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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       弐拾陸


這い迫ってくる骸百足から距離を取る様に移動しつつ目標地点を確認する。

残りは1.7km程だろう。

一気に駆け抜けられない事はない距離だ。

巨体で速さも有る──が、全力で走れば、振り切って逃げられる程度だからな。


しかし、“八卦晶界陣”を敷くには全員が所定位置に存在しなければ為らない。

当然ながら、それを待つ間私は奴等の相手をし続ける事になるだろう。

だとすればだ。

後回しにするよりも此処で倒してしまった方が、後々楽に為るというもの。


そう判断をすると、直ぐ様“確認作業”へと移る。



「ヒャッはァっ!!

イーぜ!、来いヨっ!!

そうデねェとなアーッ!!」



距離を取ろうとしていたが一転して、突っ込んで来る私を見て麋蛇羅は楽し気に笑いながら迎え撃つ。


その余裕綽々な態度に対し苛立ちを覚えるが、其処は今は抑えておく。

感情任せに行動する事自体悪いとは言わないが。

時と場合に因るからな。


骸百足は先の“壬津鬼”の列車の様に地を駆ける。

小さな──普通の百足でも動きは素早い。

小さな方が素早く、身体が大きくなるにつれ重量から動きが遅くなるのだが。

この骸百足は巨躯の割りに素早いのだ。

本来、活動を支え担う筈の筋肉が無いにも関わらず、それ以上の速さを持つ。

肉が無いから軽いのだとは思うが、筋肉が無いが故に動きは鈍くなる筈だがな。


…まあ、“異形”を相手に常識的な思考をしていては後手後手に回るだけ。

これは飽く迄も私見。

有り体に言えば愚痴だ。

気持ちを切り替える為の、思考の整理と破棄。

それだけでしかない。


私は己の半身である鋼鞭の柄を右手で握ると、鞭身に氣を纏わせて強化する。

そして、骸百足と正面から打付かる直前に左に逸れて擦れ違い様に奴の最前列の右前脚を狙い、鋼鞭を振り抜いた。

手応えを感じながら目前に迫り来る二列以降の右脚の軌道上から退避。

安全と言える距離を取り、骸百足の様子を窺う。



「…っ…やはりか…」



現実を見て、思わず舌打ちをしてしまうが仕方が無い事だろう。

多分、華琳様でも同じ様に思われる筈だ。

…舌打ちは胸中に留める事だろうがな。



「イーひャヒャヒゃっ!!

どうヨ?、ドウよ?

こーノ麋蛇羅様の史上最強最高最大傑作の“蜈弉蛇蚣(ごじょういこう)”の味ハ最凶ダろうがヨーっ!!」



…ああ、その様だな。

忌々しい事だが、言う通り厄介な存在なのは確かだ。


断ち切った筈の右前脚。

それは確かに離れのだが、本体部分の骨が移動をして新たに右前脚を形成した。

加えて、切り離した前脚も後方で吸収(回収)された。

その事から考えて、完全に消滅させない限り、此奴は不死身だという事だ。

まあ、それだけで倒せるのであれば楽なのだが。

二つや三つは“隠し玉”を備えてはいるのだろう。

…外れていてくれるのなら大歓迎するがな。




仕切り直し──と言うより此処からが本番な訳だが。

どう攻めるべきなのか。

其処で軽く悩んでしまう。



(骨を消滅させるだけなら然程難しい事ではない…

だが、それを早々と見せて対処されてしまうのは…

此方等としては痛いな…)



