捌
司馬懿side──
先ず華琳様と劉備の舌戦に始まり、“祓禍”の反応、劉備軍の兵士達の変貌に、黒幕らしき王累の登場。
次から次へと目まぐるしく状況が変化してゆく。
それら全てに解を望むなら只管に思考だけに全意識を費やさなくては不可能。
それでも、得られないまま“保留”となる物の方が、圧倒的に多いでしょう。
ですから、ある程度は流す事も必要だと言えます。
要は、一々気にしていたら切りが無いという事です。
そんな中、無視の出来無い話が出て来ました。
雷華様が、“天の御遣い”だという事実です。
しかも、あの北郷や孫策の所に居る小野寺という者と共に、“異世界”から来た存在だというのです。
驚かない筈が有りません。
しかし、一方では私達とは違う価値観や理論を持った雷華様を知る身としては、納得も出来たりします。
尤も、雷華様の出自云々が如何様であろうとも私には問題では有りません。
それも含めて雷華様というだけの事ですので。
決して、私の想いや意志は揺るぎはしません。
──ですが、その後の事は別の話です。
“雷華様が消失した”。
その言葉に動揺し、絶望し心が砕けそうになる。
全身の力が抜け、地面へと崩れ落ちそうで。
底の無い奈落に落ちてゆく様な気がして。
(信じられません
信じたく有りません
そんな事、有る筈が──)
《しっかりしなさいっ!》
《────っ!!!!!?????》
──私の、私達の意識へと直接打付けられた怒声。
深い闇に飲み込まれ掛けた心が現実へと引き戻され、自分の状態に気付く。
“繋がった”事にすら全く気付かない程に茫然自失に為っていた事に。
けれど、一度生じた不安と悲哀は心身を侵す。
《己が手を見なさい!
貴女達が手にしている物は一体何なのかしら?
“それ”が如何なる物か、今一度心に刻みなさい!》
華琳様の言葉に視線を手に落として──感じる。
熱く、力強く、はっきりと揺るぎ無き鼓動を。
私達の半身である刃。
同時に、雷華様の半身たる刃と“雌雄刃”でもある。
私達が雷華様の妻であり、繋がっている様に。
この子達も繋がっている。
雷華様に何か有ったのなら伝わってくる筈。
そう、死は伝わるのです。
《皆、落ち着いたようね
ならば、心して聞きなさい
今、雷華が“この世界”に居ない事は事実よ
けれど、あの雷華が簡単に死ぬ筈も無いでしょう?
心配する必要は無いわ
“いつも”通り秘密にして行動しているだけよ
だから、今は己の遣るべき事に集中しなさい
心配させられた事に対する“要求(償い)”は帰ったら纏めて請求しなさい》
《──はいっ!!!!!!!!!!》
どんな大きな不安も迷いも欲求(愛)の前には無力。
既に切り替えられた意識は目の前の敵を見据える。
我欲(正義)を成す為に。
──side out。
曹操side──
皇帝の崩御に端を発した、反董卓連合結成という事態にまで発展した一連の騒動が終結した直後。
曹魏外で(世間的に)は未だ騒がしいのは仕方が無い。
私達にとっては終わった事なのだけれど。
愚かで馬鹿な連中は勝手に無意味に騒いでいるわ。
特に、袁紹がね。
そんな中、雷華から私へと告げられた話が有った。
「“屍王の灰剣”?」
「ああ、“リスト”に残る中では一番厄介な代物だ
別名を“愚者の偽剣”とも呼ばれているんだが…
その由来と為るのが其奴も孵化に近いからだ」
「“望映鏡書”と同じ様に人々の負の感情を糧にして育つという事なの?」
「その解釈で問題無い
正解に言えば、本来の力を発揮する為には一定以上に糧を蓄える必要が有るだけなんだがな…」
「要は“腹が減っては戦は出来無い”な訳ね…
当然と言えば当然だけれど素直には納得出来無い辺り面倒な話だわ…」
人──或いは、生物が相手であれば問題無いのに。
その対象が特殊である為に生じる事である。
勿論、“そういう存在”と認識していなくては話自体が進まないけれど。
すんなりと受け入れる事が出来無い事が悩ましい。
中々、“慣れない”わね。
「…まあ、いいわ
それで、どんな能力なの?
