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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       肆拾肆


だが、少しだけ納得出来た様な気がする。

関羽の無愛想さは女として芯が強く成った為か。

…いや、どうなのだ。

納得しそうにはなったが、微妙に違う気もする。

反論したい所ではあるが、否定出来無い感じも有り、モヤモヤとする。


なので、忘れてしまおう。

それが一番楽だから。



「考え事とは余裕だな?」


「──っ!?」



本の僅かな気の緩み。

それを見逃す相手ではない関羽からの一撃を貰う。

槍の柄を楯代わりにして、直撃は防いだ。

だが、身体は浮き上がり、後方へと弾き飛ばされる。



(ぐっ…鈴々以上か…)



それでも、それ以上体勢を崩さずに着地をする。

気付いた時には鈴々が私と入れ替わる様に関羽に再び向かって行っていた。

それを見て、一息入れる。


槍を握っている両手は──否、両腕は痺れている。

戦えなくはない。

槍を握り、振るう。

その程度なら問題無い。

しかし、渾身の一撃を放つとなると無理だろう。

回復を待つ必要が有る。

そう長くはないだろうが…今暫くの時を要する。


その間も戦う二人へ視線は向けたまま、観察する。

少しでも勝機を見出だす。

その為にも関羽の動きから何かを得るしかない。



(…とは言え、そう簡単に見出だせはしないがな…)



一合、また一合と。

撃ち合う度に感じ取る。

関羽は余力十分だ。

どんなに多く見積もっても半分が良い所だろう。

対して此方等は既に全力で戦っている。

“全力”の定義如何では、まだ全力ではない、と言う事も出来るとは思うが。

生憎とそんな負け惜しみを言っても居られない。


“以前の関羽なら…”と。

そう考えてしまう。

しかし、意味は無い。

“成長しているから”だと言えば、その通りだが。

関羽の様な相手が私個人は一番相性が悪い。

主導権を握っているのなら全く苦にしないのだが。

それが出来無い場合だと、苦にしか為らない。

つまり、圧勝か惨敗。

両極端にしか為らない。

そういう相手なのだ。



(しかも主導権を握るには言葉巧みに揺さ振る以外に方法が無いとくる…)



その唯一の方法が、先程の結果だったりする。

完全に手詰まりだった。


打開策を捻り出したいが、関羽は元々隙が少ない。

幽州に居た頃から関羽には真っ向勝負では勝てないと思っていた。

…と言うか、実際に一度も勝てなかったのだ。

関羽から取れた勝ち星は、何れも揺さ振って主導権を握る事が出来たから。

その揺さ振りも同じ方法は二度は通用しない。


戦場ならば一度で十分。

その一度で、生死(勝敗)は決するのだから。

しかし、鍛練や手合いでは“次”が有るのだ。



(くっ…それも若さか…)



負けず嫌いなのは認める。

ただ、その所為で今我等は窮地に立っている。

下らない優越感。

一時の自己満足。

その為に支払った代償は、あまりにも大きな物だと。

今に為って解る。




状況から判断すれば。

自分達の不利は一目瞭然。

勝機は全く見出だせない。

だが、戦えていないという訳ではない。

仮に、関羽が余力を残した状態だったとしてもだ。



(…こうなってしまっては仕方が無いだろうな…)



