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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
785/915

       弐拾伍


 周瑜side──


今、静かに閉じてゆくのは隔壁の門扉。

あれだけ巨大であるのにも関わらず、軋み一つ上げぬ開閉は何度見ても違和感を拭う事が出来無い。

しかし、理解はしている。

十分な強度・耐久力を持ち寸分の狂い無く設計・建造されているからこそだ。

開閉する際に通過する地面部分も含めて、だからな。

その建造技術は常識を楽に彼方に置き去りにする程の物だと言えるだろう。

…まあ、雷華様だからな。



(さて、此方の兵の退避も無事に終わった…

次へと移らなくてはな)



私は左右に顔を向けると、泉里達と視線で意を交わし──頷き合う。

そのまま桂花だけを残して私達は七方に向かって走り出して散開してゆく。

“結界”の強化・維持の為“八卦晶界陣”を敷く事が必要だからだ。


この八卦晶界陣は“簡単に説明すれば増幅装置だ”と雷華様は仰有っていた。

その説明通り、既に起動し稼働している結界の強度・効果を増強する為の物だ。

一応、“八卦陣”を用いるという事では他の用途にも共通する事は有る。

基本が同じなので、応用はし易いのも利点だろう。

滅多と使う事は無いがな。

…いや、有っては為らないと言うべきだろうな。

この手の技法は対人戦闘で用いれば一方的な虐殺へと簡単に状況を到らせる事が出来るのだから。

そういった類いの使い方は雷華様が禁じられている。

綺麗事が理由ではない。

私達の“覚悟”を、正しく後世へと継ぎ繋ぐ為に。

それは必要な事なのだ。

人の心とは、力の誘惑には弱い物なのだからな。


──とまあ、そういう話は置いておいて、だ。

その八卦晶界陣を敷く為に私達は八方に散り、各々が“晶界柱”としての役目を果たす必要が有る。

桂花が残るのは、此処には隔壁の門扉が有る為。

桂花の武具の能力は私達の中では防衛に関しては最も適しているからな。

当然の担当だと言える。


そんな桂花の位置を“離”として、巽・震・艮・坎・乾・兌・坤の七点に私達は散って行っている。

桂花の対面──最も距離が遠い“坎”の担当は私だ。

これも当然の人選だ。

軍師陣(私達)の中で言えば私が一番身体能力が高い。

だから、戦場を突っ切れる私が担うのは必然だ。



「──だが、そう簡単には行かせては貰えぬか…」



当然と言えば当然だが。

軍将陣が散って土塊兵共を掃討しているとは言えど、それだけに群がってくれるという訳ではない。

何より、桂花を残した様に相手の一番の狙いは隔壁の突破だろう。

勿論、その為には華琳様と我等を残らず倒さなくては為らないのだが。

門扉の一点突破。

それは不可能ではない。

結界が絶対ではない以上、それは可能な事だ。

だからこそ、私達は結界を維持しなくて為らない。

その為にも群がり来る敵を撃ち抜いて行かねばな。


だが、しかし。

久し振りに“武張る”からなのだろうな。

この高揚感は。




疾駆する前に乱立している土塊兵の群れは、密集して群生する密林の中を駆けるよりも走り難い。


自然というのは知れば知る程に面白い物で、人が思い考えている以上に合理的な生態系を構築している。

密林等も例に漏れない。

其処で生きていく為に。

“共存する”事を前提とし自然界は出来ている。

要は弱肉強食(食物連鎖)が自然界の大鉄則な訳だ。

だから、森林の中には必ず“道”が存在する。

それは、人間にとっての道ではない。

飽く迄も自然界での話だ。

しかし、確かに存在する。

故に、駆ける事は思う程は難しくはない。

寧ろ人為的に手の加わった森林の方が、駆ける際には注意が必要となる。

罠の有る可能性等、色々と考えられるからな。


──それは兎も角として。

土塊兵の群れは人の群れを突き抜けるよりも面倒だ。

奴等は感情等が存在しない故に怯みはせず、痛覚等も存在しないから味方を巻き込んでしまう様な行動でも躊躇無く遣ってくる。

“私達(敵)を討て”という簡易的な命令だけを遵守し襲い掛かってくるのだ。

はっきり言ってしまえば、うんざりする位の物量戦と言わざるを得ないな。

尤も、無尽蔵ではないなら宅には脅威ではないがな。



(…とは言え、一体一体は苦にも為らないが、砂山に刃を突き刺す様な物…

故に確実に、此方は疲弊を強いられるな…)



