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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
757/915

       拾漆


そんな事を考えている中、雪蓮は両肘を膝の上に付き組んだ指先の上に顎を乗せ少しだけ頭を傾げながら、見上げる様にしてくる。

…前傾姿勢になったが故に自己主張する“お転婆”に目が行ってしまうのは──男として当然だろう。

恋人で、未来の伴侶という立場で有っても、魅力的な物は魅力的なんだから。

仕方が無い事なんだ。



「──で、どうしたの?」


「ん?、別に?、ちょっと涼んでただけ」



ガン見していた、といった訳ではないのだが。

若干の後ろめたさを雪蓮に隠す様にして平静を装って誤魔化す様に言う。

男の嘘なんて女の嘘に比べ下手過ぎるんだけどな。

それでも嘘を吐いてしまう男の愚かさ性を何と言えば良いのだろうか。

俺には…解らないよ。


──なんて考える事により自分の思考自体を誤魔化し気を逸らそうとする。

“誤魔化している”のだと意識してしまうと不自然に為ってしまうからだ。

誤魔化そうとすればする程矛盾したり墓穴を掘るのは意識し過ぎる事が原因。

だから、関係の無い方向に自分の思考や意思を向ける事により不自然さを無くす事は可能に為る──筈。

男の理屈的には。

尤も、“女の勘”の前には容易く屈してしまうのかもしれないんだけどね。



「そう?、でもね、祐哉

涼んでるだけって言う人の背中じゃなかったわよ?

何方かって言うと…私には“一人で悩んでる”背中に見えたんだけど?」


(──其方かあーっ!!)



