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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
76/914

10 マジですか?


━━許昌


発ってから、僅か三日──実質二日での帰宅。


まあ、何だ。

皆の“落胆”の仕方には、色々と言いたくなった。

伯約や烈紅達は歓迎された様だから良いが。



「せめて五日は“休暇”に使えば良いでしょ?」



現在は華琳の執務室。

一応、人払いしてある。

先ず茶杯を持って一口飲み口を潤しておく。



「そうしたいけどなぁ…

十数頭も連れて歩けないし何より“病人”が居るんだ

仕方無いだろ」



あの栗毛の子の主人らしき女性を見付けて診てみれば高熱で意識が無く、かなり衰弱していた。



「貴男の腕は疑わないけど“疫病”の類いではないと思って良いのよね?」


「いや、“疫病”だ」


「…正気なの?」



“疫病”と肯定したから、睨むのは当然の事。

だが、事実だ。



「安心しろ

彼女の身体の“病原菌”は全滅させたし、人から人に“感染”はしないから」


「してたら貴男は寝る暇も無かったわよ?」


「それ以前に、感染自体を起こさせないって」



そう言って笑みを見せると華琳に呆れた様に溜め息を吐かれた。



「…それで?」


「“野兎病”って言ってな

野兎を媒介に感染する

しかも、かなり強くてな

中々に質が悪い」


「感染者が出ると?」


「今は何とも言えない

野兎との接触や食べたりで感染はするが、野兎が必ず保菌している訳でもない

でなきゃ今頃は死人が続出してるだろ?」



冗談めかしながら再び口に茶杯を運ぶ。

実際問題、其処まで神経質になっても仕方無い。



「…確かにね

それでも調査はしてくれる訳でしょ?」


「彼女に話を聞いてからな

流石に、何処の野兎か位は限定しないと手の打ち様も無いから」


「その“彼女”は?」



微妙に“棘”を感じるが…敢えて気にしない。

“餌”に食い付いたら後が面倒になるだろうし。



「明日には目覚める筈だ

数日は体調の回復も有るし安静にさせるつもりだ

取り敢えず──」


「客分扱いで良いのね」



此方の言葉を遮って言うと得意気に笑う華琳。

それを見て小さく苦笑。

“どや顔”なのに可愛いと思うのは“弱み”だな。



「疫病や彼女の事は貴男に任せるわ

さて、そろそろ“本題”に入ってくれる?」


「…そうだな」



態々人払いを頼んだ辺りで重要な話だとは判る。

だが、“疫病”という話を聞いた上で更に“本題”が別に有ると見抜くか。

全く…頼もしい限りだ。




華琳に“休暇”と称された今回の旅の“裏”の目的が存在する。



「先ず“歴史”的に見ての差異は一部の人物の生死」


「“孫堅”もその一人だと言ってたわね…」



仲謀の事は兎も角として、孫堅の事は既に話した。

華琳には言っていないが、“呉”の“流れ”は変わる可能性が高い。

まあ、宅もだが。



「そして、もう一人…

前西涼・太守の馬寿成だ」


「…そう…馬騰殿が…」



静かに名を呟き目を閉じた華琳の表情は複雑そうだ。

既知の仲だったのか。



「…昔、私が洛陽の私塾に通っていた頃に一度だけ、御爺様を訪ねて屋敷の方に来られた事が有ってね

その時、馬術と騎馬戦術の指南を受けたのよ

私を“御爺様の孫娘”とは見ずに厳しくされたわ」



そう言った華琳の表情から“良縁”だったと判る。

“曹操”とは因縁深いとは口が避けても言えないな。



「…確か、半年前よね?

