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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
754/915

       拾肆


気不味さと気恥ずかしさが混ざり合った様な気持ちに堪え切れず、思わず視線を伏せて華琳様の眼差しから逃げてしまう。

妻として、“負けた”様な気もしますが、事実なので言い訳も出来ません。

言う気も有りませんが。


…感じる訳でして。

華琳様の、その…優しい、“生暖かい眼差し”を。

雷華様に鍛えられた感覚が当たり前の様に感じ取って理解してしまうので。

こういう時、鋭過ぎるのも良し悪しだと思いますね。


──と、関係の無い方向に思考を運ぶ事で、意識的に気を紛らわせます。

その中で、華琳様の視線が自分から外れた事を感じて静かに顔を上げて華琳様の方を覗く様に見る。

…こっそりと見る理由は、視線が合いそうに為ったら直ぐに逸らす為です。

好き好んで揶揄われたくは有りませんから。


華琳様は静かに空を見上げ双眸を細められている。

眩しい程の日射しは無い。

それは視界の問題ではなく心に起因しているのだと。

直ぐに理由が出来ます。



「一度、長い間離れていた事が有るから貴女達よりは気持ちの整理は出来易いと思うのだけれど…

それは単純に、向き合い、受け入れられているというだけの話よ

寂しいものは寂しいわ

愛する人と離れる事はね」



静かに、けれど、力強く。

はっきりと華琳様は自分の気持ちを仰有られた。

その姿に、思わず魅入ってしまったのは…仕方が無い事だと思います。

だって──その姿は私達が理想とする妻として姿を、その在り方を体現しているのですから。



(……狡い方々ですね…)



本当に、そう思います。

胸中の呟きだとは言ってもそれは間違い無く嫉妬から来る一言で有り。

同時に、憧憬から来る一言でも有りますから。

自分でも困ります。

その何方等もが、悪感情に繋がる事は有りません。

嫉妬も、憧憬が有るが故の想いなのですから。



「その頃に比べたら、今は短い物でしょうけど…

実際には単純に比べられる様な物ではないわ

寧ろ、離れる事に対しての感情は強さも多さも昔より今の方が勝るわね」


「…それでも、揺れないで居られるのですか?」



自然と振り向いた華琳様と視線が重なるけれど、今は顔を逸らす事はしない。

真っ直ぐに見詰めながら、私は華琳様に訊ねる。

その理由は何かを。

どうすればいいのかを。

知りたいと思うから。



「揺れないのではないわ

揺れる事を可笑しい事だと思わないというだけ…

風が吹けば草木は揺れて、波が立てば水面は揺れる…

人の心も同じよ

揺れる事は当たり前なの

無心や不動を勘違いすると解らないでしょうけど…

貴女達は知っている

それでも、私と“違う”と思うので有れば…

それはきっと、揺れる事を拙いと考えてしまうからよ

揺れも良いのよ

だって──そう為る要因は雷華(一つ)だけでしょ?」





すとんっ…と。

華琳様の言葉は私の心へと綺麗に填まり込んだ。


考えてみれば、確かに。

心を揺らしている理由とは雷華様(一つ)だけ。

勿論、華琳様に対して懐く尊敬や憧憬の念は有れど、それは心を揺らす意味では今の話とは違います。

だから、華琳様の仰有った通りなのだと。

あっさりと納得出来た。


──が、此処で一つ。

疑問が思い浮かびます。

普段、雷華様の指導方針で直に“答え”を教える様な真似はしません。

それは華琳様も同じです。

それなのに、今は意外な程気軽に私の望む“答え”を示して下さった。

それを何も考えず、疑わず享受してしまう様な思考を持つ様には私達は雷華様に指導されてはいません。

だから、思うのです。

華琳様の“言葉の真意”は何であるのか、と。


そんな私の思考を肯定する様に、華琳様は再び私から視線を外すと、空の彼方を見詰められる。

想いを馳せるかの様に。

けれど、私が“答え”へと辿り着く事を静かに佇んで待っているかの様に。

華琳様は何も仰有らずに、微笑に感情を隠される。

これ以上の手掛かりを読み取る事は出来ませんね。



(ですが、それは裏返せば既に私は十分な手掛かりを持っているという事…

となれば、後は導き出せば必然的に解る筈ですね)



