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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       弐拾参


擦れ違い、私は絶影の背に身を戻した。

その背後では、ドサッ…と地面に重い物が落ちた時の音がし、カランカランッ…と高音を響かせた。


絶影が方向転換してみれば私とは真逆に秦王政は馬上から地面へと落ちていた。

そして、その掌から零れた槍が地面に転がっていた。

意外な事ではない。

それこそが、私達の描いた勝敗(結末)なのだから。



(…良い子じゃないの…)



落馬した主人を気に掛け、戻ってくる秦王政の愛馬を見詰めながら思う。

“生きていれば”宅の方で引き取れたのに、と。

類い稀な名馬であるだろう事は戦いで理解している。

それだけに惜しく思う。


尤も、絶影達は烈紅以外と番う気は無いでしょうが。

流石に、全部に烈紅の血が入ってしまうのは困る。

数十年後、数代後の子孫に入っているのは構わないが同世代に同じ血が多い事は悪影響を及ぼすだけ。

それは人も馬も同じ。

その辺りは面倒な話よね。


それは兎も角として。

数歩でも方向転換が出来る絶影とは違って、秦王政の愛馬は10m程進んでから減速と方向転換を終わらせ落馬している主人の元へと真っ直ぐに駆け寄った。

鼻を擦り寄せる愛馬へと、秦王政が左腕を上げる。

しかし、立ち上がるだけの余力は残ってはいない。

それは当然でしょう。

まだ息が有るというだけで十分に驚きだもの。

けれど、その辺りは流石と言うべきなのでしょうね。


そんな秦王政達を暫しの間見てから、私は絶影と共に側に行く。

一応、空気は読むわよ。


先程とは逆に私が上から、秦王政が下から互いの姿を見る事となる。



「…まさか、な…あの様な…曲芸の技を…戦の中にて拝む事に…なろうとは…

…正直…以前も…思ってもみなかったわ…」


「そうでしょうね…

普通は出来ても遣れないわ

一回きりの初見殺しだし、一騎打ち以外では自滅する可能性の方が高いもの」


「…あぁ…確かに、な…」



そう言うと納得出来た様で苦笑する秦王政。

本当に難しい事なのよ。


騎乗している状態から馬の身体に張り付く様にして、腹の下を潜ってから背中に戻るという曲芸と言っても可笑しくはない技。

馬が止まっている状態でも胴回りを一周するのは結構難しかったりする。

それを走行中に、となると難易度は格段に跳ね上がり──尚且つ、私は攻撃まで仕掛けている訳よ。

信頼だけでは不足。

文字通り、人馬一体となり初めて可能となる極技。


翠達ならば出来無くはない事なのだけれど。

翠は得物が槍という部分で更に難易度は上がるもの。

細剣を使う分だけ私の方が難易度は下がるわね。

…それでも連続で遣る事は厳しいでしょうけど。

試した事も無いしね。


それでも至難の技。

しかも氣を使わない。

但し、其処が重要。

氣を使わない技だからこそ秦王政達に覚らせず、虚を突く事が出来たのだから。





「…少しは満足かしら?」


「…あぁ…悪くない…

…いや…我が生涯の中でも…最高の戦であった…」



そう言って笑みを浮かべる秦王政だけれど、眼差しは言外に意思を伝える。

“他人に強要された事さえ考えなければ、な”と。

その悔しさを滲ませる。


しかし、その原因が自身に有る以上は王累(首謀者)を一方的には罵れない。

詐欺師と被害者と同じ。

被害者が欲を出さなければ引っ掛かりはしない。

どんなに口が上手かろうが詐欺師に決定権は無い。

決めるのは被害者自身。


勿論、詐欺師の行為自体は犯罪なのだから、悪である事には間違いは無い。

ただ、そういう話を聞いて他人事の様に考えていると気付かない内に獲物として狙われている可能性は有るという事よ。

被害者に為りたくなければ身に余る欲は懐かない事。

そして、何よりも。

“旨い話”等を当てにせず自らの努力によってのみ、叶える事を心掛ける事。

それが、被害者に為らない一番の予防策でしょう。


