拾参
禰衡side──
━━潁川郡
旧・荊州との州境に近い、人里離れた曹家の私有地。
山々が折り重なる山岳地の中で一際高く聳える大山を中心として、全体の八割が該当する地区となる。
その大山──“鬼ヶ嶽”。
その地下深くに建造された巨大な極秘施設が存在する事は殆んど知られておらず知る術も機会も無い。
抑、その一帯は昔から人の出入り自体が少なかった。
険しく厳しい環境が故に、命懸けで狩猟や採取の為、或いは開墾の為に挑む者は存在しなかった。
そういう場所だったが故に立ち入り禁止に指定されて疑問に思う者は居ない。
秘すという事に関しては、最適な場所だと言える。
しかし、だからと言って、簡単に極秘施設を極秘裏に建造出来るかと訊かれれば“不可能です”と自分なら言い切れるでしょう。
雷華様だから、出来た事。
ええ、そういう事です。
普通は、出来ません。
それが壬津鬼・本拠地。
正式名称“魁巫”であり、通称“鬼巖城”。
外見としては人工的な点が皆無な自然の山々ですが、中身は世の中の技術水準を容易く無視した“塊物”。
存在自体が雷華様を反映し象徴していると言えます。
同時に曹魏“最狂”戦力の開発・製造・整備を行う、特殊武装研究所でもある為各研究所並み──いいえ、それ以上の超精密で複雑な設備が整えられています。
勿論、その分だけ危険性が格段に高まります。
故に、隔離措置・対災害の設備も段違いです。
その為、壬津鬼に所属し、此処に入る事が許可される者達というのは当然ながら限られる事になります。
そういった理由も有って、壬津鬼を構成している者は全てが雷華様の妻です。
しかし、華琳様を始めとし“表側の重鎮”は基本的に所属不可能です。
正確には意味が違いますが“汚れ仕事”という側面を内包していますので。
仕方が無い事です。
(けれども、その代わりに私達には華琳様達には無い雷華様との繋がりが有ると感じられるので“役得”と言う事も出来ますので…)
その分の利益は有ります。
公には言えないという事も然り気無く背徳感が混じり“特別感”が出ますので、嬉しいですから。
誰一人、“辞めたい”とは思いません。
仕事自体も遣り甲斐も有り面白い事ですから。
「──祓禍鏡に感有り!
数──急速に増加!」
──と、静まり返っていた艦橋に声が響き渡る。
それを合図として、乗員の意識が切り替わる。
「──全機関始動!
出力70%!」
「全機関始動!
氣構原動機全機出力70%!
到達予定まで165秒!」
私の指示に応えて、各員が稼働作業を開始する。
待機状態だった艦内に光が次々と灯ってゆく。
同時に静かに脈動を始めた“この子”の心臓の拍動を私達は感じ取る。
待ち侘びた初陣へと赴く、勇壮なる歓喜と共に。
そうは言っても感傷に浸る暇は有りません。
今は任務中なのですから。
「発艦門、申!」
「了解!、発艦門、申!、開門!
射出機固定!
仰角、規定角度まで到達!
滑走路接続!」
最初から作戦実行の位置が判っていると楽ですね。
特定してからの方向転換で回頭機を稼働しなくて済みますから一つ手間が省けます。
大した時間と作業ではないのですが、其処は気分的な満足感でしょうね。
“普段よりは楽”と。
そう思えるだけでも意外と仕事は捗りますから。
艦橋内、前面を覆う窓から見える景色が変わる。
並行だった体勢が、前方を仰け反る様に天へ向ける。
同時に格納空間の一角──発艦門が開口します。
節を抜いた竹筒を覗く様に深い闇が続いている中に、輝く星の様に見える一粒の光が現れます。
地表までの発艦門内に有る遮断隔壁が全て開放された証拠です。
「氣晶轍路生成機稼働開始!
発艦門出口まで顕現!」
「氣構原動機、予定出力に到達しました!」
「各部正常に稼働!
