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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
776/915

       拾陸


まあ、それは兎も角。

今は遣るべき事に集中して終わらせなければね。

深火斗の“激励”も有って良い感じに皆の士気も高く上がっている事だし。

そして何よりも──偶には雷華(主役)が不在のままで終わらせて悔しがらせたいじゃないの。

私達が“負けず嫌い”だと誰より知っているのだから途中で退場し(遊びに出た)雷華が悪いのだもの。

精々悔しがるといいのよ。


その為だけに頑張るというのも有りでしょうしね。

こういうのは言わなければ誰にも解らないのだから。

別に構わないでしょう。

戦う理由なんて、人各々で異なる物なのだから。



「──それで?、まさか、これで御仕舞い、だなんて言わないわよね?

この程度で、私達に対して挑もうというのであれば、冗談にも為らないわよ?」



そう見下す様にしながら、王累を挑発する。

意図としては、先程の様に戦力を露見させる為。

別に失敗しても影響は無い事だから遣らなくてもいい挑発では有るのだけれど。


ただ、上手く行けば、挑発一つで相手の手の内を知る事が出来るというのは実は大きかったりする。

宅なら情報の有無が勝敗に直結はしないでしょうが、容易く得られるのであれば得ておきたいのよ。

その方が、色々と遣り易く為るでしょうから。


問題の効果の方だけれど、自尊心の強い相手で有れば有る程に効果が期待出来る遣り方でもあるのよ。

“見下される”事に我慢が出来無い様な相手だとか、“見下したい”欲求が強い相手には特にね。

あと“自慢したい”相手も楽で助かるわね。

けど、“乗せて”喋らせる場合には加減が難しいわ。

ちょっと間違うと、相手に“勿体付けさせてしまう”事になるから。

あの袁紹(馬鹿)みたいに。

そういう意味では、王累は遣り易い相手でしょうね。

単調な挑発でも効果を期待出来るのだから。



「…いい気に為るな」


「そう見えるのかしら?

ただ私は事実を言っているだけなのだけれど?

劉備達を踊らせて、手間を掛けて仕込んで発動させた折角の“屍王の灰剣”が、あっさり無駄に為ったから気落ちしたでしょう?」


「確かに“屍王の灰剣”が潰えた事は残念だが…

それで終わりではない」


「あらそう…けど、口では何とでも言えるわ」



そう言う王累に対して私は鼻で嗤う様な態度を取る。

更に挑発する為に。


ただ、その一方で思う。

雷華ならば、私達ならば。

今の会話の時点で違和感を懐くのだけれどね。

私が“屍王の灰剣”の事を──“発動する為の条件を知っている”という事に、疑問を懐くでしょう。

如何に私達が“適格者”で有るからと言っても全てを知ってはいないのだから。


尤も、そういう思考自体を出来無い状態にさせる様に雷華の筋書きは出来ているという事なのよね。

それを実際に出来るだけの演技力を身に付ける私達は中々に大変だけれど。

面白いのも確かだわ。




挑発を受けた王累は此方の予想通りに不敵に嗤う。

そんな事実には気付かず、見事な道化役を熟す様に。



「…ならば、その眼で確と見るがいいっ!」



バッ!、と広げる両腕。

それに呼応する様に地面が蠢き──再び土塊の兵士が姿を現した。

先程よりも、倍──いえ、“屍王の灰剣”の屍人達を含めた兵数を越える規模の兵士達が立ち並んだ。



(“土傀の玉符”、ね…

効果自体は地味だけれど、その源となる負の氣量さえ莫大なら不死の軍隊を造り従える事が出来るわね…)



