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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
771/915

       拾壱


秦始皇帝陵から発見された兵馬俑は千体にも上る、と聞いた様な記憶が有る。

別に、本物を見に行った訳ではないから、本当の数は判らないけど。

あと、偽物を使っての便乗商売が多発していたという話を聞いた気もする。

どうでもいい情報だけど。


ただ、目の前に現れた数は千では明らかに足りない。

千人の部隊でさえ壮観だと思っていた頃の俺だったら間違い無く、その数の前に立ち竦んでいただろう。



「…五万は居るわね…」



雪蓮が呟いた一言を聞いて少しだけ安心する。

数が少ない、とか言う様な訳ではなくて。


雪蓮達程に戦の経験自体が多くはない俺から見ても、それ位は居ると思える。

一万は軽く越えているが、十万には届いていない。

三万よりは多いと思うが、八万には満たない。

だから、その位だと。

そう思っていたから。


雪蓮と同じ見立てだったら間違いは無いと思う。

俺一人の見立てだと不安は拭えないんだけどね。

其処は仕方が無い事だ。



(…とは言うものの、別に安全って訳じゃないから、危機感と警戒心と緊張感は嫌でも高まるんだけどね)



そう思いながら、増加した王累軍を見詰める。

その中で右手を翳していた王累が両腕を横に広げる。

“御覧下さい”と舞台上でアピールするかの様に。



「我が兵が此奴等だけだと言った覚えはないぞ?」



──と、自信満々に笑みを浮かべて言い放つ。

それに応える様にして更に王累軍の数が増える。

一時的に意識から存在自体外れてしまっていた部隊。

劉備軍の増援でありながら“奇襲部隊”として本隊と別行動をしていた三部族。

武陵蛮・叟族・濮族だ。



「…劉備達ってば、簡単に踊らされ過ぎでしょう…」



呆れも含まれる一言。

最も強いのは焦燥感なのは言うまでもない。

劉備達は兎も角としても、結果的に俺達だって王累に踊らされていたのだから。

もしかしたら、劉備達同様“害悪認定”される可能性だって有り得た訳で。

それを考えると急に背筋が寒くなってしまう。


その想像から逃げる様に、俺は現実に意識を傾ける。

“たられば”に悩むよりも目の前の現実が大事だ。

そう自分に言い聞かせる。



「…雪蓮だったら、王累とどう遣って戦う?…」


「…アレが全部、“殺せば普通に死ぬ”んだったら、真っ向から遣れるわね…

…勿論、私が曹操の立場で戦力的にも同じだったら、っていう前提条件での話に為っちゃうんだけどね…」


「…それは当然だけど…

…真っ向から、か…」


「…相手側の戦力が未知数過ぎて、はっきりした事は言えないけどね…

…下手な小細工をするより力業で叩き潰す方が実際は効果的だからね〜…」


「…まあ、確かにね…」



それも当然だと言える。

実際問題、華麗な策による勝利よりも純粋且つ単純な武力の差による勝利の方が多いんだからな。




その総兵数は凡そ二十万。

約三分の一は劉備軍出身の“屍人(ゾンビ)”だけど。

数としては脅威だ。

疑似的な物だったとしても不死性を備えているのなら元々の戦力よりは上。

そう考えてもいい筈。



(──と言うか、これって今更だけどヤバいよな?

最悪、曹魏は例の巨壁内に逃げ込めば済むけど…

宅は俺達が逃げ帰っても、曹魏とは違って防衛の為の防壁とかは無いから確実に追い込まれるよな…)