貴男が厄介だと言う位だし正面ではないのでしょう?
…嫌な確信だけれど」
「残念ながら、正解だな
此奴はな、十分な糧を得て能力を発動させると全身を灰塵と化して霧散する
その灰塵は寄生する種子の様な物で取り付いた生物の生命力を1分と掛からずに吸い付くし屍にする
で、その屍を傀儡兼武具の様にして操る訳だ
“望映鏡書”の時とは違い頭を潰しても無駄だ
核となる種子自体を完全に消滅させるしかない
しかも、一欠片でも残れば種子からでも時間を掛けて再生してしまう
脅威的な存続力だ」
「…悪い冗談みたいだわ
“黒い奴”か袁紹かという位のしぶとさを軽く超えているわよ…」
雷華の説明に頭が痛くなり思わず右手で額を押さえ、愚痴る様に呟いた。
まだ、再生をしない分だけアレ等の方が増しよね。
「二つ付け加えるとだな、その種子の大きさなんだが大体0.001mmだ
先ず、普通は肉眼で確認は出来無いだろうな
その上、寄生をする場所は何処でも構わないし、一旦寄生して屍化したとしたら完全に同調してしまう為、俺でも特定は不可能だ」
「…という事は、対処法は屍自体を完全に消滅させる以外に無い訳ね…」
“何よ、それ…”と思わず言いたく為ってしまう。
勿論、口にはしないけれど愚痴が出そうになるには、十分過ぎる面倒しさ。
本当に頭の痛い話だわ。
それを相手にする可能性は高いのだから尚更にね。
その中で思い浮かぶ疑問。
只でさえ頭の痛い話なのに自分から更に厄介な方へと踏み込んでしまう可能性を理解しながらも、訊かずに流せない己の質が憎い。
「…ねえ、雷華?
話を聞いた限りだと厄介と言う域を超えていない?
その“屍王の灰剣”って、粗消滅不可能でしょ?」
「言いたい事は判る…が、安心していいぞ
此奴は灰塵と化した時点で死滅(寿命)が確定する
長くても3分程しか存在を保つ事が出来無い」
「え?、そうなの?」
「ああ、意外だけどな
その分、実際に対処をする身としては助かる訳だ」
そう言って苦笑する雷華。
成る程、確かにそうよね。
対処法が存在していても、実質的に消滅させられない可能性が高い相手が、手が届く様に為るのだから。
それは悪い事ではない。
…面倒な仕事が増える事に変わりはないのだけれど。
「此奴は生物にしか寄生は出来無いが、限定的でな
先ず、植物には寄生出来ず水中に居る魚等にも寄生は出来無い様だ
ただ、蛙や蟹みたいに陸に居る間に寄生は出来るが、水には入れないらしい
水が弱点というより単純に“溺死する”のかもな
その辺りは情報が少ない
だから、飽く迄も個人的な見解だと思ってくれ
参考程度、信用はするな」
そうは言うけど、今までに外した事が殆んどない為、中々に難しい話よね。
勿論、その意図は理解する事が出来るのだけれど。
…まあ、だから、私にしか話さないのでしょうね。
他の娘達に説明した場合、話す必要な量が増えるのが面倒なのも理由に有るかもしれないけど。
「救いなのは灰塵化をした地点から半径約1kmの範囲内でしか動けない事だな
その間に寄生出来無ければ勝手に死滅してくれる」
「…寄生対象に条件は?」
「勿論、それは有る
先ず、宅の様に僅かにでも自分の意思で氣を使える者であれば寄生されない
次に、意思力の強さだな
孫策の所の精鋭位になれば寄生はされないだろう
逆に言えばだ、徴兵される下っ端の兵士達には簡単に寄生出来るだろうな
勿論、能力が低い者でも、意思力が強いのなら寄生は免れられるだろうが…
そういった者は少ないのが現実だったりするからな」
「そうでしょうね…」
雷華の言った寄生の条件は満たさない者の方が多い。
元より、氣を扱える者しか最終決戦に動員する予定は無いのだけれど。
それ以外の者なら、曹魏の兵士と言えども寄生される可能性は考えられる。
意思力というのも絶対とは言えない条件。