“五胡”との戦で戦死…

そう聞いているけれど?」


「表向きは、な…

いや、実際に戦死した事に変わりはないが…」


「…まさか“暗殺”?」



そう訊ねる華琳の雰囲気が剣呑な物へと変わる。



「“戦死”なのは戦の中で討ち取られた為…

其処に疑う余地は無い」


「他になら有ると?」


「…馬騰の死因──敗因は“病”だとされている

戦いの最中に起きた発作で馬から転落した所を、と…

馬騰が病を患っていた事は一族内でも知っていたのは親い者だけだが…」



其処で一端切り、茶を一口飲んで間を置く。



「その“発作”が病に因る物ではなく“仕組まれた”物だとしたら?」


「…毒殺?」


「遅効性の薬だろう

毒だと遺体に多少なりとも“痕跡”が残る

しかし、一時的に筋弛緩や目眩を引き起こすだけなら残る事はなく、周囲からも“発作”に見える」


「…はぁ…貴男の事だから既に押さえたのよね?」



華琳は小さく一息吐くと、言葉の“先”を読んだ上で訊いてくる。

“影”から複数の冊子を、右手で取り出す。



「現太守・韓遂を筆頭に、企てた連中の密約を記した血判状を回収してある

だが、今は使えない」


「…馬一族が絶えている

それが理由ね?」


「まだ二人、残っては居るらしいけどな

目には目を…暗殺するなら殺ってやるが?」


「それは筋違いよ…

寧ろ、この手で連中を切り捨てたい位だわ」



言葉にして憤怒を吐き出す事で自制する姿に馬騰への想いが窺えた。




馬騰の死には他にも色々と秘密が含まれてはいるが…今は置いておこう。



「次に行くが…

“向こう”との差違の中で気になるのは地理だな」


「“地名”とか?」



真っ先にそれを考えたのは“許昌”の件だろう。

実際には他にも有るが。



「経緯等は気にはなるが…問題は無いだろう

地理──地形という点では州の領域は殆ど変わらず、山岳なども同じだ

だが唯一、河川だけが…

黄河と長江に違いが有る」


「それは位置的に?」


「黄河は下流、長江は上流域で位置に差違が有る

それに川幅もな

まあ、影響が有るとすれば“将来的”にだな」


「…そう…」



華琳達には影響は少ない。

基本的に俺への影響だ。

それは華琳も理解している事だろう。


“誤差”を修正しないと、色々と拙い。

例えば、一里が“現代”に近く約4kmだとか。

政治・戦略に響くからな。



「まあ、其方の事は地道に遣っていくさ

それより一つ提案が有る」


「何かしら?」


「并州への行商だ」


「…“曹家”の存在を民に印象付ける訳ね」



たった一言で理解するか。

話が早くて助かるな。



「規模は大きくなくて良い

行商の安全を第一にな

要は民の“生活”に影響し“刻み込む”事が目的だ」


「直ぐに手配して置くわ

それとも今後は貴男が直接指揮を執る?」


「いや、今は“隠密”だけ動かせれば良い

“身軽”な方が“裏方”は遣り易いからな」


「そう…判ったわ」



概ね、話が終わったと察し肩の力を抜き華琳は茶杯を持って口へ運ぶ。

俺も口が渇いたよ。



「…所で、馬騰の件だけど他にも有るのでしょ?」


「…“勘”が良過ぎるのも考え物だな…」


「ふふっ…誉め言葉として受け取って置くわ」



溜め息を吐く俺を見ながら嬉しそうに笑う華琳。

だが、直ぐに真剣に戻る。



「察しは付くだろうが…

馬一族の排除、太守の座、盟主になる事が目的だ」


「…くだらないわね」



吐き捨てる様に言う華琳。

俺も同意したい所だ。



「“理由”は違えど謀略を用いる事には変わらない

だからこそ、大事なのは…その“責任”と“結果”を是として背負う“覚悟”と己を戒める“自制心”だ」


「ええ、そうね…

彼女の誇りを汚した罪…

必ず、裁いてあげるわ」



理解しながらも“憤怒”に拳を震わせる華琳。

同じ“当主”として赦せぬ事だろうからな。

まあ、遣り過ぎない様には気を付けて置こう。




 other side──


ぼんやりとする意識の中、ゆっくりと開く瞼。

靄が掛かった様な視界が、少しずつはっきりとする。


見えたのは白い壁。

格子状の漆塗りの梁。



「…知らない天井だ…」


「気が付かれましたか」



私の独り言に対して返った声のした方へ顔を動かすと椅子に座った女性。

