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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
746/915

       陸



「二人共、頭を上げて

それは仕方が無い事だから責めたりはしないよ?

寧ろ、皆が無事に生きてる事の方が大事だもん

今回使った兵士達みたいに失っても誰にも問題が無い存在じゃあないんだから」


「そうだよ、あんな連中と朱里達とじゃ違うんだ

本当に無事で何よりだよ」


「……っ……」



桃香様達からの言葉を聞き頭を下げたままの姿勢で、私は小さく息を飲んだ。


それは私だけの反応。

もしも仮に朱里も同じ様な反応を見せていたとしても私とは意味合いが違う筈。

私の理由は私にしか解らず私しか知らない事なのだ。

今はもう、私以外には誰も気付く事は無い。

私自身が語らぬ限りは。

だから、朱里とは違うし、理解を求めもしない。

もう“過去(終わった事)”なのだからな。


故に、桃香様達の言葉とは私達が責任を感じていると思っての励ましなのだと、頭では理解している。

しかし、心の奥に刺さった棘は更に深く食い込む様に心に痛みを与える。

ジクジク…と。

毒に侵され、膿みる様に。

心を侵食してゆく。


そんな私の脳裏に、浮かび上がったのは今は亡き青年──陳到の顔だった。

最後に見た彼の姿が。

文字通り、最後と為った。

そう、“全滅”した以上、彼もまた、その命を散らし逝ってしまったのだ。


戦場に立つ以上、常に死を覚悟して臨むのは当然。

その事を言う気は無い。

彼も覚悟はしていた。

その上で、戦場に立って、敗れて散った。

ただそれだけの事だ。

有り触れた、普通の結末。

戦場では全く珍しくもない飽和状態の事だ。


しかし、私個人からすれば多少は特別だった。

実質的には手に掛けたのは曹魏の兵士──かどうかは微妙だが、曹魏の者なのは間違い無いだろう。

冤罪だったと言った陳到の言葉を信じるのであれば、“罪も無い若者を…”等と思ってしまう。

其処だけを聞いたのなら。


普通であれば、世間に流し曹魏の風評を落とす材料に使えなくもない。

しかし、そんな陳到を死ぬ確率の高い戦場に放り込み戦わせたのは他ならぬ我々だったりする。

故に曹魏を批難する事など出来る筈が無い。

遣れば、自らの首を絞める様な物なのだから。


抑、曹魏に戦いを仕掛けた此方等にこそ責任が有り、罪が有るのだ。

曹魏はただ、“侵略者”に対して自衛行動を取ったに過ぎない。

其処に批難される理由など有る筈が無い。

それを批難すれば世の中に正義や大義は存在しないと喧伝する様な物。

“支配者こそが正しい”と宣う様な物なのだ。

出来る訳が無い。



(いや、既に我々の存在は同じ様な物だろうがな…)



