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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
731/915

21 詰め進む盤駒 壱


━━曹魏に対する偵察戦が行われている一方で。

各々の状況も動いていた。




 孫策side──


祭達が出発し、私達も合流予定地へと向けて出発する──その予定だったけど、出発が遅れていた。

いえ、正確には私達主要な者達の一部だけがね。

流石に軍全体にまで影響を及ぼす訳にはいかない。

だから、必要最小限の者が後発隊に回っているという状況だったりする。


──で、その要因とは。



「気が付いたの?」


「ああ、まだ熱が有るけど意識はしっかりしてるよ

食欲も──康拳は有る

丐志は普通…かな?

元々食が細いから有るのか無いのか微妙だけど…」


「取り敢えず食べてるなら大丈夫でしょ

食欲さえ有れば生きる為の気力は有る証拠よ」


「ああ…うん、確かに…」



何かを思い出した様な顔で納得する祐哉。

何を──と言うか“誰を”想像したのかは言うまでも無いでしょうね。


それは兎も角として。

祭達が出発して直ぐの事。

例の祐哉の近衛隊の隊長・副隊長である康拳達が急に倒れてしまった。

二人は戦力として計算内に入っている以上、欠く事は確実に痛手となる。

近衛隊が機能しなくなる、とまでは言わないけど。

二人が居るのと居ないのとでは明らかに違う。

…まあ、元々、二人を軸に立ち上げた部隊だしね。

そうなるのは当然の事。

機能するだけの部隊なら、解体して別の部所に分けて組み込んだ方が良い。

それ位に違うのよ。


だから、こうして参戦する事が可能性かどうか。

ギリギリの所まで待って、様子を見ていた訳よ。

無理はさせたくないけど、出来れば欠きたくはない。

中々に難しい所よね。

まあ、参加出来そうだから取り敢えずは一安心ね。



「…で、なんだけどな

二人が話が有るって…」


「…上役の祐哉じゃなく、主の私にって事?」



少し、先程よりも雰囲気に緊張感を滲ませる祐哉から言われた事に眉根を顰め、自然と声音が強くなるけど仕方が無いと思う。

私達の現状を考えれば。

此処で勝手な“我が儘”を聞き入れる事は出来無い。



「雪蓮、気持ちは判るけど威嚇しちゃ駄目だからな?

