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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       弐拾壱


距離を開けさせない様にし近距離戦闘に持ち込む。

真ん中よりも刃に近い所を握りながら剣の様に扱う。

直線や中距離ならば兎も角近距離では中々に難しいが其処は回転と体捌きを組み合わせる事で可能とする。

普通の槍術よりは、棒術に近いと言えるでしょう。

槍という得物の形状を離れ柔軟な動きをするのだし。

…まあ、槍術士からすれば“型破り”でしょうけど。


本来であれば、長物である槍を使う私にとっては苦手とする間合い。

しかし、宅ではその程度の言い訳は許されない。

だって、雷華様だもの。

“戦場で敵の戦闘手段等を選べると思うか?”、よ。

ええ、その通りよね。

選べる訳無いでしょう。

──という訳で、基本的に対応出来無い距離は無い、というのが私達の武。

軍師には多少有るけれど、それすら私達の間で戦えばという話だもの。

実質的に無いに等しいわ。



「──随分と器用ですね」


「…そうか?、暗器を扱う貴様の方が器用だろう?

少なくとも、私には暗器は使い熟す自信は無いな」



私の攻勢をギリギリの所で凌ぎながら、どうにかして距離を取ろうとする金名は表情に苦々しさを混じらせ揶揄う様に言ってくる。

私が“不器用な性格”だと知っている上で、だろうと直ぐに想像が出来る辺り、私自身“成長している”と実感する事も出来る。

皮肉な話だけれど。


そんな金名の挑発を容易く受け流しながら、逆に私は自分の不器用さを認めつつ金名を挑発する。

“そんな私に押されている貴様は不器用以下だな?”と言外に含む様に。


その意図を察してだろう。

金名の双眸の奥に、確かな感情の揺らぎを感じた。



「…そうですかね?

試してみては如何です?」


「いや、その必要は無い

私の性に合わないからな」


「それは残念ですね」



一見すれば、社交辞令的な会話なのだけれど。

その割りには、殺し合いの真っ最中という状況。

当然、会話と行動の雰囲気は一致してはいない。


しかし、意味は有った。

その遣り取りで確信する。



(…成る程ね、本当に奴は人類の敵と言えるわ)



名前という個人を象徴する最も判り易い物は無いが、個性や感情が無いといった訳ではない。

完全な傀儡にしてしまうと個人の培った経験や技術を殺す事に為ってしまう。

だから、個性は残しながら個人の尊厳を奪う。

或いは、自分に対し忠実な下僕(駒)としてしまう事で優秀な手駒に仕立てた。

そんな感じでしょう。

そして、そうする事により此方に多少なりとも躊躇や罪悪感を持たせ様といった狙いも有るのでしょう。

卑怯で姑息な手段だわ。


けど、私達には無意味。

その程度で揺らぐ様な柔な鍛えられ方はしていない。


──とは言え、直ぐに直ぐ倒す事は出来無い。

姉様達の退避の終了までは膠着状況にしないとね。



──side out。



 周瑜side──


本当に、色々と頭が痛い。

事が終われば、華琳様には──否、雷華様には全てを説明して頂かねば。

秘密主義だ何だと言われて納得出来る訳が無い。

“敵を騙すには味方から”というのは理解出来ても、妻として──女としては、そう簡単に納得出来無い。

何しろ、華琳様だけならば兎も角として“壬津鬼”も一枚噛んでいるのだから。

完全に、私達将師にだけが何も知らされていないまま此処に居たのだからな。

その辺りは例え雷華様でも覚悟して頂かねば。


だが、先ずは今の遣るべき事を遣らなければ。

全ては終わった後の話だ。



『──“天穹”陣形っ!』



軍師陣(私達)は一斉に同じ号令を出し、兵達に陣形を素早く変更させる。


全てではないが、一部でも理解してしまえば雷華様の人選の意図は察せられる。

全ては、この戦いの為への布石で有ったのだと。

私達、曹魏にとっての真の最終決戦の相手は孫策でも劉備でもなかった。

王累(異形の王)なのだと。

それを討ち滅ぼす事こそが私達の使命であると。



(まあ、ある意味で言えば今更なのだろうな…

抑、何故、雷華様が私達に“望映鏡書”の存在を教え戦いを見せたのか…

それは既に“この戦い”を見据えて居られたから…

全く…意地悪な御方だ)



