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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
770/915

       拾


世にも珍しい光景を前に、何故か冷や汗を掻く。

いやまあ、当然だけどね。

だって、あの曹操の大爆笑シーンなんですよ?。

“こんな姿が見られるとか俺ってラッキーだな”等と暢気には喜べない。

あの曹操の事なんだから。


まあ、それは兎も角として曹操も堪え切れなかった、というだけみたいで。

思う程長い時間笑っていた訳ではなかった。

時間としては1〜2分位の事だったと思う。

飽く迄、今の状況の自分の感覚では、なんだけどね。

緊張やら何やら色々有って正確には判らないから。

其処は仕方が無い。

時計なんか無いんだし。



「はぁ〜…此処まで盛大に笑わされたのは随分と久し振りになるわね

“笑い”でなら世界制覇も夢ではないかもよ?」



──と、笑い終えた瞬間に曹操はブレずに、王累へと挑発的な言葉を放つ。

流石だと言いたい。

その姿に痺れる、憧れる!──な人も多いと思う。

曹操の信奉者は特に鼻血物かもしれないな。

勝手な想像なんだけど。


一方、当の王累はと言うと今までで一番キツく、鋭い眼差しで曹操を睨んでいる状態だったりする。

…うん、当然だろうね。

正面な感性──と言うか、少しでもプライドが有れば腹が立って当然だと思う。

寧ろ逆に、そのプライドがちっぽけで有れば有る程に効果覿面だと言える。

袁紹が、劉備が、宦官達がそうだった様に。


人は何かしら“縋り付く”存在を必要とする。

それを見付け、得る事で、自尊心を満たす。

自画自賛・自作自演。

何方等でも構わない。

自分が他者より優れているという優越感を得られるのであれば、問題無い。

本の僅かな物であっても。

それが有るだけで大多数の人々は“自信”を持つ。

それは、“自らを信じる”のではなく、“自分が優位であるという確信”で。

他者が存在する事で初めて生じる比較に由る物。

決して、“個の世界”では成立しない“全の世界”の比較・評価構造下の意識。

だからこそ、その下らない自信(プライド)は、意外と簡単に揺らいでしまう。


それを理解しているが故に曹操は笑みを深める。

先程の王累と、その立場を逆転させた状態で。

王累が自ら不用意に晒した自尊心(隙)を突き抉る。

じわじわと追い詰める様に決して逃がさず狡猾に。



「知っているかしら?

“思い通りに為る”という事は、実は頭で考えている以上に厄介で、不確かな物だという事を…

最初は有る警戒心や疑念は物事が“思い描く通りに”進んで行く程に薄れていき最終的には思考から綺麗に消えてしまう物なのよ

本来は考えて置くべき筈の“最悪の可能性”と備えを無意識に排除するの

一つ一つは小さな成功でも積み重なり連なり続けると“自分が全てを支配する”という錯覚を招くのよ

成功に由る歓喜と高揚に、酔い、溺れ、魅入られて、堕ちてしまうわ

全く、気付く事無くね」





曹操が語った事は、誰もが陥る可能性の一つ。

物事が順調過ぎてしまうと“調子に乗ってしまう”為起きる失敗の事。

規模の大小、程度差は有るだろうけど、一度は誰にも経験、若しくは思い当たる事が有ると思う。

それは珍しい事ではない。

“よく有る事”だ。


だから、気付き難い。

特に、他者に指摘されない立場や状況に有る場合や、“追い込まれた”状況等で視野・思考の狭窄に陥った状態の場合や、集団心理が働いている場合には。

自分の“危うさ”を疑う事なんてしないのだから。


だから、可能になる。

他者を“踊らせる”という有り触れた策謀が。



「…理屈では理解出来ても実行は不可能に近いわよ…

…“二重”操作なんて…」


「…そうだよな…」



そう隣で静かに呟く雪蓮。

その言葉に同意する。


王累は──劉備を、北郷を騙して踊らせていた。

劉備の曹操に対する固執と劣等感を強く煽りながら、北郷には仮初め(紛い物)の力を与えて“天の御遣い”という御輿に再び戻して、劉備軍全体を確実に此処へ──最終決戦という舞台に誘導し、立たせた。

俺達をも巻き込んで。



(…劉備からの協力関係も王累の計算の内か?)