勿論、賊徒や害獣対策用の防壁は有るんだけど。

王累軍相手には意味が無い気がするから。

…実際、無いと思うし。

──となると、宅の場合は此処で退くという選択肢は“問題事の先送り”にしか為らないという事。

当然、解決法・対処法等が見付かる可能性も有るとは思うんだけど。

正直言って、今回ばかりは無理だと思う。


だから、退く位だったら、曹魏に“即時降伏”をして守って貰うべきだろう。

個人的に死にたくはないし雪蓮達も死なせたくない。

孫呉の民の為にも。

棄てて助けられるのなら、迷う理由は無い。



「…なあ、雪蓮、ちょっと言い難いんだけどさ…」


「…大丈夫よ、祐哉…

…ちゃんと判ってるから…

…私は劉備とは違うんだし曹操でもないわ…

…私は私だもの…

…だから、迷わないわ…

…最善の選択をするわ…」



俺が話す前に雪蓮の方から答えが返ってくる。

今、同じ事が見えている。

その繋がりを嬉しく思う。

だけど、それ以上に雪蓮の覚悟の強さを感じ取る。


だから、俺は右手を伸ばし雪蓮の左手を握る。

優しくも、しっかりと。

“絶対に離さないから”と想いを込めて。



「…俺も一緒に背負う…

…だから、頑張ろう…」


「…っ、ええっ…」



一瞬だけ、小さく震えた。

それは急な事に対する驚きだったのかもしれない。

でも、返事と共に握り返す雪蓮の掌の温もり。

伝わる想いを感じる。

そして、改めて心に誓う。

絶対に、生き残るんだと。


そんな俺達の事に関わらず王累軍を前にして、曹操は変わらず涼し気な表情。

危機感・焦燥感という物を一切感じさせない。

正に“覇王”たる佇まい。

見ているだけで、安心感を覚えてしまう程のオーラ。

“原作”の印象だと他者を威圧するという印象の方が強かった曹操だが。

現実の──“この世界”の曹操は正しく覇王だろう。

そう成らせた筈の曹純には改めて感心してしまう。

本当に、凄い人物だと。


不動の曹操の様子を見て、優勢な筈なのに王累の方が眉根を顰める。

“不愉快だ(面白くない)”という感情を露にして。



「…気に入らんな

実に、気に食わぬ眼だ」


「それはそうでしょう

別に、“気に入られたい”なんて思わないもの

滅び(死に)逝く害悪(蟲)に一々悲哀を向けてあげる程私は暇ではないわ」



曹操の挑発は天井知らずで引く気は無いらしい。

物凄い負けず嫌いだな。




しかし、流石に王累の方も慣れてきたのか。

曹操の挑発に対する反応は今までよりは薄かった。


…まあ、表面上は見えないというだけで、その心中は定かではないが。

多分、キレまくっていても可笑しくはない。

先程まで醜態を晒していた劉備みたいに為る可能性は低いんだろうな。

“人の振り見て…”だ。

尤も、その見た目と違って人外の存在らしい王累が、そんな事を意識しているか判らないんだけどね。


ただ、特に反応が無い事は事実には間違い無い。

曹操が気にするかどうかは此方も判らないんだけど。



「実に忌々しい態度だな

貴様は、何処までも彼奴を信じて疑わぬという訳か?

何も出来ぬというのに?」


「勘違いしないで頂戴

子和は正真正銘の人間よ

完全無欠ではないわ

間違いもするし、出来無い事だって有るのよ」


「…それが理解出来ていて何故信じられる?

