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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
763/915

       参


豹変した──と言うのには少々違和感を覚えるけど。

曹操の言葉に対して劉備は喚くしか出来ず、己の非を認める事も出来無い狭量で下らない自尊心に縋り付く愚かな姿を晒している。

ある意味では素顔だから、繕う事は難しいわよね。


チラッ…と劉備の背後へと視線を向けて窺う。

十万を越える兵士達は己が主君である劉備の予想外の反応を見て、戸惑う。

“…え?、劉備様って実はそんな人だったのか?”や“言われてみると…曹魏の言い分は正しいよな…”や“…って事は、本当に悪い存在って劉備様なのか?”という様な感じの事を考え揺れている様子が一目見て理解出来る位には、ね。


そうなるのも当然よね。

だって、曹操の言った通り劉備は“曖昧な理想を語り民心を欺いていた”事には間違い無いのだから。

開き直った言い方をすれば“それを見抜けない愚かな民が悪いのだし、その程度でしかないのだから、上に立つ自分達の遣る事に対し文句を言う事が愚かだ”と逆ギレしそうな雰囲気ね。


まあ、曹操や私にしても、“民心を操る(掴む)”事は遣って来てはいるから。

それ自体を絶対悪だなんて言いはしないわ。

だけど、私達はその責任を自分達で負っているもの。

其処が、劉備達とは違う。

何よりも、“民の為に”の根幹を曲げてはいない。

忘れてはいない。

蔑ろにしてはいない。

民を自分の自己満足の為の犠牲にはしていないもの。

比較するまでも無いわ。



「はぁ…呆れるわね…

何?、一言も言い返せない事実を突き付けられたら、今度は喚き散らす訳?

その次は泣くのかしら?

──で、碌に話も出来無い愚か者は力強くで黙らせるなんて野蛮な真似をする、という所かしら?」


「────っ!!!???」



更に傷口を深々と抉り込む様に、“口撃”を緩めない曹操の苛烈さに、内心では引きながらも正論な事実に容赦の無さを感じる。

加えて、その先見の凄さに舌を巻いてしまう。

まあ、今の劉備の様子なら何を遣りそうなのかなんて私でも理解出来るけどね。

子供の“お強請り”の方が今の劉備よりは強かだし、考え込まれている可能性が高い気がするもの。


それ位に幼稚過ぎるわ。

見抜かれた反応も含めて。



(…けど、ある意味では、劉備らしいのよね〜…)



劉備の本来の仁徳(良さ)は“子供の様な純朴さ”から来ているのでしょうし。

そういう娘だったもの。


ただ、あの頃から私なりに劉備に思う所は有った。

“世を憂い、罪を憎んで、人を憎まず、過ちを赦す”というのは“常人”の持つ器量では至難だと言える。

子供の様な──いえ、更に善悪の価値観が曖昧で緩い“愚者とは紙一重の君子”という様な人物でなければ先ず無理でしょう。

それに限り無く近い劉備は“異常”だと言えるの。

だから、本の少しだけでも狂いが生じると大きく耳を踏み外してしまう。

人道から、外道へと…ね。





「こうも言っていたわね

貴女は“誰にも負けない、負けたくない”、と…

それだけを聞いたのなら、可笑しな事ではないわ

それは普通の事でしょう

けれど、先の貴女の言った理想を加えて考えると──あら、不思議ね

まるで、自分には不都合な存在は全て排除してしまい“自分の思い通りになる”国を造ろうとしている…

そう思えてしまうのは…

私の考え違いかしら?

