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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾漆


 荀或side──


戦況は予定した通りに。

順調に進んでいる。

少々、予定外の始まり方を迎えてしまったが。

それは、一々気にする程の事ではなかった。

その程度は問題無い。


──が、看過出来無い事も確かに存在している。



(ったく…全く、全くっ!

ああもうっ、何なのよっ!

こんなの見せられてたら、私一人だけ大人しくなんてしてられないわよっ!)



胸中で、思いっ切り叫ぶ。

決して口には出さないし、表情や態度にも出さない。

…まあ、多少は雰囲気には滲むかもしれないけれど。

それに気付く者は今は私の側には一人も居ない。

それは喜ぶべきなのだが、抑、それが原因でも有る。

なので、心中は複雑だ。

複雑過ぎて面倒臭くなる程気持ちも掻き乱される。


だけど、仕方が無い。

頭では理解している。

けれど、心は抑え切れない熱に侵されている。

“私だってっ!”、と。

本能が叫んでいる。

女としての欲望が求める。

じっとしているなんて事は馬鹿馬鹿し過ぎる。

直ぐにでも動き出せ。

そう、吼えている。


勿論、それを許してしまう事は無いけれど。

我慢しなくては為らない、現状の自分の役目に対して苛立ちを覚えてしまうのは可笑しな事ではない。


自分と同じ、妻(恋敵)達が目の前で咲いているのだ。

刺激されない訳が無い。

もしも、叶うのならば。

今直ぐにでも指揮を放棄し自分も単身敵軍に向かって行きたくなる。

武人だとかではなく。

雷華様の妻として。

高み(その隣)へと立つ事を望み、歩むからこそ。

その想いは激しく猛る。


しかし、それを抑えてこそ軍師という者だ。

感情任せが絶対に悪いとは今の私は言わない。

以前なら、“何言ってるの馬鹿じゃないの?”なんて言っている事でしょう。

でも、今は違う。

時には、そういった勢いも有効な手段の一つであると理解しているのだから。

尤も、それは私達軍師より軍将に適した方法。

私達軍師の場合は、それを必要とする様な状況自体を生み出さない事が肝心。


曹魏の軍将にとって武勇が目立つという事が未熟さと晒す事に等しいのと同様に軍師にとっては、奇策等の戦場での突発的な策を使う状況は恥に等しい。

勿論、敵の将師が自分達を上回っていたのであれば、それは仕方が無いが。

想定外(偶然)の十や二十で崩れてしまう様では、全く話に為らない。

何故なら、その程度だと。

証明しているのだから。


だから、曹魏の将師とは、常に目立ちはしない。

世間的に云う武勇伝だとか逸話や大活躍は。

私達に言わせれば未熟故の“悪目立ち”である。

その程度では務まらない。

軍を率いる事を任されて、個が目立つ様では。

曹魏の将師というのはね。


今回の様に、特別な理由や意図が無い限り。

個で動く事は無い。

それ故に、不動。

我欲に走った者の末路など想像に容易いのだから。



──side out。



 諸葛亮side──


先んじていたつもりが。

その実、全てが後手。

読まれた上に、読み切れず掌の上で弄れている。

そんな風に思ってしまう。

…いいえ、実際に現状は、そういう状況。

完全に、私達の敗北です。



(…鈴々ちゃんの心の中に有った関羽さんへの感情を読み切れなかった時点で、私達は敗けていました…)



別に、鈴々ちゃんが敗北の原因だとは言わない。

確かに、策を台無しにして勝手に行動した事自体には責任が有りますけど。

そういう事に為る可能性を排除出来無かった私達にも責任は有りますから。

だから、私は鈴々ちゃんが悪いとは言いません。

…まあ、文句や愚痴が全く無い訳では有りませんが。



(…状況は全てに敗戦…

元より兵は捨て駒ですから気にはしませんが…

他の人達は別です)



