参
一つ息を吐き、切り替える私の様子を見てから祐哉は普段通りに変わらぬ口調で話し始める。
「二人が見た夢の事とかを疑ってる訳じゃない
でも、話を聞いてる限りで幾つか疑問が有る…
だから、一つずつ確かめて行きたいと思うんだ」
「…そうね、その方が色々納得し易いわね
二人共良いかしら?」
「…ああ、問題無い」
「はい、構いませんよ」
二人の承諾を得て、祐哉を見て私は首肯する。
この場は祐哉に任せる方が良いでしょうから。
私は、呑まれていた分だけ考えが纏まらないしね。
「じゃあ、先ずは根本的な事なんだけど…
当然だけど二人が宅に来て曹純と会う機会は一瞬すら無かった筈だよな?」
「ええ、そうですね」
祐哉の質問には丐志が答え康拳は同意して頷く。
…ちょっと大人しい康拳が可愛く見えて笑い掛けるが其処は流石に我慢する。
一応、真面目な話だから。
「なら、どうして夢の中の人物が曹純だって思う?
夢の中では、喋る事も無く見ているだけなんだろ?
その根拠は何なんだ?」
“…ぁ…”と、思わず声が出そうに為ってしまう。
まだ抑えられる程度だから問題無かったけど。
祐哉の指摘は尤もだった。
抑、曹純の顔を知っているという者は宅の中では私が唯一と言ってもいい。
基本的に公の場──戦場に出て来てはいないから。
だから、反董卓連合の際に最初に顔合わせをしていたあの場に居ない限り私達が曹純と顔を合わせる機会は無いに等しくなる。
だとすれば、二人が曹純と思っている人物が、別人の可能性も出てくる。
祐哉は其処に気付いた。
「……そう、ですね
断定出来る根拠は無い、と言うしか有りません
ただ、私達は曹純であると確信しています」
そう答える丐志も、静かに祐哉を見詰める康拳も。
一切、動揺はしていない。
それだけ、二人が夢の中の人物を曹純だと信じているという事になる。
…何だか、こう可笑しな話なんだけどね。
「ああ、判ってる
俺も二人が嘘を言ってると思ってはいないよ
客観的な可能性を挙げれば勘違いとか色々出てくると思うけど…それを言ったら切りが無いからな
だから一番判り易い方法で確認しようと思う」
「…その方法とは?」
祐哉の言葉に少しだけ顔に疑念を浮かべる丐志。
康拳は“…は?、そんなの出来るのか?”と思い切り疑いを露にしている。
私も、正直に言うと祐哉の言ってる方法が有る様には思えないでいる。
だって、それが出来るなら二人も悩まないで言ってるでしょうからね。
そんな中、祐哉は私の方を向き──笑顔で、ぽんっと軽く右肩を叩いた。
「そう、曹純を知っている雪蓮(人物)に二人が曹純と思ってる人物の特徴とかを言って合ってるかどうか、それを確かめればいい」
『──あ…』
その言葉に納得し、思わず私達は声を漏らした。
あまりに単純過ぎて。
二人から聞いた特徴を私の知っている曹純に照らして検証してみた結果。
「完全に一致するわね」
「そっか…って事は一応は同一人物って訳だ」
「祐哉、一応って…」
「だって、雪蓮が見たのが本物だって立証する手段は無い訳だし…
曹魏が“影武者”を立てて本物は表には出てないって可能性は有るからなぁ…
何しろ、あの曹魏だから」
「それは……まあ、ね…」
確かに祐哉の言う通り。
私達の知っている曹純自体偽者である可能性は十分に考えられる。
いえ、下手をすれば実際は曹純なんて“存在しない”可能性だって有り得る。
だって、あの曹純だもの。
「まあ、そうは言ってても雪蓮達の知っている曹純は本物だろうけどね」
「…ちょっと、祐哉?
