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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
75/913

9 拾い物ですか?


伯約の言葉を聞き、泉へと向かって目にしたのは地に刻まれた痕跡。



「…馬の蹄跡だな

それも複数頭の群れか…」



ざっと見ただけでも十頭は居るだろうか。

屈み込んで指先で直に触れ土を摘まみ上げて見る。

此処二週間は雨も降ってはいないと街で聞いた。

なら、これは泉の水により地面が濡れて出来た跡。

“生活圏”の証拠だ。


此処までの緑地では全くと言っていい程見なかった。

単純に“縄張り”が違っただけだろうが。



「…近くに?…」


「…いや、今は居ない」



少なくとも、感知範囲内の20km圏内には。

俺達以外にも反応は有るが馬や群れではない。



「…だが、今夜中に此処に来る可能性は高い」


「…どうしてです?…」


「日中は移動せず木陰等で暑さを凌いで身体を休め、夜間に動く事が多い筈だ

砂漠なら天敵になる虎等が居ないからな

此処に来る理由としては、同じ場所に居続けると餌が無くなるからだ

今夜なのは蹄跡を見ると、四〜五日前位の状態の物とそれ以上経過している物が有るからな

大体の周期は推測出来る」



そう説明すると伯約は納得して頷いている。



「そういう訳で今夜は徹夜して来るのを待つ

お前は寝て良いからな

来たら起こしてやる」


「…で、でも…」



“自分も”と態度が訴える伯約の頭を撫でながら頭を横に振り、笑い掛ける。



「俺は慣れてるからな

でも、お前は違うだろ?

此処で無理をしても身体を壊すだけだ

それよりもしっかり休んで明日以降に備えろ

今日明日で人生が終わる訳じゃあないんだからな」


「………判りました…」



渋々、という感じで頷いた伯約を見て中々に頑固だと思い小さく苦笑する。

それでも、聞き分けた事を褒める様に頭を撫でる。



「さて、戻って夕食だ」


「…はい…」



“先ずは腹拵え”と思考を切り替える。


長丁場になるのは間違いが無いだろう。

如何に周期的だと言っても相手は野生馬の群れ。

警戒心も強い筈だ。

下手に起きているよりも、寝て居てくれる方が伯約の気配も隠し易いしな。

口には出さないが。



(見付かると良いな…)