私達は、軍師という職業柄──否、元々知的好奇心が強いからこそ、軍師という要職を担っているのだが、その辺りを理解しているが故に雷華様は巧みだ。

私達に気付かせないまま、きちんと準備は整えさせて臨ませているのだから。

その上で仕掛けて有る。

唐突な状況に晒す事により十全に普段の能力を発揮し行動が出来るか否か。

それを実戦で試す為に。


つまり、これは敵を利用し私達を鍛える為の戦場。

今後、得られる事は無いと断言出来る経験を積む為の雷華様の“課題”な訳だ。


そういった意味では見事に利用されている敵に対し、若干の憐れみを覚える。

尤も、最終的には王累軍は滅ぼさなくてはならない為憐れんではいられないが。

…いや、それ程憐れむ気も無いのが本音だろうな。

特に王累に関しては。

アレは明らかな害悪だ。

特に、我々曹魏にとっては決して相容れぬ存在。

対極的な存在だろう。



(…まあ、雷華様の事だ

私達の思考が何処に至るか読んでおられるだろう…

だとすれば、“壬津鬼”の動きも理解出来るしな…)



“先制攻撃”をする意味は理解出来るが、それだけで“壬津鬼”の戦力を早々に晒す事には疑問が残る。

寧ろ、開戦後、ある程度は敵の情報等を得てからでも遅くはない筈だ。

それなのに、先に使った。

その理由を考えるとすれば恐らくは他の軍師陣(皆)も同じ事を考えるだろう。


最終的には戦場(此処)には華琳様と将師だけが立ち、王累軍と戦う事になる。

そうすべきなのだとな。



──side out。



 荀或side──


次から次へと、彼や是やと疑問は思い浮かぶ。

けれども、その全てを今は放棄して集中をする。


背後にて組み変わっている陣形の動きを感知しながら視界は敵軍から外さない。

あの土塊の兵団は厄介。

しかし、宅であれば対処は比較的容易いと言える。

それも全ては雷華様の指導による物だけれど。

本当に…あの方は何処まで見通されているのか。

今度本気で問い詰めたい。

無理でしょうけどね。

適当に躱され誤魔化される自分の姿が思い浮かぶわ。


…ああでも、それはそれで悪くわないわよね。

ええ、そうなるんだったら悦んで──って違う違う。

今は、そんな事を考えてる場合じゃないでしょう。


こほんっ…兎に角よ。

こういう状況の為に思案・開発された術が有るのよ。

それが、“天穹”陣形。

銀杏の様な形をした陣形で本来は根本に当たる方が、敵に向く格好になる。

つまり、後衛へと向かって人数が増えてゆく訳よ。

けれど、その先頭を務める人物は軍将ではない。

専任の人物では有るけれど軍将ではない。

軍将が務めるのであれば、可笑しくはないでしょう。

後衛に人数が居るのも。

しかし、そうではない。

でも、それで良いのよ。

これは、普通の戦で用いる陣形ではないのだから。

“対異形”専用の陣形。

こういう時の為の物よ。



『──“装填”用意っ!』



陣形が整ったのを見計らい私達は同時に号令を掛け、それに応えて兵達は動く。

後衛の兵達の身体が薄らと淡い輝きを身に纏う。

陣形の後衛に位置するのは全員が“強化”系。

彼等の役目は供給。


そんな彼等──後衛から、氣を集束させる中衛陣には“操作”系が並ぶ。

そして、集めた氣を束ねて送り出す先に位置するのが“放出”系である。

後ろから前へと淡い輝きは集束し、強さを増す。


もう理解出来るでしょう。

天穹陣形とは、文字通りの氣を用いた巨大な弓の事を指している。

銀杏の様な形になるのは、各性質の比率的に当然の事だったりする。

何より、弾(供給源)となる後衛に人数を多く置くのは陣形の用途上の必然。

“一撃限り”では実用化の意味が無いのだから。



『照準、正面っ!』



私達が羽扇──“穂娜”で真正面を指す。

其処には数万の群れを為し此方に進軍している土塊の兵団が存在している。

それに狙いを定める天穹は総数三十二張。

番えられ、引き絞られて、限界まで力を高める。



『──射てーーっ!!!!!!』