先ず、此方ですと、星さん・鈴々ちゃん・沙和さん。

これからの事を考えたなら彼女達を此処で欠く事態は避けたい事です。

仮に、犠牲が出るにしても…沙和さんだけです。

星さん達二人だけは絶対に欠かせません。

代わりが居ませんから。


そして、それ以上に絶対に死なせられないのが、今回同行している黄蓋さん達。

彼女達は私達が孫策さんに“預けられている”存在。

もしも此処で彼女達の内の誰か一人でも死亡したなら同盟関係は終わります。

直接に命を奪ったのが曹魏だったとしても。

信頼して託された家臣達の命を奪われた責任は私達に有るのですから。

両者の関係は終わります。

孫策さん達は私達に対して絶対に敵対するでしょう。

何方等が強者なのか。

それを考えれば直ぐに判る事ですからね。


そうなってしまえば私達に未来は存在しません。

曹魏と孫策さん達。

両方を敵に回すのですから先ず私達が生き残れるとは思えません。


ですが、黄蓋さん達の死ぬ可能性は低い筈です。

曹魏が彼女達の事を簡単に殺してしまうとは、私には思えませんから。

となると、捕虜となるのが可能性としては、現状では最も濃厚でしょう。

…此方は微妙な所ですが。

関羽さんが居るのであれば捕虜で済む可能性は十分に有るとは思います。



(だとすれば…現状で私が取るべき最善策は…)