手札は決して多くない。

迂闊に相手に晒してしまう事は避けるべきだ。

しかしだ、だからと言って他に対処方法が有るのかと言えば──無いに等しい。

いや、正確な事を言うなら二つは考えられるがな。


一つは“蜈弉蛇蚣”自体を造り出し、操っている元凶──麋蛇羅を倒す事。

当然だが、その為には奴に接近する事は勿論であり、蜈弉蛇蚣から引き離す事が望ましいだろう。

一撃で仕留められるのなら最高なのだが。

そう簡単ではないだろう。

不可能ではないだろうが、それは“整った”上での話なのだからな。

だから、出来れば麋蛇羅と蜈弉蛇蚣は切り離したい。


もう一つは蜈弉蛇蚣の中に恐らく存在しているだろう奴の“呪核”を探し出して破壊するという方法だ。

これは破壊自体は容易い。

だが、それを探し出すのが思う以上に難しい。

対象が動き回っている事も一因ではあるのだが。

それ以上に、遠距離からは見分けが付かないのだ。

“奴その物が呪核だ”、と言われれば“成る程な”と納得してしまう程に。

全体が同じなのだから。

それでも呪核を探し出そうと思えば奴に肉薄しながら直接、氣を流して探るしか私には方法は無いな。

それは無防備にも為るし、一度でも離れてしまったら再び最初から探り直す事に為るだろう。

あの身体の構造と同じ様に呪核が固定されているとは思えないからな。

此方も遣るのなら一度で。


正直、悩み所だろう。


だが、似た様な条件であるのならば、何方等か一方を選ぶ事は難しくはない。



「イーッ…ヒゃッハあッ!!

逃げル?、逃ゲレるか?

なァー、ドーなんダーっ?!

殺る気ネェのかヨーっ?!」



距離を取る様に離れつつ、不規則に蛇行・方向転換し蜈弉蛇蚣の動きを観察。

情報を集積してゆく。


麋蛇羅が操作しているなら意識的に動かせるだろう。

であれば、その動き自体に規則性は無い筈だ。

勿論、構造上の動き方には規則性は有るだろうが。

騎馬──人馬の様に呼吸と意思を合わせているという訳ではないのなら。

少しは遣り易くなる。



(…見た限り、巨躯が故に小回りは利かないな…

それに、あの形から変わる様な動きは見られない…

勿論、油断は禁物だが…)



自由自在に変形が出来る、という様な事は無さそうで少しだけ安心する。

“単に百足の型をしているだけで実は如何様な型にも変形が出来る”とかならば最悪だからな。

多少の──各部位の変形は有るかもしれないが。

基本的に今の百足型からは変わらないのであれば。

十分に遣れるだろう。


私は選択(方法)を決める。





「ソーらソラそらそラっ!!

潰すゾ?、潰シチまウぞ!

曳キ殺しチマうゾッ!!

イヒゃーッひゃヒャっ!!」



自身の優位を疑う事無く、“主導権を握っている”と勘違いしている麋蛇羅。

高笑いしながら蜈弉蛇蚣を使って私に迫り来る。


だが、その実態はというと麋蛇羅に悟らせない様に、少しずつ距離を詰めさせて私に“追い付いている”と錯覚させている。

勿論、それが狙いではなく次への布石でしかない。


追っても追い付けない。

直ぐにではないが、着実に距離を縮められている。

これは実質的な話をすれば何方等も同じなのだ。

だが、その印象から受ける違いは大きい。

前者は不可能を含む為だ。

故に、後者の印象を持たせ主導権を握らせている様に仕向ける事は相手の思考を誘導する上で優位になる。


そして──私の間合いへと入った所で、反転。

地を蹴って蜈弉蛇蚣の顎を飛び越え、頭上に座り込む麋蛇羅に襲い掛かる。



「──ヒャはアっ!?」


「──そう遠慮をするな

私が送ってやろう」



鋼鞭を振るうと、麋蛇羅の右腕を絡め捕る。

そのまま蜈弉蛇蚣の上から飛び降り、麋蛇羅を地上に引き摺り下ろす。


強引に引き摺られはしても右腕以外は自由なままだ。

麋蛇羅は体勢を崩す事無く着地すると、左手で鋼鞭を掴んで手繰り寄せる。

強引に私を引き寄せるのが狙いなのだろうが…甘い。



「──イヒゃアっ!?」



“一本釣り”するかの様に身体を大きく反り伸ばした──が、それと同時に私が鋼鞭を伸ばした。

それにより、麋蛇羅の力は空振り状態になる。

必然的に体勢は大きく崩れ致命的な隙を生む。

それを見逃す理由は無い。

私は麋蛇羅に向かって駆け一気に肉薄する。



「────っ!?」



──直前の事だった。

背筋を襲った悪寒。

経験から来る感覚を信じて私は大きく左真横へと飛び退いた。

その直後だった。

地面から巨大な顎が現れ、本来なら私が居る筈だった場所を一口に喰らった。



「──イヒゃひャッ!!

惜しイ、惜シいっ!