完全に的外れな意味で一人空回りしていた事を知り、頭を抱えたくなる。

遣ったら遣ったで雪蓮から揶揄われるんだろうけど。

…そう冷静に考えてみると雪蓮の勘違いに乗っかって其方の方向で話を進めてく方が良い気がするな。



「…そんなの判る訳?」


「祐哉の事だからね」


「………」



──あっ、これはヤバイ。

さらっと言われた事だけど自分ではどうしようも無い位に嬉しいんですけど。

顔が熱く為ってくるけど、此処で顔を背けたら絶対に揶揄ってくると思う。

俺だったら遣るからね。

…まあ、それはそれで別に悪くないんだけど。

話は確実に逸れるな。


だから、気合いで堪えつつ真面目に為り過ぎない様に肩の力を抜きながら話す。

──あっ、勿論視線だけは然り気無い感じで空を仰ぐ事で逸らしてるけどね。

直視なんて出来ません。

恥ずかし過ぎますから。



「まあ、今更なんだけど…

俺が“天の御遣い”だって彼方に伝えて、決戦の前に北郷と話をしておくべきか悩んでるんだよね…」



そう、此処に来て悩む。

此処までは“天の御遣い”という扱いに対して生じるリスクを懸念して避けて、戦力も隠してきた。

“後々有利に為る様に”と考えての事だった。


…曹魏には筒抜けだったのかもしれないけど。

それは気にしない。

気がするだけ無駄だから。




そう考える様に為ったのは幾つかの理由が有って。

それは劉備の豹変だったり康拳・丐志の夢だったり、北郷の違和感だったり。

本当に色々と、だ。


だが、そんな数有る中でも“これが一番だ”と言える理由が存在している。

それは“知識との違い”。

漢王朝の滅亡という流れは歴史や“原作”と同じだが詳細という点では異なる。

“黄巾の乱”・反董卓連合という大イベントにしても結果だけを見れば似た様な結末だと言える。

しかし、違っている。

勿論、この世界の特性上、歴史よりも“原作”寄りの流れに為るんだけど。

どのルートかも解らない。

抑、“天の御遣い”が世に三人も居るなんてルートは存在していない訳で。

それは“想像の物語”での展開でしかない。

だからこそ、自分の知識の流れから外れてしまう事を俺は怖れていたし、そうは為らない様に隠れてきた。


それなのに──現状だ。

曹魏自体に対する無根拠な信頼は持ってはいないが、少なくとも悪い印象は特に持ってはいない。

“原作”の悲劇に繋がった曹操の野心も雪蓮の話では垣間見られない。

そういう意味では曹魏とは友好的な関係を築き上げる事が出来ると思う。


ただ、判らなかった。

それは飽く迄も此方の懐く印象に基づいた希望的理想であって、根拠は無い。

何しろ、曹魏からの接触や働き掛けというのは今まで全く無かったのだから。

だから、宅としては当初の“曹魏と一度戦う”という方針を選んだ訳だが。

初志貫徹では有るんだけど必ずしも良いとは限らないというのが現実で。

本当に悩ましい所だ。


勿論、完全に流れに任せて何もしなかったという事は無いのだから、影響が出るという事は決して可笑しな事ではないと言えよう。

黄巾の乱では、張三姉妹を宅が助けて引き取った。

反董卓連合では、秘密裏に曹魏と協力し詠達を助けて迎え入れている。

俺は自分から“原作”から外れてしまう方に動いて、関わってしまっている。

“天の御遣い”として表に立つ事は無くても。

“原作改変”の意味では、遣らかしている訳だ。

だから、今の状況を造った一端が自分自身に有る事は否定出来無いだろう。


それに、だ。

高順の言葉を信じるのなら彼は“原作”知識は無い。

当然、北郷も持っていない事は確かだろうな。

──と言うか、この世界の彼は“原作”三ルート中で最も低能だろう蜀北郷より更に劣っていると思う。

少なくとも今の劉備陣営の弱体化の要因の一つなのは間違い無い筈だから。

二人には無い“原作”知識という武器を使ったが故の結果だ──という可能性を捨て切れない。

堂々と被害面をして曹魏に“悪いのは、お前達だ!”なんて言えないから。

そんな厚顔無恥じゃないし馬鹿じゃないから。


まあ、だからこそ、今更に悩んでるんだけどね。

本当、世の中思い通りには為らないよな。




だから、なんだろうな。

こうして雪蓮にだけは俺も本音を話してしまうのは。

祭さん達の事も大切だし、愛してるんだけど。

こういった重過ぎる苦悩は雪蓮以外には言い難い。

──と言うか、言った方が相手の重荷に為るからね。

余計に言えません。



「んー…そんなに悩む事?

祐哉の好きにしたら?」


「…………え?」



そんな風に真面目に考えて悩んでいる俺に対し雪蓮は意外な程に軽く返した。

雪蓮の方に振り向くよりも呆然としてしまう位に。

その反応は意外だった。

少し間が開く格好で雪蓮の方に振り向けば、“何で、そんなに悩んでる訳?”と言いたげな眼差しで此方を見詰めている。


いやね、雪蓮って普段からこんな感じで軽いんだけど真面目な時には真面目だし重さも理解をしてくれてる筈…なんだけど…なぁ。



「祐哉の悩んでる事って、私達にとっては大した問題じゃないのよ?

だってね、今更祐哉の事を“天の御遣い”として担ぎ上げようと思わないし…

何よりも、私達にとっては祐哉は祐哉、大切な家族で孫呉の一員…

ただそれだけなんだから」


「…………」



あっさりとした口調で。

けど、一切の迷いも無く、飾る様な事も無く。

ただ本当に心からの想いを言葉にしてくれている。

そう感じる事が出来るから──思わず、感極まって、目頭が熱く為ってしまう。

気合いで堪えるけどね。



「だから、祐哉の悩みって祐哉次第なのよ

その悩みの一番大きな所は“天の御遣い”だって事を隠したままで話を進めて、後々でバレちゃった場合に問題に為ったりしないか、責められたりしないかって事なんでしょ?」


「…あー…まあ…はい…」



客観的に言われてみると、自分が考え過ぎてるんだと気付く事が出来る。

勿論、全く考えないよりは増しなんだけど。

それが悪い方向に出た場合考えないより悪くなる。

今の俺みたいにね。


そう考えると、悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しく思えて若干凹んでしまう。

ただ、胸の奥でモヤモヤと溜まっていた物が消えて、スッキリはしたけどね。



「…つまり、あれかな?

