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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
777/915

       拾漆


静かに、且つ、嫌悪感から本の僅かだが眉根を顰めた所を“勘違い”したらしく王累は北叟笑んだ。

私が“厄介に感じた”、と思ったのでしょうね。

とても得意気に見えるわ。



「クククッ、驚いたか?

世に破滅を齎す此奴の名は“莫髑魑(ぼどくち)”!

貴様等を死に導く鬼よ!」



王累の嘲笑するかの様な、鬱陶しい“紹介”を受けて“莫髑魑”は鳴叫した。

但し、何処から声が出たか解らないのだけれど。

骨が軋んで鳴っているか、黒煙の雲の中に別の頭でも有るのか、空気振動による物かは解らないが。

──それは些細な事。



(“莫髑魑”、ねえ…

蜀(劉備)が骨(死者)と化し魑(異形)が世を莫(終焉)に導く、という所かしら?

そこそこ皮肉が利いている名前じゃないの…)



他の者は、宅の面子ですら王累の口にした名前を聞き“そういう名前なんだ”と納得している事でしょう。

けれど、私は違う。

私だけは違うのよ。

何故なら私は知っている。

私だけは知っている。

目の前に有る異形の存在、その正体が何かを。



(“骸孳闔(がいじこう)”──“屍王の灰剣”を経て孵化する事が出来る、ね…

全く…“旧世界(太古)”に存在した人類というのは、本当に厄介な遺産ばかりを残してくれたわね…)



“屍王の灰剣”と連動するリスト上の最後の存在。

“二段構え”という辺りに造り手の性格が窺える。

臆病で、慎重で、狡猾で、冷徹で、欲深く、小賢しい他者を信じない人物。

そういう姿が思い浮かぶ。

殴れず、文句も言えない。

全く、厄介事ばかりだわ。

その抑止力の一部として、私達が手にする“対器”も存在するのだけれど。

それはそれ、これはこれ。

全く別の話だもの。


はっきり言ってしまうと、“割りに合わない”のよ。

労働(内容)に見合うだけの報酬(対価)ではないわ。

寧ろ、安過ぎるわよ。

無償奉仕(只働き)だったら慈善団体(ボランティア)を当たりなさいよね。

──と言いたくなる。

皆の手前、口には出さないというだけでね。


不平不満が無いという事は有り得ないわよ。

私は聖人君子ではないわ。

只の一人の人間だもの。

“覇王”として己が意志で定めた道(歩み)は有れど、その為だけに己を犠牲にし徹しようだなんてつもりは微塵も持っていないもの。

私は私の幸せを追求するし大切にするわ。

その結果、一部の他者には不幸を与える事に為っても仕方が無い事だもの。

気にするだけ無駄よ。


世界は不平等なのよ。

弱肉強食が真理である様に“他者を優先した愚者”に勝ち取る幸せは無いわ。

幸せとは誰かに与えられる物ではなく、己が見出だし己で掴み取る物。

待っているだけで自分へと遣って来てくれるのなら、世界中が幸せで一杯よ。

“時には待つ”という事も選択肢の一つなだけ。

それを勘違いしている内は夢想(妄幻)から抜け出す事なんて出来無いわ。




まあ、そんな事は兎も角。

現状で予想していた王累の手札は確認出来た訳よ。

故に、問題は此処から。

雷華でも知り得てはいない“切り札”の有無。

それを確認しなければ私も迂闊には仕掛けられない。



「…成る程、確かに簡単に倒すのは難しそうね

──けれど、忘れたの?

子和は例の“望映鏡書”を倒しているのよ?

