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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾陸



「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ──にゃあっ!?」


「チッ…下がれ鈴々っ!」


「判ったのだっ!」



繰り出した連続突きに対し突き合わされて蛇矛を弾き上げられてしまった。

其処に出来た隙は致命的。

でも、一人じゃない。

これは二対一の戦い。

星が居てくれる。

その逆も同じ。

だから、簡単に終わる様な事には為らない。


星の指示に従って関羽から一旦距離を取る。

集中してる時は大丈夫でも間を置くと、疲れが一気に襲ってくる。

額を、頬を、首筋を、伝い流れ落ちてく汗。

息は荒く乱れ、肩は自然と大きく上下してしまう。


普段は先ず無い事だ。

自分達が経験してきた中に今程疲れる戦いは数える程しかなかった。

その数は片手で足りる。

それだけ、関羽達と他との差が大きな証拠だ。



(…やっぱり凄いのだ…)



それは素直な感想。

悔しいけど、何処か嬉しく誇らしく思える。

ただ、同時に胸の奥が鈍くズグンッ…と痛む。

胸の奥を握り潰される様な息苦しさと共に。


脳裏に浮かぶのは今はもう思い出(過去)に為っている物凄く懐かしい景色。

けど、現実(いま)は違う。

其処に居る者は同じなのに全然違っているのだ。

全然──楽しくないのだ。



(…どうしてなのだ?…)



心の中で問い掛ける。

“誰に”とは言えない。

自分自身に対しても。

関羽に対してでも。

星に対してども。

それは言える事だから。

明確には判らない。

ただ、口に出したくても、今は出せない。

出しても無意味だから。

どんなに叫んで訴えても、届く事は無い。

仮に届いていたとしても、答えが返る事は無い。


その為に必要なのだ。

強者(勝者)だけが得られる特別な権利が。

だから、負けられない。

勝たなくては為らない。



(…けど、今のままだと、勝てる気がしないのだ…)



攻めても攻めても関羽には容易く捌かれ、避けられ、逸らされ、躱されて。

正面に当てる事も難しくて攻め切れないでいるのが、今の状況だったりする。

此方は二人居るのだから、同時に攻撃すれば当たると思うのに当たらない。

二人の息が合ってないとか狙いが違ってるとか。

そんな理由じゃない。

兎に角、関羽は巧いのだ。


合わせて仕掛け様とすれば機を窺っている所を狙って攻撃をしてくる。

勘に任せて遣ろうとすれば躱されたり逸らされたりで星に当たりそうになる。

誘っても引っ掛からないし星との距離を開け過ぎれば片方に集中攻撃が来る。

入れ替わりながら休ませず攻撃するしかない。


それなのに、その関羽から疲れてる感じを受けない。

だから困っている。

此方は疲れているのに。

関羽は疲れてないとしたら長引く程に不利に為る。

でも、短期決着は現状だと出来る気がしない。


そう考えながら。

束の間の休憩を終え、星と交代する為に、再び関羽に向かってく。

答えは出なくても。




頑張れば、何とかなる。

諦めなければ、可能性は。

そういう話ではない。


気持ちだけでは続かない。

その気持ちも折れ掛ければ苦痛や疲労感は一気に増し襲い掛かってくる。


──それでも、と。

自分を奮い起たせ、武器を手に握り締める。

まだ終われない、と。

ただただ、意地だけで。

目の前の関羽へと向かう。

関羽だけを見詰めて。


──だから、なんだろう。

自分の状態に気付かずに、足を踏み出してしまった。



「────にゃ?」



右足は地面を踏んだ。

踏んでいる筈なのに。

水の中に足を入れた様に。

右足が沈んでく。

──いや、そうじゃない。

沈んだのは右の膝。

全く力が入っていなくて、力を入れても入らなくて、力無く崩れ落ちてく。

まるで布団に突っ伏す様に地面へと身体は傾く。

前に進んだ筈なのに。

下に向かって倒れ込む。


それをまるで他人事の様に感じている自分が居る。



「──終わりだ」


「────」



地面に差した陰。

頭上から聞こえた声。

それだけで理解出来た。

こんな決定的な隙を関羽が見逃す筈は無い。

だったら、此処までだ。

此処で自分は終わる。


そう思った瞬間。

不思議と落ち着いていた。

同時に何処か安心している自分にも気付いた。

“どうしてなのだ?”と。

考える必要は無かった。

答えはずっと、自分の中に有ったのだから。



(………長かったのだ…)