康拳達の話が何なのかは、まだ判らないんだからさ」


「…判ってるわよ」



窘める様に言う祐哉。

確かに、その通りだけど。

何か…面白くない。

別に今の祐哉が正しいから怒ったりするのは筋違いと判ってはるんだけど。

うん、何か、ね。



「一応、確認しておくけど二人共話しても問題の無い状態なのね?」


「ああ、従軍医の方からも後一日も休めば、動いても大丈夫だろうって」


「そう…なら、今は時間も惜しいし、直ぐに会うわ」



そう祐哉に言うと、二人が休んでいる部屋へと向かう為に歩き出す。

反応を予測していたのか、祐哉も同じ様に。

…理解されていると思うと少しだけ擽ったい。

けど、胸の奥は暖かくなり熱を帯びてしまう。




今、私達の近くには華佗は居ない。

居てくれたなら心強いけど彼の意志を尊重するなら、軍医は頼めない。

何より、戦争を起こす事は華佗には許容し難い事だと私達も理解している。

一方だけに、一部だけに、手を差し伸べる。

そんな真似を華佗は良しとしないでしょうから。

…まあ、そんな華佗だから私達も信頼をしているし、力を借りたいとも思うから仕方が無い事よね。


確かに華佗は居ないけど、彼から指導を受けた医者が増えた事で宅の医者の質が向上した事は大きい。

華佗は“朋友の真似だ”と言っていたけれど。

私達にとっては華佗こそが恩人なのは変わらない。

本当に感謝しているわ。

こんな戦争(下らない事)はさっさと終わらせて華佗を“国医”として迎える為に口説き落とさないと。

より良い孫呉の民の未来の為にもね。


そういった事を祐哉と二人話しながら歩いていると、目的地へと到着する。

既に定着した“ノック”をすれば、中から声が返る。

明るく暢気な印象なのに、何処か胡散臭さが滲む声は聞き慣れてしまった丐志の声に間違い無かった。


一声掛けてから戸を開けて部屋の中へと入る。

横並びに並んでいる五つの寝台の内の二つに、二人は身体を横たえていた。

丐志は此方を見ると直ぐに身体を起こしてきたので、右手で“無理をしなくても構わないわよ”と示す。

上半身を起こして座る形で丐志は頷いて見せる。


窓際の寝台を使う康拳は、窓の外を見詰めたままで、此方を見ようとはしない。

ただ、その姿は拒絶よりも怯懾している様に見える。

まあ、飽く迄も私の感じた印象として、だけどね。


因みに、二人の寝台の間に空いた寝台が一つ有る事は突っ込んではいけない。

普段なら面白いから絶対に放置はしないけど。

流石に今は、私でも空気を読んで自重するわよ。

…惜しいけどね。



「二人共、大丈夫?」


「ええ、御覧の通りです

皆様には御心配と御迷惑を御掛けしました」


「心配するのは当然の事よ

それに迷惑でも無いわ

だからね、私達が聞きたい言葉が何か判るでしょ?」


「…ええ、そうですね

ほら、左慈、貴男も拗ねた子供みたいにしていないで一緒に言いましょう

私も一緒ですから」


「…一々鬱陶しいんだよ、手前ぇが言う事は…」



丐志の言葉──挑発に近い発言に苛立った振りをして此方を向いてくる康拳。

口調こそ、いつも通りには思えるけど──普段に比べ気合いが足りない。

普段はもっと血の気の多い生意気な弟みたいなのに。

まあ、それを指摘するのは我慢するけど。

話が逸れちゃうから。



「…その…有難うな…」


「有難う御座います」



照れ臭そうに言う康拳と、本心か社交辞令か判らない丐志からの感謝。

ちょっと呆れそうになるんだけど──悪くない。

距離が近付いている。

そう感じられるから。

だから、私達も嬉しい。




さて、それはそれとして。

本題に入らないとね。



「私に話が有るそうけど…

何なのかしら?」


「…っ…」



康拳達──と言うか康拳を見詰めながら、私は用件をはっきりと告げる。

此方を見ている康拳が息を飲んだ事から緊張している事が判るが、此処で視線を逸らしたり、緩めたりする真似はしない。

しては為らない。


基本的に私は腹の探り合いというのは苦手。

何か苛々しちゃうしね。

だから、率直に訊く。

それが私の遣り方。


丐志の方は兎も角としても康拳は私に近い。

…まあ、春蘭とかみたいに宅の半分近くは、そういう気質なんだけどね。

だから、こういう時にこそ率直に訊く事が大事。

下手に気を遣うと逆効果で相手に躊躇わせるから。


康拳は一旦、私から視線を外すと丐志を見る。

視線を追ってもいいけど、今は敢えて視線は動かさず待つ事にする。

視界の中、康拳の眼差しが頼り無く揺れている。

──が、それも僅かな間。

目蓋を閉じ、一つ息を吐き目蓋を開いた時には普段の強い意志を宿した眼差しに戻っていた。

…いいえ、より強い覚悟を宿して、でしょうね。



「…俺達は揃って倒れて、そして、夢を見た…

ある程度の違いは有ったが概ね、同じ夢を、だ」



康拳の言葉を疑う気は無いのだけど、それは簡単には信じられない話。

驚きを抑えるだけでも結構大変だったりする。


