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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
752/915

       拾弐


朱里の言葉に息を飲む主。

その反応も無理も無い。

あまりにも非情な現実。

私達の戦いは敵しか作らず悲哀と憤怒と憎悪を生む事しかないのだから。



「…そんな…何でだよ…」


「…御主人様の御気持ちは私にも理解出来ます…

ですが、それが現実なのは変えられません…

領地を求めるのであれば、私達は他の全てを敵に回す覚悟で“侵略”をするしか無いんです…」


「…他の全てって…あ…」



簡単には受け入れ難い話に困惑しながらも朱里の言う意味に主は気付いた様だ。

渋い表情が一瞬だけ緩み、けれど、再び苦々しい顔に変わっていく。

何を想像したのか。

私にも手に取る様に判る。



「はい、御想像の通りです

相手の曹魏だけではなく、孫策さん、旧・漢王朝領の外側に有る諸国…

それら全てを敵に回す事に為るでしょう」


「…曹魏は諸外国とも深く繋がっているのか?」


「断言は出来ませんが…

曹操さんが諸外国に対して何も手を打たない、という事は考えられません

その上で、交戦状態に有るという話も聞きませんので友好関係を築いている、と考えるべきでしょうね…」


「まあ…そうかもな…」



可能性という話なのだが。

曹魏の事を少しでも聞いて知っているのであれば。

その可能性が高いという事は容易に理解出来る。

抑、行動力が違うのだ。

我等の出来る範疇を越えた事を成していても可笑しな話ではないだろう。


尤も、今は全く関係の無い諸外国の動向等は我等にはどうでもいい事だがな。



「諸外国は兎も角として、孫策さんが私達と敵対する可能性が高い理由ですが…

この戦いを仕掛けている事その物が問題なのです」



そして、朱里は告げる。

孫策との対立を避けられぬ根本的な理由。

それが、この戦いであり、全てなのだという事を。


主に説明をしながら。

聞いている桃香様に対して間接的に投げ掛ける。

“この戦いは間違いだ”と言外に訴え掛けている。

…かなり危う事だがな。



「…朱里、それって?」


「先程の領地の話ですが…

御主人様は領地を奪う事が更なる争乱へと繋がる事は御理解頂けましたよね?」


「ああ、それは判ったよ」


「では、戦いに勝った後、曹魏の領地を奪う事は無く撤退するという行動に対しどう思われますか?」


「どうって…それはまあ、残念と言うか、不満は多少有るとは思うけど…

仕方が無い、かな…」


「恐らくは、大体の人々が御主人様みたいに此方等の意図を理解したのならば、同じ様に思う事でしょう

ですが、兵は、その家族はどうでしょうか?

自分は命懸けで戦ったのに或いは家族は命を落としてしまったのに…

何も得る事無く撤退した…

その結果を“仕方が無い”という一言で片付ける事が出来るでしょうか?」





朱里は根幹に有る問題点を語気を強めて話す。

実は此処が重要なのだ。

この戦いの先に生じる事が懸念される一番の問題点。

それは外ではなく内にこそ存在しているという事だ。



「本来、戦争という物には必ず利害が生じます

そして、その利は国や勢力全体にとって良い物である事が前提に為ります

では、今回は如何ですか?

曹魏に戦いを仕掛けても、何も得る事無く撤退する

そんな何の意味も無い事を遣らせた主君に対して誰も不満を懐く事は無いまま、“仕方が無い”と大人しく納得するでしょうか?」


「…っ……それ、は…」



責め立てる様に言う朱里の言葉に主は口を噤む。

そう為るのは当然だろう。

この戦いは、桃香様一人の“自己満足”の為の物。

私達が如何に飾り立て様と本質は変えられない。

そして、戦争もだ。



「兵が、民が不満に思い、決起すれば此方も結果的に“黄巾の乱”の再現です

そして、鎮圧する為に民と戦うという選択肢を取れば──孫策さんは間違い無く民の味方と為り、私達へと矛先を向けるでしょう

私達は“民の害する悪”と為るのですから…」


「…………」



朱里の無情とも言える話に主は呻き声すらも出せずにただただ黙るしかない。


桃香様の意思の下に。

それは一つの勢力としては正しい事なのだろう。

私自身、決して間違いとは思ってはいない。

曹魏は曹操の意思の下に、孫策の所も孫策の下に。

各々、歩んでいるのだ。

可笑しな事ではない。


しかし、その意思その物が正しいか否は別の話。

少なくとも、今の桃香様の意思は正しいとは言えない状況だと言えよう。

残念な事ではあるがな。



「これがもし、曹魏に因り侵略を受けているとすれば私達が戦いに勝っとしたら何かしらの利を求める声が挙がるでしょうか?