まあ、それが出来無い者が多いから詐欺師は減らずに存在し続けるのよね。

人の弱味や善意、欲望へと手段を問わずに突け込んで“甘い汁”を吸おうと。

それも人間の一面だから、仕方が無いのよね。

後は、そういう犯罪に対し厳罰に処す事で、社会的に対処するべきでしょう。

因みに、宅では鉱山労働を最低でも10年ね。


“彼方”では罰金刑とかも有るらしいけど。

私に言わせれば温いわ。

“平和呆けした社会”では仕方無いのでしょうけど。

司法の重さが、社会犯罪の抑止力だという事を、何故人々は考えないのか。

私には理解出来無いわね。

まあ、そうしたら自分達の首を締める権力者が多いのかもしれないわね。


さて、それはそうとして、終わらせなくてはね。



「秦王政、何か伝える事は有るかしら?」



“誰に”と聞き返す必要は秦王政にも無い。

この状況で伝える相手など一人しか居ないのだから。



「…出来れば…直に会って話してみたかったが…

…そう、だな…

…“尻に敷かれぬ様に”……とでも…頼もうか…」


「…余計な御世話よ」



ククッ…と、笑い声を溢し秦王政は私から視線を外し暮れゆく空を見詰める。

その眼差しに翳りは無く、晴れやかな表情が浮かぶ。



「…世は…人の…意など…介さず…流れる…

…人が…世を…造るなど…傲り…でしかない…

…故に…世に…抗う事は…人の身に…余る、か…」


「それは間違いではないわ

けれど、私達は抗うわ

私達を引き裂こうとするのであれば“世界”だろうと赦す気は無い

必ず、勝ち取るわ

私達の未来をね」


「…頼もし…事だ…な…」



己の死を受け入れながら、生を諦める秦王政に対して私は意志を示す。

屈する気は無い、と。

それを聞き秦王政は笑みを浮かべて──眠る。


二度と終わらぬ眠りへと。

漸く、就けるでしょう。




死を迎えると共に秦王政の身体は淡く輝きを纏って、無数の蛍の光の様に為って散りながら天へと昇る。


“黄泉(あの世)”は何故か地獄(地の底)といった様な印象が強い。

しかし、人が死者を見送る時には自然と空を仰ぐ。

それは多分、肉体は大地に魂は天空へと還る事を。

何と無く、感じるから。

そんな風に思ってしまう。


秦王政の魂光を見送る中、その愛馬と視線が合う。

主人の“おまけ”で現世に甦らされたのであろう。

秦王政と同じ様に、身体は光と為って欠けて逝く。

幾ら名馬では有るとしても戦力とするには不足。

だから、その存在価値とは秦王政(主人)と共に有って初めて認められていた。

王累の価値観では、ね。


故に、仮初めの生を解かれ主人と共に還って逝く。

そんな秦王政の愛馬が私を真っ直ぐに見詰めながら、頭を下げてきた。

それが、“ありがとう”と伝えている事は、氣を使う必要も無く理解出来る。

この子は、秦王政(主人)の解放を喜んでいるのよ。

それは、王累の支配から、という訳ではない。

死して尚、懐き続けていた国(民)に対する皇帝として背負っていた責任感から。

そして、人に対して懐いた失望(不信感)から。

解放され、安らかに眠れる様に為った事を。

この子は理解している。



「黄泉(彼方)が、どの様な場所なのかは判らないわ

けど、余計な柵が無いなら共に駆けてあげなさい

彼にとって、貴方は心から信頼出来る存在よ

だから、孰れ生まれ変わり“正しい形”で現(此方)に戻ってくる、その時まで

思う存分、自由にね」



そう声を掛けると、改めて頭を下げて、消えて逝く。

その最後に見せた表情が、笑っている見えたのは私の気の所為ではない筈。

“そうでしょう、絶影?”と視線で訊ねれば、彼女は力強く頷いてくれる。



「次に、現世へと貴方達が生まれてくる頃まで私達は繋いでみせるわ

楽しみにしていなさい」



“同じ轍は踏まないわ”と少々挑発的な意思を言外に込めながら、一人と一頭が消えて逝った空に告ぐ。


例え、記憶は無くても。

例え、別人で有っても。

そんな事は関係無い。

繋ぐ事が出来無かった王に私達は示したいだけ。

“貴方の意志は潰えても、決して無意味ではなかった

私達という後継者を介して確と受け継がれている”。

