表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
74/914

8 有りそうですか?


━━敦煌


所変わって敦煌郡。

同名の県の街にて宿を取り旅の初日の夜を迎えた。


姜維──伯約を臣下として一旦戻ろうかとも考えたが“二度目”が貰える保証が無いので止めた。


因みに伯約は宿の管理する温泉で綺麗に髪まで洗い、服や下着も新調して渡し、夕食後、疲れたのか就寝。

現在は隣の寝台にて寝息を立てている。


伯約から一応生い立ち等を聞いたのだが、予想通りに父親が匈奴族らしい。

彼女の鼠色の髪は匈奴族の特徴でも有る。

驚いたのは、母方の祖母が蔡炎だと言う事。

まあ“縁”はあるだろうがそういう形か。


それと、母の遺言を守って仕える主を待って居た、と彼女は言った。

探しに行こうな。


知識等は十分。

足りないのは実戦経験と…対人経験だな。

特に後者は限定的な文若と違って、改善方法は慣れるしかない。


肉体的には長い貧困生活が原因で健康面の改善が先決になるだろう。

前髪に隠れて見えなかった双眸はオッドアイだったが視覚を始め、身体に異常は見られなかった。

単に色が違うだけらしい。

珍しい事には違い無いが。


おどおどしてるのは単純にコミュニケーション能力の低さ──不慣れが原因。

まあ、それも心配する程の事は無いだろう。



(物怖じしないというか…意外と神経が図太い様だし適応力も高そうだし…)



気になるとすれば彼女から結局は渡された家宝。

改めて訊ねた所、どうやら祖母が残した物らしい。

姜家か、蔡家か。

明確には判らないそうだ。



(…しかし、参ったな…)



木箱──縦40cm、横30cm、高さ10cm程の大きさ。

材質は桐だろう。

漆等は塗られていない。

紫色の紐で縛られている。


さて、先ず曲者なのが紐。

どうやら氣を感知する様に細工されている。

次に箱の内部。

此方は条件反応型と思しき術式が刻まれている。


“視た”感じの推測だが、氣を使わず開け様とすると箱の中の術式が連動。

恐らく“中身”を消滅する仕組みだろう。

厄介な“家宝”だ。



(だが、少なからず祖先は氣を扱えた、或いは扱える者と縁が深かった様だ…)



それも“術式”を組める程精通した存在。

思い浮かぶのは“龍族”。


しかし、確証は無い。



(…幸いにも紐は解かない限りは安全な様だし…

取り敢えずは“影”の中に仕舞って置くか…)



この旅の最中で“答え”が判るとも限らない。

それに下手をすれば貴重な情報源が無くなる。


そう結論を出して、木箱を仕舞うと布団に入った。




 姜維side──


昨日、子和様に助けて貰い御仕えする事になった。


上手くは話せない私の事を疎まれる様子も無く静かに言葉を待ってくれる。

だからなのか焦って考えが纏まらなくて何を言いたいのか伝わらない事は無い。

安心して話す事が出来る。



(…こんなに沢山、誰かと話したのって…お母さんが生きてた頃以来だよね…)



そう思うと、自分が如何に他者と距離を取った生活をしていたのか判る。


“慣れて行けば良い事”と子和様は言ってた。

私も、そうして行きたい。

子和様に御仕えして御役に立ちたい。

その為にも頑張る。


両手を胸の前で小さく握り自分に気合いを入れる。

不意に目に入った子和様が買って下さった着物。

正式な役職用ではなくて、“私服”として。

萌葱色で私の右目の深緑が綺麗だったから…と。



(…き、ききき、綺麗…)



考えただけて頭の中が──身体中が熱くなる。

…でも、嫌じゃない。



(…そんな風に言われたの“初めて”だから──)



──と、昨夜の“一件”を思い出す。


服を買い、宿を取った後。

子和様に“連れられて”、温泉に入った。

子和様の洗髪は凄く上手でとても気持ち良かった。

でも、物凄く恥ずかしい。



(…で、でも…子和様…

…意外と…逞しい…)