私達を揶揄ってるの?」
発言が二転三転する祐哉に少しだけ苛っとする。
此方は真面目に考えてるし悩みもしてるのに。
そんなに簡単にコロコロと意見を変えられると…ね。
「別に揶揄ってないって…
雪蓮が連合の時に見た様な切れ者が“影武者”なら、曹魏の層の厚さは常識では考えられない程になる
それに袁紹と面識が有って偽者っていうのもなぁ…
あの袁紹を態々騙す意味が俺には解らないよ」
「それは…そうだけど…」
祐哉の言う通りだけど。
一度懐いた不満は簡単には消えてはくれない。
火種の様に、燻り続ける。
それがスッキリしないから不快感を生み、苛々する。
頭では理解していても。
感情は納得していない。
実に厄介な物よね。
「俺が言いたいのは単純に今までの曹純の情報は全て鵜呑みに出来無いって事
まあ、そうは言っても一々疑うのも何なんだけど…
何処までが本当なのか…
疑い出したら切りが無いし確証は得られないからさ」
…まあ、確かに、ね。
さっきの私もそうだけど、疑い過ぎれば身動き自体が出来無くなってしまう程に絡め取られてしまう。
意識し過ぎてね。
だから“飽く迄も可能性の一つとして”程度に捉えて考えないと危ない。
尤も、こういう風になると見越して仕掛けているなら正しく深謀遠慮でしょう。
正直、手を出していい様な相手ではないと思える。
勿論、そうだったとしたらという話だけどね。
「元々、曹純っていうのは人物像が掴めない存在だし曹純に関する噂話や印象は極端だったり曖昧だろ?
如何に“男女の仲は他人に解らない”って言っても、あの曹操が伴侶に選んでる人物なんだから…
愚かだとか平凡なんて事が有り得るとは思えない
そういう意味でも曹純への安易な決め付けは危険だと思って言っただけだよ」
“だけ”、と言う程に話は簡単ではない。
そういう意識が有るか否かだけでも違うのだから。
特に、一番接する可能性が高く、多いでしょう私には大きな意味が有る。
皆とも違い、決定権を持つ私だからこそね。
「それじゃあ、次だけど…
二人の夢の内容と、俺達が二人の事を発見・保護した時期から考えると、確かに洛陽の炎上に関わっていた可能性は有ると思える
でも、此処で一つ…
どうしても説明の出来無い疑問が出てくるんだ
それは、洛陽から発見した場所までの距離と時間」
「あ、それは確かに…
洛陽が炎上していた時に、その場に居たのなら…
途中で引き上げた私達より先に南下してるなんて事は普通有り得無いわよね…」
冷静に考えみると判る。
もし、二人を保護したのが“北上して”だったなら。
説明出来無い事もない。
河水を利用し、移動した。
その可能性が有るから。
でも、それが“南下して”となると不可能でしょう。
先回りのしようが無い。
東側は曹魏が押さえていて使えないし、仮に使えても大きく回り道をする。
西は険しい山岳地帯。
到底、先回りの出来る道は有るとは思えない。
そして洛陽から最短距離で南下する道は私達が使って南下していた。
時期が時期だけに油断などしてもいなかった。
そんな私達に気付かれずに追い越す、というのは。
正直、無理だと思う。
「…それじゃあ、夢の中の場所は洛陽じゃない?」
「…それはどうだろう…
もし、洛陽以外だとしたら絶対に人目に付く筈だし、曹魏の国内だったとしてもそれだけの大火事だったら商人達の耳に入らないって方が考え難いと思う」
「それもそうよね…」
二人の夢の通りだとすれば時期的・規模的に該当する大火事は洛陽だけ。
…ん?、ちょっと待って。
それってつまり、時期さえ違ってたとしたら?
そうしたら…どうなの?
「…ねえ、二人共
その夢って時期を思わせる要因は何かないの?
例えば花とか、道具とか、景色とか、何でもいいの
何か思い付かない?」
自分の仮説が有り得るなら何かしら手掛かりが有れば洛陽説は覆せる。
勿論、可能性として、他に高い物が出てくるだけで、確証という訳ではない。
でも、無いよりは増し。
洛陽説のままよりもね。
二人は暫し黙って考えると静かに首を横に振った。
特に思い当たる点は無い。
そういう事らしい。
まあ、仕方が無いわよね。
夢っていうのは曖昧だし、鮮明に思い出せる可能性は物凄く低い物だから。
起きた直後ですら見ていた夢を思い出そうとしても、“…あれ?”ってなる事は全然珍しくない。
だから、思い出せなくても可笑しくはない。
寧ろ、それが普通。
二人の見た夢は印象の強い場面が際立っているし。
他の事に意識を向けるのはかなり難しい事。
まあ、何かしら手掛かりが得られれば良かった。
そうは思うけど。
仕方が無い事よね。
「んー…祐哉はどうなの?
