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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
782/915

       弐拾弐


雷華の事は置いておいて。

あの“天穹”陣形は確かに威力は素晴らしい。

けれど、多用する事は元々出来無い物でも有る。



(確か…雷華の見立てでは限界まで絞り出して八撃…

余裕を見て退避するのなら六撃が最大でしょうね…)



ギリギリまで酷使しては、兵達は無防備に為る。

“結界”の外まで移動して撃つという選択肢も一応は考えられるのだけれど。

それは賭けになる。

展開する“結界”も決して絶対の物ではない。

破られる可能性は僅かでも存在しているのだから。

その事が判っている以上、兵達を想定し得る危険へと晒す真似は出来無い。

だから、自己防衛が出来る余力を残した状態で退く。

それが重要になる。



(まあ、飽く迄“削り”が主目的の陣形なのだから、“決め手”としての使用を考えさえしなければ特には問題は無いのだけれどね)



そうは判ってはいてもよ。

ついつい欲を出してしまい欲張ってしまうのが人間。

“これなら…”という事が自らを破滅へと誘うという事を一度理解してしまうと僅かな誘惑の恐ろしさと、心の緩みの危うさを心から忌避出来る様になる。

…その経験が有るのか?、何て質問自体が愚かしい。

私達を指導している相手は手抜きはしないのよ。

散々、味わっているわ。



(さて…“土傀の玉符”は何処に有るのかしらね…)



まあ、王累が扱っていると考えるのが妥当でしょうが雷華からは“それなりには使役で消耗するからな”と聞いている。

雷華の基準だから消耗する氣の量は言葉通りには受け取る事は出来無い。

何しろ、雷華なのだから。


それは兎も角として。

現実的な話として、王累が自ら使用するのであれば、余力は残せなくなる。

その可能性が高い。

それは私達を相手にしては悪手でしかない。

それが理解出来無い様なら直ぐに自滅するだけね。

有り得ないでしょうけど。


勿論、そうまでしなければ兵力・戦力を維持出来無いという程度の相手ならば、此処までは来ていない。

少なくとも無駄遣いになる位ならば、消耗を懸念して使用を止める筈。

異形とは言っても、決して氣量は無尽蔵ではない。

有限なのだから。


そうなると、下僕(手駒)に使わせている可能性が高いでしょうね。

限界ギリギリ所か、限界を越えても構わない。

使い捨ての存在であれば、使い潰す事を気にする理由自体が無いのだから。

文字通り、滅ん(死ん)でも構わない存在を使うから。

だから、こうして気にせず土塊兵を量産している。


考えとしては外道よね。

けれど、命を尊重しないで結果だけを追い求めるなら間違いとは言えない。

しかも、その命自体が元々“世の中では不必要な命”となれば尚更に。

ある意味では私達も同じ。

“命を有効利用している”という事なのだから。


ただ、背負う覚悟の有無。

それは大きな隔たりよ。




一時、止まっていた時間が再び動き始める。

私の細剣と秦王政の槍とが剣戟を響かせる。



「──大した物だ!

武は勿論、馬術もなっ!」


「其方等も、ねっ!」



ガギィンッ!、と一際高い音を響かせると一旦互いに距離を取る様に下がる。

とは言うものの、己の足で動いている訳ではない。

騎馬戦闘をしている。

私達の動きは人馬一体にて初めて成立する物。

だからこそ、感じる。

秦王政の駆る馬は“現代に存在する”馬ではない。

単純な馬術だけでは決して不可能な呼吸が有る。

それはつまり、その騎馬は“間に合わせの名馬”等の類いではないという事。


そう、その騎馬とは正しく彼の愛馬なのでしょう。

曾て、戦場を共に駆け抜け生き抜いてきた相棒。

その確かな絆を感じる。



(尚更に敗けられないわ

そうでしょう、絶影?)