だけど、それを聞いた事で納得している事も確か。

病でもなく、疲労でもなく倒れてしまった二人。

“何か”に魘されている。

そんな感じだったのを私も自分の眼で確認した。

勿論、疫病等の可能性から直ぐにではなかったけど。

熱の所為で“悪夢”を見て魘されている。

そう見えたのは私だけではなかったと思う。

きっと、祐哉もそう。


そして、二人以外には特に異変も兆候も見られない。

勿論、症状なんて無い。

だから、二人だけが特別と考えるのは必然的な事で、“二人が同じ夢を見た”と言われても、驚きはしても可笑しいとは思わない。

不思議な事は確かだけど。


“信じられるか?”と問う康拳の眼差し。

少しだけ間を置くと、私は康拳に答えを返す。

真っ直ぐに見詰めて。



「…続けて頂戴」


「その夢は具体性に欠け、かなり抽象的だった…

物語にすら為っていない、漠然とし過ぎる景色が続き流れ去ってゆくだけの…

訳の解らない物だった…

ただ、印象的な場面が共に二つ存在していた

暗く、深い、闇の中…

全てを染め、飲み込む焔…

それらを見て感じるのは…

悲哀・恐怖・憤怒・絶望・狂気・後悔──死だ」



…上手くは言えない。

多分、それを直に見ないと何も解らない。

そういう夢なんだという事だけは理解出来る。

逆に言えば、その程度しか理解出来無いのだけれど。




康拳が間を置く。

けど、それは私達の意思を確かめようとしての出来た間ではない。

単純に、語りながら出来た呼吸の間に過ぎない。

だから、口は挟まない。

まだ途中なのだから。



「…その焔の中に、俺達は倒れていた…

俺は倒れた于吉を見て…

于吉は倒れた俺を見て…

自分も倒れ伏している…

何も出来ず、ただただな…

己の無力さに腹が立つ程に情けない夢だった…」



そう言って自嘲気味に笑う康拳は静かに俯いた。

夢とは言え、其処に感じた悔しさは本物だから。

だから、不甲斐無く思う。

己の弱さを、無力さを。


励ます為に言葉を掛ける。

それは簡単な事だ。

当たり障りの無い言葉を、取り敢えず選べばいい。

しかし、本当に当人の事を思うのならば余計な言葉は掛けない方が良い。

自らが答えを導き出す事が何よりも大きな力に為る。

その為の切っ掛けを与える程度なら構わないけど。

今回の場合には下手な事は言わない方が良い。

康拳みたいな者には特に。


康拳から視線を外し、隣に立っている祐哉を見る。

同じ様に此方を向いてきた祐哉と視線が重なる。

“触れないで置こう”と、互いの意思も重なる。


私達は揃って丐志へ視線を向けると“判っています、左慈は私が慰めて、序でに色々と遣っちゃいますから安心して下さい”と笑顔で言外に語ってくる。

つい“振れないわね…”と思ってしまった私は決して可笑しくはない。

寧ろ、こういう時にでも、隙を狙っている丐志の方が可笑しいと思える。

……あ〜、でも、あれね。

好きな相手の心を射止める為だったら、弱ってる所に突け込もうとする考えとか理解出来るのよね〜。

そう考えると可笑しいとは思えないし、それとは逆に逞しいと思ってしまう。


恋をしていれば“乙女”に限らないって事よね。

関係無い話なんだけど。




私達が丐志を見た理由は、康拳に続きを促すのは少々難しいと思ったから。

だから、“康拳に代わって続きを話して”という意を伝えたかった訳で。

決して!、弱ってる康拳の隙に突け込む真似を促した訳ではないので。

其処は間違えないで頂戴。

丐志が何をしようとも一切私達には責任は無いので。


──で、本題に戻るけど、丐志は淡々と話し出す。

性根が真面目な康拳と違い丐志は大丈夫みたいね。

“何とも無い”訳ではないのでしょうけど。



「その夢を見たから、と…

そう言えるのでしょうね

何と無くですが、どうして私達二人には過去(記憶)が無いのか…

それが判った気がします

私達は闇に呑み込まれて、憎悪や復讐といった激情の焔に焼かれたのだと…

その様に思えた訳です」



“つまり、自業自得です”と言うかの様に笑う丐志に私達は言葉に詰まる。

何も言えなくなる。

当人が理解している以上、慰めも励ましも無意味で、肯定するも可笑しいし。

どうすべきか悩む。


そういう意味では、康拳は物凄く判り易い。

ツンデレだけど、基本的に感情的だから。

だけど、丐志は真逆。

普段、人当たりは良いけど基本的に感情が見えない。

本心を見せない。

だから、こういう時に少し反応に困ってしまう。


尤も、そんな私達の反応を見て楽しんでいる節も多少有るんでしょうけどね。

凹んではいても、前向きに受け止められているのなら私達も言う事は無い。

其処から先は本人次第。

他人任せには出来無い事。


そういう意味では丐志より康拳の方が、子供っぽいのかもしれない。

こういった時、素直に人を頼れない辺りも含めてね。




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