その程度の事が出来無いで私達を此処に立たせる様な真似をすると思ったの?」



相手の示した力を、主張を認めつつも、それでも尚、上から目線の態度に徹して挑発してみる。

この辺りの駆け引きは実は意外と難しい。

遣り過ぎると動かれるし、控え過ぎると見抜かれる。

事前情報も、面識も無い、打付け本番の臨機応変にて対処しなくては為らない。

何気に大変なのよ。

…面白いのは確かだけど。



「ああ、そうだったな…

だが、我が駒が此奴だけと言った覚えは無いぞ?」



ニヤッ…と、口角を上げる王累の台詞に合わせる様にピクッ、と眉尻を動かす。

“つい、反応した”程度の“抑え切れなかった体”の演技をしながら。


“そんなにも細かい必要が有るのか?”と端から見る立場なら思うでしょうが、かなり重要なのよ。

特に、私みたいに自制心が並外れて高い場合にはね。

珀花や灯璃、他所で言えば孫策とか劉備辺りみたいな感情と言動が直結している姿が自然な質なら、必要は無いのでしょうね。

大袈裟な反応でも、然程は可笑しくはないから。

だけど、私みたいな質だと露骨過ぎて不自然なのよ。

相手が雷華や宅の皆なら、そんな必要は無いけど。

こういった駆け引きをする場では演技力が試される。


そうまでして“踊らせる”事が出来たとしたら。

最高に面白いのよね。

それが醍醐味だから頑張る事も出来る訳よ。

それ位の“役得”が無いと遣ってられないもの。


そんな内情は兎も角として上手く王累を誘えた様で、内心では小さく拳を握る。



「貴様等、人間というのは“先祖”に対する感謝や、畏敬の念を重んじるな?」


「…ええ、大体の者はね

けれど、人間の全員が全員そうだとは限らないわよ

敬う意識の無い者も居れば敬う価値の無い者も居る

何方等が悪い訳ではなく、良い訳でもないわ

その辺りは結局、個人的な価値観の問題なのよ

だから、絶対は無いわ」



その言葉に嘘は無い。

先祖や先人達への感謝等の思いは人各々に異なる。


“彼方”の──恐らくは、雷華も含む三人の母国だと言える“日本”の場合には世界的にも珍しい程に色々行事が有るらしいわ。

けれど、それを“日本人”だったら全員が理解して、同じ思いを持って遣るかと言えば──そうではない。

その程度の物なのよ。


一部を見れば素晴らしいが全体を見れば微妙。

そんな話を以前、雷華から聞いた事が有ったわ。





「その程度でも構わぬ

要は、先祖に対する畏怖を懐いているので有れば!」



王累の声と共に、地鳴りが辺りに響き始めた。


目の前に、“土傀の玉符”という前例が存在するなら同じ様に地面──地中へと意識を向けるでしょう。

それは当然の反応。

決して、可笑しな事だとは言えない。

宅以外でなら、ね。


私を始め、宅の皆は意識を周囲へと向けている。

地鳴りはしていとも地面は振動してはいない。

それが、“土傀の玉符”と異なっている点。

アレは土石を原材料として生み出される為、必然的に地面が振動する。

ある意味、予兆が有るので備え易いと言えるわね。


そんな“土傀の玉符”とは違っている以上、地中から現れる──或いは、地中を移動する、と考えるよりも“地上を移動している”と考える方が自然な事。

加えて、私達の背後は魏。

つまり、其方等から此処に来る可能性は無いのよ。

だから、前面に集中すれば捕捉出来るわ。


それを実証する様に右斜め前方に砂塵が上がった。

同時に地鳴りが大きくなり接近している事を告げる。



「…宅の“壬津鬼”の二番煎じなのかしら?

