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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
765/915

       伍


それは異様な光景。

一人目の変異を始めとして次々に劉備軍の兵士達から奇声が上がってゆく。

周囲に居る者達は離れるが次の瞬間には其の中からも新しい変異者に為る。

恐怖から来る混乱。

しかし、逃げ場の無い事が彼等の危機感を増幅させて更なる混乱を招く。

その悪循環を生んでいる。


何故、止めないのか。

正解には、止められないと言うべきでしょうね。

変異者を殺そうとするより逃げようとするのは恐らく“何が起きるか判らない”からなんでしょうね。

変異者を殺した方が良い、それしか助かる術は無い。

そういった追い詰められた状況でなければ、基本的に人は逃げる事を考える。

“関わらない”というのが一番簡単で確実だから。

だから、この状況に陥った事は必然だと言える。


それ以上に問題視すべきは普通の疫病の感染・発症の仕方を凌駕する拡大力。

勿論、感染しているのかは定かではないけど。

そんなのは些細な事で。

目の前の光景が異常な事に変わりはないのだから。


ただ、そんな光景を眼前に脳裏には思い浮かんでくる“心当たり”が有った。



(まるで“屍人(ゾンビ)”みたいじゃないの…)



それは去年の夏の事だ。

流れで祐哉に教えて貰った“天の国”の有名な怪談に登場する怪異の名で。

誕生・発生する理由自体は様々らしいけど、共通する“生きた屍”という部分で一括されている総称。

細かく言うと、更に種類が分かれるんだそうだけど。

それは今は関係無い。


その祐哉の話す“屍人”に目の前の変異者達は物凄く酷似している様に見える。

私の主観では、だけど。


宅の陣は──と振り向いて確認すれば、離れて布陣し展開していた事も有ってか冷静に距離を取っていた。

祐哉や皆の判断と対応には本当に感謝しか無いわね。

お陰で、私は自分の仕事に専念出来るもの。


混乱する劉備軍は指揮すら正面に出来そうに無い。

事実、将師である諸葛亮達から飛ぶ指示を聞く事すら困難な状態だと言える。

──と言うか、この調子で変異者が出続けていったら一体何人が、正常なままで“生き残る”事が出来るのかしらね。

全滅する方が可能性的には高そうに思えるわ。



「…劉備、一つだけ訊くわ

これは貴女の仕業?」


「ち、違います!

アレは私の所為じゃない!

私は何もしてません!

私にも判らないんです!」



“信じて下さい!”と言う眼差しを向けてくるけど、貴女の何を信頼しろと言うつもりなのかしら。

貴女への“信頼”なんて、微塵も有りはしないわ。

…ああでも、そういう意味でなんだったら逆に言うと“信用が出来無い者だって確信する意味での信頼”は有るでしょうね。

言葉としては可笑しな気がしなくはないけど。


まあ、こんな真似が出来るなんて思いはしない。

技能や知識等が劉備に有るとは思えないもの。




ただ、変異する兵士を見る劉備の表情に浮かんでいた不快な笑み。

それを見て、苛立つ。


一度は手段を失い確定した敗北だったけれど。

その未来を覆し得るだけの“新しい可能性”を見付け歓喜している。

そう、私には見えている。



(全然、懲りてないわね…

…いえ、ある意味では全く振れていないのね)