俺が“天の御遣い”だって喋ったとしても宅としては全然構わない、と…」


「全く影響が無いとは私も言わないけどね〜…

祐哉に無理をさせてまでも我慢を強いらないわよ

それに気にしてるみたいな悪い事には為らないわ

抑、そんな事に為ったら、私達は迷わず劉備の所とは敵対するもの」



“〜でしょうからね”とかではなくて。

きっぱりと断言する雪蓮。

それは迷う事は勿論として“考える必要さえ無いわ”と言っている様なもので。

自分が如何に雪蓮に、皆に大切に想われているのかを改めて意識させられる。

…歓喜と羞恥心が半端無い状態なんだけどね。




けどまあ、何て言うかさ。

本当、一人で抱え込むって碌な事に為らないよな。


勿論、それが出来無いって人の方が多いんだって事は理解しているけどね。

俺の場合は雪蓮達が居るし頼り易いんだけど。

普通は、中々難しい。

よく有る嫁姑問題なんかもそういった部分を含むから解決し難いんだし。

“彼方”だと特に現代社会構造的に他人を信用し難い傾向は強いだろうからな。

皆が皆って訳じゃなくても“匿名性”っていう部分が世の“無責任さの温床”に為ってるんだよね。

…まあ、モラルや抑止力が追い付かない速度で色んな技術や知識・価値観だけが先行してるからなんだけど──其処に、舵を取る筈の施政者が気付いてないから歯車が狂うんだけど。

足の引っ張り合いばっかり忙しく遣ってる連中だから気付かないだろうな。

少しはさ、曹操や雪蓮達を見習って欲しいよ。

…もう俺には関係の無い話なんだけどね。


それは兎も角として。

一応、確認はしないとな。



「…じゃあさ、俺が北郷に“天の御遣い”だと言って話すとしても…良いの?」


「話す内容に由っては私も許可出来無いって可能性は有るでしょうけど…

例えば、“天の国”関係の話をするだけとかだったら構わないわよ

だって、それは“故郷話”でしかない訳だし」


「あー…成る程ね…」



うん、確かにそうだな。

話す内容に由っては駄目に決まってるんだけど。

同郷の者が故郷を懐かしみ“世間話”に花を咲かせるっていうのは何も可笑しな事じゃない。


寧ろ、よく有る事だ。

例え、出身が違っていても同じ学校に通っていれば、年齢が違っても共通の話題という事で盛り上がるのは飲み会とかでも有る。

…あっ、良い子は、お酒は二十歳に成ってからだよ。

え?、俺?、俺は…ほら、居る世界が違うからね。

それは適用されません。

だから、大丈夫なんです。





「──で、どうするの?」



そう訊ねてくる雪蓮。

姿勢を変え後ろ手を付いて空を見上げる様に仰け反りパチャパチャッ!、と足を動かして水音を立てながら此方を見上げて。

本当に、特に問題視してはいないんだろうな。

そう思わせる雪蓮の態度に色々と楽になる。

人によっては、“真面目に聞いてよ!”と怒る場合も有るんだろうけどね。



「…やっぱり現状維持かな

正直、言われてみると特に話す必要って無いんだって気付けたし…」



悩んでいた理由は単純。

“後でバレた場合”の事を考えていたから。

だから、事前に回避出来る問題なら回避しておこうと思っていただけで。

深い意図は無かった。

事前回避が悪い、といった訳ではなくて。

今の俺の場合には、の話。


だから、気付いてしまえば遣る遣らないを改めて考え選択する事が出来る。

多分、下手に馴れ合うより現状維持のままで行く方が後々の面倒が減ると思う。

曹魏との戦の結果に由らず“天の御遣い”の存在自体必要性は無いと言える。

曹魏も、宅も、既に各々の王の下に纏まっている。

だから、今更表に出しても邪魔になるだけ。

高順にしても目立とうとは考えてないだろうしな。

曹操達が利用する気なら、疾うに“誰が本物なのか”みたいな感じの話が世間に広がっている筈だし。

そう為ってはいない以上、下手に“天の御遣い”って事は曹魏の不評を買う事に為りそうだからな。

劉備達より曹魏との関係を選ぶのは当然だろう。

格が違うのだから。



「ふふっ、結局その悩みは今更だったわね」


「うん、今更だったね」



そう言って二人で笑う。

“最後の大戦”になるって感じているからこそ。

“いつも通り”が大切だ。



──side out。



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