いいえ、挙がりません

何故なら、侵略の脅威から守り抜かれたという事こそ最も重要なのですから

それを追撃して領地を奪い獲ろうとは思いません

欲を出して返り討ちに合う可能性を考えれば、下手な行動はしません

尤も、そういう事を考える人物は大抵が決定権を持つ立場に有りますから…

そういう意見が民の方から挙がる事は無いでしょう」


「…確かにな」



朱里の言葉を聞いて、主は静かに溜め息を吐いた。

その気持ちは理解出来る。


それは状況が違うだけで、私達は何一つの懸念も無く戦いに集中出来る。

勝つ事だけを考えられる。

自分達の意思を、決定を、何も疑う事無く信じる事が出来るのだから。

その複雑な心中は、察して有り余る位に判る。


そういう意味で考えるなら曹魏は上手いと言えよう。

袁紹達との戦いでもそう。

自らは動かないのだ。

常に相手が動いてから。

だからこそ、決して曹魏は“害悪”には為らない。




まあ、そうは言ってもだ。

それは、曹魏だから出来る事だと言えよう。

同じだけの領地を持っても戦力を有していても。

自分達の我欲を律する事が出来無くては。

それは実現し得ないのだ。

少なくとも、私達が出来る可能性は低いと言える。



(…まあ、以前の私ならば“曹魏に出来て私に出来ぬという訳が無いっ!”等と根拠の無い自信で言い放ち見栄を切っている所だな)



そんな慢心も過信も、今は綺麗に打ち砕かれたがな。

他でもない曹魏にだ。

下らない見栄を張ろうとも何の意味も無い事を。

実力(身の丈)に似合わない言動は己を追い詰める上に破滅させ易い事を。

“分を弁える”という事を私は学んだのだ。

…悔しくない訳ではないが己の成長に繋がった事は、覆せぬ事実なのだから。

受け入れるだけだ。

そうする事で、また先へと自分は進んで行けるのだ。

そう思えば、決して悪い事ではないのだからな。

要は気持ちの持ち様だ。


それは朱里も同じだろう。

だからこそ、今は真っ直ぐ己の考えを突き付ける事が出来ている筈だ。



「この戦いで僅か一人でも犠牲者を出す事に為れば、その時点で私達は敗北した事に為るでしょう

何故なら、その未来(先)に在るのは転がり堕ちて逝く絶望だけなのですから…」



辛く、苦しい現実。

今の我等には主張する事も簡単ではないのだ。

抑、孫策との会談でさえも実現したのは奇跡に等しく“運が良かった”と言える事だったのだ。


それを前提とするなら。

曹魏を、曹操を会談の席に着かせようとするのならば待っていては不可能だ。

そして、動くのであれば、あらゆる全てを我等は賭し臨まなくてはならない。

それですらも“足りない”と言えるかもしれない。

それ程の事なのだ。


その現実を改めて突き付け主に、桃香様に。

理解して頂かなくては。

意味が無いのだ。



「…つまり、戦う事自体が俺達の敗北って事か?」



その主は、静かに朱里へと懐いた疑問を解消する様に思った事を口にする。

主は責任感が強いから──という訳ではない。

単純に、その責任の重さを実感していないから。

だから、ある程度気にせず質問も出来るのだろう。

それは良い意味で“鈍い”事なのかもしれない。

もし、主が私達と同程度に理解していれば、此処には居られないだろうから。

そういう主だから桃香様も支えとしているのだろう。

皮肉な話だがな。



「そう為りますね…

ですが、対峙するだけなら私達は自らの理想や主義を“自己主張しているだけ”という事に出来ます」



そんな主の質問に対して、朱里は淡々とした口調で、あっさりと答える。

大分慣れてきているのか、緊張感が薄れている様にも感じてしまう。

…気を抜くなよ、朱里。

此処での失敗は取り返しが本当に付かないからな。




その一方で主は眉根を顰め首を僅かに傾ける。

極論を告げる朱里に対し、そういう反応を見せる事は可笑しな事ではない。



「いや…強引じゃないか?