見た目は綺麗で華奢な方。

細身だけど脆弱という感じではなかった。

ゴツゴツした身体付きではなくて、靭やかで力強さを感じさせた。



「…伯約?」


「──ひゃ、ひゃいっ!?」



不意の子和様の声に驚き、変な返事をしてしまう。

我に返ると、恥ずかしくて反射的に俯いてしまう。


“気にするな”と言う様にポンポンッ…と頭を優しく叩き撫でられる。



「俺は“愛馬”を得る為に“汗血馬”を探して此方に来てた訳でな

関係する情報を彼方此方で集めてる訳だ」


「…えと…“赤い毛色”……ですよね?…」


「血の様な赤い汗を掻く、血の様に赤い体毛、なんて諸説有るな

ただまあ…今の所全く以て収穫が無いが…」



苦笑される子和様。

もしかしたら、御役に立つ事が出来るかも。



「…あ、あの…子和様…

…昔…まだ小さい時に…

…お母さんに聞いた事で…

…北の…匈奴の砂漠には…

…“赤い獣”が居ると…」



嘘か真か判らない話。

でも、私は信じて伝えた。



──side out



━━馬邑


并州は雁門郡。

場所的には“張遼”が出身だと云われている。

まあ、県で見ても広いから“此処”とは限らないが。


伯約に聞いた“赤い獣”に興味が湧いた。

仮に“汗血馬”でなくても“何か”有りそうだ。

“家宝”の件も有るし。



「旅の方かい?

この辺りじゃ珍しいねぇ」


「そうなのですか?

何分、この辺りに来るのは初めてな物でして…」



茶屋で一緒になった老婆と笑顔で話す。

伯約は左隣で両手で茶杯を持って口に運んでいる。

初めての遠出と“高所”も意外と平気そうで一安心。



「なぁんも無い所だ

行商人ですら滅多な事では来やしねぇよ」


「行商人も?

では、色々不便な事も有るのでは有りませんか?」


「不便だぁ言ぅても御上が何をしてくれる訳でも無ぇ

それになぁ…此処い等は、昔っから此の国と匈奴とが争ってる場所だぁ…

賊ですら寄り付かねぇ」



最前線とまでは言わずとも抗争と衝突の絶えない地に好んで来るのは者は稀。

死と血を求め戦場を彷徨う“戦狂い”位だ。


戦略的にも、支配的にも、“価値”が無い。

そう“見える”だろう。

“普通”は、だが。



「では、私達は貴重な旅をしている訳ですね」


「おや…あはははっ!

中々面白い事を言うねぇ」



俺の言葉を聞き老婆は実に愉快そうに笑う。

これなら口も“柔らかく”なってくれたか。



「そう言えば、昔聞いた話なのですが…

砂漠には“赤い獣”が居るというのは本当ですか?」


「何だい、お嬢ちゃん達は“砂の民”の末裔かい?」



老婆の言葉に新しい単語が出て来た。

考えるに、“赤い獣”とは“砂の民”の言い伝え等の類いなのかもしれない。



「“砂の民”?

それは何でしょうか?」


「おや、違ったかね…

大昔…“夏王朝”の頃から砂漠を渡り旅をする民族が居てねぇ…

それを“砂の民”って呼び崇めていたそうだよ」


「“崇める”?

