肆
Extra side──
/小野寺
“無理が有る”という様な態度を装いながら、心では雪蓮達に謝罪する。
正直な事を言えば。
一つだけ、可能性としては心当たりが有ったりする。
“原作”で周瑜が洛陽にて入手する事を第一と考える“台帳”の存在だ。
勿論、“原作”を知る者、“三国志”関連の小説等を知っている者であるなら、それ以上となる重要な物が当時の洛陽に存在する事を知っているだろう。
そう、“伝国の玉璽”だ。
皇帝の証とも言える玉璽を手に入れる為に。
そう考えたなら、曹魏側の行動は可笑しくない。
但し、その前提条件として“歴史的に同じであれば”という事が重要だ。
どんなに似ている流れでも何処かに一つでも決定的な違いが存在しているなら、その前提条件は崩れ去る。
そして、現実にして見れば前提条件は崩れている。
曹魏が、まだ漢王朝が存在している間に誕生した。
それは大きな違いだ。
結果、俺は玉璽は洛陽には存在しないと思ってる。
だから、連合軍から離脱し帰還する際には洛陽に行く事は考えなかった。
玉璽の利用価値自体は俺が思うよりも有るだろう。
しかし、確実に手に入ると確信出来無い以上、下手な言動は破滅を招く。
そう考えて、放棄した。
では、曹魏は玉璽を求めて曹純を洛陽に向かわせたのだろうか。
それは無いと俺は思う。
何故なら“伝国の玉璽”に関しては既に──疾っくに曹魏に渡っている。
そう思っているからだ。
だって、皇女が嫁いでるんだからなぁ。
持ってない方が不思議だと言ってもいいと思う。
何よりも、亡き皇帝からの曹操・曹純に対する信頼は実の息子達に対するよりも深く、厚かった筈だ。
何しろ、皇女殿下の行方を完全に秘す事は皇帝からの協力無しには難しい。
…まあ、曹魏の組織力なら出来るとは思うけどさ。
それは兎も角として。
既に玉璽を手中にする以上曹魏が洛陽に密かに向かう理由は台帳位だ。
その台帳にしても、あの時洛陽の民は避難をしていた事が今は判っている。
曹魏へと受け入れられて。
だとすれば、台帳も一緒に持って行けた筈だ。
その程度の事が出来無い程余裕が無いとは思わない。
曹魏であれば、だけど。
つまり、曹魏が洛陽に行く理由は本当に判らない。
それだけは間違い無い。
もし、それでも洛陽に行く理由が有るのであれば。
玉璽でも台帳でもない。
更に重要となる“何か”が洛陽には有った。
そういう事に為る。
そういう意味では康拳達の“黒幕説”は否定出来無い可能性だと思う。
勿論、だからと言って今の康拳達は違うだろうけど。
当時の事は判らないから。
結局の所、真実を知るのは全てを知っている者だけ。
そういう事に為るかな。
二人の記憶が戻るのなら、判るかもしれないけど。
何と無く、それは不可能な気がしている。
飽く迄も、勘だけどな。
──side out。
劉備side──
朱里ちゃん達が出発して、私達も合流予定地に向かう準備を進めている。
尤も、その辺りの段取りは朱里ちゃんが、しっかりと整えてくれている。
だから、私達の遣る事は、全体の指揮を執る事。
当然の事だと言えば当然の事なんだけどね。
やっぱり、慣れないからか難しいと感じちゃうけど。
其処は仕方が無いよね。
その分、普段は判り難い、朱里ちゃんの凄さを十分に感じている。
「劉備様、此方の方は全て滞り無く終わりました」
「うん、ご苦労様」
そう私に話し掛けたのは、朱里ちゃんが抜けて出来た穴を埋めている王累さん。
正直、王累さんが居ないと私達は朱里ちゃんを作戦に送り出せなかったと思う。
朱里ちゃんの代わりになる人材は先ず居ない。