第一に、生き残る事。

第二に、皆さんと離れない様にする事、でしょう。

それはつまり、私も曹魏の捕虜と為る事。

それしか有りません。


この状況下で私が皆さんと合流する事は不可能。

私には身を守る程度の武力ですら有りませんから。

単身で脱出するというのも当然ながら出来ません。


故に抵抗しては為らない。

しかし、此処で降伏しては害悪(兵達)は残す結果にも繋がってしまいます。

曹魏が引き取ってくれれば残っても構いませんけど。

そんな愚かな真似を曹魏が遣るとは思いません。

なので、彼等は全て此処で“始末する(使い切る)”。




負け戦でも、望む状況には近付けて行けている。

──多分、その筈です。

その証拠に、私の周囲には味方は一人も居なくなって曹魏の兵だけに為った。

曹魏の兵達に囲まれたまま私は静かに地面に座って、大人しくしている。

気になる事、訊きたい事は多々有るけれど。

決して、余計な事はせず、待つ事だけに徹する。



「第二班、東の応援を頼む

第四・五班は掘削を開始

第一・三班は屍の収集を」


「了解しました!」



指揮官──いえ、恐らくは部隊長辺りなのでしょう。

装備が統一されている為、判別し難いですが…多分、女性だと思います。

伝令役だろう、返事をした相手は男性だった。

身長は後者の方が高いけど大きく違う訳ではない。

その為、前者が男性だったとしても違和感は無い。

だから、辺り前の光景だと思ってしまう。

思ってしまっても、それは可笑しな事ではない。


けれど、実際には異なる。

現状では一般的な兵士とは殆どが男性である。

女性の兵士は極めて少ないというのが実状。

その理由の一つが大多数を占めている男性が持て余す性欲を自制出来無くなれば所属する少数の女性に対し向けられ、被害が出るのは容易に想像出来るから。

だから、基本的に軍の中に女性を置く事は難しい。

現に、桃香様の仁徳の下に集まった義勇軍にも女性は入れては居なかった。

私達は将師という立場が、その権力と威光が有るから大丈夫だっただけで。

そうでなければ…その先は言うまでもない。


また、私達だけではなく、更に部隊規模でも女性達が上に立つと、それを嫌って不満を懐く男性が出る事も理解しているから。

だから、要職に置く事自体難しいというのが現実。

勿論、私としては才能有る女性達を取り立てて重用し男社会の政治形態を変えて行きたいと思う。

…実際には困難だけれど。


孫策さんの所は先代からの風習として女性も居る為、その辺りは厳しくされて、しっかりとしている。

でも、普通は出来無い。

其処まで圧倒的な影響力を持つ人が上に立つ、という状況が実現しないから。

居ても、登り詰められずに消えてしまうから。


だから、曹操さんが如何に凄いのかを。

曹魏が凄いのかを。

改めて思い知らされる。


その曹魏の軍の戦いを直に見た事で初めて理解出来た事が有ります。

正面に戦って勝てるなんて正常な思考をしていれば、子供にすら判るでしょう。

それ程に圧倒的な戦力差を目の当たりにした。


そんな私の脳裏に有るのは“出来れば、使う事無く、事を成したい”と。

そう思っていた“アレ”を使わなくては為らない。

それを私に決意させるには十分な事だったと。

そう言えるでしょう。




“御客”という訳ではない事も有り、基本的に私には見張りが付けられていて、下手な事は出来ません。

まあ、今の私に出来る事は自害する位でしょうか。

それも舌を噛み切って、と限定された方法でしか無理でしょうね。

見張りの兵から武器を奪うなんて私には出来ませんし短剣も持っていません。

捕まった時に衣服等に対し検査も行われました。

──あっ、其処はちゃんと女性の方でしたよ。

何気無い事でしたが曹魏が如何に高い統制が取られた組織なのかを感じました。

同時に、これは取り入れるべきだとも思いました。

…まあ、直ぐに実践出来るとは思いませんが。

将来的には意味が有る事は間違い有りませんので。


──といった感じで静かに目蓋を閉じて色々と考え事をしていると。

顔に当たっていた日差しが遮られた事で気付く。

ゆっくりと目蓋を開けて、俯いていた顔を上げれば、見知った顔が有った。



「久し振りね、諸葛亮

顔を合わせる事は、と言うべきでしょうけど」


「はい、お久し振りです

こうして話をする事自体は初めてですね、荀或さん」



一部では“猫耳軍師”とも呼ばれている曹魏の軍師の代表格である荀或さん。

彼女が目の前に居た。

けれど、直ぐ側ではない。

地面に座った私から見て、立ち上がって三歩分程。

距離を置いて立っている。

太陽の位置の関係も有って表情は翳って見えるけど、判らない訳ではない。

冷静な、感情の読めない。

星さんの笑顔に近い表情に内心で苦々しく思う。

同時に“流石ですね…”と感心もしてしまいます。



「自分の置かれた状況は…

態々説明なんてしなくても判るわよね?」


「…はい、理解してはいるつもりです…

私の認識と齟齬が無ければという上でですが…」


「その程度も理解出来ずに軍師を名乗っているのなら恥知らずもいい所だわ

まあ、以前の貴女だったら兎も角として、今は違うのでしょうけど…」



その言葉は貶されたのか、認められたのか判り難く、反応に困ってしまう。

でも、悪い気はしなかったというのが本音です。





「それにしても中々大胆で面白い策だったわね…

戦力を確保しつつ、領内の害悪(火種)を自分達の手を汚さずに始末し、その上で此方の戦力を削ぐ…或いは探るといった所かしら…

更に上手く行けば、曹魏に攻め込む大義名分を強引に掲げられるでしょうしね

成る程、一石“四”鳥にも為りそうな手ね」


「………」



淡々としながらも、此方の意図を完全に読み切る姿に寒気を覚えてしまう。

何処が一番恐ろしいのか。

それは此方の兵が如何なる存在であるのか。

それを見抜かれた点。

普通、其処まで明確な事は見抜けない。

見抜ける訳が無い。

細作でも放っているのなら話は別ですが。

私達とて身辺調査は勿論、領内に言動が怪しい人物は居ないかは調べています。

居ない、というのが現状。

だからこそ、恐ろしい。



「とてもじゃないけど真似出来無いわね」


「………ぇ?」



そんな中で、出た一言。

それが一瞬、現実なのか、夢なのか判らなくなる。

だって、あの曹魏に真似が出来無い策ではない。

遣る必要は無くても。

だから、困惑してしまう。

だから──嬉しくなる。

嬉しくて、熱くなる。

不思議な程、胸の奥が。



「だって、そうでしょ?

そんな事が出来るのは未だ民が苦しむ現実が有る地に限られるもの

民が心から笑って居られる曹魏には不可能よ」


「──っ!!」



──が、頭を殴られた様な衝撃に思考は壊れる。

それは事実であり、現実。

認めたくはなくても。

茫然となる中、私の意識は薄れていった。



──side out。



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