半無尽蔵というのは確かに脅威だと言える。

単純な物量戦とは違うし、厄介なのは士気が無い事。

性能的にも粗均等であり、群を為して行動する場合の意思統一等の必要性も無いというのも利点でしょう。

その反面、使用者自身への依存性は非常に高い。

もしも、“土傀の玉符”を雷華が使用していたならば──為り得ない事だけど、世界征服なんて、一ヶ月も有れば十分でしょうね。

それ位の性能を持っているというは間違い無いわ。

まあ、王累では雷華程には使い熟せないでしょうね。

地力が違い過ぎるから。


それは兎も角として。

“屍王の灰剣”と違うのは所詮は土塊だから相手への恐怖心や罪悪感等を与える効果は低いという事。

勿論、不死兵という点では恐怖──脅威として与える意味での恐さは、無いとは言えないのだけれど。

宅みたいに、最初から全て敵として対峙しているなら意味が無いのよね。

まあ、王累が使用したのは少しでも自分へと歯向かう者達を減らす為でしょう。

物理的にも、精神的にも、あの光景を目にしたのなら影響を全く受けないという事は難しいでしょうから。

宅みたいな場合を除いて。


そういった効果を除けば、“屍王の灰剣”より気楽に対峙出来ると言えるわ。

まあ、人外と為った以上は本来気にするだけ無駄な事なのだけれど。

それでも、“人間だった”という意識が本の少しでも脳裏に浮かんでしまうと、躊躇してしまうのが人の性だと言えるのでしょうね。

私達は躊躇しないけれど。



「…見るがいいと言っても先程と同じ事でしょう?

それしか出来無いのなら、芸が無いわよ?」


「フン…勘違いするな

これは、“幾ら倒そうとも無駄だ”という事を見せて遣っただけだ

本番はこれからだっ!」



そう言いながら右腕だけを頭上へと掲げ、掌を天へと向けて開く王累。

その掌の中に、小さく玉が有る様に見えた。

──否、存在している。

直径1cm程の黒真珠の様な暗い輝きを纏う珠が。

確かに、存在している。



「──さあっ、喰らえ!、喰らえっ!、喰らえっ!!

天地に満ちる死者の怨念!

憎悪!、苦痛!、悲哀!、憤怒!、無念!、全てを!

残らず喰らい尽くせっ!

そして──轟かせっ!!

その破滅(産声)をっ!」





仰々しい──と言うよりも大袈裟にしか思えない。

そんな王累の台詞を聞いて脳裏に浮かぶ情景が有る。

宅でも、古参組は同じ様に思い浮かべている可能性が高いでしょうね。



(…悪趣味な演出だわ…)