状況的に見る限りでは既に“答え”は出ています。

つまり、それ意外の部分に意味が有るという事。

声を掛けられた時点からの全ての会話を、表情等を、順に思い返してみる。


──が、しかし、其処から見えてくるのは華琳様から示された“答え”のみ。

其処に行き着く事が必然で他には思い浮かばない。



(…実は普段の様な意図は無かったのでしょうか…)



単純に、私の抱える不安を取り除いて下さろうとした華琳様の優しさだった。

そう考えてしまった方が、しっくりと来ます。

そういう可能性も、決して無いという訳ではないので可笑しくは有りません。


有りませんが…どうしてかモヤモヤとしています。

嫉妬とか劣等感とか。

そういった感情的な意味の感覚ではなくて。

見えているのに見えない。

其処に有るのに届かない。

もどかしさが気持ち悪い。


──と、その時です。

華琳様の横顔を見ていたら不意に脳裏へと甦ってきた光景が有りました。

それは懐かしい一場面。

けれど、当時は一杯一杯で色々と余裕の無かった事。

大切な思い出の一つ。

その中でも特別な情景。

其処で、華琳様から私へと告げたれた言葉が有る。

“貴女は私に似ている”。

そう、婚礼の日の華琳様と私しか知らない会話。

私だけに向けられた言葉。

それがまるで、今の状況と同じ様に──重なり合う。


その瞬間、曇天を引き裂き陽光が突き抜けるかの様に私に一つの解を示す。

その先に在る、景色を見る事を促すかの様に。




私は華琳様を見詰めながら静かに深呼吸をする。

そして、ゆっくりと自分の考えを口にしてゆく。



「自ら導き出せるのなら、それが最良でしょう…

しかし、全ての者が出来るという訳では有りません

そういった者を導く為にも時には助力も必要です

勿論、過ぎてしまえば逆に妨げてしまいますが…

それは手を差し伸べる者の裁量次第でしょう

如何に自らを理解しており律する事が出来ているか…

それが問われますから」



そう言って、一度切る。

華琳様の反応を窺うという意味ではなくて。

私自身の懐く想いを紡いだ言葉に込める為に。

前置きと分ける為に。



「ただ、忘れては為らない大切な事が有ります

例え、どんなに納得出来る“答え”だったとしても…

それは他者の出した物で、自分の出した物ではない

だからこそ、其処から先に在る“自分だけの答え”を見出ださなくては為らないという事です

そうでなくては意味が無い事なのだと…

それでこそ本当の“答え”を得られるのだと…

私達は教えられています

ずっと、誰よりも深く…」



そう言い終えるのと同時に華琳様は此方を向かれて、嬉しそうに微笑まれる。

思わず見惚れてしまう様な嬉々とした笑顔。

それが心からの物であると私は本能的に理解する。

理屈ではないのです。



「貴女の“答え”は?」



けれど、暢気に惚けさせて下さる方では有りません。

其処まで至ったのなら。

“私に示して見せなさい”と厳しい要求を為さる。

それは、ある意味で私達が日常としている事です。

何故なら、私達の歩み自体“途中”なのですから。

止まっていられる暇なんて多くはないのです。



「私は…まだ、心を晒せる自信は有りません…

それ自体がどうこうという訳ではなく、まだ私自身が誰かに寄り添うという事が出来無いからです

自分の事でさえ持て余し、困っていますから…

ですから、今はまだ早いと思っています

だから、揺れる事から学び成長して見せます」


「そう…判ったわ」



そう仰有る華琳様。

言葉だけを見たのであれば落胆された様に受け取れる反応だとも言えます。

ですが、違います。

嬉しさと共に有る挑発的な力強い眼差し。

“言うだけなら簡単よ?、だから、実際に成し遂げて見せなさい”と。

叱咤激励する様に。

私を見て楽しそうに笑みを浮かべられています。



(本当に遠い背中ですね)