遣っている事は世を乱し、争乱と戦火を生むだけ。

決して“世の為、人の為”ではない。

ただただ、桃香様の為。

その為だけに。

私達は進むのだから。





「有難う御座います」



朱里が桃香様達の気遣いに対して感謝を述べた後に、頭を上げる気配を察するとそれに自分も倣う。

此処で自分から言う真似は朱里の主導権を奪う事にも繋がるので遣らない。


顔を上げれば、桃香様達の私達を優しく見詰めている眼差しと交差する。

その瞬間に懐く罪悪感には思わず視線を外し、外方を向きたく為ってしまうが、其処は気合いで堪える。

流石に“照れ隠し”という受け取り方をして貰えるだ等とは思わないのでな。

下手に“気になる”仕草は今は遣るべきではない。


何事も無かったかの様に。

普段通りの自分を装う。

自分の懐いた感情は誰にも知られては為らない。

その影響が良い方向に出る可能性は無いに等しい事を私は理解している。


気付かれてはいない筈だが不安が無い訳ではない。

主は…まあ、鈍いからな。

気にする必要は無いのだが今の桃香様と朱里には多少注意を払わなくては。


だから、胸の奥に仕舞って蓋をしてしまう。

そのまま風化するのなら、それでも構わない。

彼だけが、彼の死だけが、特別ではないのだから。

私が何れ程に思い詰めて、考えようとも現実は変わる事は無いのだから。

今は鈍く痛む刺さった棘も軈ては気にならなくなる。

そう、今までと同じ様に。

その死は風化して薄れて、“そんな事も有ったな”と思う程度に成り果てる。


だから、今だけだ。

気を引き締めるべき時は。

今暫くの間だけ。

鬱陶しく感じる棘の痛みを堪え、隠せばいい。

人知れず埋もれて逝く様に忘れてしまう時まで。


そんな私の心中には誰一人気付く事無く、意識は話の続きへと戻っていく。



「それで、なんだけどさ…

曹魏に全滅させらって事は判ったんだけど…

朱里達の推測で良いから、偵察戦の曹魏の数は何れ位だったと思ってるんだ?」



主の質問に私と朱里は一度顔を見合わせる。

元々打ち合わせていた通り朱里と小さく頷き合う。



「飽く迄も推測ですが…

七〜八千ではなかったかと考えています」


「…大体、倍位か…」



独り言の様に呟く主。

納得している様に聞こえる反応は私達の意図通り。

そういう風に思えるだろう数を言う事にしていた。


実際の所、私と朱里による見立てでは、曹魏の兵数は少なくて五千、多くて七千だったと思っている。

それを伝えても良いのだが私達は遣らなかった。

五千だとすれば凡そ三倍。

下手をすると桃香様の中の曹操への対抗心を煽る事に為ってしまうかもしれない懸念が有ったからだ。

そう為った場合の時に出る影響を怖れたが故。


その桃香様は、というと。

主と同じ様に“そっか…”という感じの反応。

それを見て、心の中で私は拳を握り、突き上げた。

勝鬨にも等しい叫びが心に谺していた。




──とは言うものの。

決して顔や態度には出さず心の中に押し留める。

知られては為らないのだ。


然り気無く顔を朱里の方に向けてみる。

恐らくは私以上に喜びたい衝動に駆られているだろう筈の朱里も、一切そういう様子を感じさせない。

普段は“はわわ”な朱里も軍師の顔をしている時には流石だと言わざるを得ない貫禄と雰囲気を持つ。

それを素直に頼もしく思うだけでも涙が出そうになる自分を必死で抑え込む。

昂る感情を宥めながら。



「常道では、“相手の倍の兵数を…”と言いますが、それには軍として機能する事が前提条件で有ります

数だけ揃えても軍としての質が著しく劣ってしまうと今回の様な悲惨な結果にも為ってしまいます」


「あー…成る程な〜…

確かに曹魏の兵の質だと、寄せ集めで数を揃えたって敵わないって事か…」



私達の言いたかった事実を何気無い独り言の様な形で主は呟いて下さる。

私達から桃香様に言っても聞き入れては下さらない。

いや、話は聞いて下さるが考え直しては頂けまい。

…止まって下さらない事は百も承知だからな。

其処は期待していない。


だが、数を揃えただけでは勝つ事は出来無い。

その事を桃香様に理解して頂けたのならば、私達にも少しでも被害を減らす為の手段は有ったりする。

そういう意味で、今の主の一言は大きいのだ。

桃香様に対しての影響力は恐らくは曹操に次ぐ存在と言えるのだからな。



「地形等を此方等にとって有利に働く様に活かす事が出来るのであれば…

兵の数や質以上の戦果にも期待は持てると思います

ですが、それを頼みにした策というのは脆いです

少しでも外れてしまえば、戦う事すら出来ずに敗北が決まってしまうでしょう」



其処に、朱里から桃香様に揺さ振りが掛けられる。