どう考えてる訳?」
先程から口を挟まないで、静かにしている祐哉の方に話を振ってみる。
何か考えてるから黙ってる訳なんでしょうし。
「…確かに雪蓮の考えてる可能性は有ると思う
特に“黄巾の乱”の最中は砦とかも燃えてるしね」
「…黄巾の乱、ね…」
素直に成る程と思う。
良い事ではないけど。
あの頃だったら、大火事も珍しくはないしね。
私達も──と言うか、穏が火計を好んでたから。
ああいうのは賊徒みたいな連中相手にしか使えない分派手に遣ってたものね。
群雄割拠になると使ったら後々に禍根を残すから先ず遣らないしね。
ただ、そう言った祐哉は、顔を顰めている。
「でも、そうすると二人の記憶が無いのが、保護した以前って部分がなぁ…
黄巾の乱の時からだったら可笑しくないんだけど…」
「その大火事が有ったのは黄巾の乱の時だけど記憶を失ったのは私達が保護した時ってだけじゃない?」
「可能性は有ると思うけど無理矢理って言うか、結構都合の良い解釈じゃない?
答えを出す事に拘り過ぎて真実を見失っちゃってたら元も子も無いし…」
「…それもそっか…」
一つだけに目を向けてると全体が歪んでしまう。
強引に納得しようとすれば当然の結果と言える。
ならば、此処は開き直って判らない物は判らない。
そう考えるべきね。
「──よし、それじゃあ、それは置いておくとして、次に行きましょう」
そう言うと祐哉は苦笑。
康拳達も似た様な反応。
言外に“やれやれ…でも、漸くらしくなったな”って言われている気がする。
普段、女所帯の宅だけど、今は三対一と女(私)が不利だったりする。
まあ、その程度で大人しく引き下がる私じゃないのは言うまでもないけどね。
だけど、此処は祐哉の顔を立てて上げましょう。
「今度は逆に、曹純の方を中心に置いて考えてみる
もし、曹純が炎上している洛陽に居たとしたら…
その目的は何なのか…」
「それは二人を止める為に──って考え自体が、抑、正しいとは限らないか…」
「仮定や前提条件として、仮説を立てるだけだったら問題無いんだけどね…」
決め付けてしまうと思考は狭くなってしまう。
“可能性として”と頭では判っていても、高くなると無意識に肯定してしまう。
特に曹魏の様な相手だと、私に限らずとも。
「確か、あの時は曹純って疫病問題で引き返した際に抜けてたよね?」
「ええ、少なくとも曹操はそう言ってたわ
…もしかして、兵士に扮し紛れ込んでた、とか?」
「その可能性も有り得ない話じゃないとは思うよ
ただ、もしそうだとしたら曹純って明命並みに隠密で行動出来るって事になると思うんだよなぁ…
まあ、一緒に居なかったら少数の手勢で、連合軍とは別の道を使って先回りして洛陽に入ってたって考える事は出来ると思う…
少なくとも康拳達みたいにどう遣ったか判らないって訳じゃないからさ」
「そうね…」
確かに曹純の目的は兎も角行動自体には説明出来無い可笑しな点は無い。
そう考えると、二人の夢は洛陽に居る、と考える方が妥当なのかもしれない。
「曹操達は私達と同じ時に連合軍から撤退してるから洛陽には行ってない…
余程特別な抜け道がないと時間が足りないわ」
「皇女殿下っていう存在が居るから知ってる可能性も無いとは言えないけど…
正直、其処までする理由が判らないな…」
「そうよね〜…」
結局は行き詰まる。
もどかしくて仕方が無い。
真実には辿り着けない。
そんな気がしてしまう。
──side out。




