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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
756/915

       拾陸



「…どうするのぉん?

強行突破しちゃうぅ?」


「…出来無くはないが…」



二人して白堊の壁を見詰め言葉を切ってしまう。

可能不可能の話で言えば、壁を越えて入り込む自体は決して不可能ではない。

一般人には出来無くても、鍛え抜かれた美しく柔軟で強靭で蠱惑的な肉体を持つ漢女の私達ならば。

出来無い事ではない。


何方等かが踏み台となってもう一人が飛び上がれば、或いは、踏み台側が上手く放り上げる事が出来れば、私達なら越えられない事は無いでしょうけど。

無事は保証出来無い。

それは、“着地が”という問題ではなくて。

いえ、それはそれで一応は問題だと言えるのだけど、私達なら、この高さからの着地でも耐えられない事は無いでしょうから。

その辺りは気にしない。

寧ろ、問題視しているのは更に深刻な事なのよね。

飛び越える方は事前確認の出来無いまま壁の向こう側──曹魏の地へと飛び込む事に為るのだから。


外観通りなら、門扉の有る関所っぽい場所にだけ兵が配置されている、と。

そう考える所だけれど。

相手は曹魏だから。

壁の周囲が完全に無警戒、という事は考え難い。

最低でも日々巡回している巡視隊の様な存在は居ると考えるべきでしょう。

実際の所が如何がなのかを確認する事が出来無い以上此方に都合の良い希望的な憶測は危険極まりない。

“多分、大丈夫だろう”。

そんな甘い考えが通じる程容易い相手ではないのだ。


潜入するのなら、私達でも命懸けで臨まなくては。



「…こう為ってしまっては早々に奥の手を使わされた事は痛かったのぉ…」


「それは確かにねぇん…

おまけに氣も使えないから私達の手段は純粋に自分の身体一つだけよぉん…

後は他には研鑽による技と幾多の経験ねぇん…」


「無い物強請りをした所で仕方が有るまい…

その辺りは、彼奴等の方が上手じゃったと言わざるを得まいて…」


「悔しいけど、そういう事なのよねぇん…」



侮っていた訳ではないけど後手後手に回ってしまった事は否めない。

──とは言え、先手を取る事が出来ていれば、状況が格段に良くなっていたかと言えば…そうでもない。

勿論、今よりは増しだと。

そう言う事は出来る。

それ位に私達の今の状況は良いとは言えないのよ。

…まあ、御主人様を選んで付き従っているのは私達の意思なのだから。

誰にも文句は言えないし、言うつもりも無いけど。

“見込み違いだった”と。

そう言わざるを得ないのは覆せない事実よね。



「…残念ではあるが儂等に残された時間も無い…

出来れば接触しておきたい所じゃが、もう諦めるしか有るまいな…

帰るぞ、貂蝉よ」


「判ったわぁん」



最後に今一度、白堊の壁を振り返って見詰める。

そして未練を断ち切る様に私達は背を向けた。



──side out。



 Extra side──

  /小野寺


──七月二十七日。


祭さん達が合流した後。

雪蓮の決定に従って兵数を四分の一まで減らしてから改めて進軍を開始した。

その為、一日動けなかった訳だが仕方が無い事だ。

まあ、ある程度日数的には余裕を見ているから一日で済んだというのは影響的に最小限だったと言える為、特に問題は無かった。


その要因には責任の所在を明確化した事に有る。

何しろ、孫呉の将師は全員決戦に参加するのだから、別動隊を任される最高位の指揮官というのは思うより責任が重くなる訳で。

普通なら自分で遣りたがる馬鹿は居ない事だろう。

普段、如何に“孫呉の為に頑張ります!”と言ってる忠誠心の厚い人物であれど防衛部隊の全権を与えられ責任を背負う事になったら──自害か逃亡してしまう可能性が高いだろう。