もし、そうなのだったら、芸が無いわね…」



──と王累に言いながら、気付いてない振りをする。

既に探知範囲内に存在する“それ”に付いての情報を引き出す為ではない。

表向きには、そういう風に読まれても構わない。

本当の理由は、此方の探知範囲を気付かせない為。

何気に、こういう小細工が後々で意味を生む事が有るというのを私達は普段から相手にしている“誰か”に散々に遣られているから。

決して、手抜きはしない。



「アレを真似出来るなら、こんな面倒な戦い方をする必要は無いのだがな…

まあ、貴様等を始末すればアレが手に入るのだ

存分に活用させて貰おう」


「あら、それは無理よ

勝つのは私達だもの

それに──アレを使ったら世界征服ですら数日よ

存分に、という程の活用は難しいと思うわよ?」



意図的にか、偶然なのか。

それは定かではない。

しかし、“アレ”を認める発言により、話題としては一端逸れてしまった。

此方から訊き返すのは中々難しい事だと言える。

訊いても訊かなくても先に会話を断てない以上、私は軽い挑発を入れる。

乗るかどうかではない。

単純に王累に私との会話を続けさせる為だけの楔。



「…成る程、確かにな

まあ、世界征服など面倒な事を遣る気は我には無い

ただ、全てを破壊し尽くし人間共を根絶やしにする

その為の道具としての話だ

故に、貴様の心配無用だ」


「…そうみたいね」



会話は続けられた──が、結局情報は得られないまま“それ”は現れた。




地鳴りではなく──馬蹄を響かせて、姿を現したのは意外と言うべきか。

かなりの強者の風格を纏う騎兵──否、武人だった。


パッと見た感じでは身長は2mは有るでしょうね。

整えられた髪や鬚髭。

あの二体──いえ、二人と比べても遜色の無い筋肉が身に付けた鎧から覗く。

右手に持つのは大槍。

馬上なので槍を持つ事には驚きはしない。

豪華な装飾でありながらも機能に支障を来さない鎧は造り手の技量が窺える逸品だと言えるでしょう。

特徴的なのは肌の色。

血の気の無い屍とは違う。

確かな血色は目の前の者が“生きている”事を示す。


しかし、有り得ない。

そんな事は有り得ない。

何故なら、身に付けた鎧に刻まれている紋章は疾うに失われてしまった物。

唯一が、私達の──雷華の手に有る“玉璽”のみ。

だから、有り得ない。



「…何の冗談かしら?」



そう睨み付けながら訊いた私を見ながら、王累は深い笑みを浮かべる。


正直、これは予想外だわ。

いいえ、“その者”の登場自体は雷華の予想していた範疇だったのだけれど。

流石に“これ”は、ね。



「クククッ…どうした?

先程までとは貴様の反応が明らかに違う様だが?」



隠せているとは私自身とて思ってはいない。

しかし、こうも露骨にだと普通に苛立つ。

出来るものなら、今直ぐに王累を殴り飛ばしたい。

──いえ、両の手足の指を一本ずつ切り落としながら手足を少しずつ刻んでゆき下半身から死なない程度に切り刻んで、最後には首を斬り飛ばして潰したい。

──と、思う位に苛立つ。


実際問題としては人間とは見た目が似ているだけで、王累は別の存在なのだから恐らくは出来無い。

…まあ、そういう存在故に出来る“殺り方”も有るのでしょうけどね。

流石に悠長に遊んでいたら雷華が帰ってくる。

それは私としては拙い。

御説教は要らないわ。


だから、今は遣るべき事を確実に遣ってゆく。



「…問おう、貴男が彼の、“秦王政”か?」





一応の礼儀を以て、眼前に佇む武人に問う。

私でも緊張してしまう。

多分、皆は緊張ではなく、混乱しているでしょうね。

正直、私も出来るのならば混乱して考えたくはない。

それ位に頭の痛い話だわ。



「如何にも、朕が始皇帝、秦王政である」


『────────っっっ!!!!!!!!!!!???????????』



静かに、けれど、力強く。

その武人──秦王政は己が存在を肯定した。

それに、この場に居合わす私以外の全員が驚愕する。


ある意味、当然の反応ね。

何しろ、四百年近く“昔”の人物なのだから。

目の前で“生きている”事なんて有り得ないのよ。

勿論、この人物が偽者で、そういう風に思い込まされ操られている、というのも可能性としては有り得る。


しかし、残念な事に私には雷華という情報源が有る。

雷華が自分の眼で確認した“始皇帝の亡骸”の存在を聞いて知っている。

だから、屍人として操り、駒として持ち出す可能性は有ると判っていた。

実際、雷華は勿論、泉里も傀儡術は出来るのだから。

…まあ、“完全自立型”は雷華にしか無理だけれど。

“土傀の玉符”程度でね。


ただ、この状況は予想外と言わざるを得ない。

忌々しい事だけれど。



(雷華の話していた通り、駒としては厄介みたいね…

単純な武人としての力量はあの二人と比べても見劣りしないでしょうね…)



正直、始皇帝の武勇伝とか私は聞いた覚えがない。

劉邦と項羽なら兎も角ね。

それだけに雷華から聞いた始皇帝に対しての評価には素直に驚いたもの。


けれど、こうして目の前に立ってみれば納得出来る。

そして、それ故に、私には“本物”なのだと判る。




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