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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
767/915

       漆


自身の非力さを省みながら一方では自分ではなかった事に安堵もしている。

相反する感情を懐きつつも“仕方無いよな”と自分に都合が良い様に結論付けて勝手に納得してしまう。

人間というのは実に逞しく強かに出来ていると思う。

何故なら、今は懐いている罪悪感の様な感情や意識も事が解決し、平和に為れば薄れゆき、忘れてしまうのだろうから。


“人間とは忘れる生き物、忘却という自己防衛能力で生きていく事が出来る”。

そんな話を何時か何処かで聞いた様な気がする。

まあ、それもまた忘却で、“不要・不都合だから”と判断したからなんだろう。

求められるのは、誰がや、何処でや、どういう経緯でという事ではなく。

一つの解答という意味での結論・成果なのだから。


例えば、“彼方”の現在の学校や社会の構造的には、テストの点数(結果)重視で過程は評価されない。

その人物が、一体どの様な環境で生まれ育ったのか。

どんな努力をしたのか。

困難等の有無は。

学習以外に成した事は。

どういった学生生活か。

当事者の社会性・社交性は如何な物なのか。

金銭関係・交遊関係等には問題は無いのか。

本来、第一に見るべき点が疎かに為っているのだ。

それは数字という間違いや個人の価値観の介在し難い価値基準を重要視し過ぎる傾向に有ると言える。

勿論、それを悪い事だとは言わないけれど。

ただ、人間を数字で表し、評価するというのなら。

其処に意思や感情──心は必要無いと言えると思う。


まあ、そんな環境で育った俺が言うのも何だけど。

だからこそ、思うんだよ。

本当に大切な事は、今より昔の方が人々は理解してて大事にしてたって、な。

“此方”に来てから尚更にそれを実感している。

人と人との繋がりの意味、その大切さを。



「殊勝な事だな…

だが、貴様等にとって命を懸けるに値するのか?

そうまでして存続をさせる意味が有るのか?

愚かな人間共の世界に」



そう言った王累の言葉に、単純に“格下だと”見下す意味ではなく俗に言う所の“下等種族が”的な意味の発言なんだろうな、と。

そう感じる事が出来る。

それはつまり、あの王累は人間ではないのだろう。

元からなのか、今はなのか定かではないが。

それは些細な問題。

気にする事ではない。



(…人間ではない王累と、人類代表の曹操と曹純…

どう考えても人類の存亡を決める戦いな訳か…)