彼等の忠誠心とは飽く迄も“部下として従う立場”の責任が比較的軽い状況下を前提条件としている。

部隊だけではなく、孫呉の多くの民の命を背負っては責任に圧し潰されてしまう姿が目に浮かぶ。

そういう責任は“才器”が有る者にしか背負えない。

そういった物だからこそ、雪蓮達の様に限られた者が上に立つ事が出来るのだ。


──で、その肝心な責任の所在はと言うと。

平たく言えば、連帯責任の形式を取る事で解決した。

要は、一人に責任が集中し身動きが取れなくなるなら最初から分散させてしまえという考えからだ。

そのアイデアを出したのは俺なんだけど、採用するに際して詠達が細かい部下は調整している為、功的には詠達に比重が有るだろうと俺個人は思っている。

…まあ、それは兎も角。

どの道、防衛部隊その物が広範囲に展開をする以上、部隊は複数に分かれる。

だから、大きく南北中央の三つにグループ分けをして各々に本部を設ける事で、責任を分割させた。

基本的には各グループ毎に方針を相談し合って行動を取って貰う訳だ。

但し、いざと言う時に話が揉めたり、進まないという状況になっては困るので、第一決定権を持つ防衛将を一人、副防衛将を二人置き不測の事態にも備える形で指揮系統を整えた。


最初は“混乱するかも…”という心配も有ったのだが此方等が思っていたよりも任命された当事者達の方がすんなりと受け入れた為、特に問題も出なかった。

因みに、後で任命された内知っている者に直接感想を訊いてみたんだが…

“一人ではないという点で気負い過ぎずに済みますし気後れもしないので”と。

そんな感じで言っていた。

雪蓮達には理解し難いかもしれない事なんだが。

基本的に一般人でしかない俺には彼等の懐く気持ちがよく理解出来る。

“俺の所為で…”と考えて身動き出来無くなった場合碌な結果に為らないから。

だから、一人じゃなくて、“一蓮托生”っていうのは頼もしいんだよな。




そんなこんなが有って。

行軍自体は順調だ。

問題らしい問題も起きず、恐らくは明日の昼過ぎには劉備軍との合流予定地点に到着出来るだろう場所まで俺達は来ていた。


既に陣営の構築も始まって忙しく人が動き回る。

ただ、普通とは少し違った状況だったりもする。

日は傾いてきてはいるが、まだ夕暮れというには早い時間なのだ。

夏場という事で日没までの時間は更に長いと言える。


それは何故なのか。

疲れを残さない為だ。

勿論、夏場だから、という理由も無くはないが、宅は南部出身者が殆んどだ。

この程度の暑さを苦にする兵は殆んど居ない。

なので、主な理由は無理な行軍をしない為。

早く着いて、ゆっくり休むというのも悪くはないが、緊張感を維持出来無くなる可能性が高い。

それなら余裕を持ちながら行軍して、良い状態のまま決戦に臨むべきだ。

そう考えての事だ。


尤も、そんな選択が出来る理由は急ぐ必要が無いからという状況だから。

もしこれが、侵略や内乱に対処する為ならば少しでも早く着く事が求められる。

曹魏に“仕掛ける”という状況だから、余裕を持った行軍が出来るというのは、何処か皮肉に思うけどな。



「おーい!、手が空いてる者は此方に来てくれ!