その時の体調等によっても変化するのだから。
当然、宅以外の兵士ならば対象数は一気に膨らむ。
一般人にまで拡大したなら最悪の能力と言えるわね。
あの“隔壁”が無かったら終わっている所だわ。
熟、思い知らされるわ。
一体、何れだけ先の事まで読んでいるのかしら。
知識(情報)が有るだけでは説明出来無いでしょうね。
それを必要以上に用いず、誇示もしないのだから。
無意味に敵は作らないし、不用意に警戒もされない。
何処までも静かに、深く。
影の様に寄り添いながら、けれど、確実に影響を与え変革し、導いてゆく。
本当、怖い人だわ。
「まあ、それに対する策は既に打ってあるから特には問題無いだろう」
「教えてはくれないの?」
“お強請り”をする様に、上目遣いで訊いてみる。
後の事を考えないのなら、此処で身体を密着させれば効果抜群でしょう。
流石に仕事が残っている為遣りはしないけど。
そんな私の意図を察して、雷華は苦笑する。
優しく抱き寄せて奪われる唇に触れる微熱が心地好く微睡む様に溺れたい。
そう思ってしまう。
…離れてしまう瞬間が一番もどかしく、切ないわ。
言いはしないけれどね。
「予定通りに進めば最後の決戦地は彼処だ
彼処だったら三勢力以外の余計な生物を排除する事も難しくはない
保険として“生物避け”を仕込んで置けばいい
“思い通りに為っている”様に思い込ませておけば、気付ける物も気付かない
人間を辞めていようが所詮人の思考から掛け離れてはいないんだからな」
「成る程ね…」
確かに、彼処なら対処する場所としては最適ね。
元々余計な邪魔が入ったり逃がさない為に選んだ地。
そういう事に適していても何も可笑しくはない。
ただ、誰かさんには私達に話していなかった別の理由が有ったというだけでね。
「他は、どうなの?
まだ残っているのよね?」
「“屍王の灰剣”を除けばリスト上は残りは二つだ
ただ、それ以外にも彼方に“隠し玉”が有る可能性は否定出来無いからな…
其処は下手に仮定をしない方が良いだろう」
「…それもそうね」
「それよりも注意するべき事が一つだけ有る」
「それは?」
「決戦が行われる時点では俺は“この世界”に居ないという事だ」
「……………………は?」
唐突過ぎる雷華の言葉。
それに思考が停止。
我に返ると、睨み付ける。
「冗談でも笑えないわ」
「悪いが、冗談じゃない
左慈と于吉と戦って受けた術の効果で、決戦の頃には“この世界”の外に、弾き出されている」
真っ直ぐに重なる視線。
その瞳が、冗談ではないと雄弁に物語っている。
抑、“そんな事”を雷華が冗談でも言う訳が無い。
それは、事実なのだ。
「…防げないの?」
「術を受ける時点では十分防げたんだけどな」
「──だったら、どうして防がなかったのよっ!!」
反射的に怒鳴ってしまう。
溢れ落ちる想いの欠片達を止める事が出来無い。
雷華の服を握り締める掌は強く、強く、離さない様に存在を掴まえる。
そんな私の頭を優しく叩き撫でてくる雷華。
その表情に動揺は無い。
「心配しなくてもいい
弾き出されるのは防げない事実だが死ぬ訳じゃない
ちゃんと帰ってくる
抑、何の解決法も無いのに俺が防がないなんて真似を遣ると思うのか?」
──と、平然と言う雷華。
確かに、その通りだと。
冷静になると理解出来て、それを察した雷華は悪戯が成功した子供の様に笑顔を浮かべてみせる。
心身を昏い焔が包む。
ああもう、本当に全く。
ドウシテアゲマショウカ。
「まあ、念の為にも一応の保険は掛けて置くがな」
「…どんな保険よ?」
「華琳にしか任せられない俺の最強の“切り札”だ」
…本当に狡い男だわ。
そんな事を好きな相手から言われて、気分が悪くなる者なんて稀少でしょう。
ちょっとした憤怒なんて、綺麗さっぱりと跡形も無く消えてしまうわよ。




