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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾玖



「う〜…ベタベタする〜…早く着替えたいよ〜…」


「自業自得じゃ、我慢せい

…まあ、脱ぐのは構わんが代わりの服は無いからのぅ

裸で過ごせるのなら、儂は一向に構わぬがな」


「無理無理っ、裸で過ごすなんて絶対に嫌だもん!」


「ならば、今は堪えるしか有るまい」


「…うぅ〜…」



血に塗れた様な服を摘まみながら肌から離そうとする蒲公英を見ながら諭す。

不満は残っておる様じゃが理解はしておるんじゃろ。

蒲公英にしても愚痴を溢す程度じゃろうからな。

儂も必要以上に厳しい事は言いはせんわ。


…ただまあ、何じゃな。

半分は事故の様な物じゃが運が悪いと言うか。

変装の為に儂等も兵士共に合わせた服装をしておる。

それ故に下着以外は衣服の素材や作りは粗悪。

個人差は有るが、一応服は二〜三枚重ね着している。

それでも、染み込んでくる“紅熟桃”の果汁が凄いと言わざるを得ないがのぅ。

寝惚けて齧る辺りが、な。

まあ、笑い話に為る程度で済んでおるだけ増しじゃと考えねばならんな。

儂等は、見逃(生か)された訳じゃからのぅ。



「──あっ!、祭さん!

彼処に誰か居るよ!」


「何じゃと?」



不意に蒲公英が指を差した方向へと顔を向ける。

すると、確かに誰かが地に倒れ伏していた。

遠目故に誰かは判り難いが服装から見て、此方の者。

自分達の状況から考えれば宅の誰かの可能性が高い。


そう判断し直ぐに蒲公英とその者へと駆け寄った。



「…んおぉ〜……むにゃ……まりゃまりゃりゃ〜………まりゃ〜…わらひは〜……まりゃいけりゅりょ〜……たべりゃりぇりゅぞ〜……ふっ…ふひゃひゃ〜…」


「…何か、幸せそうだね

此処で起こしたら悪い気がするんですけど…」



地面に転がっている春蘭を見下ろしながら気不味気に此方を見てくる蒲公英。

だが、その様に言っている割りに今直ぐにでも春蘭を起こしたそうな笑みを見せ楽し気にしている。


…そう言えば、此奴は結構策殿や小蓮様と気が合って色々遣らかしてくれておるからのぅ。

こういう時でも悪戯したく為るんじゃろうな。



「まあ、起こさねばならん事には変わらぬしのぅ…

程々にしておくんじゃぞ」


「はぁ〜い♪」



嬉しそうに返事をすると、蒲公英は春蘭の傍らに屈み右手で春蘭の髪を掴み上げ毛先を鼻の下に這わせる。

それをただ見ているだけで擽ったくなる様な手付きは“こういう事”に対しての蒲公英の熟達具合が判る。

それを証明する様に春蘭は眉間に皺を寄せ、不快さを表情に浮かべている。

そんな春蘭の反応を見て、更に嬉々とする蒲公英には呆れるしかないがな。


取り敢えず、それを見ても無意味に擽ったくなるので見ない事にする。

周囲を確認する意味も含め辺りを見回してみる。

…まあ、予想通りに人影は無いがな。


そして、程無く。

盛大な嚔と鈍い音、小さな悲鳴が上がった。





「…うぅ〜…痛い〜…」



頭を押さえながら歩くのは春蘭に悪戯をした蒲公英。

それは自業自得だった。


鼻を擽られ嚔をした春蘭が何の反動なのかは判らんが上半身を勢い良く起こし、その結果、顔を覗き込んだ格好になっていた蒲公英に綺麗な頭突きを入れた。

悪戯慣れしている蒲公英も策殿の様な“勘”は無く、回避は出来無かった。

当の春蘭は嚔をした事には気付いていたが頭突きには気付いていなかった。

それを聞いては儂も流石に蒲公英を不憫に思った。

──と言うか、春蘭よ。

お主、一体どの様な石頭をしておるんじゃ。


…それは兎も角として。



「そうか…妹の夏侯淵か」



春蘭から誰と戦ったのかを訊いて、予想通りな答えに静かに納得する。

やはり、曹魏は儂等に対し縁の深い者を当ててきた。

その意図は定かではない。

──が、一つだけ判る事が有ったと言えよう。

それは曹魏と宅は根本的に縁が深いという事。

因縁という意味ではなく、良い意味でじゃがな。



「…春蘭、妹と戦った事は劉備の所の者達には話すな

勿論、蒲公英の存在もだ」


「ん?、何故だ?