匈奴や鮮卑の民の王の様な感じでしょうか?」


「いんや、違うよ

砂漠を無事に渡るなんて、大昔は凄い事だったんだよ

まあ、今でも簡単じゃない事だけどねぇ」


「尊敬の意、ですか」


「そういう事だねぇ

そんで、その“砂の民”が守護聖獣と信じていたのが“赤い獣”って話だよ

尤も“砂の民”も秦代には滅んだって話だしね

此処い等に“昔話”として残ってる程度だよ」


「そうですか…」




━━皋狼


并州の西河郡。

州域の北から西に掛けて、“戈壁沙漠”を臨む。



「…ずー…っと…砂…」


「砂漠だからなぁ…

ああ、でも所々に緑地とか泉は有ると思う」



所謂“オアシス”だな。

でないと砂漠を渡るなんて時代的に不可能に近い。



「…あの…子和様…

…本当に“此処”に…

…“居る”んですか?…」


「“可能性”だけどな

“赤い獣”を“汗血馬”と仮定すると遊牧民族だろう“砂の民”と繋がる

そして、砂漠を渡る上では“普通”の馬では拙い

…馬以外の可能性も否定は出来無いけどな」



そう言って苦笑。

特殊な駱駝の可能性も有り楽観的にはなれない。

駱駝は“渡り”向きだし。



「…どう、します?…」


「涼州の方は“砂の民”の伝承も無かったからな…

少しだけ西へ進んでから、北へ向かう

道中は氣を探りながら進み“何か”居れば…だな

基本的には徒歩移動だが、疲れたら背負ってやるからちょっとした鍛練と思って頑張ってみような?」


「…が、頑張ります…」



ちょっと顔を赤くして俯く伯約の反応を見て思う。

“おんぶ”は子供っぽくて恥ずかしかったか。

…訂正するのも何だしな、さっさと始めるか。



「さあ、行くぞ」


「…は、はいっ…」



伯約を伴い、広大な砂漠へ踏み込んだ。






──約一時間後。

伯約を背負って砂漠を歩く俺の姿が有ったとさ。



「…す…すみ…ません…」



息も絶え絶えに謝ってくる伯約だが悪くはない。

元々、遠出をしたり急激な環境の変化を経験してない身体なのだから仕方無い。



「謝る事は無い

“俺が背負ってやる”って最初に言ったろ?

だから、気にするな

それから、こういう場合に言う言葉はな──」


「…あり…がとう…」



俺が言う前に伯約が紡ぐ。

きゅっ…と力が込められた両腕を心地好く思いながら首を巡らせ、笑みを返す。



「どういたしまして」



そう言うと伯約も微笑み、安心した様に首筋へと顔を預けて意識を手放す。



「…おやすみ」



起こさない様にして静かに背負い直す。

身長や見た目よりも軽く、壊れそうな身体。

これからの人生を良い物にしてやりたいと思う。



「…妹っぽいのか…」



“後輩”的な娘は居るが、“妹”系は居ない。

…まあ、華琳は“妻”だし違うだろうな。


ちょっとだけ想像したのは仕方無い事だ。




陽が落ち、夕闇を越えて、夜の帳に包まれた。

黒天には月と星が輝く。


砂漠は熱射から寒冷へと、その表情を変える。



「大丈夫か?」


「…はい…大丈夫です…」



氣で伯約の身体を包み込み体感温度を調整する。

尤も漫画やアニメみたいに発光したりはしない。

極めて薄い膜状である為、見た目にも判らない。


伯約の体調も最初に寄った緑地で休息して回復。

その後は自分で歩ける位になっていた。

驚く程の順応力だな。



「…砂漠って…暑いだけ…

…ではないのですね…」


「砂漠で怖いのは暑さより昼夜の寒暖差だからな

その極端な気温の変化を、克服しないといけない…

死人も出る過酷な旅路だ」



初めての砂漠の夜に伯約は辺りを見回している。

“砂嵐”さえ起きなければ移動も出来るんだが…

こればかりは仕方無い。



「…野宿、ですか?…」


「そうなるな

まあ、こんなに砂だらけの場所じゃ心許ない

もう少し進んで見て緑地が有れば其処でな

…無かったら仕方無いが」


「…有ると良いですね…」


「全くだ」



励ます様に言う伯約の頭を撫でながら苦笑。

まあ、一晩程度寝なくても俺は平気なんだがな。






──約二時間後。

氣の探査網に引っ掛かった緑地へと到着した。

泉も有る。

伯約の為にも良かった。



“影”を広げると中から、“(ぱお)”を出す。

それを目の当たりにして、伯約は呆然としている。

一応、荷物を仕舞う様子を見てはいたんだけどな。

驚くのも仕方無いか。


因みにだが──

華琳は昔から知っているし皆にも華琳との再会の後で実演・説明した。

勿論、他言無用でだ。



「それじゃ水を汲んで来てくれるか?」


「…ぁ…は、はいっ…」



我に返ると俺が差し出した手水桶を受け取って泉へと走って行く。


その様子を笑みを浮かべて見送ると、夕食の支度へと取り掛かる。



「今日は雑炊にするかな」



夜は冷えるし、温まるには丁度良いだろう。

そう決め材料を取り出す。

──と、伯約が慌てた様子で戻って来た。

汲んだ水を溢さない様にと気を付けて走る姿は性格の故だろう。


そして伯約の告げる言葉が長い夜の始まりとなる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