そう伝えたいだけ。


過去から現在へ。

現在より未来へ。

意志は途切れはしない。

人が、人である限り。

その意志は受け継がれて、繋がってゆくのだから。


過ちも、功績も。

人の歩み、その全てが積み重なってゆく。

それこそが“歴史”よ。

だから、誇りなさい。

その歩みは無駄ではなく、価値有る物だったと。




完全に秦王政達が逝くのを見届けると、私達は本番と言える相手へと向き直る。


今も尚溢れ出し続けている土塊兵の垣の奥。

此方を見ている王累の姿を睨み付ける。

“役立たずめが…”とでも思っているのでしょう。

明らかに不満そうな表情を浮かべている王累。

それを見て──苛立つ。

あんな下衆に穢されていい意志ではない。

利用された理由は秦王政に有ったけれど。

それはそれ、これはこれ。

全く別の話だもの。



(雷華には悪いけど此処は譲れなくなったわ

だから、諦めて頂戴ね)



心の中で、出張中の雷華に一方的な断りを入れてから王累を見据える。


──と、それと同時に。

“結界”を通り抜けて行く孫策達を感知した。

どうやら読んでいた通りに調整出来ていた様ね。

…べ、別に途中で孫策達の事を忘れていたという様な訳ではないわ。

ただちょっとだけ、戦いに集中していたから一時的に思考から外していた。

ええ、それだけなのよ。



(…まあ、それは兎も角、孫策達が退場してくれたし──劉備達は疾っくに外に出て行ってるから、これで此方も本格的に始める事が出来るわね…)



参戦していた宅の兵達も、“天穹”を撃ち終えた様で撤退に移っている。

此方は撤退完了まで3分も有れば十分でしょう。

まあ、単純に離脱するだけだったら1分も要らないのだけれどね。

其処は万が一にも国内への影響を出さない為の作業が有るから仕方が無いわ。


けれど、そうまでしないと“私達の”戦いの余波等を防ぐ事が出来無いのよね。

力を持つ、というのも中々大変だったりするのよ。



「さて、そういう事だから貴女も戻っていて頂戴ね」



そう言って絶影の背中から降りると首を軽く撫でる。

すると、珍しく不満そうに私を見詰めてくる絶影。

その眼差しから私と同様、滅多に無い“女”を上げる機会を活かしたいみたい。

苦笑しつつ、お願いをして退いて貰うのには少しだけ時間を要した。



──side out。



 楽進side──


群がってくる土塊兵を撃ち壊しながら護衛をしていた孫策軍が“結界”から外に脱出したのを確認する。

無事、役目を果たした事で一息吐き、安堵する。

それと同時に、まだ本番はこれからという意識から、緊張感が高まってくる。

…何と言うか、この感じは随分と久し振りです。

昔は…ええ、本当に色々と有りましたからね。

思い出したくない事も多々有った気がします。

“覚えていない”事も有り正確には判りませんが。



「──っと、おしっ!

取り敢えず、孫策達を無事脱出させられたな!」



そう言いながら、私の側に翠さんが来られる。

矛槍を軽々と振り回しつつ迫ってくる土塊兵を容易く薙ぎ払っている。

別に不満は無いのですが、こういった状況になったら徒手格闘よりも器術の方が優位に進められる、と。

そう思ってしまいます。

何方等も良し悪しが有る為絶対とは言えませんが。


因みに、私も一通り武器を扱う事は出来ます。

雷華様は、一点特化にして鍛練するにしても、様々な経験を積む事を大事にして指導されますから。



「はい、ですが、本格的に始めるには今暫く彼女達が離れるのを待ってから…」


「──さて、遣るかっ!」


「え?、いえ、ですから、離れるまでは──」


「キシャシャシャシャッ!

女の癖にやるじゃねえか!

少しは楽しめそうだな!

なあっ、おいっ!」



翠さんを止めようとするが横槍を入れてくる輩が居て顔を向ける。

多分、敵意を向ける以上に鋭い眼差しと共に。

邪魔をしてくれている事に対する苛立ちを込めて。

だって、問題に為ったら、私も連帯責任ですから。




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