ねぇ、どうなのかしら?」



容赦無く、曹操は劉備へと“言刃”を放つ。


でも、反論しようにも今の劉備には厳しいでしょう。

実際、曹操の言う通りなら劉備の理想は矛盾していて筋が通っていない。

一見、世の中の民の全てを思っているかの様だけど、その実は自己中心的理想と言わざるを得ない。

そう言われても仕方が無い結果(道)を歩いてきたのは他の誰でも無い。

劉備自身なのだから。

否定しようにも出来無い。

確かな事実なのだから。



「けれど、貴女の立場ならこうも言えるわね…

貴女は、貴女にとっての、貴女を幸せにする為だけの“理想”を語っていて…

それを聴き“勘違い”した多くの民達が自ら率先して命を散らして逝った…

だから、自分は悪くない

悪いのは勝手に勘違いして死んで逝った民達だ、と」


「〜〜〜〜〜っっ!!!!!!」



そう言って、見下す視線を劉備に向けながら、冷たく嗤ってみせる曹操。

…まあ、俯いている劉備に対してではなくて、私達や劉備軍の兵士達に対しての“演出”でしょうけど。

確かに、効果は有るわね。

兵士達の──民達の心は、大きく揺れている。

劉備への疑心を懐いて。

大きく、大きく振れる。


そして、それは結果として俯いている劉備に対しても更に追い詰めるのだから。

本当に怖い相手だわ。



(…貴女は間違えたのよ

それは、その瞬間では単に一つの選択肢だったけど、致命的な過ちだったの…)



正面に歩む事が出来たなら間違い無く、後世に於いて稀代の名君と謂われていた事でしょう。

そう成り得る才器を持った人物には違い無い。


しかし、それは個人により開花する事は無い。

それが王道──“王者”の才器を持つ者の避けられぬ性質と言えるでしょう。

己の力で道を切り開き進む覇道──“覇者”とは真逆なのだから。


他者との繋がりや逢別にて道を進む事が出来る。

そう、独力では何も出来ぬ存在が、“王者”だ。

だからこそ、和と絆を尊び“人を使う事”に長けた、“治世の王者”とされる。

自らが動く事で他を動かし巻き込みながら道を造る、“乱世の覇者”とは違う。


その違いこそが、劉備には致命的だったのでしょう。

諸葛亮も、趙雲も、他も。

皆、有能な将師である事は間違い無い。

しかし、ただ一人だけ。

劉備の道を狂わせてしまう存在が傍に居た。

──“現れて”しまった。





「貴女の語る理想の全てはその為だったのでしょう?

──“天の御遣い”を騙り民心を集めた事もね」


「──違いますっ!!」



完全に押されていた劉備が此処に来て、否定した。

その対象が劉備にとっての破滅の根元なのだけれど…劉備の様子を見る限りでは本人は気付いて無いわね。


顔を上げ、曹操を睨み殺す様な剣幕で見詰める劉備。

その反応に、僅かに双眸を鋭く細める曹操。

憤怒・嫌悪・失望・憎悪…混じり合い込められている感情は特定し難い。

考えられる内容が多過ぎて絞り込めないから。

尤も、私が劉備に懐く物が全て入っていると考えても間違いではない筈。

寧ろ、それ以上である事は間違い無いでしょうから。



「…違う?、何が違うの?

貴女達は何一つ根拠も無い“天の御遣い”という噂を利用して人を、物を、心を我が物としたでしょう?」


「そんな事は──」


「──してはいないと?

なら、“黄巾の乱”の折、貴女が率いていた義勇軍の兵士達の命を、彼等の全く知らない所で勝手に対価に売り渡していた事について何と説明するのかしら?」


「──っ!!!!」



曹操と劉備の応酬──には一瞬ですら為らなくて。

あっさりと先程までと同じ曹操の一方的な追及状態に戻ってしまう。



(──と言うか、何それ?

劉備達ってば、そんな真似遣ってたの?

最低って言葉ですら、全然足りないじゃないのよ!)



全く知らなかったとは言え一時でも協力関係を結んだ自分の“見る目”の無さが恨めしく、恥ずかしい。

出来るのなら今直ぐにでも私の手で劉備を殺したい。

そう思ってしまう。


そういう意味では、祐哉の判断は正しかったわね。

本人は色々と理由が有って悩んでいたけど、最終的に“天の御遣い”との関係は表には出さない事を選び、自分は“天の御遣い”には為らなかったから。

もし、祐哉が北郷に対して接触していたとしたなら、今の会話で私達に飛び火し巻き込まれていた所。

勿論、そう為った場合には高順の存在を指摘するって方法は有るんだけど…。

それは確実に悪手。

何よりも、詠達を敵に回す事に為るでしょうからね。

そういった事を考えても、祐哉の判断は良かった。

そう言う事が出来るわ。



(…にしても、やっぱり、劉備の迷走って北郷(アレ)の所為って事よね…

そう考えると、曹操や私は運が良かったわね…

もし、アレを引いてたら…

私達が、今の劉備みたいに為ってたかもしれないし…

本当、祐哉で良かったわ)



改めて、そう思う。

そして、利用しようとした当初の自分を叱りたい。

馬鹿な事を考えるな、と。

祭並みの拳骨付きでね。



──side out。



 劉備side──


ギリギリ…ガギリギリッ、ギリグギリッ、ギギリッ…頭の中に不快な音が響く。

それが自分が歯を強く噛み締めているから鳴るのだと気付いたのは大分後で。

歯が磨り減ってしまうかもしれないと思った。

それでも、自分の意思では止められないけれど。



(何で、何で何で何でっ!!