呆れて、笑ってしまう位に高い場所に在る姿を。

それでも、必ず追い付き、追い抜こうと思うのは。

惹かれているからで。

認められたいからで。

認められているからで。

私自身が至りたいから。

仕方が無いのでしょう。

胸が高鳴るのは。

心が躍るのは。

望んでいるが故に。

挑んでいるが故に。

止められないのだから。




──ただ、気恥ずかしさが勝る事も有り、その雰囲気は長続きしません。

寧ろ、出来ません。

なので、話を逸らします。



「こほんっ…所で華琳様、雷華様は今、何方等で何をされているのでしょうか?

私達には一切知らされてはいない事からして“裏”に関係する行動であるという事は推測出来ますが…」


「それを知る必要は有る?

第一、雷華の超秘密主義は今更でしょう?

気にするだけ無駄よ」



そう言って呆れた様にして右手をヒラヒラと動かし、“無駄な話はしないの”と止める様に促される。

しかし、その言動を見て、私は違和感を覚えた。


確かに、その手の雷華様に関する話題は取り上げても“愚痴の溢し合い”にしか為りませんから。

そういう意図で集まって、始めから遣る気でなければ時間が消費されるだけ。

…まあ、愚痴った分だけは精神的に、すっきりとする事は否めませんが。

…そ、それはそれです。


雷華様を昔から知っている唯一の存在である華琳様に私達からの多様な質問等が向いてしまうというのは、仕方が無い事です。

何故なら、雷華様御自身に御訊きしても何だかんだではぐらかされてしまって、解らずに終わりですから。

時には“営み(実力行使)”をしてでも誤魔化される事が有りますからね。

どうしても、華琳様の方に私達も行ってしまいます。

…ああ、いえ、別に私達が雷華様と“そういう事”に為るのが嫌という意味では有りませんから。

寧ろ、甘えたい時等には、“御強請り”するといった意味で使っていますし。

…わ、私はしませんよ?、そういう時には自分の口で御伝えしますから。


──ではなくて!。

そういった事情も有るので華琳様も対応し慣れている筈の事なのですが。

今の反応は、何か可笑しな印象を受けました。

それはまるで──そう。

“その話題”に触れられる事を嫌うかの様な。

そんな印象を持ちました。




雷華様を、華琳様を。

信じているのであれば何も訊く必要は有りません。

信じて、己の為すべき事を熟していれば良いのです。

──そう、普通であれば。


ですが、御二人の言動でも“疑いを持て”と教えられ実践してきていますから、当然ながら此処で大人しく引き下がるという選択肢は私には存在しません。



「華琳様、如何に雷華様が超秘密主義であろうとも、華琳様が“何も知らない”という事には為りません

御答え頂けますか?」



身を翻し、誤魔化しながら然り気無く、此処から立ち去ろうとされている所へと私は声を掛ける。

足を止め、半分だけ此方に顔を向けられた華琳様。

面倒そうな表情とは裏腹に瞳の奥に宿る光は剣呑で。

思わず息を飲み掛ける。

それを気合いで堪えます。

“此処で怯む様な反応等は絶対にしてはいけない”と自分に言い聞かせて。


打付かる合う眼差し。

体感的には長く感じても、実際には一瞬といった事は珍しく有りません。

宅では日常茶飯事です。

ですが、だからと言って、慣れる訳では有りません。

単に場数を踏んでいるから対処出来るだけですから。


緊張の高まる中、華琳様がフッ…と小さく息を吐いて此方へと向かれた。

“遣りました!”と心中で拳を握り締めて叫ぶ。



「雷華の居場所は正確には私にも判らないわ

ただ、この一戦が全てよ

本当の意味で命運を分ける分水嶺に為るわ

勝つ為に雷華は動いている

だから、私から言える事はそれだけよ」


「有難う御座います」



“信じるか否かは自由よ”と言外に言う眼差しを受け一礼を返します。

華琳様は振り返る事無く、歩いて行かれた。


空を見上げます。

雨の降りそうな空を。



──side out。



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