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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
725/915

       肆拾伍


 趙雲side──


人が物凄く真面目で真剣に考えているというのに。

それを“嫌だ”の一言で、台無しにしてくれるとは。

こんな状況でさえなければ“頬っぺたムギムギの刑”にして遣るのだがな。


──と憤りを抑える所に、不意打ちで、これだ。

効果が無い訳が無い。


何も見えない様に顔を伏せ目を閉じて、声を出さない様に口も閉じ、息を止める様に我慢する。

“落ち着け、落ち着け”と胸中で繰り返し自分自身に必死に言い聞かせる。

──が、その言葉ですらも“まあ、餅搗け”等という下らない台詞に変わる。

冷静に為ろうとすればする程に意識は逆に向かう。


その結果、堪えパンパンに膨らんでしまった頬。

少し突っ突けば簡単に破れ中の空気が漏れ出すだろう状態に為っている。


そして──限界が訪れる。



「──ぷっ…ぷふっ…く、くくっ…痛っ!?、いふっ…く痛っ、くふっ…ぷっ…」



ギュッとキツく結んでいた唇から小さく漏れた空気が下品な音を立てる。

決して、そういった臭いはしないがな。

──等と、余計な方に向け一度思考が傾いてしまうと止められなくなる。

其処からは坂を転がる様に勢いを増して行くだけ。


それでも、どうにか抑えて堪えようとする。

しかしだ、関羽に折られた肋骨に響いて痛む。

普通なら、その痛みで気が紛れてしまうのだが。

こういう時は何故か全てが同じ方向に傾いてしまう。

正気に戻す切っ掛けとなる筈の痛みですら、可笑しく感じてしまうのだ。


となると、どうなるか。

答えは簡単だ。



「──くっ…ぷふ、痛っ、ふはっ、あはははは──」



抑え切れなくなる。

そして──大爆笑。

自分の置かれた状況すらも忘れてしまったかの様に。

兎に角、笑ってしまう。

笑わずには居られない。


そんな事に為ると当然だが大笑いをする影響で肋骨が物凄く痛む訳だが。

それすらも面白く思えて、更に拍車を掛ける。

正に悪循環である。



(──くうっ!?、痛いっ!

肋骨が物凄く痛いのだが…

笑いが止まらぬっ…)



既に自制心は力を失って、自分の意思では止める事は出来無く為っている。

他者に殴られでもしないと止まる気がしない。

そんな状態なのだ。


それなのに、である。



「──せ、星っ!?

急にどうしたのだっ?!

──はっ!、まさかお腹が空いて其処等辺に生えてた変な茸でも食べたのだ?!」



──と、鈴々が真顔で私の顔を覗き込んでくる。

的外れもいい所だ。

…そう言えば、鈴々は弓は下手だったな。

関係無いのだが。

…いや、余計に増えたか。


本気で、真面目、私の事を心配してくれているのだと頭では判っている。

判ってはいるが…可笑しい物は可笑しいのだ。



(くっ、何なのだこれは…

新手の虐めなのか…)