何でなのっ!?、何でっ?!、どうしてこう為るのっ?!、私は何も悪くないっ!!

悪いのは勝手に勘違いして死んで逝った人達だよっ?!

私は自分の理想を実現する為に頑張ってるだからっ!!

私は悪くないんだよっ!!)



曹操さんの言葉に対して、心の中で思いっ切り叫んで反論している。

けど、それを声にする事は全然出来無かった。

それは、どうしてか。

そんな事、誰よりも自分が判っているから。

私は悪くなかったとしても“正しくもない”から。

私の理想が、沢山の民達の犠牲の上にしか築けない、そういう物なんだって事を理解しているから。

だから、言い返せない。


それに…否定したくても、出来無いんだもん。

それを否定しちゃったら、私の大事な捨て駒(民達)は使えなく為っちゃうから。

それだけは出来無いの。

曹操さんに勝った後でなら幾らでも否定するけどね。

もう、理想の国なんて事、どうでもよくなったし。

“そんな事”よりも私には大事なのは曹操さんに勝つ事なんだから。


そう自分に言い聞かせる。

──中で、曹操さんからの心の中を覗かれている様な指摘を受けて、息を飲む。



(──っ、もう何なのっ?!

本当っ、腹が立つーっ!

判ってるんだったら、一々言わなくても良いのにっ!

そんなに私を悪者にして、虐めたいのっ?!

楽しんでるんでしょっ?!

この超性格ブスーっ!!)



そう愚痴っていた時だ。

曹操さんの口から御主人様──“天の御遣い”の事が出て来た。

思わず否定しちゃったけど昔の事を引っ張り出されて言い返せなくなった。

それは…事実だから。




強く、強く口を噛み締め、両手を握り締める。

それしか出来無くて。

曹操さんの背後──視界に彼女の姿を映す。

私を蔑む眼差しを向ける、“裏切り者”の姿を。



「“天の御遣い”?

何も出来無い、無能な輩の何処を如何に解釈すれば、そんな大層な存在だという価値を見出だせるの?

是非、私達にも理解出来る様に見せて欲しいものね」


「──っ!!」



その言葉に思い出す。

ドス黒く濁っていた胸中が綺麗に晴れてゆく。

何もかも、私の御主人様に対する侮辱も含めて。

黙らせて、認めさせて──私が勝つ事が出来る。

その方法が有る事を。



「…判りました

そんなに言うんだったら、今、見せてあげます」


「へぇ…面白いわね

楽しみだわ、貴女達が何を見せてくれるのか」



余裕を見せる曹操さん。

それを見て──変更。

気が変わったから。

もう、どうでもいい。

だから、御主人様に対して判り易い様に伝える。



「今から“貴女に向けて”死の刃を放ちます

今更泣いて謝っても遅いんですからね?」


「あら?、何処かで聞いた様な台詞ね…

何処だったかしら…」



私の言葉なんて気にもせず揶揄う様に考える素振りを遣って見せる。

その姿に限界が来る。



(あーもうっ!、邪魔っ!!

邪魔邪魔邪魔邪魔あーっ!!

消えろ消えろ消えろ消えろ消えちゃえぇーーっ!!!!!!

もう構わないから死ねっ!

死ね死ね死ね死んじゃえぇーーーーっっっ!!!!!!!!)



その思いを声に乗せ。

力の限りに、私は叫ぶ。



「御主人様ーーっ!!!!!!」


「──ぅ雄雄ぉおぉおおぉおぉおーーっっ!!!!!!!!」



御主人様が私に応える。

“天の御遣い”の力を。

私の為に、私の為だけに、全力で振り抜いた。




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