未だ見ぬ“愛馬”を思い、静かに期待を膨らます。

共に、駆ける姿を。






そして──世界が眠る様な静寂が支配する中…

“それ”を感知する。


確かに近付いて来ている。

静寂を掻き消す様に響く、無数の蹄の音と共に。




伯約を起こすと外に出る。

包は予め曲剣を使い幻霧で覆い隠している。

向こうが気付く事は先ずは無いだろう。



「…本当に…居る…」



感心する様に呟く伯約。

視線の先には馬の群れ。

月明かりの下だが、俺には関係の無い事。

良く見えている。

数は十五頭。

全て毛色が違っている。

一頭だけ赤みの強い赤褐色──鹿毛の子が居る。

…だが、何故だ。

全て“牝馬”じゃないか。



「…ぁ…あの…子和様…

…彼処に座ってる子…」


「ああ、判ってる」



泉の辺り踞って居る一頭。

鹿粕毛の子。

力無い姿、弱々しい氣から読み取れる。


幻霧から出て存在を晒す。

すると偶々此方を見ていた一頭が気付いて一鳴き。

鹿粕毛の子を庇い守る様に他の十四頭が囲む。

深く、強い団結だな。



「警戒するのは判る…

だが、その子を死なせたくないのなら今だけでいい、俺を信じろ」



そう言うと静かに佇んで、じっと見詰める。

馬達は互いに顔を見合わせ考える仕草を見せる。

そして、ゆっくりと左右に避けて道を開ける。



「ありがとうな

伯約、手水桶に水を汲んで来てくれ」


「…は、はい…」



その光景に驚きつつ伯約は泉へと向かう。

俺は鹿粕毛の子に近付いて傍らに屈む。

右手で頭を優しく撫でると此方に害意・敵意が無いと感じてくれた様で警戒心を解いてくれる。



「良い子だ」



右手を頭から胴へと移動し氣を送って“診る”。

異常が見受けられた箇所は“心臓”だった。

明確な理由は判らないが、機能が低下している。

ただ、公瑾や文挙の状態に比べれば容易い。

氣を心臓に送り機能を高め氣を血液に乗せて循環。

正常な血液の流れに戻す。



「…どうかな?」



そう訊ねると、伏せていた顔を上げ右腕に甘える様に擦り付けて来る。

大丈夫そうだ。



「…良かった…」



水を汲んで来た伯約が顔を綻ばせて喜んでいる。

この子も伯約の想いを理解している様で、自分の頭を撫でる伯約の手を嬉し気に受け入れている。


──と、漸く現れた気配に俺は笑みを浮かべて立ち、顔を向ける。



「待ち詫びたぞ」



視線の先──泉の一端にも面している大岩。

その頂きに堂々と佇む姿は闇夜に有りながら、月光を浴びて幻想的に煌めく。

美しい──真紅の毛並み。

更に深い深紅の長毛。



「“赤い獣”──その名に相違無き姿だ」



此方を見据える銀の双眸を真っ直ぐに見詰め返す。




大岩の上から軽やかに飛び岩肌を駆け下りる。

その姿まるで、狼や虎等を見ている様。

それだけで判る、靭やかで力強い四肢の筋肉。

内に宿る氣の気配も清廉で雄々しい。

何より──“牡馬”だ。


静かに泉の辺りに下りると馬達の過半数が近寄る。


その姿を見て“既視感”を覚えてしまう。



「“貴男”にそっくりね」



居ない筈の華琳の声。

勿論、俺の幻聴だ。

ただ、此処に居たら確実にそう言ってるだろう。

苦笑し、溜め息を吐く。



「お前が群れの頭だな?」



判ってはいるが…様式美。

必要性は知らないが。


俺の言葉を肯定する様に、“彼”は前と出て来る。

チラッ…と、鹿粕毛の子と伯約を見る。

“怯えなくても大丈夫”と伯約の頭をポンポンッ…と軽く撫でてやる。


“彼”は俺達に頭を下げ、“感謝”の意を示す。

良いねぇ…益々以て良い。



「単刀直入に言う

俺の“相棒”になれ」



多分、華琳を含めた全員が驚くかもしれない。

相手を威圧し“命令”する言動を取る俺に。

現に伯約も──馬達でさえ驚いているのだから。


しかし、必要な事だ。

“漢”同士、主従、人馬…

信頼は勿論だが“対等”な関係だけでは駄目だ。

“力”を、“強さ”を示し“屈服”させてこそ俺達は“相棒”に成れる。


“やってみろ”と言う様に首を巡らせて、砂漠の方を向く“彼”も遣る気だ。


感じ取ったのだろう。

俺が華琳を、華琳が俺を、一目で見初めた様に。

己の“主”に足る者かを。



「“その先”に有る緑地へ行って、此処へ早く戻った方の勝ち、で良いな?」



そう言うと頷き返す。

氣の“通訳”が無くても、理解する、か。

最高じゃないか。


俺は足元の石を右手で拾い“彼”に見せる。



「これが地面に落ちたら、“開始”の合図だ

良いか?、行くぞ…」



俺達の進行方向、丁度間に落ちる様に投げる。



(さて、どうするか…)



氣を使えば楽勝。

だが、初っ端からそれでは面白くない。

勿論、最終的には力の差を見せ付けるが。



(となれば、先ずはガチの走り合いからだな)



陸上の競技者ではないが、少しだけ“ハイ”に入った自分を感じている。

だが、偶には良いだろう。


視界の中──石が落下して地面に弾んだ。


土煙と礫を上げて──

月下の砂漠に白金と真紅の“疾風”が吹く。




先行したのは此方。

リードは凡そ二十馬身。


四脚にも色々タイプが有るだろうが、馬は“一歩”で“最速”に達する事は無く“助走”を必要とする。

勿論、高い瞬発力を持った子も居るだろう。

だが、それでも人との差は肉体の構造に有る。

四脚と二足。

支える体重、筋肉の性質、その違いが動きに出る。

短距離での先行力は人間の方に軍配が上がる。



(しかし、“加速”は人の比ではない…)



その証拠に“彼”の気配が背後から近付き──

そして、一気に並ぶ。


スタートから並ぶまでに、約二十秒。

“彼”は様子見をする気は無さそうだ。


並走しながら此方を見据え語り掛けてくる。

“この程度か?”と。



(おお〜…強気だねぇ…)