藍色の長い髪を私と同じで頭の後ろで結い上げていて赤紫色の切れ長の双眸。

フッ…と微笑みを浮かべて立ち上がり、私の寝ている寝台の傍らへ歩み寄る。



「吐き気や気分が悪い等は有りませんか?」


「…いや、大丈夫だ」


「食欲は──」



──と、彼女の言葉を遮り“ぐぐぅ〜”と響く音。

彼女が驚いた様に瞬きし、私は恥ずかしさで顔が熱く火照ってくる。

彼女の視線から逃げる様に俯いたのは仕方無い事。



「…大丈夫そうですね

少し待っていて下さい

食事の方を用意して貰って来ますので」


「…お願いします…」



俯いたまま、そう言うのがやっとで、部屋を出て行く彼女の足音を聞いていた。


暫くして、落ち着く。

身体を起こして周りを見て自分が何処かの屋敷に居て“助けられた”と判る。

それ以上に気になるのは、紫燕(しえん)がどうなっているのかだ。


コンコンッ…と不意に戸が叩かれて、意識を向ける。



「失礼します」



それは彼女の声で、次いで戸が開かれる。

部屋に入って来たら彼女は脇へと避け、二人の女性が続いて入る。

彼女の態度を見る限りでは此処の“主人”格か。

一人は白金の髪と紅の瞳、一人は金の髪と蒼の瞳。

何方らも綺麗な娘だ。


立とうとするが白金の髪の女性が右手を上げ止める。



「私は馬孟起と言います

此方に助けて頂いた様で、感謝致します」



無作法だが、寝台に座ったままで頭を下げる。



「感謝なら貴女の愛馬に

貴女を助ける為、傍を離れ人を呼びに走っていた所で私が出会っただけです

それから、あの子は厩舎で預かっています

安心して下さい」


「紫燕…」



そう聞かされて思わず涙が出そうになる。

だが、今は我慢する。



「豫州刺史・曹孟徳よ

此方は曹子和…

貴女に付き添って居たのは家臣の張儁乂よ」


「気が付かれたばかりで、申し訳有りませんが幾つか訊かせて下さい」


「…私に判る事なら」



──side out



簡単に質問し終え、儁乂に後を任せて部屋を出た。



「…貴男、知ってたの?」


「知ってたら、お前に予め言ってるだろ…

俺だって驚いてるんだよ

“噂をすれば影が差す”と言うが、その娘を助けてるとは思わないだろ?」



このタイミングで馬超だと思うのは“ゲーム”などのプレイヤーだけだ。

“現実”は其処まで都合が良くはない。



「…まあ、そうよね

それで“兎”の方は?」


「馬超が言っていた朝風に行ってみる

実態を見てみない事には、何とも言えないからな」


「そう…

それは仕方無い事として、何故“賊”の事を?

朝風と聞いて“追加”したでしょう?」



儁乂は兎も角…華琳には、誤魔化しは効かないか。

頭を動かして、人気の無い中庭に向かう。

念の為“人払い”も。


中庭に臨む廊下の柱へ背を預けて空を仰ぐ。

華琳も俺の傍らに立って、此方を見詰める。



「…華琳、“乱世”の話は覚えてるな?」


「…関係しているの?」


「ああ…“乱世”に於いて“黒山”は幾度にも渡って関わる場所の一つだ

しかも全て“賊”絡みで」


「…成る程ね

今、関わると“流れ”にも影響しそうなの?」


「…正直、五分だな

“乱世”…“群雄割拠”に至る迄に二つ、“山場”が存在する

“歴史”的に、だが…」


「でも、経緯や状況までは“同じ”ではない、ね?」


「ああ…だから関わっても“対処”すれば良いだけの話では有る

曹家の領内なら迷わず潰し対策もするが…」


「“将来的”な民心を掴む為と思えば?」



溜め息を吐く俺に利を示し暗に遣れる事を促す華琳。

判っていて“放置”する事には納得出来無い様だ。



「他なら良いが、あの辺りには賊が多過ぎる

仮に“裏”で全滅させても近隣から流入するだけ…

場所的にも“獲物”が多い事も一因だ

司隷・冀州・兌州・并州を押さえないと改善する事は難しいだろうな」



そう言うと、深く溜め息を吐いて理解を示す華琳。



「…貴男に任せるわ」


「現場に行ってからだが、悪い様にはしない

“その場凌ぎ”ではなく、“先”を見て対処する」


「そうして頂戴」



笑みを見せる華琳に笑顔を返し、中庭を離れる。


善は急げ。

一路、朝風へと向かった。




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