問題有りません!」
“いつでも行けます!”と艦橋の乗員が私を見る。
私は一つ頷いて見せると、再び待機状態へと入る。
準備は万全に整えていても勝手な行動は出来ません。
何しろ、雷華様を以てして“……これは…不味いな、華琳に知られたらヤバい…
今から最重要機密扱いだ”と言わせた位ですので。
考えずに動いてしまっては悪戯に不安と混乱を齎してしまう事に為るでしょう。
ですから、今は待機です。
軈て“出番”を告げる様に合図が来る筈ですので。
“繋いだ”状態で待機。
そんな今の私達の気持ちは番えられた矢を引き絞り、狙いを定めたまま、静かに撃ち放つ瞬間を待つ。
それに似た緊張感を伴う。
自身の初陣とは違う。
それは“我が子”の初陣を見守るかの様な心境。
…まあ、私達はまだ誰一人授かってはいませんけど。
其処は心象的な物ですから追及してはいけません。
ただ、自分以外の事だから落ち着き難いのも確かだと言わざるを得ません。
嫌な気はしませんが…少々気恥ずかしさは有ります。
何しろ、自分だけではなく乗員の大半が同じ気持ちで待っているでしょうから。
…まあ、後々、思い出話の一つとして盛り上がれれば結果的に良しですかね。
──と思っていた時です。
《──深火斗
待たせたわね、出番よ》
《──っ、了解しました》
華琳様からの合図を受けて私は逸る気持ちを抑えつつ冷静に返事をする。
相手が華琳様ですからね。
御気付きになられたのかもしれませんけど。
今は気にしません。
私には、私達には、大事な“この子”の初陣を飾る為御仕事が有りますので。
「“壬津鬼”・機動戦艦・“紫耀龍”──発進しますっ!」
放たれる矢の如く。
射出台によって押し出され通洞とも言える発艦門の中を滑る様にして潜り抜けて行く。
格納空間から発艦門の中を抜けて地上へと出るまでき要した時間は僅か5秒。
地下500mからだなんて思えない速さです。
それだけ、射出機が強力に設計・建造されている事を物語っている訳です。
因みに、艦橋を始めとして各部には固定重力場を生む装置が備わっています。
その為、“紫耀龍”自体が逆さまになろうと回ろうと私達乗員が振り回されたり内壁等へと叩き付けられる様な事は有りません。
勿論、その装置が故障した場合や停止状態の場合には危険に為りますが。
先ず、有り得ない事です。
あと、身体に掛かる過重の緩和機能も備わっている為生身では気絶してしまう程驚異的な加速をした場合も平気だったりします。
尚、開発中の時点で私達は生身で射出機で飛んだり、超加速を体験しています。
決して全てが完成した後に“乗っているだけ”という事は有りませんので。
…だから、こうして初陣を迎えられた事が、嬉しいのでしょうけれど。
「速度2400km/hにて、目標地点に進行!
衝撃拡散防壁展開!」
「速度2400km/hにまで加速します!
目標到達まで20分!」
「衝撃拡散防壁展開!
