑を見せた。

自身への攻撃だっただろう一撃が味方に当たった。

それだけならば単に連携が上手く行かなかった。

そう結論付けられる。

だが、螢が自ら割り込んで自分を庇うかの様に受け、その身を炎上させたのだ。

戸惑わない訳が無い。

しかし、それは一瞬の事。

直ぐに思考は正常に戻り、対処するだろう。


だが、それで構わない。

思考を乱し、僅かな時間を作り出すには十分。

普通の軍師では、考えても実践する事は出来無い。

それだけの下地が無い。

しかし、螢は違う。

曹魏の軍師なのだからな。


螢の刃へと変化した羽衣は氣炎により切れ味を増し、私達に足りない“威力”を生み出している。

その刃により、毫蛸の脚を再生しようと気にしないで何度も何度も断ち斬る。


脚の被毛を逆立て棘の様に変化させ螢を責め立てるが羽衣は攻守一体。

しかも、氣炎付きだ。

攻め切れない事に焦ったか魚鱗を撃ち出す毫蛸。

少しでも螢を遠ざけようと考えたのだろうな。

だが、それは悪手。

魚鱗も再生するのだろうが接近している今の螢が懐へ飛び込む事は容易だった。

防御力が段違いに下がった絶好機を螢が見逃す事など有り得ない。

呪核の位置を特定する為に毫蛸の四肢を斬り刻む。



「…終幕です、撫で抱け、絢悠穹亀!」



そして、羽衣が重力結界で毫蛸の動きを封じ込める。

全てを狙う必要は無い。

故に、前倒しが出来る。



「飛踊しろ!、“忍艶胡蝶(じんえんこちょう)”!」



収束した氣を吸収した弓が閃光を射放つ。

一瞬の抵抗も許さず毫蛸を飲み込んだ。



──side out。



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