…その可能性は高いか。

劉備の反応を見る限りだと信頼していたのは確かだし劉備個人としても“内側”に入れていた感じだ。

王累の誘導に気付いていた可能性は無いだろうな。


それは、諸葛亮や趙雲にも言える事だと思う。

要とも言える二人は劉備の狂気を目の当たりにした事によって、対曹魏を前提に劉備の暴走を抑える事へと重きを置いていた筈。

外敵に対してなら兎も角、“獅子身中の虫”に思考を向けられる余裕は無かっただろうからな。

そう為るのも当然。


つまり、王累は思い通りに事を運べていた訳だ。

自身が劉備達を操りながら北叟笑んでいた様に。

だが、自身の思惑と同様に曹操──いや、曹純により王累も操られていた。

全く気付かないままに。


其処まで理解出来たのなら先程の大爆笑をする曹操の姿にも納得が行く。

それは“抱腹絶倒”物だ。

これを客観的に見ていたら俺だって大爆笑している。

多分、雪蓮達だって。


同時に、王累の今の心境も察する事が出来る。

これだけの盛大な赤っ恥を掻かされてしまったなら、羞恥心・憤怒・憎悪という感情は爆発的に高まって、血管の一つや二つは簡単に切れてしまっていても何も可笑しくはないだろう。


そんな心境を理解していて挑発する曹操も曹操だが、それ以上に鬼畜だと言える曹純の“仕掛け”が有って成立している。

そう考えると、嘗て自分が如何に無謀な真似をしたか今に為って理解が出来て、思わず身震いしてしまう。



「…やっぱり怖いわね…」



そう呟いた雪蓮。

“誰が?”と訊き返す事は無駄だと言える。

限られているのだから。




“苦虫”程度ではない。

致死性の劇薬でも飲まされ死が確定している者の様な睨み殺せそうな眼差しで、王累は曹操を見据える。


そんな王累を見下ろす様に曹操は不敵に笑む。



「…奴は、我が策の全てを見抜いていたと言うのか?