思わず、そんな事を考えた私は可笑しくはない筈だ。

下手な拷問よりも苦しく、辛いのだから。




それから暫し。

私は“笑動”と苦痛に堪え抜いて、生還を果す。

いや、大袈裟ではなくて。

笑い死にしてしまうかと、本気で思ったからな。


鈴々に“もう大丈夫だ”と言って安心させる。

本人は、自分が原因だとは思っていないだろうしな。

此処で落ち込まれるのも、臍を曲げられるのも困る為敢えて何も言わない。


──が、それは所詮此方に限った話である。

関羽には関係無い。

態々“待つ”必要は無い。

だが、関羽は呆れながらも攻撃して来なかった。

──と言うか、動く意思を全く見せなかった。


大爆笑して隙だらけだった私は容易く倒せただろう。

鈴々にしても同じだ。

何故そうしなかったのか。

其処からは“見える”事が有ったのは確かだ。



「…趙雲、ちゃんと教育は遣っておけ…」



機を見計らった様に関羽は苦言を呈してくる。

流石に呆れているのを隠す気は無いらしい。

非難の眼差しが少々痛い。



「いやいや、これでも随分増しに為った方なのだ…

我等も苦労している

此処まで至っただけでも、成果としては大きい…

その事は、お主であれば、理解出来よう?」


「……はぁ…否定はせん」



少し間を置き、考えてから関羽は大きく溜め息を吐き静かに肯定した。


表面上は“否定はしない”と言っただけで、肯定した訳ではないが。

其処は、一時でも刃を交え切磋琢磨していた間柄。

立場的な事情を除いても、関羽から“確かにな…”と納得している雰囲気を感じ取る事程度は出来る。



「…だがな、趙雲よ

時間と結果が釣り合わぬと“無駄が多い”と感じる物ではないか?」


「む…それは……確かに…

そうかもしれんな…」


「“手を抜いている”とは流石に私とて言わぬ

しかし、もう少し遣り様は有ったと思うのだが?」


「…その事には返す言葉は見付からんな…」



私達の遣り取りを首を傾げながら“さっきから二人は何を言ってるのだ?”等と思っているだろう鈴々へと揃って視線を向ける。

長く、ではない。

チラッ…と見る程度だ。

流石に、じ〜っ…と見れば鈴々とて気付くだろう。

だから、それはしない。

…揶揄うのが目的であれば遣っている所だがな。

話が拗れるのでしないが。



「まあ、それはそれとして仕切り直すとしよう」


「…この状況で開き直れる胆力には感心する」



認められるのは悪くないが内容は微妙な所だな。

それも自力ではないし。



「褒めても何も出ぬぞ?」


「ああ、知っている

精々、その人を苛立たせる余計な一言位だとな」


「…言うではないか」



遣り返そうと挑発すれば、関羽にしては珍しい返しに驚いてしまう。

──が、同時に得意分野で上手く遣られた事に対して対抗心に火が点く。

負けられないと。




まあ、そんな至極個人的な理由は置いておいてだ。

この一戦に込められている意味を理解した今、自分の立ち位置に関して悩む。



(…私が“邪魔者”ならば話は容易いのだがな…

選りにも選って“目隠し”だったとはな…)



そういう扱いをされた事に対して腹が立たないという訳ではないが。

不器用過ぎる関羽の真意を察してしまうと、気持ちは揺れ動いてしまう。

そして、どう立ち回るべきなのかが問題だ。

とても大きな問題なのだ。



(…私の立ち回る方次第で意味を失ってしまうか…)



中途半端な言動は厳禁。

絶対にしては為らない。

しかし、協力的な方向には傾けられない。

だが、邪魔をする方向にも傾けたくはない。

完全に板挟み状況だ。


こういう時の最善策とは。

気付かない振り。

“何も無かった”事にして今まで通りに振る舞う事。

それが最も影響を与えない方法だと思う。

ただ実際には遣ろうとして出来る事ではない。

どうでもいい事なら簡単に出来るのだが。

今回はそうではない。



(全く…厄介で面倒な…)