“誰かさん”を思わせる、真っ直ぐで強く気高い瞳に此方の闘志も沸き立つ。


“彼”が力強く前へと踏み込むのに合わせて、此方もギアを一つ上げる。


“抜いた”と思っただろう“彼”の瞳に驚きが浮かび並走したままの俺を見る。



「こんな物か?」



今度は此方が挑発。

“本気”は自ら出せても、“全力”は難しい。

“限界”に達する行為等は本能的に制限される。

それを意識的に引き出せる様になるには幾多の経験と積み重ねた鍛練の果て。

それも絶対ではない。


だが、出す事は出来る。

“要因”が揃いさえすれば可能な事だ。


均衡した実力、貫く意志、闘う理由…

そして逃げ道の無い状況。

“進む”しか無い状況なら時に“限界”以上に至る事すらも珍しくない。


それを実証する様に互いに“高み”へと踏み込む。


一進一退の接戦。

互いの呼吸と足音、風の音だけが響く。


折り返しとなる緑地に着き小さな泉の周りを略一周しゴールへと向かう。



(…流石に厳しいか…)



息が上がり四肢の軋む音が身の内に響く。

“彼”も同じだろう。


そして、これ以上“先”に踏み込んでしまったならば“壊れる”だろう。



(“此処”が引き際だな)



氣を四肢に込め強化。

踏み込む一歩で一馬身差を生み出す。

そのまま更に加速して行き差を広げる。

並ぶ気力を抱く余地すらも与えずに突き放す。




“彼”が着いたのは俺より二分程遅れての事。

現代競馬のダートの記録で2000〜2100mに相当。

だが実際は三倍近い距離を走っている。

砂漠で、それ以上の距離を走った後で、だ。

実に頼もしい。


真っ直ぐに俺の前に来ると“彼”は自ら屈み俺に背を差し出した。

その信頼を勝ち得た事を、心から嬉しく思う。




“彼”を烈紅(れっこう)と命名し、我が愛馬として、一夜が明けた。


その闘いの最中で伯約にも縁が生まれていた。

あの鹿粕毛の牝馬が伯約に非常に懐いていた。

やるじゃないか。

弥漉(みろく)と命名。

伯約の愛馬となった。


残る十四頭も一緒に連れて帰る事で話は着いた。

愛馬の居なかった者も多い事だし悪くない。

帰ったら“ああ”言われる事だろうがな。



「…し、子和様ぁ…」



──と、烈紅に跨がる俺の腕の中で泣きそうな伯約の声に我に返る。



「大丈夫だって」


「…で、でもぉ…」



チラッ…と“横”を見ると直ぐに目を逸らし俺の胸に顔を埋めてしがみつく。

仕方無いか。


現在地──太行山脈。

南の山中…と言うより頂き付近の岩肌の急斜面。

つまりは断崖絶壁。

所謂、近道の最中。


烈紅達には俺が氣で強化と岩肌への“吸着”の効果を蹄に付与している。

勿論、命綱として氣の紐を巻き付けて有る。

物理的に邪魔にならないし便利だよねぇ。

因みに弥漉達は面白がって飛び回って遊んでいる。

無邪気な物だ。




━━懐


そんな感じで山越えを終え司隷は河内郡へと到達。

伯約は腕の中で気絶中。

“滑降”は遣り過ぎたか。


目立たない様“人避け”を展開しての移動だから人に遭遇はしない。



「…野生か?」



そう“人”には。

探索時ではないので範囲は半径3km程度。

その中に捕捉した存在は、一頭の“馬”。

しかし、読み取れる感情は“悲哀”と“焦燥”だ。



「…行ってみるか」



烈紅を促し、群れを率いて進行方向へ回り込む。


向かった先で視界に映ったのは栗毛の牝馬。

しかも、此方を認識すると一直線に向かって来る。


傍に来ると“敵意は無い”と言う様に立ち止まって、頭を下げる。

人に慣れた、賢い子だ。

頭絡を着けている事から、“主”は居るか。

となると、“主”の為か。



「お前の“主人”に何かが有ったんだな?」



驚きながらも、頷く。

それを見て俺が頷き返すと走り出す。


放って置くのも忍びない。

烈紅を促し、群れを連れてその後を追った。





馬名:烈紅(れっこう)

主人:雷華(曹純)

毛色:紅毛(真紅)

性別:牡

年齢:四歳

性格:

仲間思いで統率力に長け、勇猛果敢で雄々しい。

他の馬が居ない所でなら、主人に戯れ付く事も有る。


備考:

眼は銀色、長毛は体毛より深い深紅をしている。

“砂の民”から守護聖獣と崇められていた“赤い獣”の正体となる馬の子孫。


非常に高い身体能力を持ちその動きは狼や虎等の様な狩猟性の肉食獣を思わす。

また“通訳”無しでも人の言葉を深く理解出来る程に優れた知性を備える。


野生馬や捨てられた馬達を纏め、守って来た。

何故か、牝馬ばかり仲間に集まる様子を見て華琳達に主従で“似た者同士”だと評されている。


後々、絶影達を含め専用の装甲を雷華に造られる。



※紅毛は実在しません。




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