“坊々”が死んだ日。

あの日から、ずっと。

食べる(生きる)事だけを。

ただそれだけを考えて。

それに従ってきた。


だけど、あの日。

“お姉ちゃん達(二人)”と出逢った日に。

本当は、自分は死んでた。

過去(鈴々)が死んで。

未来(鈴々)が生まれた。

その瞬間だった。


その後は楽しかった。

怒ったり、泣いたり。

喧嘩したり、喜んだり。

色んな事が有った。


けど、それは終わった。

あの別れの日に。

終わらない苦悩が始まる。

あの別れの日から。


乗り越えた気がした。

もう大丈夫だと思った。

でも、そうじゃなかった。

全然平気じゃなかった。

駄目駄目だった。


結局、答えは貰えなくて。

伝えたい事も伝えられず。

中途半端に終わってく。


でも、仕方が無い。

これが、生きる事だから。

そんな風に思えるのは。

きっと、生きてきた時間が幸せだったから。


色々と辛くて、苦しくて、悲しくて、嫌な事ばかりが多かったけど。

だけど、それでも。

本の一握りの“幸せ”が。

自分にとっては宝物で。

とっても大切な事だから。


だから──終わりなのだ。

もう疲れちゃったのだ。

ゆっくりしたいのだ。

のんびり、眠りたいのだ。



「────鈴々ーっ!!!!」



星の声が聞こえる。

だけど、もういいのだ。


もう…おやすみ、なのだ。




閉じた目蓋の向こうが更に暗くなった気がした。

夜に為ったみたいに。

背中を叩く様な衝撃。

だけど、痛みは無い。

ただ、身体を包み込む様な温もりが心地好い。


記憶の中に有る温もりを。

坊々(母)を、二人(姉)を。

思い出しながら。

そのまま眠りに沈めるなら幸せだと思う。



「──それを選んだか…」


「────────ぇ?」



関羽の声が聞こえた。

何かに遮られている様に、聞こえ辛かったけど。

間違い無く、関羽の声。


その瞬間、意識は内側から外側へと反転する。


鼻が嗅ぎ取った臭い。

それは、よく知っている。

嗅ぎ慣れた臭い。

長い間、身体に染み付く程側に有り続ける臭い。

鉄臭い──血の香り。


それを理解した瞬間。

自分が何かに抱き締められ包まれている事に気付く。

当然だが、関羽ではない。

なら、誰なのか。

答えは一つしかなかった。


慌てて抱き締める両腕から抜け出すと、恐らくは──いや、間違い無く、自分を庇ったのだろう。

力無く弛緩している身体を抱き締めて、揺らす。

そして、真名を呼ぶ。

必死に、呼び叫ぶ。



「──星っ!、星ーっ!!

しっかりするのだっ!