正常に稼働を確認!」
取り敢えず、最初の操縦を問題無く完了出来た事に、私達は一息吐きます。
無事な事に安堵です。
試験走行とは違います。
これは実戦ですから。
緊張して当然でしょう。
私でも、緊張しますから。
そういう訳で、到着までの暫しの時間を利用して各々気持ちを落ち着けます。
仕事はしながら、です。
この“紫耀龍”ですけれど“戦艦”という名の割りに船では有りません。
“列車”という、開発中の馬車を二輌以上連結させて走行させる事を前提とした技術の発展型です。
“開発中なのに発展型?”と思われる事でしょう。
その開発中は公的な技術の話としては、です。
現実的には雷華様が主導し此方では完成しています。
そういう訳で、列車として建造されています。
総全長は70mにもなり、見た目的には名前の通りに紫色の巨龍です。
素材が雷華様の特製品の為詳細は私達にも不明です。
何しろ一通りの操縦技術・関連知識の習得だけで一杯一杯でしたので。
余計な事を追及する余裕は有りませんでしたから。
“紫耀龍”の現最高速度は4521km/hです。
そんな“異常”とも言える速度で走行すると、とある問題が起きます。
それが周囲に弾け飛ぶ様に生じる衝撃波です。
其処で、衝撃波を拡散させ霧散させてしまう特殊氣壁“衝撃拡散防壁”を展開し装纏している訳です。
──とは言え、それだけが問題では有りません。
最高速度を記録した要因の一つでも有り、ある意味で“紫耀龍”の要とも言える機能が“氣晶轍路生成機”だったりします。
“紫耀龍”は特殊な形状の車輪を複数備えていまして専用道──“線路”という梯子の様に組まれた二本の轍路の上を走ります。
この轍路を氣を結晶化して造り出し、通り過ぎた後は氣に戻すという無駄に凄い機能により、“何処でも”走行する事が可能です。
大袈裟ではなく、水上でも水中でも空中でも走行する事が出来ます。
…まあ、水中は装甲を始め各部が耐えられる水圧域に限られますし、空中の場合轍路が存続している事が、絶対条件ですけれど。
……ええ、ええ、何ですか“う〜ん、やっぱり現状で反重力飛行は無理か〜”と暢気に考え事をしながら、地上6000mからの自由落下を体験させるだなんて鬼畜過ぎますよ!。
…その後の事は……まあ、嬉しかったですが。
──こほん、そういう訳で“紫耀龍”は地形条件には基本的に左右されずに走行可能だったりします。
普段は地表面から20cm程浮いている所に氣晶轍路を顕現させています。
その為に、馬車等で感じる揺れは全く有りません。
素晴らしく快適です。
当然、“戦艦”ですから、武装も完備です。
此方も試験起動では色々と有りましたからね。
今は懐かしい思い出です。
尤も、それは可能な限り、思い出したくはない類いの記憶なのですが。
態々思い出す様に内容では有りませんね。
唯一の欠点は燃費ですね。
その性能故に消費する氣の総量は桁違いでして。
はっきり言ってしまうと、“紫耀龍”を使用するより私達が生身では武器を手に戦った方が効率的です。
何れ位かと言いますと──“紫耀龍”一回の稼働で、百回、漢王朝を壊滅さする事が出来る位に、です。
勿論、無駄な犠牲を出さず最短期間での攻略、という条件付きでの話ですが。
本当、大食いな子です。
そんな事を考えている内に目標地点が目前です。
再び、艦橋に緊張が広がり──はしませんね。
いえ、適度な緊張感は全員持ってはいますが。
やはり、雷華様に鍛えられ導かれてはいますよね。
此処で“楽しめる”胆力を全員が持っている辺りは。
「前方、目標地点に対して警告音響射!」
「前方、警告音響射!」
「外部放送の準備を御願いします」
「…必要ですか?」
担当である花円が先程とは一転して嫌そうな顔をして此方を見てきます。
その言葉に対して手元では準備をしていますから単に気持ちの問題でしょう。
実際、雷華様の指示の時も質問していましから。
「孫策一派は勿論ですが、劉備一派も雷華様の予定上必要な駒なのです
貴女の私情を挟む理由等は有りません」
そう言って切り捨てると、子供の様に頬を膨らませて顔を元に戻す花円。
其処までしてでも実の姉を始末したいのですか。
まあ、構ってあげる余裕は有りませんから、御説教は後回しにしましょう。
雷華様の意志に反する以上多少の小言は必要不可欠な事ですからね。
「“隔壁”まで90秒!」
「氣晶轍路、仰角45°!
速度80km/hに減速!
越えたら俯角40°!」
「仰角45°、了解!」
「速度80km/hに減速!」
単に急加速だけではなく、短距離・短時間での急減速が可能な所が“紫耀龍”の凄さでしょうね。
当然、私達への負荷等にも配慮されていますし。
…そう考えると、大食いも仕方が有りませんか。
それだけの機能と性能を、“紫耀龍”は備えている。
その証ですからね。
でも、燃費の改善は今後の重要な課題ですね。
放置は出来ませんから。