一度や二度、砂山を突けど刃毀れはしない。

余程運が悪ければ、砂山に混じっていた石等に因って刃毀れするのだろうが。

基本的に、砂だけであれば起きる事は無い。

しかし、数百回、数千回と繰り返してゆけば、確実に刃は砂の粒により摩耗して刃毀れを生んでしまう。

物量戦も同じ事だ。

どんなに個体間の能力差が大きかろうが、じわじわと削り取られてゆく。

如何に微々たる物であれど着実に蓄積されてゆく。

その果てが如何様な物かは態々言うまでもない。



土塊兵(これ)を生み出す元凶の排除は優先だが…

それは軍将陣(皆)に任せるとしよう…

私達は私達の為すべき事に集中しなければな…)



結界の維持とは単純に民を守る為の物ではない。

我等が“力を振るう”為に結界は必要不可欠なのだ。

結界無しでは…何れだけの被害(影響)が出るのか。

正直、考えただけで頭痛がしてくるのでな。

特に、戦い始めると攻撃の手加減が出来無くなり易い珀花達(面子)が遣らかしてくれるだろう事がな。


まあ、頼もしくは有るのも確かでは有る為に、あまり強くは言えないが。

自重はして貰いたい物だ。


──とまあ、そういう訳で結界は要という事だ。

それ故に、軍師陣(私達)の役目は重要となる。

とは言え、敷いてしまえば後は楽が出来るがな。

結界が私達を守る楯として機能してくれるのでな。

ゆっくりと見物をしながら結界を維持するだけだ。




最短距離を駆け抜けられるのであれば、そうしたい。

けれど、現実としては少々──いや、かなり厳しいと言わざるを得ないだろう。

何故なら対面への最短距離──直線上には王累が居る訳だからな。


他の部下達ならば、私でも撃破可能だろう。

流石に軍将陣(皆)に比べて時間は要すだろうが。

遣って出来無い事は無い。


だが、王累は話が別だ。

負けない事は可能だろう。

防衛に徹し、時間を稼ぐ。

そういう方向になら私達は可能だと言える。

しかし、撃破するとなれば話は変わってくる。

恐らくは…不可能だろう。

勿論、もう十年──いや、もう一年で構わない。

“自身を高める為だけに”一年という時間を費やした後に戦えるのだとすれば。

私達でも一騎打ち、或いは二人掛かりで戦えば十分に勝機を見出だせる筈だ。

けれど、実際には今それが出来無くては無意味。

故に、王累と対する相手は必然的に限られてくる。

出張中の雷華様と華琳様、それから──蓮華。

但し、蓮華の場合は賭けに為るだろうがな。

まだ、華琳様の域にまでは遠く及ばないのだから。

それは仕方が無い。


そういった訳で、直線的に進む事は出来無い。

その為、先程“壬津鬼”が開けた穴(道)を通るのが、一番の近道と言える。



(…此処まで読んだ上での一手だったのでしょうね…

熟、恐ろしい御方だ…)