それを観ている事しか──いや、見届ける事が俺達に出来る唯一の事で。

“事実を正しく”後世へと語り継いで行かなくては。

救われて、曹操達を悪役に貶める様な恥知らずな事は絶対にしてはならない。


…劉備は遣りそうだから、特に注意しないとな。

そういう事しか出来無いと言う事も出来るけど。

“原作”と比べてポンコツ具合が割り増しだからな。





「己が欲望の為に人を棄て外道に身を堕とした者には理解でしょうけど…

だから、価値が有るのよ」



王累を真っ直ぐに見据え、曹操は意志を示す。

一切の躊躇も逡巡も無く、その言葉を口にする。


曹操の姿を見て、思う。

果たして、自分に同じ様に言い返す事が出来るのか。

その答えは直ぐに出る。

多分、無理だろう。

安っぽい正義感や意志では敗けてしまう。

その言葉に掛かる責任は、想像を遥かに超える物。

一時の感情任せの反論では背負い切れない物だ。

確固たる覚悟と意志。

それが無くては不可能だ。


そして何よりも。

単純な否定ではない。

受け入れているからこそ、その言葉は力強い。

正しく、太陽の様に。


曹操は王累を見据えたまま僅かに目を細めた。

複雑な心中を垣間見た様な気がしたのは…錯覚だとは思えなかった。

多分、先程言っていた様に望んだ事ではないから。

託されたから、だろう。

何と無く、そう思った。



「確かに人間は愚かよ…

“世界”という観点からの一つの考えとしては人間は存在自体が害悪でしょう

我が物顔で自然を破壊し、種を根絶やしにし、時代を越えても無意味な争乱から抜け出せずに繰り返す…

その辺りは“天の御遣い”として喚ばれた者達の方が私達よりも理解している事でしょうね

人間が存在している限りは無くならない問題は有れど人間が存在しなくなる事で生じる問題は無い…

それが人間が害悪であると証明出来る根拠だもの

どんな聡明な人間だろうと否定は出来無い事実…

それは決して覆せないわ」



曹操の言っている事。

それは正しい事だと思う。

勿論、そうだからと言って“世界の安寧の為に人類を全て消滅させるべきだ!”みたいな事は言わない。

理解は出来ても、享受する事は出来無い事だ。

感情的な理由では有るけど死にたくはないからね。

…まあ、その辺りが人間の傲慢さなんだとは思う。

人間が根絶やしにしてきた種(生命)からすれば等しく害悪なのだから。



「けれど、それだけが人の全てだという訳ではなく、その過ちを認め、正す事が出来る力を持つわ

例え、大多数には不可能な事だったとしても一握りの可能な者達が導く事により人々の意識は変えられる

その方向が、必ずしも善い事だけとは限らないけど…

それは仕方が無い事ね

抑、善悪の定義は当事者の立ち位置次第なのだから

人によって異なる物…

人間が人間に対して定義し勝手に広めた価値観であり“世界”の秩序ではない

人間社会の秩序なのよ

その事を忘れてしまうから矛盾が生まれてしまう…

ただ、それすら“世界”は許容しているわ

自然界の食物連鎖の巡環、其処に含まれず、交差する人間の可能性(影響力)の環無くして、“世界”が望む変化は起こり得ない

“世界”が必要とする限り人間は絶やせないのよ」





人間という存在の肯定。

そう聴こえなくもないけど実際には少し違う。

曹操の言葉は、“世界”の意志が有る前提での物。

そのままに受け取るのなら──曹操達に託した相手は“世界”だと考えられる。

勿論、真偽を確かめる事は出来無いだろう。

曹操達と“同じ”以外には理解も不可能な事だ。

それはつまり、曹操達こそ真に“天の御遣い”と呼ぶ存在であると言えよう。

本人達が望まずともだ。


そんな曹操の言葉を受け、王累は静かに嗤う。

戯れ言だと、理想論だと、正面に相手にしてはいない感じではない。

寧ろ、それを理解した上で真っ向から“叩き潰そう”とする様な挑発的な笑み。

全てを嘲笑う様な不敵さ。

その態度に、妙に嫌な予感がしてしまう。



「…貴様の言葉は正しいな

だが、知っていよう?

“世界”は既に人間に力を与える事を止めた

我欲にしか力を使わぬ故に“世界”を害したのだ

実に、愉快に踊ってくれた其処の北郷の様にな」


「──っ…」


「ええ、知っているわ

でも、“世界”が私達には力を委ねているという事を知っているのでしょう?

それなら、北郷(紛い物)と一緒にしないでくれる?」


「〜〜〜っ…」



王累と曹操の遣り取りで、劉備陣営の中に居る北郷の反応が手に取る様に判る。

俺は踊ってはいないけど、“紛い物”って意味でなら北郷と同じだからな。

その言葉が深く刺さる。

…自業自得なんだけど。

彼方が素直に認めるのかは俺には判らない。

ただ、“傷の舐め合い”は絶対に無いと言える。

考え方が合わないからな。

北郷が、劉備が、己の罪を認めて更正するんだったら手を取り合える関係に為る可能性は有るけど。

現状では……無いよなぁ。


そんな俺達の事は気にせず曹操と王累は話し続ける。



「一緒だとは思わぬ…

貴様等は唯一、我が悲願の前に立ち塞がる障害だ

敬意を持っている位だ」


「その割りには随分態度が大きいのではないかしら?

もう少し、下手に出る位で丁度良いと思うわよ?」


「それは有り得ぬな

貴様とて、戦う相手に対し払う敬意と、上下関係での敬意は別物であろう?

我が貴様等に対して持った敬意は前者の類いだ

我が道を飾り、我が心身を愉しませてくれるのだ

当然の事であろう?

尤も、我が前に平伏す事に変わりはないがな」


「大した自信ね…

もう勝った気で居る訳?

それは私達を舐め過ぎてはいないかしら?

それとも長い封印(眠り)で忘れたのかしら?