関羽が悪い訳ではない。

何方等かと言えば、空気を読めなかった鈴々だろう。

そして、毒気を抜き去った雰囲気に堪えきれなかった自分自身だな。

…元を辿れば他にも複数の関係者が浮かんでくるが。

それは今は置いておく。

どうしようもないからな。


私が考え、悩んでいる中、関羽は左手に持った蛇矛を鈴々へと無言で放る。

緩やかに綺麗な弧を描き、蛇矛は鈴々の手に収まる。



「ありがとなのだ」


「………」



鈴々の、何気無く口にした感謝の言葉。

其処に悪意も他意も無い。

何しろ、鈴々だからな。

私の様に含む事は無い。

それを関羽も知っている。

だからこそ、関羽は今にも左手で顔を覆いたそうだ。

その気持ちを理解出来る為私も返す言葉が見付からず黙っているしか出来無い。

鈴々に悪気は無いのだ。


それを判っているからこそ関羽は一切反応しない。

それこそ“何も無かった”という態度を貫く。

その精神力は見事だ。


関羽は小さく息を吐くと、静かに偃月刀を構えた。



「…私も暇ではない

此処で長々と下らぬ戯れに付き合うつもりはない

さっさと終わらさせて貰う事にしよう」


『────っ!!!!』



ゾワッ…と、全身に冷水を浴びせ掛けられたかの様に寒気が走った。

先の圧力とは違う。

全く別物だと言える。

強烈過ぎる鋭利な殺気。

それでいて濃密な、粘付き絡み付くかの様に。

身体中を這い擦り回る蛇を幻視してしまう程に。


それ故に、仕方が無い。

一瞬で、身体は反応して、武器を構えてしまう。

本能が、理性よりも早く、選択してしまう。

同時に、それまでの思考も吹き飛んでしまった。

“戦わなくては…死ぬ”。

その危機感が私達に戦いを選択させたのだから。



──side out。



 関羽side──


全く…何を考えてるのか。

…いや、何も考えていないのだろうがな。

それだけに困るのだが。

言っても仕方が無いので、口には出さないが。

趙雲には文句を言っておく事にした。

愚痴と八つ当たりみたいな物だと思って貰おう。


その趙雲なのだが。

多分、気付かれただろう。



(…まあ、仕方が無いか

この状況で何もせずに待つというのは異常だからな…

疑問を持たない張飛の方が寧ろ可笑しいのだが…

ああいう娘だからな…)



決して、機微に鈍いという訳ではない。

戦闘に関して言えば張飛の直感力・嗅覚というのは、本当に類い稀な物だ。

それは雷華様も認めている天賦だったりする。

だが、それを活かす為には同等の知識と経験を要するという点で、張飛は活かし切れてはいない。

“もしも”の話だが。

宅に来ていれば、今よりも優れた将に成っていた事は間違い無い。

…尤も、雷華様の見立てで落とされた以上、宅に来る可能性は無いに等しいが。

その素質だけは本物だ。


それは兎も角として。

張飛の空気を読まなさで、趙雲に悟られてしまった。

別に悪い事ではない。

恐らく、趙雲自身も此方の意図には気付いたが、特に何も出来無いだろう。

寧ろ、しないだろうな。

その結果は趙雲達にすれば確かな利に繋がるのだ。


しかし、一つだけ趙雲には譲れない事情も有る。

もしも此処で自分達が敗れ倒れてしまったなら。

その先がどうなるのか。

普通に考えれば判る事だ。


意図を理解しても、全てが保証されている訳ではないのだからな。

故に、趙雲は戦う以外には選択肢を持たない。


それを判っていて。

態々、“悪役”を遣るのは──影響されているから、なのだろうな。

“誰の”とは言わないが。

我ながら甘いと思う。

…まあ、そう遣って私達も導かれているのだから。

当然かもしれないがな。



──side out



 張飛side──


関羽が構えた瞬間。

それまでは頭の中に有った色んな事が一遍に消えた。

同時に、考えるより早く、身体は蛇矛を構えた。


考えられる様に為ったのは構えてしまってから。

選んでしまってから。

選ばされてしまってから。



(…どうしてなのだっ…)



さっきまでの感じだったら戦う必要なんて無かった。

話し合う事は出来た筈だ。

それなのに…どうして。

どうして、関羽は戦う事を選んでいるのか。

戦う事しか許さないのか。

自分には理解出来無い。



(…確かに、今の鈴々達は敵同士なのだ…

けど、昔は違ったのだ…

一緒に旅をしてたのだ…

一緒に居たのだ…

それなのに………っ…)



口の中に広がった匂い。

鉄臭い、血の匂い。

それで、気付いた。

無意識に悔しくて悔しくて唇を噛んでいた事に。

関羽とは戦いたくないのに戦わないといけない。

話をしたいのに話せない。

叫びたいのに叫べない。

そのもどかしさが心の中に積み重なってく。


今はもう遠い昔の。

思い出したくはない過去の景色の中の様に。

冷たく降り積もっている。

白い寂しさの様に。


頭に過った忘れられない、消えてくれない。

今も鈍く痛んでいる傷痕が心身を苦しめる。



(…もう、嫌なのだっ!)



歯を食い縛り、蛇矛を強く強く握り締める。

真っ直ぐに、目を逸らさず関羽だけを見詰める。


戦うしか無いのなら。

関羽と戦って──勝つ。

勝ってから、話し合う。

それなら文句は無い。

嫌だとは言わせない。

だから、先ずは勝つ。

絶対に…絶対に勝つっ!。




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