軍師──とまでは、流石に言えないんだけど能力的に高い人なら居る。
音々音ちゃんと七乃さん。
二人は確かに稀有な人材と言っても言いと思う。
だけど、朱里ちゃんの後を任せられるかと訊かれたら私は首を縦には振れない。
音々音ちゃんは優秀だけど“絶対に私を裏切らない”とは言えない。
信じてはいるけど、全てを任せるのは不安。
だって、音々音ちゃんとは利害が一致している事で、力を貸してくれているのが現状なんだから。
もし、音々音ちゃんに対し朱里ちゃんと同じと言える権限を与えたとしたら。
音々音ちゃんは私達の事は無視して動く筈。
少なくとも、曹魏に対して戦いを仕掛けるという点は同じなんだけどね。
でもね、音々音ちゃんには寝返る可能性が有る。
曹魏が音々音ちゃんの事を迎え入れたとしたら。
彼女は戦う理由を無くし、差し出される手を掴む。
曹操さんの手を、ね。
だから、音々音ちゃんには高位の権限は与えない。
裏切れない様に制限して、上手く使わないと。
もう一人の七乃さんだけど彼女は曹魏に戦って負けた経験が有るから、戦いには乗り気ではない。
消極的だって言える。
“出来る事なら、曹魏には金輪際一切関わらない様に遣っていきたい”と。
そう考えていると思う。
今は只、美羽ちゃんという“人質(守るべき存在)”が居るから大人しくしているというだけでね。
彼女も権限を得たとしたら私を裏切る可能性は十分に持っていると思う。
隙を見て、私を排除すれば美羽ちゃんを再び主君へと返り咲かせる事も不可能な話ではないから。
そうすれば曹魏に関わらず生きていけるのだし。
だから、彼女には自由には行動させない様に、色々と仕事を振っている。
出来るだけ美羽ちゃんにも近付けない様にしてね。
そういう状況だからこそ、王累さんの存在は重要。
亡き劉璋さんの遺志の下に私の理想の為に尽くして、力を注いでくれている。
悔しさと悲しみを乗り越え私に仕えてくれている。
それを知っているからこそ私達は王累さんを信頼し、任せる事が出来る。
本当に、感謝している。
「──っと、居た居た
おーいっ!、桃香ーっ!」
不意に呼ばれた方へと顔を向ければ、ご主人様が私を見ながら手を振っている。
そのまま此方に歩いてきているのだけど…その隣には見た事が無い人が居る。
女性ではなく、男性。
ご主人様と背丈は同じ位。
でも、兵士じゃない。
パッと見だと、文官っぽい印象を受けるけど。
そうではない事は、男性の服装が物語っている。
一番近いのは…商人かな。
「どうしたのご主人様?」
「ああ、ちょっと話したい事が有ってさ…
今、忙しいのか?」
「え〜と…」
そうご主人様から訊かれて私は王累さんを見る。
正直、“忙しくない”とは冗談でも言えない。
勿論、暇でもない。
ただ、私自身は決定して、報告を受ける、というのが主な仕事だったりするから“私は忙しくない”と言う事は出来無くはない。
けど、それは一時的な事を言っているだけの話。
忙しくなる時も有る。
だから、その事を一概には否定する事も肯定する事も出来無いと言える。
そんな訳で、私よりも今の状況を正しく把握していて判断出来る王累さんを見て“どうなのかな?”という問い掛けをする。
それは同時に、ご主人様に説明して貰う為でもある。
「現状では多少の時間なら問題は無いでしょう…
ただ、長くなる様でしたら改めて時間を取って頂いた方が宜しいかと…
此処で中断してしまっては全体の作業が滞り、遅れてしまいますので」
「──って事なんだけど…
ご主人様の言ってる話って長くなるのかな?」
「いや、そうでもない
この場で済ませられるよ」
「あ、そうなの?