──ダーが、残念無念無乳なんダヨーっ!」


「──しまっ!?」



回避はした──が、鋼鞭は麋蛇羅に掴まれたまま。

力強くで引き寄せられると閉じた顎を再度開いて待つ蜈弉蛇蚣に向かって身体は動かされる。

僅かに一歩。

しかし、致命的な一歩だ。


伸びる事を知られた以上、更に伸ばしても無駄。

鋼鞭の能力を使っても──間に合わない。

体勢を崩された一歩分。

私は次への行動に移る為の時間を奪われた。


正に、策士策に溺れる。

言い訳のしようが無い程に“嵌められた”のだから。





「──あーらよっと!」


『────っ!?』


「どっこいっさーっ!!」


「──イ゛ギャあっ!?」



──が、蜈弉蛇蚣の巨躯が場違いな軽い掛け声と共に私達の視界から消えた。

続け様に左手で鋼鞭を掴み取り麋蛇羅を引き寄せると右脚で後ろ回し蹴りを放ち吹き飛ばした。

…正確には麋蛇羅が威力を軽減する為に鋼鞭を手離し飛ばされる事を選んだ為、なのだがな。

それは今は置いておく。


麋蛇羅達に代わって其処に現れたのは、私にとっては馴染み深い姿。

雷華様とは違った意味で、私を支えてくれる者。

普段は散々問題を起こして世話を焼かせる癖に。

こういう時には必ず無駄に美味しい登場をする。

本当に困った奴だ。



「えへへ〜、ぶいっ♪」



そう言って余裕綽々に笑い格好付けている珀花。

思わず、小言を言いそうに為ってしまうのは、仕方が無い事なのだろうな。

それだけ、珀花への小言が日常的に為っているのだ。

本来ならば感謝の気持ちを伝えるべき場面なのだが、普段の行いへの条件反射が全て台無しにしてくれる。

こういう時、改めて普段の言動の大切さを感じるな。

…まあ、珀花(当事者)には伝わらないのだろうが。



「…はぁ〜…全く…何故、お前という奴は…」


「えー…何?、その反応…

危ない所だったのに…」



そう言って不満そうにする珀花を見て“その感謝すら帳消しにして有り余る程、お前の普段の言動は…”と小言を言いそうになるのを頑張って抑え込む。

流石に私も恩を小言(仇)で返す真似はしたくない。



「イヒャひャヒゃっ…

遣っテクレんじャネぇノ…

アぁん、頭緩そウな奴!」


「ちょっと!、宅の軍師に対して失礼じゃないっ!

謝りなさいよっ!」


「謝るのはお前だ、馬鹿者

奴が言ったのは私ではなくお前の事だ」


「何ですとーっ!?

絶対に赦さないからっ!」



いや、最初から赦す事など許されないからな?。

此奴等は倒すべき存在で、敵だからな?。

…気にするだけ無駄か。





「殺る気に為っている所を悪いのだが、奴には借りが有るのでな…

だから、彼奴は私が殺る

お前は彼方等を頼む」


「え?、彼方って──」



──と、珀花が呟いたのを聞いていたかの様に絶妙な間合いで姿を現したのは、蜈弉蛇蚣だった。

その反応からしても間違い無いのだろうな。

全く…忌々しい限りだ。



「…………え?、アレ?」


「そうだ、アレだ」


「…ねえ、アレって、傀儡じゃなかったの?」


「独立型だった様だな

そして、どうやら見せ場に割り込んで来たお前に対し御立腹らしいな

見ろ、お前を御指名だ」


「う〜…そんな御指名とか嫌過ぎる〜…」



まあ、確かにな。

だが、ある意味ではお前と似た者同士だと思うぞ。

口には出さないがな。


蜈弉蛇蚣と“猫の喧嘩”の様に威嚇し合う珀花から、麋蛇羅へと視線を移す。



「…アレの頭上に居たのは操作型──つまり、傀儡に見せる為だった訳か…

可笑しな言動をする割りに存外に頭が回る様だな?」


「ヒャヒゃひャっ…

あーあ、残念残〜念っ…

もう少しで喰い終わってた所だったんだがな〜…

其奴も、相当な曲者だな」



演技(仮面)を脱ぎ捨てると麋蛇羅は普通に話し始め、大袈裟に溜め息を吐いた。

そして、自身の邪魔をした蜈弉蛇蚣と睨み合う珀花を静かに見据える。

“こんな奴にかよ…”と、声が聴こえてきそうだ。


だが、自ら曲者だと認める辺りも奴は曲者だろう。



「ああ、間違い無い

曹魏で第二位の曲者だ」


「成る程な…」



因みに第一位は雷華様だ。

あの御方以上の曲者など、存在しないだろうからな。


そういう意味で言うのなら“曲者慣れ”しているか。




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