食料調達に出るぞーっ!」


「よし!、誰が一番大物を狩れるか勝負だっ!」


「よっしゃあっ!、春蘭、その勝負乗ったでぇ!」


「春蘭様が相手でもボク、負けないからね!」


「面白い、私の実力を確と見せ付けてやろう!」


「──え?、蒲公英も?、え、何で?、嘘だよね?」


「やれやれじゃな…

儂を忘れて貰っては困る」


「狩りか…狩りなら私にも勝ち目が有りそうだな」


「ふふんっ、見てなさいよ

シャオだって孫家の血筋に恥じない武人なんだって事教えてあげるんだから♪」


「誰が相手でも勝つっ!」


「気合い十分ですね左慈…

仕方有りません、私は山菜でも摘んでますかね…」



ストレス発散と実戦感覚を鈍らせない為に、現地での食糧調達隊を編成していた担当者の声に集まる兵達に混じって参加している宅の軍将の皆さん+α。

ノリノリなのは結構ですが担当者や兵達が“…え?、軍将様方も参加ですか?、それ…自分達が出る必要が無いんじゃないですか?”みたいな顔をしてるぞ。

気付いて無さそうだけど。

あと、蒲公英さんや。

大人しく諦めなさいな。

逃げられないから。


因みに、真桜は今日の陣営構築担当指揮の当番なので不参加です。

明命は斥候部隊を率いての調査に出てます。

雪蓮は…ああ、向こうから恨めし気に盛り上がってる春蘭達を見てるな。

…詠に左耳を引っ張られて引き摺られながら。

雪蓮の性格上、参加したい気持ちは判るんだけど。

先ずは仕事をしない。

遊びは、それからです。




賑やか面子が居なくなり、陣営は穏やかに──いや、静かになっている。

“…平和だな〜…”と呟く声が聴こえそうな感じで。

賑やかなのは好きだけど、毎日毎日飽きもせず、とは流石に言えない。

ただ、本音としては偶にはのんびりしたいかな。


だから、賑やかさの中心が狩り出払ってしまった今、思い掛けず訪れた穏やかな状況に戸惑ってもいる。

まあ、深く考えても無駄なだけだから、さっさと切り替えてしまうけど。


陣壁の外、少し離れた所を流れている小川へと裸足に為った両足を浸し、適当な大きさの岩に腰を下ろす。

蒸れた上に、火照っている足を冷しながら流れてゆく冷たい水が気持ち良い。

慣れてきたとは言っても、日本に比べると暑い。

特に現代文明技術の恩恵を当然の様に受けていたから急に無くなってしまうと、正面に生活出来無くなる。

無くても大丈夫な物よりも生活に直接関わる冷蔵庫やエアコン、暖房器具とかは切実だったりする。

…今更なんだけどな。

それでも気候以外の事には慣れてしまえば、生活する事は問題ではない。

しかし、気候だけは簡単に解決出来無い問題だ。

近い環境で生まれ育ったら問題無いんだろうけど。

そう都合良くは無い。


まあ、それでも大分慣れた方だとは思うけど。

それでも南部の夏本番には悩まされているのが現実。

白蓮や詠達、北部出身者も同じ様な感じだからな。

尤も、俺よりも適応してる辺りは流石だったりする。


…かき氷が食べたいな。



「こら、陣の側だからって一人で居ないの」



小川の水面を眺めていると後ろから抱き締められる。

背中に当たる大きな感触が──ああいや、待て待て、落ち着こうな、俺。

其方じゃなくて、水の方に意識を集中させろ。

そうじゃないと違う意味で火照ってしまうから。

流石に、それは不味い。

物陰も無いんだから。




そんな事を考えていると、不意に訪れる沈黙。

彼方とて“そういう事”を遣ったら俺がどんな反応を返すのかは理解している。

そして、今は自重すべき時だという事もだ。


だとすれば、この沈黙には違う意味が隠されている。

例えば──そう。

お互いに相手の“出方”を窺っている、とかだ。


否応無しに二人の緊張感が高まってゆく。

伝わり合う鼓動も。



「──てりゃっ♪」


「──させるかっ!」



可愛らしい声とは裏腹に、背後から水面に向けて俺を突き飛ばそうとする犯人を自爆させようと素早く腰を上げて躱し、岩から退くと振り返って身構える。



「──な〜んてね♪

はいっ、特等席頂き〜♪」



──俺を嘲笑う様に、凄く眩しい笑顔で岩の上に腰を下ろす雪蓮が居た。

深いスリットの間から覗く健康的な張りの有る美脚に思わず見惚れる。

生唾を飲みそうに為るけど其処は気合いで堪える。

色んな意味で困るから。


空振りした気恥ずかしさも含め誤魔化す様に溜め息を吐き、“狡いぞ…”という抗議の視線を向ける。

足先で水面を叩いて小さく水飛沫を飛ばしながら遊ぶ雪蓮は“知〜らない♪”と悪びれる様子も無く、良い笑顔を浮かべている。

………だっ、騙されるな。

それは巧妙な罠だ。

その笑顔は地雷なんだ。

迂闊に踏み込めば、簡単に俺を弾け飛ばす筈だ。

気を付けろ。

命懸け惜しいのなら。


──とか、考えながらも、水着を着てる状況とかなら“遣ったな、雪蓮!”とか言いながら水掛け遊びへと持ち込んでいる所だな。

勿論、現状で遣ったら単に風邪を引いてしまうだけで──いや、それに加えて、詠達に説教を受けるという“泣きっ面に蜂”展開へと為ってしまうだろうな。

だから自重する。




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