それじゃあ…良いかな?」
ご主人様の言葉を聞いて、私は王累さんを見る。
“それなら、大丈夫?”と訊ねる意味も含めて。
勿論、駄目だったら此処はご主人様に引いて貰う。
何方等が優先すべき事かは態々言う事ではないから。
「はい、問題有りません
では、私はその間に様子を見回って置きます」
「うん、お願い」
そう言うと王累さんは私に小さく笑みを浮かべると、クルッと背を向ける。
ご主人様との話という事で気を遣ってくれている、と直ぐに察する事が出来る。
こういう然り気無い部分で王累さんが優しいって事を感じられる。
…劉璋さんが、王累さんを信頼していた気持ち。
私にも凄く理解出来る。
本当に助けられてるから。
「あ、待ってくれ
出来れば、王累にも桃香と一緒に聞いて貰いたいんだ
今は朱里が居ないからな」
──と、歩き出した所に、ご主人様が声を掛ける。
その足を止め、振り向くと私に“どうしますか?”と視線で訊ねてくる。
王累さんが残ると準備への影響が出ない訳ではない。
だけど、それは“頑張れば何とか為る”範疇。
だから、私は頷いて返し、居て貰う事にする。
王累さんが元居た位置まで戻った所で、ご主人様から一緒に来た隣に居る男性を紹介される。
「此方は商人の金名だ
城に出入りはしてないから見た事は無いと思うけど、そこそこに実力は有る」
「御初に御目に掛かります
劉備様のお陰で私共商人も安心して商いが出来ます
王累殿の事も、先代である劉璋様の頃より存じ上げておりますれば、御会いする事が出来、大変光栄であり嬉しく思います」
そう言って丁寧に頭を下げ礼を取って見せる姿には、“流石は商人さんだね”と思ってしまう。
兎に角、口が上手いから。
商人さんを相手にするなら“絶対に誉められても疑い続け気を許さない様に”と朱里ちゃんに厳し〜く!、言われている。
だから、笑顔を見せても、気を抜かない様にする。
「此方こそ、貴殿の名前は耳にしていますよ
その界隈では中々に有名と聞いています
是非一度、会ってみたいと思っていましたので…
私も嬉しく思います」
「我が身に余る御言葉…
恐縮至極に存じます」
──と思ってる私の前で、王累さんと金名さんが結構火花を散らしている。
言葉だけを聞いているなら可笑しくはないんだけど。
二人の間に有る空気が凄く剣呑だったりする。
ご主人様も察したらしく、驚きから、顔を引き釣らせ苦笑している。
ただ、ご主人様を見る限り王累さんが金名さんに対し牽制する様な態度を取った事には納得している感じ。
だとすれば、金名さんって商人としては限り無く黒に近いって事なんだと思う。
でも、黒と断定は出来無いスレスレギリギリの線か、物凄く強かで巧妙なのか。
そんな感じなんだと思う。
…ご主人様、危ないよ。
朱里ちゃんだったら、後で絶対にお説教されてるよ。
尤も、朱里ちゃんが居たら連れて来ないだろうけど。
そんな二人だけど、流石に状況は理解している様で、剣呑な空気は互いに消して素直に引き下がる。
“続きは、場を改めて…”と言う王累さんの眼差しは鋭いんだけどね。
「──っ、んっ、んんっ!
でさ、桃香達に話したい事なんだけどな?
実は、金名が決戦に向けて戦力を強化出来る可能性が有るって言うんだ」
「──っ!?」
「えっ!?、本当にっ?!」
微妙な雰囲気を咳払いから強引に本題に持っていったご主人様の言葉を聞いて、王累さんも私も驚く。
だって、現状で私達は既に領内から投入可能な戦力は全て総動員している。
徴兵にしても、使えるなら老若男女問わずに、という状況なんだから。
勿論、女子供は出来る限り参加させてないけど。
十三歳を越えているなら、志願する事は可能。
その兵数が、“見せ掛け”だったとしても。
相手より多くの兵を用意し臨むのが常道だから。
奇襲・奇策が使えないから仕方が無いんだけどね。
本当、曹魏って嫌だよね。
心底ムカつくよね。
「…その話が本当であれば是非とも伺いたいですが、その場合、貴男が望むのは何でしょうか?」
そんな事を考えている私の隣に立つ王累さんは冷静に金名さんに訊ねる。
その眼差しは先程とは違い別の鋭さを帯びている。
ちょっと、怖い位に。
でも、気持ちは判る。
確かに有益な話。
でも、その見返りを望まず持ち掛けはしない。
だって、彼──金名さんは“商人”なんだから。
其処には絶対に、望むべき“利益”が存在する筈。
“タダより怖い物は無い”というのが常識の商人。
そんな人が“タダで”とは考え難いから。