そう思うのだが、不思議と嬉しくなる自分が居る。

それが“惚気”である事は自覚しているのだが。

ついつい、頬が緩む。

まあ、敵は土塊兵ばかりで宅や他所の兵も居ない以上取り繕う体裁も無いので、一向に構わないのだがな。


──と、思っていると。

視線を感じて、振り向く。



「………」


「………」



不意に視線が重なったのは──珀花だった。

今、私達の距離は30m程離れている。

その間には土塊兵が居て、尚且つ戦闘をしている最中という状況だ。

それなのに、私達の視線は一瞬も逸れも途切れもせず数分間、続いた。

特に意味は無いのだが。

何故だかは判らない疑問をお互いにを浮かべながら。



「……っ♪」


「──っ!!」



そして、唐突にだった。

珀花は“あ、成る程ね♪”という感じで微笑んだ。

そのまま続けて笑いながら口を動かし、“冥琳ってば意外と乙女だよね〜♪”と言ってくる。

いや、声は聞こえないが。

読唇術は出来るのでな。

見てしまうと条件反射的に読み取ってしまう。

だから、瞬間的に私は顔が──否、全身が発火をした様に熱くなった。


正直、今直ぐにでも敵より珀花を潰しに行きたい。

八つ当たりなのだが。

判っているのだが。

叶うなら盛大に身悶えして逃げ出してしまいたい。




そんな羞恥心を力に変えて取り敢えず目の前に群がる敵を薙ぎ払う事にする。

…それも八つ当たりだ?、知った事か、そんな事。

嫌なら私の前に立つな。

珀花の所にでも行け。



「──とか思ってはいたが本当に居なくなるとは…」



波が引いて行くかの様に、群がって来ていた土塊兵が私の視界から消えた。

足を止め、見回す。

少なくとも私を中心とした半径約10mの範囲内には土塊兵は一体も居ない。

珀花からは離れている為、向こうは今も群がっている状況の様だが。



(…本当に珀花達の方へと戦力を優先して回した?

いや、有り得ないか…)



可能不可能という話でなら有り得えるのだろうが。

少なくとも、先程まで見た限りの土塊兵の動きからは起きるとは思えない事。

何故なら、あの土塊兵から読み取れる行動は二つ。

一つは、手近な敵に対して群がり攻撃する事。

もう一つは、隔壁の門扉を目指して侵攻する事だ。


一応、孫策軍を狙っている動きを見せてはいたのだが其方等は一つ目の行動にて説明する事が出来る。

抑、孫策軍追撃には土塊兵ではなく、王累の部下達が動いていたからな。

土塊兵の優先順位としては入ってはいなかった筈だ。


そういった事から考えると“この状況”は不自然だ。

土塊兵の使役者が倒れた、という事も無い。

私の周囲からだけ土塊兵が消えているのだからな。

となれば、考えられる事は自ずと絞られてくる。



「──っ!?」



その考えを肯定する様に、地面が大きく波打つ。

戦場全体ではない。

私の居る周囲だけが、だ。


同時に耳に入ってくるのは地響きとは違う。

咆哮の様な、奇怪な音。

それが、地の底から私へと近付いて来ている。

それも──真下から。



「──っ!!」



そして、地面が破裂する。

弾けて飛散する土石の中、天へと立ち昇るかの様にし姿を現した巨影。

それが、私の相手なのだと嫌でも理解させられた。




飛礫を躱しながら、距離を取って身構える。

バラバラと地面に落下して砕け散る土石の中に見えた敵の姿に小さく舌打ちし、“仕掛けた存在”の趣味の悪さを理解した。


露になった姿は、見る者の十人が十人“百足”と言う事は間違い無い。

勿論、百足が好きだと言う者は少ないだろう。

…まあ、私は嫌いだがな。

だが、問題は全長10mは有るだろう、躯を構成する物体の方だと言える。

それもまた、誰から見ても“白骨”であると判る。

全体では人間の物が多いが馬や鳥の頭も見える事から無差別なのかもしれない。

しかし、一つだけ判るのは骸百足を構成する屍の数は千では足りないという事。

恐らくは…万を越える。

屍を掘り返して使ったのか“屍を造って”使ったのか定かではないが。

何方等にしても外道の仕業である事だけは確かだ。



「…悪趣味な奴だな」



その骸百足の頭部の上にて景色を楽しむかの様な姿で此方を見下ろしてくる者を睨み付けながら呟く。

それを聞き取ったらしく、明確な敵意を向けてくる。

…いや、敵なのだから当然ではあるのだが。

そういった類いではなく、“価値観の相違”によって生じる対立意識だ。

絶対に相容れない類いの。



「イヒャひャヒゃアッ!

何だヨ、何ダよ、あァん?

こノ“麋蛇羅(びだら)”様の芸術が解ンねェの?

駄めダ目だメじゃン!

だかラぁ──死ネやッ!」



そう言うと同時に麋蛇羅は骸百足を使役している様で即座に此方へと向けて突進させてくる。

巨体ではあるが、意外な程俊敏な動きを見せる。

正に百足と言える程だ。

感心しているのは可笑しな事では有るのだが。

仕方が無いのだろう。

観察し、思考し、分析する事が職業病だからな。




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