“その後”を知らない筈の王累には深い意図は無いのでしょうけど。

私達からすれば、苛立ちを禁じ得ない事だと言える。

勿論、絶対にそれを表情に出しはしないけれど。

胸中は穏やかではない。

王累に対する敵意・殺意は確実に増大している。

それ位には、私達の神経を逆撫でにする事なのよ。


そんな事情など関係無しに王累の掌の暗珠は上空へと静かに浮かび上がりながら少しずつ膨らんでゆく。

大きくなるのではない。

まるで、切り餅を焼いたら罅割れながら膨らむ様に。

ボコンッ、ブコンッ、と。

不格好な馬鈴薯の様に。

その暗珠は膨れ上がる。

そして、王累の言葉通りに四方八方、天地の全てから深く濁り、暗く穢れ、黒く澱んだ負の氣を吸い上げる様に集めて、取り込む。

それは急激な成長ではなく“自棄食い”だと表現した方が適切かもしれない。

それ程に、無遠慮で一切の躊躇の無い状態だわ。


その様子は不気味ながらも“生物的な胎動感”を姿を見る者全てに与える。

同時に、宅の一部の者達の様に“知っている”者には可能性を示唆している。

何処までも際限無く喰らい巨大化してゆきそうな中で私達は敏感に感じ取る。

“──来る!”、と。


そう感じた瞬間だった。

膨張していた暗珠は巨大な卵の様に表面が罅割れて、亀裂が全体へと拡大。

そして──弾けた。


爆散する様に殻は消し飛び雷雲の様に黒煙が立ち込め空中に広がってゆく。

天と地を別つ様に増殖し、そのまま黒煙は空へと昇り上空を覆い尽くす。

流石に大陸全土、とまではいかずとも、戦場(此処)を──私達の視界の範疇から空を奪い去る程度には。

その黒煙は巨大だった。


まだ日没までは1時間以上有った筈なのだけれど。

それが、日蝕の様に世界が深い闇へと包まれた。

動揺して当然でしょう。

──“普通”ならば。



「“照光灯”発射っ!!」



こういった状況は想定済みだから慌てはしない。

私の号令により、背後から上空に向かって四方八方に光の矢が放たれる。

それらは空中で弾けると、“その場で”小さな太陽の様に輝きを放つ球体となり周囲を照らし出す。

野戦や洞窟内探索等の為に開発された物の一つよ。


“氣晶具”と総称されて、名前の通りに氣を利用した道具となっている。

まだまだ普及させるまでは至ってはいないのだけど、“彼方”の“電化製品”に近い物になる予定よ。

将来的には、ね。




宅の対応の早さも有ってか孫策軍の動揺は小さい。

恐らくは、状況の急変化に理解も思考も追い付かない状態なのでしょうね。

だから、動揺するより早く状況が変わってしまう。

その為、動揺する余裕すら生まれていないというのが実際の所かしらね。

まあ、無駄に騒がれるより静かにしてくれているだけ此方としては有難いわね。

余計な雑音が有ると指示が伝わり難くなるもの。

“纉葉”頼みに為る状況は好ましくないのよ。

何しろ、此方も余裕が無いという事に為るのだから。


それは置いておいて。

問題は、あの暗珠が黒煙を生んだだけ、だなんて事は有り得ない事でしょう。

予想通りなら、“何か”が産まれている筈よ。

…まあ、あの黒煙が雷雲で王累の意思で自在に落雷を発生させられる、とかいう代物でも無い限りは対処は難しくはないでしょう。

寧ろ、そんな事が可能なら手間が掛かっても、それを最初から使うわ。

私なら、だけれど。



(まあ、そういう可能性は有り得ないのだけれどね)



視線は王累から逸らさない様にしてはいても、上空の気配(存在)は探知済み。

私達の様に氣が扱える以上その巨大な負の氣の塊に、気付かない方が可笑しい。


そんな私達の思考に対して応えるかの様に、頭上から降り注ぐ様に響く奇声。

鳥とも、熊とも、鯨とも、虎とも、猿とも、狼とも、違っている叫声。

まるで、複数の声帯により混ぜ合わせ、重ね合わせた合唱で有るかの様に。

鳴り響く声は不可思議で、不安感と不快感を刺激して心を揺さ振ってくる。

雷華の鍛練(教え)無しでは私達でも呑まれていたかもしれないわね。


そんな中、上空から堕ちて来るかの様に黒煙を纏って私達の前に姿を現した。



『────っ!!!!!?????』



一応でも経験(耐性)の有る宅とは違って、初見となる孫策軍は驚愕に染まる。

視線を、思考を、行動を、全てを奪われるかの様に。

魅入られてしまう。




だからと言って、孫策達に声を掛ける事は出来無い。

私達に──曹魏にとっては“単なる隣人”という体を現状では崩せない。


可能なら、劉備達みたいに逃げてくれた方が私達には有難いのだけれど。

それは不可能でしょうね。

劉備達は、王累が見逃しただけなのだから。

少なくとも王累は孫策達を完全には意識外に置いてはいないのでしょうね。

氣が扱えないにしても。

そうさせるだけの存在感が孫策達には有るから。

本当に中途半端に警戒心が有るというのは面倒だわ。


そんな事を考えている内に王累の背後へと降り立った奇声の主の姿が視界の中に入ってきた。

全長は約10m。

全幅は…胴体だけで5m。

全体的に白い部分が多く、他は黒・灰とで三色。

鼠の様な形の頭に眼は無く不規則に生えた大小の角が凡そ三十本。

口らしき物も見当たらないけれど鼻の様な物が一つ。

首に当たる所から腰辺りに掛けては骨が剥き出し。

不完全、という訳ではなく“そういった姿”なのだと経験上、理解する。

その腰から下には、黒煙が雲の様に蠢きながら渦巻き存在している。

最後に、背後──背骨から伸びる左右四本、計八本の巨大な骨腕。

その先端となる掌の部分は人や獣の形とは異なる。

上下左右に一指ずつ有り、それが四方から重なる様な造りをしている。

確か、“彼方”の遊具の…クレー…ム?、クレーン?ゲームとかいう名前の物の中に有る“掴み手”に似た印象を受けるわね。

見た限りでは骨腕は目一杯伸ばしたら、12〜3mに届くでしょう。

翼も無い割りに浮いている辺りの理由は黒雲かしら。

或いは、能力的な物か。


まあ、存在自体が私達には“非常識”なのだから一々気にしていたら切りが無い事なのだけれど。

無視は出来無いのよね。




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