或いは、まだ寝惚けているのかしら?

その下らない悲願を幾度も打ち砕いて来たのが代々の“適格者”だという事を

その前に平伏してきたのは何方等だったのかを、ね」





辛辣に挑発し合う両者。

だが、曹操の言葉を聞いて王累が笑みを深めた。

まるで、“それを言うのを待っていたぞ”とでも言うみたいに。



「ああ、確かにそうだな

貴様の言う通り、言葉では言い表せぬ屈辱を味わい、憤怒と憎悪を滾らせた事を昨日の様に思い出せる…

だがな、我とて敗れ続けて何一つも得ていないという事は無いのだぞ?

例えばそう、“封監者”を無力化する為の方法だ

彼奴等に与えられていた、“奥の手”は一度しか使う事は出来ぬ物だからな

それを使わねば為らぬ様に状況を作ってやればよい

特に、補佐役である以上は候補者の生存の為となれば使わざるを得ないからな

尤も、貴様等や孫策達では不可能に近かっただろうが都合良く、残る一組は実に愚かであったからな

容易い事であったぞ

彼奴等も、見捨てれば済む話だっただろうにな…

熟、馬鹿な奴等よ」



手負いの北郷・劉備に対し更に容赦無く傷を抉る様に王累は“言刃”を放つ。

あの二人を気遣おう等とは微塵も思いはしないが。

流れ弾的に此方にも少しはダメージを与えてくるんで止めて欲しいです。

俺達には止められはしないんだけどな。



「その程度が言いたい事?

要は、真っ向勝負をしても勝てないから、身に付けた悪知恵を駆使して罠に嵌め力を削ぎ落としていって、それから弱った所を突いて勝とうとしているだけで、姑息なだけじゃない…

小さい器ね、手段も醜いし──だけど、小物感だけは大した物だわ」


「クククッ…勇ましいが、それは虚勢だろう?」


「一体、何を根拠に──」


「──ならば、彼奴は今、何処に居るのだ?

貴様の半身たる、あの男は──曹純は何処なのだ?」


「────っ…」



その一言の持つ威力の程は目に見えて明らかだった。

優勢に──控え目に見ても互角以上だと言えた曹操の表情が初めて強張った。





「何処に、と訊かれた所で答えられぬだろう?

彼奴は既に“この世界”に存在しては居らぬ

捨て駒(出来損ない)の命を救った結果、防げただろう術を食らい“世界”の外に弾き出されたのだからな

言ったであろう?

我は、得ていたのだ

貴様等“適格者”を排除し我が悲願を成す術をなっ!!

ククッ、クハハハハッ!!」



勝利を確信した様に大声で笑い出した王累。

対して、曹操は俯いたまま小さく身体を震わせる。

今までの姿が嘘の様に。

その姿が小さく見えた。


そう──魏ルートの最後を彷彿とさせる様に。

少女が泣いている様に。



「──フフッ…フフフッ…アハハハハハッッ!!!!!!」



──と思っていると、急に曹操が笑い声を上げた。

天を仰ぎ、右手で顔を覆い狂った様に嗤う。


その様子に、あの日に見た劉備を重ねてしまったのは俺だけではないだろう。

異様な寒気がする。



「…フンッ、狂ったか…

やれやれ、詰まらぬな…

所詮、此奴も人間か…

失えば、脆い物よな…」



いつの間にか笑いを止めた王累が曹操の姿を見ながら興味を失った様に、冷めた眼差しを向けている。


その瞬間、人類唯一だった希望が失われた事を悟る。

自分だけではない。

正面に思考が出来る者なら誰しもが、理解した。

深い絶望が心を穿つ。

悲痛な沈黙が場を包み飲み込んだ。



「──はぁ…全く…まさか此処までとはね…

本当に──惚れ惚れする程恐ろしく正確な“読み”…

我が夫ながら感服するわ」



そんな中で、いつの間にか笑い終えていた曹操は顔を戻し、王累を見据える。

楽し気な笑みを浮かべ。

狂気など微塵も滲ませず。

大胆不敵にポーズを決めて悠然と佇んでいる。


まるで、何もかも、全てが筋書き(定められた流れ)の通りであるかの様に。

曹操に悲観は無かった。



──side out。



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