それは…まあ、確かに戦う事さえしなかったら、一応“抗議行動”って範囲内に収められそうだけどさ…

それでも万を超える軍勢が睨み合う状況になるんだ

それを…その程度の問題で片付けられるのか?

普通に考えたら無理だろ?

遣られた方からしたらさ、“巫山戯んなよっ!!”って激怒するんじゃないか?

俺だったら腹を立てるって言い切れるぞ?」


「はい、勿論そうなる事も十分に考えられます」


「だったら──」


「──だからこそです

無意味な戦いを避ける為、私達の理想を曲げない為に御主人様の御力が必要です

対峙する中で、御主人様の御力を示したとすれば…

曹魏にも、孫策さん達にも警戒心を与えてしまう事は避けられません

ですが、戦う事無く両者を対話する席に着かせられる事は間違い有りません」



力強く、はっきりと。

朱里は今までの仕上げだと言わんばかりに己の想いを言葉へと込めて紡ぐ。



「…絶対に、なのか?」


「はい、絶対に、です

曹操さんも孫策さんも民を第一とされています

ですから、御主人様の御力を前にして無駄な抵抗等はしないでしょう

降伏・服従・従属する様な要求を此方がしない限り、御二人が対話に応じる事は十分に考えられます

勿論、最初から、いきなり御二人自身が席に着くかは私にも断言は出来ません

各々の将師・家臣の立場で考えるのでしたら…

先ずは軍師が代理で集まるというのが、一番有り得る可能性としては高い事だと思いますが…」


「…それでも、戦う事無く対話が出来るんだったら、それはつまり…」



そう言いながら主の視線が朱里から移動する。

その視線を追って、朱里も私も顔を其方等に向ける。

沈黙を続ける桃香様へと。



「桃香様の掲げられている素晴らしい理想で有ります“話し合えば判り合える”という事の実現です」





これ以上無い、最高の餌を私達は用意した。

これで駄目だったら、後は何を遣っても無駄だ。

そう言い切れる程に私達に出来る最善の一手である。


それ故に成功を祈らずには居られない。



「…桃香様の理想に従い、御二人を対話の席に着ける事が出来たのであれば…

それは桃香様の理想に対し御二人が、曹操さんが敗れ桃香様を認めた、と…

そう言えると思います」



そして、駄目押しの一言。

だが、これは打ち合わせで出た言葉ではない。

朱里が事前に用意していた“取って置き”なのか。

或いは、この状況を見て、“まだ足りない”と踏んで咄嗟に考え出したのか。

その辺りは判らない。


しかし、効果は抜群だった様に私には思える。

袁紹達ならば、今の一言で簡単に釣れている所だ。

…流石に桃香様が同じ様な馬鹿だとは思わないが。

単純さ、という意味でなら桃香様も主も二人に引けを取らぬ筈だと言えよう。

だから、無意味だという事は無い筈だ。


朱里と桃香様が見詰め合い──暫し、その状態のまま時間だけが流れてゆく。

主も、私も動けない。

ただ見守り続ける事しか、私達には出来無い。


そんな中──桃香様の唇が小さく開かれてゆく。

私達の緊張感が否応無しに高まって、鼓動が煩い位に大きく鳴り響いている。



「…うん、そういう事なら私に異論は無いかな」


『────っっ!!!!』



その一言に、私達は思わず叫びそうになった。

私達は──遣り遂げた。

その達成感が心身を満たし歓喜に染まってゆく。


──だが、まだ早い。

まだ、身を委ね、浸るには早過ぎると言えよう。

油断しては為らない。




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