私の意思を肯定する様に、絶影は小さく嘶く。

闘志を更に漲らせ。

力強く大地を蹴る。


声を出さずとも。

氣で繋がずとも。

私達は理解し合える。

“自分よりも上の男/雄は雷華/烈紅(夫)だけよ”。

その惚気(自信)が有るから敗ける訳にはいかない。

他の男/雄を自分より上に立たせるつもりは無いわ。

私よりも上に、隣に居ても良いのは唯一人/頭だけ。

それ以外は蹴散らす。

妻の、女の誇りに掛けて。


タッ、タタンッ!、と。

軽やかに舞う様な足取りで絶影が地面を蹴り弾く。


普通の馬には出来無い。

“四脚駆法”という特殊な馬専用の歩法術。

私達人間の武の歩法技術を騎馬用に応用し開発された言わば、騎馬武術。

騎馬・馬術を生業とする、馬一族の翠、北の雄である公孫家の杜若からしても、驚きだった考えである。

誰の仕業かなんて今更言う必要も無いでしょう。

因みに、体得出来た馬達も言うまでも無いわね。


その次の瞬間、開いていた両者の距離は一呼吸の間を置く事も無く、消える。

一瞬で、私達の間合いへと絶影は踏み込んだ。

繰り出すは必殺の一撃。

これで秦王政を仕留める。



「──哈あっ!」


「──っ!?、ぬうっ!?」



──が、僅かにズレた。

擦れ違い様に振り抜いたが槍の柄により防がれる。


絶影の所為ではない。

私の失敗でもない。

それは些細な出来事。

ある意味では不幸な事故、ある意味では“禍を転じて福となす”と言えるわね。

秦王政の愛馬が、偶然にも脚を滑らせたのだ。

それ自体は致命的だけれど私達にとっては間を外され精度を狂わせる結果に。

その僅かなズレが、危機を回避させるに至った。



(こういった強運を持った相手は厄介よね…)



雷華が、孫策の“勘”には決して軽んじる評価をせず侮らない様に。

その手の天賦は覆し難く、破り難く才能。

“異能”と称しても決して可笑しくはない。

だからこそ、警戒すべき。

簡単には行かない、と。




必殺として繰り出した故に殺り損ねると、どうしても相手に警戒を与える。

ある意味では暗殺と同様で“必中”でなくては無意味だと言えるでしょう。


その証拠に、秦王政は槍の柄の中程を持ち、大きくは構えず柔軟な対応が出来る守り主体に切り替えた。

あれだけ、戦って散る事に躊躇の無い武人であれど、“まだ終わらせはしない”という欲求が勝ってしまう場合には、こう為る訳よ。


死にたくない訳ではなく、この戦いを今暫くは続けて楽しみたい、と。

そう思ってしまうから。



(小さな隙を作らない様にするよりも、最初から反撃主体にしてしまう方が実は楽なのよね…)



身を以て知っている。

勝つ為に、ではない。

負けない為の戦い方は実に厄介だったりする。

まあ、私達が遣る側だから“崩し方”も嫌という程に経験しているのだけれど。


それはそれとして。

ある程度の高みを越えると単独戦闘が最も楽な事だと思える様になる。

指揮をして軍を率いるより自分自身が単騎で戦う方が効率が良く早く終わらせる事が出来るのだから。

指揮・統率という作業自体無意味に感じてしまう。

それが出来てしまうが故に生じる煩わしさね。


それは騎馬でも同じ事。

態々、馬を駆って戦うより単独戦闘の方が思い通りに動けるのだから、自分から不自由な戦い方を選ぶ事は矛盾した行為でしょう。


けれど、それで良いのよ。

勝たなくて無意味だけど、時には勝ち負けを越えても遣らなくてはならない戦が存在するものなのよ。

非効率的で、無意味な様に思える事だとしてもね。



「ふぅ…やはり、此処ぞで殺り損ねると痛いわね」


「いやいや、驚いたぞ

今の世には、あの様な技も存在しておるのだな…

時の流れ、人の可能性とは人の想像を越える物だな」


「…その言葉自体を否定はしないけれど…

これは宅でも私達夫婦しか会得していない技よ

そして、私達よりも夫達の方が完璧に使い熟すわ」



私達でも予備動作無しでは正面に使えないのに。

あの人馬ときたら無拍子でポンポンと使うのよ。

主が主なら、馬も馬よ。

此方等が四苦八苦している横で遊ぶみたいに遣るから文句は多々有るわよ。



「何と…此処で打ち合えぬ事が惜しまれるな…」


「気持ちは理解出来るけど相手は変わらないわよ?