蒲公英の事に関しては元々秘密にする様に言われたが何故私の妹の事も隠す?」


「お主の妹が曹魏に居ると連中に知られれば内通者と疑われ兼ねん…

それ自体は突っ撥ねる事は容易いが、余計な火種にも為り兼ねんからのぅ…

現状、下手に情報を与える事は控えるべきじゃ」


「むぅ…そういう事ならば仕方が無いな…

判った、黙っておこう」



そう言う春蘭なんじゃが…正直、不安で仕方が無い。

まあ、当初の様に連中とは儂が話す事にしよう。

恐らくは、それが一番確実じゃからな。



「──あっ、また居た」


「次は誰じゃ?」


「あれは………季衣だな

あの服には見覚えが有る」


「うん、季衣ちゃんだね」


「ああ、季衣じゃのぅ」



春蘭の言葉に同意した様に見えるじゃろうが…実際は儂等と春蘭では季衣じゃと判断した理由が違う。

春蘭は服装を見て、季衣と判断した訳じゃが。

儂等は周囲の地形の変化を見て、季衣と判断した。

あの様に馬鹿気た感じに、地面を凸凹に出来る者などそうは居らんからのぅ。


駆け寄ると春蘭は季衣へと両手を伸ばし両肩を掴んで軽く揺する。



「季衣!、起きろ季衣!」


「……ぅ…んにゃぁ〜…………超特盛り拉麺が〜…………じゅるるるるっ……」


「全く、仕方の無い…

食い意地の張った奴だ

おい!、起きろ季衣っ!」



呆れながらも、起こそうと先程よりも大きな声で呼び掛けながら身体を揺さ振る春蘭──を横目で見ながら蒲公英が儂に近寄り小声で話し掛けてくる。



「…実は春蘭さんも同じ事言ってたのにね〜…」



そう馬鹿にする様に言った蒲公英ではあるが。

“お主も同じじゃったぞ”と胸中で呟く。

後が面倒臭いので口に出す事はしないがのぅ。




季衣を起こし、春蘭同様に戦った相手が誰だったかを確認すれば…案の定、例の幼馴染みの典韋だった。

春蘭同様に口止めをした。

──が、その点は兎も角、季衣の状態が…のぅ。



「…うわぁ〜…痛そう…」


「…痛くなくはないけど…何方かって言うと腫れてて見難いかな〜…」


「え?、そういう問題?」


「え?、違うの?」



蒲公英と暢気な会話をする季衣は顔面が腫れ上がって赤黒く為っている。

儂と同様に手当てをされた状態では有るが…はっきり言って、季衣と関係の浅いよく知らん者が見たなら、季衣とは気付かんな。

勿論、話したりすれば直ぐ気付くじゃろうが。

黙っているだけでは誰だか判らんじゃろうな。



(まあ、季衣と同等の力を持った者と殴り合ったら、そう為るじゃろうがな…)



恐らく、勝った典韋の方も相当な状態じゃろう。

“お互い様”じゃから特に遺恨は残らんじゃろうが。

まるで子供の喧嘩じゃな。

尤も、当の本人は意外な程すっきりとした様子。

…それは儂等も同じか。


各々が闘い、敗北した。

しかし、悔いは無い。

それはまあ確かに負けた事自体は悔しくは有るが。

それは未来(先)に進む為に糧となる。

だから悪いとは思わない。

寧ろ、良かったと思える。

そういう闘いだった。


そんな事を考えながら皆と進んでいると。

岩陰から人影が現れた。

咄嗟に春蘭が愛剣の柄へと手を置いて構えた。



「──ん?」


「──っ!?、って、何や…

春蘭様か…焦ったわ〜…」



岩陰から出て来たのは背に于禁を背負った真桜。

此方を確認すると息を突き緊張を緩めた。


その反応も仕方が無い。

当然と言えば当然か。

流石に一人だけでは警戒を緩める事は出来無かったのだろうな。

春蘭を見た瞬間、一瞬だが身体を強張らせていた。

于禁を背負っている事で、行動は制限されてはいても逃げる位は出来る。

戦場で生き残るには大事なだからな。



「無事だったか、真桜」


「何とか、やけどな…

皆も…って、季衣…なん?