態と“敗北”という言葉を出す事によって、桃香様が如何様な反応をするのか。

それを確かめる為に。


…もし、私達の予想よりも悪い方に傾いているなら。

私達は此処で桃香様を止め戦を無かった事にする為に動かなくては為らない。

例えそれが、桃香様の命を奪う事に為ろうともだ。

その覚悟で此処に居る。


表には出さずとも。

私達の緊張感は言い表せぬ程に高まっている。

それを出さずに居るというだけでも精神が磨り減り、今直ぐにでも天幕から外に逃げ出したくなる。

そう出来たなら、どんなに楽な事だろうか。

そういう事を平気で遣れる賊徒や悪徳宦官や諸侯等が心底羨ましく思える。


尤も、それが出来無くて、赦せないから。

私達は今、此処に居る。

だからこそ、私達は此処で逃げ出す訳にはいかない。

どんな結末であろうとも。

私達は責任を持って成し、見届けなくては為らない。

私達の歩みの答えを得る。

その為にも。




主も朱里の放った言葉に、その先に見えているだろう反応に思い至ったらしく、息を飲んで桃香様の反応を静かに窺っている。

私達とは違いバレバレだが主だから問題は無い。

主の場合、桃香様自ら手に掛けでもしない限りは。

誰も手を出さないだろう。

それ程に桃香様に近い故に下手な真似は出来無いのが実情だったりする。


桃香様は朱里を見詰めて、暫し考える様に黙る。

その沈黙の間、桃香様から視線を外す事の出来ぬ身の朱里が不憫ではあるのだが此処は堪えて貰うしか無い事も確かだろう。

勿論、私や主にしても今は下手な真似──余計な事は一切出来無いという緊張感を味わっているのだが。

朱里とは比較出来無い。


その緊張感は感覚を狂わせ異常に長く感じさせる。

“まだか、まだか…”と。

焦る気持ちだけを煽る様に己の鼓動が音を増す。


何れだけ時間が経ったのか定かではない。

その中で、ついに桃香様がその口を開いた。



「…ねぇ、朱里ちゃん?

さっき言ってた“予想外の事情”って何なの?」


「──っ…」



その質問に息を飲む。

桃香様の視線は朱里に対し向けられたままなのだが、私は冷や汗を掻く。

もし、自分を見られたなら動揺は隠せないだろう。

そういう意味では恐らくは朱里も同じだろうな。

反応しないというだけで、心中は穏やかではない。

切迫していると思う。


まだ此処で結論を出すのは早計だと判っている。

判ってはいるのだが。

正直、此処で冷静なまま、桃香様がそれを訊ねるとは考えてはいなかった。

完全に想定外の反応だ。



(くっ…まさか、桃香様が此処まで落ち着いた反応を返すとは思わなかった…)



曹操に対する対抗心。

曹操に勝つ事への執着。

その事を理解しているから私達の予想は大きく二つに分かれていたのだ。

固執し激昂するか。

大局見て受け入れるか。

その何方等かだろうと。

其処から更に幾つかの形に分けられてはいたのだが。

この状況は想定外だ。




桃香様の訊かれた事に対し私達も回答を用意してから此処に居るのだが。

それは、こういう状況下を想定した物ではない。

寧ろ、本題を話し終えて、“序でに”という感じでの伝え方を考えていた。

それだけに…難しい。

少なくとも、私が何かしら横から口を挟む様な事は。

勿論、私であれば単独での対応は不可能だろうが。

其処は朱里を信じている。


ただ、どうすべきか。

本当に悩ましい選択だ。

此処で鈴々の事を話せば、本人が居ない場所で鈴々に飛び火してしまう。

それが如何様に影響するか幾つかは想像が出来ても、確信を得るには至らない。


しかし、その事を誤魔化す事は出来無い。

確かに今はまだ鈴々の事は全く話してはいない。

此方等側が要因ではなく、曹魏の方だと。

そう言う事は出来る。

出来るが…そうした場合、桃香様の決断を止めるには本当に殺す(実力行使)しか無くなってしまう。


第三者、或いは自然に伴う要因だったとした場合。

此方の全滅が曹魏に因って起きたという話に対しての疑問が生じてしまう。

其処を無理矢理誤魔化せば孫策陣営と合流をした際に確認されれば終わりだ。

勿論、彼方等が手を引いて不参加となってくれたなら桃香様も一旦遣り直す事を考えて下さるかもしれない可能性は有るが。

それに賭けるのは危うい。


──となれば、今は鈴々に飛び火しない様にしながら本当の事を話す。

それしかないだろうな。



(…いや、私が一人で彼是考えていても仕方が無い

どの道、現状で私に出来る事は無いのだからな…)



此処は朱里に任せる以外に選択肢は無い。

出来る事は唯一つ。

“最悪”に備えて動く事が出来る様にしておく。

それだけしかないだろう。




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