これは私達、“王戦”でもあるのだから」


「…成る程な、其方の夫は“王”ではないのか…」


「資質・能力・適性・人望あらゆる部分で私達よりも優れているけれど…

残念ながら野心と遣る気が全く無いのよ

そうでなければ、私が王を遣ってはいないもの」



本当、残念なのよ。

まあ、表舞台に上げる為の“切り札”は得たから今は気楽に為ったけれどね。




そんな事を話しながらも、互いに隙は見せない。

私は誘って見せるのだけど──引っ掛からないわね。

警戒されているから当然と言えば当然だけれど。



(…孫策達の位置からして“結界”外に脱出するまで大体10分かしらね…)



宅を基準にしてはいけないのだけれど、ね。

つい、遅いと感じてしまう辺りは慣れ過ぎた弊害だと言えなくもないわね。


けれど、それ位であれば、調整の必要は無いわね。

流石に氣を使ってしまうと瞬殺でしょうけど。

そうでなければ良い感じの勝負に為る筈よね。



「そういう訳だから、私も出張中の夫の手を煩わせる訳にはいかないのよ

だから──大人しく逝ってくれないかしらっ!」


「──なっ!?」



私の言葉から、仕掛け時を判断して絶影が駆ける。

今度は秦王政の視界からは消えない様に抑えて。

それでも、狼の身の熟しを見ているかの様に靭やかに身体を弾ませる絶影。


まるで空馬であるかの様な動きをされれば、常識的に有り得ない動きである以上動揺は小さくない。

普通であれば、騎馬という存在は人を振り落としたりしない様に気を付けて動く事を教え込まれる。

虫等の、突発的な理由から暴れたり、人に不馴れだと振り落とそうとしたりする場合は有るけれど。

そうさせない様に調教し、乗り手も気を付ける。


その常識を無視する様な、絶影の動き。

しかも、当の私は背中から落ちる気配は無い。

それ所か、変わらず普通に攻撃を仕掛けてくる。

動揺しない訳が無い。



「──チィッ!」



しかし、立ち直りの早さは秦王政も流石だわ。

防ぐ事を放棄し愛馬の背に密着する様に身体を伏せ、同時に愛馬を走らせる。

打ち合いには応じず距離を取る事を優先。


因みに、お互いに愛馬への攻撃は考えていない。

それを遣っては、この一戦の意味は無くなるもの。




走り出した秦王政達を追い此方も脚を止めない。

馬同士の能力は絶影が上。

背に跨がる主人は私の方が体重は格段に軽い。

となれば、その走行速度は格段に此方が上回る。

あっと言う間に追い付くと並走状態に入り、馬上にて私達は打ち合う。


1mを切る間合いを保って走る絶影は秦王政の愛馬が離れようとすれば先読みし動きを完璧に合わせる。

何しろ、烈紅という伴侶と息を合わせて遠乗り出来る絶影ですからね。

その程度は余裕なのよ。


そして、馬上にて打ち合う私にしても秦王政の槍撃を受け捌くだけではなく身を翻して躱してもいる。



「曲芸師の様だなっ!」


「この位は騎馬民族ならば苦も無く出来るわよ!」



──とは言ってみたけれど全員が全員ではない。

飽く迄も私が知る内の一部という話だけれど。



「だが、いつまでも続ける事は出来まいっ!」


「っ、どうかしらねっ!」



体力的には厳しい──と、そう思わせる様に振る舞い最後の“仕込み”を終え、私は絶影を加速させる。

一瞬で秦王政達を後方へと置き去りにし──其処から絶影は180°反転すると地面を滑り、秦王政達へと向かって真っ直ぐに走り、一気に加速する。


20m程は有った距離は、直ぐに縮まり消え去る。


正面から擦れ違う様にして接近すると──槍を活かし秦王政は絶影の首を掠めて突き出してくる。

私はそれを躱す為に身体を大きく反らし──馬上から姿を消す事になる。



「──がはっ!?」



絶影達が擦れ違う瞬間。

突き出した細剣が秦王政の右脇腹から心臓を貫いた。

抜き出す時、視線が合う。

私を見下ろす秦王政。

そして──絶影の腹の下に潜りながら剣の血を払い、秦王政を見上げる私。


勝者と敗者。

それは真逆の視界だった。




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