その上で、踊らされている振りをして、此処に貴様を立たせている、と…

そう言いたいのだな?」



それでも、王累も暴れ出す寸前だろう激情を抑制し、屈辱である筈の自分自身で認める発言をする。

それだけを、見ていたなら王累の応援をしたくなるのかもしれない。

判官贔屓が多い、日本人的庶民思考な自分としては。

勿論、現実的には王累への応援はしない。

だって、明らかに王累ってラスボスなんだもん。

倒されなきゃ、この世には未来(ハッピー・エンド)は訪れないでしょ。


だから、大人しく曹操達に倒されて欲しい。

…まあ、そんな都合の良い話は無いんだけど。

希望としては、だから。

ちゃんと俺には今の現実が見えてますから。

誰かさん達とは違って。



「フフッ…ええ、そうよ

踊らされていたのは子和や私達ではないわ

その気に為って、得意気に自慢をしている何処までも愚かで馬鹿な輩よ」


「〜〜〜っ」



“グィギギギィッ…”と、今にも歯軋りをする不快な音が聞こえてきそうな程、王累の表情が歪んだ。


改めて、思い知る。

曹操って、本当に人を煽る技術が高いよな。

“原作”でもそうだけど、人を揶揄わせたら天下一と言えるんだろうな。

…曹純は未知数だけど。

取り敢えず、曹操と口論は絶対にしたくないな。

何か色々と、立ち直れなく為りそうだもん。


──と、思い付く事が。



「…なあ、雪蓮、もしさ、劉備達が曹魏に仕掛けたらどうする?…」


「…それは………」



ふと、思い浮かんだ可能性──疑問を雪蓮に訊ねると雪蓮は言葉に詰まった。

その反応も仕方が無い、と思ってしまう。

正直、考えたくはない。

未来(世界)を救おうとする曹魏に、逆恨み(私情)にて攻撃を仕掛け邪魔・妨害を行うという事を可能性を。


しかし、そうなる可能性が有り得ない事ではない、と言えるのも確かで。

改めて、劉備達が邪魔だと再認識してしまう。



「…その時は可能だったら宅で劉備達を討つわ…」


「…抑えるんじゃなくて、此処で討ち取る?…」


「…ええ、逃げるなら態々追い掛けはしないけど…

…今の劉備達って、生かす必要は無いでしょ?…」


「…まあ、確かにな…」



“死なば諸共に”の精神で自暴自棄に為った劉備が、どさくさ紛れに曹操を狙う可能性は否定出来無い。

曹操が簡単に敗けるとは、微塵も思わないけど。

手間取る可能性は有る。




僅かな時間が致命的に為るというのが、この戦いだ。

そういう意味でも劉備達は大人していて貰いたい。

出来る事なら、俺達だって危険は冒したくないから。

それでも、そう為ったなら迷わず行動しなくては。

本当に未来が途絶える事に為ってしまうのだから。


そんな俺達の事は気にせず曹操と王累は対峙する。

険悪な気配は天井知らずに増している。

宅の精鋭の兵士達でさえも今にも泣き出しそうだ。



「…フン、認めてやろう

奴は、貴様の夫は我よりも優れた策士であると…」


「態々認めて貰わずとも、そんな事は私達が誰よりも理解しているわよ

子和こそが全ての頂点よ

武も、智も、人も、全てに於て子和に勝る存在なんて世界中──過去や未来をも含めても、何処を探しても見付からないわよ

それこそ、“異世界”でも探さない事にはね

尤も、それでも子和以上の存在を見付けられる事は、有り得ないでしょうけど」


「…大した惚気だな」



うん、本当にそうだね。

何と言うか、もしも此処に曹純が居たとしたら、一体どんな顔したのかな。

俺だったら…顔を真っ赤にしている自信が有る。

少なくとも、周囲の視線に堪えきれず、逃げ出せずに俯いていると思う。

衆目に晒されながら。



「しかし、その自慢の夫は今は此処には居ない…

此処に居なければ、如何に凄かろうとも無意味だ

貴様等は此処で死に絶える運命に決して逆らえぬ」


「本当に、そうかしら?」


「…何?」


「全てを読んでいた子和が私達に何の備えもさせずに此処に立たせると思う?

もしも、そうだとしたら、あの袁紹(馬鹿)より浅はかでしょうね」



…ああ、うん、確かに。

納得が出来てしまうから、反論も出来無いな。

する気も無いけど。

あと、袁術も入れておいて欲しい所です。

…まあ、袁紹よりかは増しだと思うんだけどね。




動揺を欠片も見せない。

そんな曹操に対し、王累は訝しみながらも気にはせず鼻で笑ってみせる。



「ならば、貴様等に如何に備えようとも無駄であると教えてやろう…」



笑みを深め、静かに右手を上げて見せる王累。

すると、地面が揺れる。

地震──とまでは行かない程度だが、地鳴りが響き、それが近付いてくる。

其処からは然程時間を必要とはしなかった。

屍人(ゾンビ)軍の背後にて土煙が上がっているのを、視界に捉えるまでは。


しかし、驚くべきは援軍の存在ではなかった。

ある意味、戦略SLGだと敵軍追加ラッシュだなんて珍しくもない。

寧ろ、御約束的な仕様だ。

だからと言って、望むべき事態ではないけど。

それ自体は許容範囲内。

問題は、その援軍が現れた場所に有ると言える。



「…ちょっと、何よそれ…

…何で、“地面”の中から兵士が出て来るのよ…」



そう呟く雪蓮の言葉通り、王累の援軍は地面の中から這い出る様にして現れた。

より正確には、地面が盛り上がって、雪を固めて造る“かまくら”の様に為った中から、なんだけど。

“どう為ってるんだ?”と思わなくはないが、それは置いておいて構わない。

問題は、その援軍の兵士の姿に有った。

一見して極彩色の見た目に意識が行ってしまうけど、その“生まれたて”の時は一色でしかない点。

そして、次々と出現すれば記憶の中で重なる光景。

それを見て、息を呑む。



(…まさか“兵馬俑”?)



秦始皇帝陵から見付かった副葬品とされる石像。

土器と言った方が近いかもしれないけど、詳しい事は知らないから判らない。

ただ、何かの特集だったかクイズだったかの番組内で見た様な記憶が有る。

一体として同じ物は無く、生きている様に感じる姿に畏怖を覚えた事も。

不気味だった事も。




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