当然と言えば当然か。

“狂っている”と言える程固執しているのだから。

その可能性を見出だせれば迷わず飛び付くでしょう。

劉備には“その後の事”や被害や影響なんて事を全く気にする様子は無い。

曹操との舌戦で言い返せず遣り込められたのは単純に正論を崩せないから。

其処に、客観的に見ていて感じられた“正常さ”は、私達の気の所為だった。

劉備の頭に最初から正面な道徳心は存在していない。

ただ曹操に勝つ事。

それだけを考えている。

だから、曹操に“悪だ”と言われて認めたくはない。

その下らない自尊心に伴う意地が、劉備を黙らせて、肯定も否定もしない状態で有耶無耶にするという所に考えを至らせた。

それだけなのでしょう。


曹操に勝てるのなら。

曹操を脅かせるのなら。

どんな方法でも構わない。

それが兵士の、民の生命を犠牲にするとしても。

劉備は気にしない。

何故なら、劉備にとっては彼等は自分の欲望を満たす為だけの、捨て駒(道具)に過ぎないのだから。


だから、劉備の事は無視。

劉備との対立は確実。

共存なんて不可能。

唯一、約定を守るのならば“和平協定”に関しては、譲歩する余地が有る。

それだけのなのだから。

もう生きようが死のうが、何方等でも構わない。

寧ろ、此処で死んでくれた方が都合が良いわね。

色々と手間も省けるし。


それよりも、よ。



「──随分と落ち着いてるみたいだけど…

実は、全部想定内とか?」



そう私は振り向いてから、先程から一言も発しないで沈黙している曹操に問う。

正直、この状況で動じないだけなら理解は出来るけど“何もしない”というのは理解が出来無い。

と言うか、有り得ないわ。

普通は慌てるでしょうし、何かしらの指示も出す。

勿論、宅みたいに信頼して任せてる可能性は有るし、曹魏なら出来るでしょうが──将師や兵までが揃って不動と沈黙を守っている。

そんなの、不可能だわ。

“全てを予測”していない限りは無理でしょう。


そう思いながら、見詰めた曹操は小さく肩を竦める。



「それは無いわね

もし、そうだったとしたら私は舌戦なんてしないわ

問答無用で、民達を脅かす“劉備軍(害悪)”を全力で討ち滅ぼしているわよ」


「…それもそうよね」



確かに、その通りよね。

曹魏の民を、その安寧を、繋がる未来を脅かすなら。

曹操は黙ってはいない。

絶対に、動くでしょう。




舌戦という無駄な事なんて応じる事さえしない。

遣ったとしても、さっさと終わらせて開戦し、圧倒的戦力を以て今頃は劉備軍を滅ぼしていた事でしょう。

それが出来るのだから。


悠然と佇む曹操を見ながら訊ねはしたけど、実際には疑念は懐いていない。

曹操が、曹魏が“黒幕”の可能性は無い。

劉備を破滅させる理由も、その無意味な手間を掛ける時間も、惜しいでしょう。

そんな面倒な事をせずとも曹魏なら出来るしね。


そう考えてる事が判る様に曹操は笑みを見せる。

…若干、苛っとしてしまう辺りは仕方が無いわね。

他人の“ドヤ顔”を見ても面白くなんてないし。

あれは、自分が遣ってこそ意味が有るんだから。



「──けれど、その辺りを知りたいのなら直接本人に訊いてみたらどう?」


「訊くって…誰によ?」



そう言った曹操に対して、私は再び訊ね返す。

ただ、察してはいる。

それが、劉備でも北郷でも諸葛亮達でもないのだと。

私の“勘”が告げている。


曹操の眼差しは私から外れ違う方へと向けられる。

それを自然と追い掛けると一人の人物に辿り着いた。

其処に居るのは当然。

合流後、顔合わせをした際紹介されたのだから。

何も可笑しくはない。



「そうでしょう、王公及?