何やねん、その酷い顔は」


「えへへ〜…」


「いや、誉めとらんから、照れる所とちゃうし」



此方を見て──季衣の所で驚いている真桜。

だが、季衣と一緒に普段の様子で会話している辺り、儂等と同じだと感じる。



「真桜、誰と戦った?」


「ん?、ああ…楽進や

まあ、敗けたんやけど…」


「気にするでない、儂等も皆、敗けた身じゃ

偉そうには言えんがのぅ」



そう言うと、言いたい事を察したのか真桜は苦笑して小さく頷き返した。


ただ、真桜の件だけは共に于禁も居った事も有って、秘密には出来ん様じゃ。

まあ、全部を秘密にすれば怪しまれるじゃろうから、丁度良い目眩ましには為るじゃろうがな。




本隊が布陣している予定の場所に到着した。

其処に人影が三つ有るのが確認出来る。

背格好からして、諸葛亮・趙雲・張飛だろう。

彼方も此方に気付いた様で顔を向けてきた。

張飛は気を失っているのか反応が見られないが。

取り敢えず、捨て駒だった兵士達以外は皆生きているという事の様だ。


しかし、血の跡は幾らかは有ったが血溜まりは無く、屍に関しては肉片一つすら落ちてはいない。

戦場は見事なまでに綺麗に“掃除”がされている。

その手際の良さには勿論、早さにも驚かされる。

…まあ、実は儂等が数日間気を失っていた、とすれば可笑しくはないが。

そうではないじゃろう。

単純に、曹魏の技量が高いという事じゃろうからな。



「皆、無事だったか…」


「無事と言えば無事だが、実際には見逃されたというのが正しいじゃろうな…」


「…そうか……我等もだ」



声を掛けてきた趙雲と儂と言葉を交わすと、趙雲達は静かに俯いた。

儂等とは違う、後悔の色が強く表情に滲んでいる。

理由までは解らぬがな。



「…宅の李典と、其方等の于禁が戦った相手は楽進と判っておるが…

彼方も此方等と同様に兵と同じ格好をしておった…」


「…っ……そうですか…」



そう申し訳無さそうな体で言うと諸葛亮は察した様で深くは追及してこない。

軍師故の思考の早さが逆に自らの隙と為る。

また、後々バレたとしても儂は一切悪くはない。

“特に訊かれなかったから言わなかっただけ”だ。

情報を隠してはおらんし、嘘も吐いてはおらん。

ただ、言わなかった。

それだけじゃからのぅ。


…まあ、儂以外には情報を伏せさせてはおるが。

それは別の話じゃからな。

この件には関係無い。


後は、怪しまれぬ様にして話を流してしまう。

幸いにも、今の状況じゃと話題は幾つも有るしのぅ。





「…諸葛亮、趙雲よ

確認するが、お主等が敵の将師と対峙したのか?」


「…ああ、私と張飛が敵の軍将の関羽と戦った…

結果は先の通りだがな」



そう言って自嘲気味に笑う趙雲は嘘は吐いていない。

ただ、儂等同様に何かしら有った事は確かじゃろう。

追及する真似はせんがな。

追及すれば己の首を締める様な物じゃからのぅ。


趙雲から視線を諸葛亮へと移して話を促す。



「…私は本隊が壊滅の後、捕まってしまいました

その中で荀或さんに会った事は間違い有りません…

ですが、会話は挨拶程度で有意義な情報は殆んど…

気絶させられた…のだとは思いますが…武術の心得の無い私には判りません

気付いた時には…」


「張飛を抱えて戻って来た私が見付けて起こした所にお主達も戻って来た、と…

そういう状況だな」


「…成る程のぅ」



まあ、これだけ情報を隠し事を運べる曹魏じゃ。

こんな所で重要な情報など漏らしはせんじゃろ。

意図的に漏洩する可能性は考えられるじゃろうが。

現状では無いに等しい。

精々、戦力の一部を儂等に見せてきた、という程度。

それも劉備達の方には先ず情報が行かない形で。



(…同盟を崩す気か?

…いや、それならば疾うに此方等に接触しているな…

劉備を裏切って襲わせようという腹積もりか?

…それも有り得ぬな…)



基本的に曹魏が動いた方が何事も容易いだろう。

態々受け身に為る理由など──っ、そうか。

そういう事じゃったか。


成る程、確かにそれならば動かぬのも道理。

そして儂等を生かした事も放置している理由も全て、説明する事出来る。




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