目を開けるのだっ!!」



でも、星は目覚めない。

全然、起きない。

それだけじゃない。

星を抱えた両手──両腕は生暖かく、泥々とした血で染まってゆく。

何度も手に触れた筈が。

慣れている物の筈が。


今は、物凄く気持ち悪い。

その臭いが、生暖かさが、感触が、全てが不快で。

吐き気がしてくる。

だから思わず右手で口元を押さえれば、血が口の中に入ってしまった。

自分を庇った、星の血が。



「──っぅっ、ぅげぇっ、ぅぁ゛あ゛ぁっ…」



星の身体を地面に置くと、少し離れた所に踞って我慢出来ずに吐き出した。

普段なら“勿体無いのだ”なんて言って意地でも我慢している所だけど。

今は無理だった。

お腹の中から、心の中から──涙と一緒に。

色んな物が溢れ出す。



「…お前は何故、戦う?」



その声に、息を荒げながら顔を上げた。

関羽が見下ろしている。

嘗ては友人の様に仲の良い相手だった星を殺したのに全く悲しさを見せない。

鋭く冷たい眼差しで。

自分を見て、訊いてくる。


文句を言いたくなる。

でも、それは出来無い。

怖いからじゃない。

自分には言う資格が無いと判っているから。

それに望んでいた会話だ。

内容は違っても。

望んでいた事なのだ。

話さない理由は無い。



「……それはお姉ちゃんの理想の為に…」


「そうではない

私が聞きたいのは、張飛

お前自身の戦う理由だ」


「………鈴々…の?…」


「そうだ、お前の理由だ

劉備の理由は劉備の物…

私の理由は私の物…

それと同じ様に、お前の、お前だけの理由だ」


「……鈴々…だけの……」





自分だけの戦う理由。


そう関羽に訊かれた。

それで考えてみる。

どうして戦うのか。

何の為に戦うのか。

頭に浮かんでくる理由。

それらが本当に“自分の”理由なのかどうか。

一生懸命考えてみる。



「…………解らないのだ」



──が、解らない。

“これがそうなのだ?”と思える事は幾つか有る。

けど、解らない。

と言うよりも、しっくりと来ないのだ。

“これなのだ!”と。

はっきり言える事が。

浮かんで来ないのだ。



「…張飛、お前にとって、何よりも譲れない物…

何よりも大切な物…

それは何だ?」


「……何よりも…」



頭に浮かぶ事は有る。

御飯を食べている自分。

戦って勝っている自分。

“凄い!”と皆から笑顔で誉められてる自分。

何れも大事だと思う。

けど、違う気がする。

上手くは言えないけど。



「…それが何なのか…

考えようとしても簡単には思い浮かばないし、自信を持って断言も出来無い…

それは普通の事だ

誰であっても、考えて直ぐ見付けられはしない」



そう言う関羽に“…関羽は意地悪なのだ”と言いたく為ってしまう。

…でも、我慢するのだ。



「…だが、そういう時には“絶対に失いたくはない”事を考えればいい

或いは──“二度と”そうしたくはない事をだ」



その言葉を聞いた瞬間。

自然と浮かぶ事が有った。

坊々(母)の、二人(姉)の、鈴々の家族の姿だ。


そして、入れ替わる様に、思い浮かんでくる姿。

それは失ってはいない。

まだ自分の掌の届く場所に確かに存在している。


…守れなかったけど。

まだ、残っている。


守られたから、生きてる。

生きてるから、守れる。


命が繋がっているから。

その繋がりが在るから。


自分は──戦うのだ。


二度と、失わない為に。

二度と、奪わせない為に。

今度は、守ってみせる。

その為に戦うのだ。

それが理由なのだ。




星の血に塗れた両手で顔をバチンッ!、と叩く。

その痛みで眠気が飛ぶ様に曇り空の様だった気持ちが一気に切り替わる。

地面に転がっている自分の蛇矛を右手で掴み取り──左手は星の槍を握り締め、静かに立ち上がる。



「星、見てて欲しいのだ」



過去ばっかり見ていた。

そんな馬鹿な自分に。

命を懸けて守ってくれる。

直ぐ傍に居る人に気付けず失ってしまった自分に。

今、此処で別れを告げる。


もう関羽の事は考えない。

関羽は関羽の道を。

自分は自分の道を。

選んで、進んだ。

その結果、別れただけ。

ただそれだけなのだ。


だから、もう迷わない。

少しだけ離れて。

真っ直ぐに関羽(敵)を見て静かに構える。

関羽も偃月刀を構える。



「行くのだ、“義姉者”」


「来い、“義妹”よ」



それは初めて、互いを認め義姉妹として呼び合う。

最初で最後の掛け声。


それを嬉しく思う自分に、胸中で苦笑する。

でも、それでいいのだ。

それは嫌な事じゃない。

ただ過去(思い出)に為って心に残るだけ。

忘れる必要なんて無い。

それはそれ、これはこれ。

それでいいのだ。



「哈ぁあぁああぁっ!!!!」



自分は生きてる。

現在(いま)を、生きてる。

だから、大切にするべきは過去なんかじゃない。

大事だけど、囚われてたら大切じゃなくなるから。


だから、ちゃんと見よう。

直ぐ傍に、答えは在る。

ただ気付けないだけで。

ちょっと判り難いだけで。

意外な程、近くに。

“大切な事(幸せ)”は。

有ったりするのだ。



──side out。



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