──いいえ、“ルグェン・・ジゥラ・イェブロム”」


「────え?」



“──誰、それ?”なんて疑問を懐くよりも先に。

曹操の発した名前を聞いて驚くしか無かった。

元・劉璋の側近で大親友、劉備の信頼する文官。

その男──王累である。


混乱する劉備軍の真っ只中に静かに佇み俯く王累。

まるで、其処だけが別世界であるかの様に、周囲との隔たりが存在していた。

彼を守る様に取り囲むのは生気を失った兵士達。

死者となった兵士達が彼に従う様に集まってゆく。

百、二百、三百…千…万…その数は気付けば劉備軍の八割を越えていた。


残りは諸葛亮達へと従って北郷を回収して宅とは逆に距離を取って離れた。

王累と屍人による軍勢──王累軍に対し曹魏が正面に位置している。

王累軍を見る形で、曹魏の左側に宅が居て、劉備軍が右側に居て対峙する。

見た目には元々の劉備軍の格好なので紛らわしいが。

動きや雰囲気は別物だから間違える気はしない。


その中心で、王累は静かに顔を上げた。

白目が黒く闇の様に濁り、爛々と輝く黄金の双眸。

闇夜に浮かぶ太陽と言えば判り易いのかしら。

それなりに離れている筈が闇に引き摺り込まれる様な錯覚に陥ってしまう。

…何とか、我に返るけど。

私でさえ、これなのだから兵士達には至難でしょう。

士気なんて、無いに等しい状態に為るでしょうね。


死の空に浮かぶ赫き月。

その不気味さに、恐怖すら生温い悪寒を感じる。





「流石だと言うべきか…

まさか、その名で呼ばれるとは思いもしなかったぞ」



ゆっくりと、地底から響き上がってくる様な声。

それは私の知っている筈の王累の物ではなかった。

全く別人の声。

声真似などではない。

根拠は無いけど、本能的に私は確信をした。



「あら、そうなの?

まあ、名を棄てているなら当然と言えば当然よね

訳有りの者って名を棄てて遣り直そうと考える辺り、随分と凡庸だけれど」



──と、余裕綽々に笑みを浮かべて皮肉を交えながら切り返すのは曹操。

その姿が妙に頼もしいのは気の所為…ではないわね。

多分、理解しているから。

“私には無理”だって。

悔しいけど今の状況で私に出来るのは見届ける事。

それだけしかないわ。



「フンッ…その小賢しさは彼奴の影響か?」


「さあ、どうかしら?

全く影響が無かった、とは言わないけど…

私は元々、こんな感じよ

尤も──“依り代”頼みの誰かさんとは違って私達は自分の意思で変われるわ」


「…成る程な、流石は唯一“適格者”に至った番だと言うべきか…

…いや、貴様等の才器か

熟、目障りな奴等よな…」


「どうも、誉め言葉として受け取っておくわ」



両者は世間話でもする様に私達を放置している。

一々説明して貰わなければ理解が出来無い身としては“あの、二人だけで勝手に話を進めないでくれない?

出来れば順に説明して”と言いたく為ってしまう。

実際には言わないけど。


…にしても“適格者”って何の事なのかしら。

曹操は解ってる様な感じで話してるんだけど。

“唯一”や“至った”って部分から想像してみると、“天の御遣い”に関係する事なのかしら。

…何と無くだけどね。


それは兎も角として。

両者を視界に入れながら、私はゆっくりと皆の方へと後退を始める。

“邪魔”をしない為に。



──side out。



 劉備side──


状況が目まぐるしく変化し頭の中で整理が追い付かず訳が解らなくなる。


北郷(アレ)が使えなくなり行き詰まったと思ってたら何だか解らないけど新しく使えそうな駒が見付かって“これなら…”と思う間に王累さんが裏切った。

しかも、私の大事な駒達を持ってっちゃうとか。

一体何するんですか!。

そういった事は私が勝った後にしてくれません?。

物凄く迷惑なんですけど。


──なんて、思いながらも星ちゃんに手招きをされて静かに移動して行きます。

今は、“空気”になる事が大事だって解ってます。

私は死にたくないので。



「しかし、彼奴は甘いな…

まさか己の命を狙っていた駒(出来損ない)を助けて、生かしてやるとは…

正直、驚かされたぞ

未だにアレ等が生きている事を知った時にはな…」


「そうでもないわよ?

例え、当時の記憶が操者の手によって消された結果、罪の意識は無くても…

生きていく上で過去を失い自分が解らないまま生きる事は苦悩を伴うわ

不安は拭い去れず、永遠に付き纏い続けるもの

だから、助けてはいない

生かす事で、生涯を懸けて己の罪を購わせるのよ

それは死を与えるよりも、遥かに厳しい事でしょう

まあ、本人達が何をしても気にしないでしょうけど…

“所詮は自己満足(気紛れ)でしかない”らしいから、干渉する気は無いそうよ」


「…考え方次第、か

ならば、その件に関しては話すだけ無駄だな」


「ええ、そうでしょうね」



…何の事かな?。

まあ、私に気付かないまま会話に夢中に為ってる間に移動出来るから良いけど。

何だか遊んでるみたいで、ちょっと楽しく為っちゃう感じが困るんだけどね。

今は集中、集中っ!。

私は生き残るんだから。



──side out。



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