“愛しているから”等と、感情論で動く様な貴様ではないだろう?」


「そんな事は簡単よ

己を律する事を常と出来、何よりも自分自身を疑えと私達に教えたのが子和よ

夫婦・主従であっても何か違和感や疑問を懐いたなら疑う事を躊躇うな…

そういう事を平然と言える子和であるからこそ私達は信じられるのよ

絶対に“己を見失わない”子和だからね」



惚気にしか聴こえないけど──理解は出来る。

そして、こうも思う。

絶対に真似出来無い、と。


普通なら、好きな相手には自分を信じて貰いたい。

そう思うし、そう言う。

その人が好きだからこそ、愛しているからこそ。

信頼して欲しいから。


けど、曹純は真逆で。

それは物凄い信頼だと言う事が出来ると思う。

だって、言い換えるのなら“俺が道を踏み外したら、お前達が俺を殺せ”という意味にも取れる訳で。

相手に自分の命を背負わせ覚悟を持たせる訳で。

普通は、先ず出来無い。

相手の負担に為る可能性を嫌ってしまうから。



「…強い筈よね…」


「…うん、そうだな…」



それだけが理由ではない。

そんな事は判っている。

でも、思ってしまう。

その深い繋がりがあるから曹魏は曹魏なんだと。

上辺だけでは真似出来無い人々の根幹に存在している揺るがぬ意志(繋がり)こそ曹魏の真髄なんだと。


現に、曹操の笑みが語る。

“貴方達には真似する事は出来無いでしょう?”と。

“これが曹魏(私達)よ”と雄弁に、挑発的に。

何よりも、そう在る事への誇りを持って示す。

その姿に魅入りそうな程に気高く、力強く。

天に燦然と輝く太陽の様に眩く、活き活きと。

曹魏の(たみ)として。




冷めた様な、呆れ見下した眼差しを曹操に向ける王累──をイメージしていたが意外というべきか。

王累の表情が歪んでいた。

それはまるでリア充振りを目の前で見せ付けられる、クリスマスイブの独り身の妬み嫉みに身を染め抜いた者であるかの様に。

世の中のカップル全てへの憎悪を謳うかの様に。

深い憤怒を露にしている。


思わず、“…え?、何?、人外にまで堕ちたのって、モテないから、だとか?”なんて言いそうに為った。

いや、自分が嫁持ちだから余裕かまして言ってるって訳じゃないんだけどさ。

例えで思い浮かんだのが、偶々そういった様な雰囲気だったってだけで。

別に他意は無いんで。

寧ろ、其方側を経験してる身ですからね。

…まあ、勝ち組になったら悲哀の感情を向ける辺り、人間っていうのは優越感に浸りたい生き物なんだって思ってしまうんだけど。

ええ、勝ち組だから特には嫌な気には為りません。

自己嫌悪?、知りません。

リア充万歳っ!、です。



「…祐哉?…」


「…いや、何でも無い…

…ちょっと、王累の反応が意外だっただけだから…」


「…なら、良いけど…」



ふ〜…危ない、危ない。

思考が変な方に逸れた事に雪蓮が反応してしまうのは予想外だったね。

まあ、それだけ俺の事には気を配ってくれてるって、感じるから嬉しいけど。

若気ては居られないな。

非リア充(王累)から此方に八つ当たりされる可能性が有るかもしれないし。

気を付けましょう。


その王累は自分の中に有る感情を吐き出す様に、深く長い息を吐いた。

その後、表情は元に戻る。



「…成る程な、貴様等には幾万の言葉も、異形の兵も意味は為さぬ様だな」


「理解するのが遅いわね

子和だったら、自分の方が踊らされていたと知った、その時点で己自身を省みて修正しているわ

“自分の方が優位”なんて下らない幻想(思考)を棄て現実(事実)を見てね」


「…その様だな」





曹操の言葉を否定し続ける王累だったが、此処に来て肯定の意思を見せた。

曹操の言葉を借りるなら、“己自身を省みた”という事なのかもしれない。

だけど、俺は王累の言動に言い知れぬ恐怖を感じる。

冷たく鋭利な見えない刃が気付かない内に、喉元へと突き付けられている様な。

そんな気分になる。



「──だが、理解した

貴様等には現実を以てのみ絶望を与えられるのだと

そう、死という現実だけが全てなのだとなっ!」


『────っ!!!!!?????』



モシャァーッ!!、といった感じではなく。

こう…ブゴババァーッ!!、という感じで、王累の姿を包み込む様に黒いオーラが噴き出してきた。

まるで、自分の不甲斐無い姿に絶望し、憤怒を懐き、覚醒した戦闘民族さん的な急激な変化で。

勿論、此方は禍々しいのは言うまでも無いですが。

あと、王累さん、浮かべる笑みが怖過ぎます。

子供向けアニメだったら、大号泣して苦情来っ放しに為ってる所ですよ。

“大きなお友達”だって、もしかしたら、チビってる可能性も有りますから。


──だから、俺がガクブルしてても可笑しくはない。

これが普通の反応です。



「漸く、無駄話を止めて、殺る気に為った様ね」


「ああ、下らぬ戯言ばかり聴かされてしまったな」


「呆れるわ…他人の所為にしないで貰える?

その下らない戯言を勝手に話していたのは其方よ?

──何しろ、此方の準備は疾っくに整って待っている状態なのだから」


「……何?」



王累の狂気を凌ぐかの様に曹操は愉悦に嗤う。

邪悪ではない。

無邪気な子供が待ち侘びた“ヒーローの登場シーン”でも見ているかの様に。

何処までも愉しそうに。

満たされる好奇心を悦び、高揚する様に。


そして、開幕を告げる音が鳴り響く。




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