そして──光が迸る。

並んだ三十二条の光の帯が土塊の兵団を引き裂く。

それは天上から巨大な爪が掻き抉るかの様に。

抗う事すらも許さずに敵を飲み込んでいった。



──side out。



 司馬懿side──


思わず息を飲みます。

その光景を目の当たりにし背筋に寒気を感じます。

悪寒では有りません。

その、あまりの威力の前に身震いしただけです。



(…頭では理解をしていたつもりでしたが…

まさか、此処までとは…)



王累軍を逃がさぬ為であり外部に二次被害を出さない為にと張られている結界が無ければ地平線の彼方まで消し飛ばしているであろう天穹陣形の一撃。

それに対して、畏怖する。


恐らくは、使用した当事者である兵達も同様に。

此処で“力に魅せられる”様な愚か者は居ません。

寧ろ、自分達の遣った事に恐怖している事でしょう。

“そういう方向に”考える様に教育・指導されている訳ですからね。

けれど、だからと言って、軽視も楽観視も出来無い事も事実でしょう。

故に、その“重み”を皆が感じている筈です。



(ですが、そうでなければ委ねられませんね…

これは、それ程の物です)



単体では大した事ではない技術なのは確かでしょう。

軍事的な使用をして初めて実現する威力ですから。

まあ、宅の基準としては、という話ですが。

それに、曹魏以外では先ず氣を扱えませんからね。

他国に技術を盗まれる様な心配は有りません。


しかし、そうは言うものの実際に敵を前にして使うと驚かざるを得ません。

練習では、雷華様の張った結界が有りますから今程に威力は実感しませんので。

飽く迄も、陣形の使い方を身に付ける為でしたから。


これは本当に驚愕です。



(…雷華様が“最終決戦”とされる訳です

これは、侵略者を一掃する為では有りません

私達の、曹魏の軍部の持つ力の大きさに対する意識を確固たる物にする為…

“過ち”を防ぐ為の戦…

そういう事ですね?)



心中で問い掛けれど、返る答えは無い。

しかし、脳裏には浮かぶ。

誇らしく、嬉しそうに笑む雷華様(仕掛人)の姿が。



──side out



 曹操side──


私と秦王政の撃ち合う脇を閃光が翔け抜けた。

それが天穹による物だと、事前に察知はしていた。

だから、巻き込まれる様な失態は冒さない。


しかし、予想外だった。

次の瞬間には、先程までは其処に存在していた大量の土塊兵が消失していた。

破壊ではない。

文字通りの消滅だった。


撃ち合っていた秦王政まで動きを止めて、その痕跡を静かに見ている。



「…凄まじい威力だ」


「それはどうも、けれど、あの程度は序の口よ?」


「底が知れぬな…」



驚愕を通り越し、感嘆する秦王政に対して余裕振って見せるのだけれど…正直、私も驚いていたりする。

多分、他の娘達も兵達も。

雷華との修練は弊害として“実感”がズレてしまう。

それはまあ、雷華の領域を基準にして遣るのだから、仕方が無い事だけれど。


ただ、それとは別として、一つだけ言える事も有る。



(これも意図的に正確には威力が理解出来無い様に、仕組んでいたわね…)



“誰が、何の為に”なんて考えるだけ無駄な事。

この状況で、私達が各々に何を考えたのか。

どの様に感じたのか。

それが重要なのであって、黒幕の意図は関係無い。

抑、その黒幕の意図自体が“それ”なのだから。



(全く…一体何れだけ私に隠して仕込んでいたのか、帰って来たら“きっちり”聞いてあげないとね…)



一度は鎮めた筈の憤怒が、再び燃え上がってくる。


如何に夫婦だからと言って全てが理解し合え通じ合うという訳ではないわ。

だからこそ会話というのは必要不可欠なのよ。

どんなに歳を重ねて行けど人は“常変”なのだから。

“理解”に終わりは無い。

常に求め、望み、行う事で私達は理解を深めるのよ。




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