覚悟云々の話ではない。

勝つ為に、必要な事だ。

勝たなくては為らない。

その為になら、己の矜持を捨てる事など容易い。



「鈴々、下がれっ!」


「──っ、判ったのだ!」



私の声に一瞬だが躊躇う。

やはり、鈴々の中では今も関羽は特別なのだろう。

その想いが有るが故に。

執着心も私より深い。

…ある意味では似ていると言えるのだろうな。

桃香様(義姉)は曹操に。

鈴々(義妹)は関羽に。

強い執着を持っている。


だが、それでも。

勝機を見出だす為に必要な事だと判っている分だけ、義妹(鈴々)の方が増しかもしれないがな。

今の桃香様には…な。


下がった鈴々と入れ替わる様にして再び関羽へ。

──と、見せ掛けて。



「──っ!?」



両足の裏で地面を滑る様に勢いを殺すと爪先で地面を抉って、砂塵を掬い上げて関羽へと蹴り飛ばす。

所謂、目潰し。

咄嗟に腕を上げ、顔を隠し直撃を防ぐ辺りは流石だ。

舞い上がった小さな土煙。

その中へと突っ込む。



「──この程度の小細工が通用すると思ったか?」



すると、冷淡な声と共に、土煙は上下に両断される。

其処から、鋭く睨み付ける関羽の顔が現れる。


──が、関羽の視界内には其処に有るべき姿は無い。

自然と眉根を顰めた。

そうなるのは当然だ。

こういう目潰しの場合には最短距離を真っ直ぐに突き進んでくるか、左右後方に回り込む事が多い。

それ故に、対処方法として縦には払わず横に払うのが尤も一般的な対応だ。

…一般的と言っても普通は対応自体難しいのだがな。


訝しむ関羽。

其処に、影が落ちた。

関羽は頭上を見上げる。

そして、見付ける。

宙に放り投げられた槍を。



「──無論、その様な事は思ってはおらぬわ」


「──っ!」



そう声を掛けた瞬間。

関羽の視線が真下へと向き私の姿を捉えた。


関羽の前に、土下座をする様に身体を低く低く屈め、懐へと潜り込んでいた私は関羽が土煙を両断したのと同時に顔を上げて、関羽を真下から見上げていた。

関羽の意識が頭上の槍へと向かった瞬間に。

引き絞った弦の様に縮めた全身を解き放つ。

そして、右の拳を関羽へと真っ直ぐに突き出す。


“らしく”はない。

だが、これしかないのだ。

私では決定力に欠ける。

技術等は拙くとも決定力は鈴々の方が高い。

故に、これは必然。

私が関羽を崩し、隙を作り──鈴々が仕留める。


全ては勝つ為に。

私は鈴々の影と為ろう。



──side out。



 関羽side──


趙雲にしては、珍しい──と言うか、一番遣りそうに無かった事。

目潰し等の所謂、喧嘩技。

武人としての矜持を持って戦いに望む者の多くが嫌う事だったりする。

斯く言う私も、そんな中の一人だったりする。


だが、使わない、という訳ではない。

寧ろ、日々使っている。

宅の鍛練は実戦。

相手に隙を作らせる為には目潰しだろうが何だろうが遣らなくては為らない。

遣らないと敗けるからだ。

華琳様ですら、必死になる状況で矜持なんて無意味な物でしかないのだからな。

勿論、格下が相手ならば、その矜持は守るが。

状況次第で臨機応変に。

そういった風に考えられる様に成った訳だ。


だから、この程度であれば問題無く対処出来る。

偃月刀を左薙に一閃。



(──何?)



──筈だったのだが。

土煙の中に趙雲の姿は無く消え去っていた。

“何処に…”と思うよりも早く、視界に影が射した。

反射的に上を向けば、宙に舞っている槍が有った。

趙雲の愛槍だ。


その次の瞬間、真下からの趙雲の声に反応する。

視界に映るのは趙雲の顔と──迫り来る右の拳。

二段構えの誘導。

趙雲と手合わせをしていた経験が有る私にだからこそ効果は大きくなる。

“槍士”として戦場に立つ趙雲が自ら槍を手離す。

それだけなら有り得るが、槍以外で攻撃をする。

そんな姿は見た事が無い。

…まあ、蹴りに関しては、結構併用していたが。

それは置いておく。



(…仕掛けは悪くない──が、踏み込みが甘いな…)



仕掛け自体は上手かった。

ただ、流石に相手が悪いと言わざるを得ない。

その程度の誘導ならば私は今まで散々受けているし、遣ってもいるのだからな。

対処は造作も無い。


偃月刀を振り抜いた勢いに逆らう事無く身体を回し、左脚を折り畳みながら振り上げて左膝を趙雲の右腕の下に滑り込ませる。

同時に上半身は後ろに傾け伸びてきた拳を躱す。



「──ぁがぅっ!?」



綺麗に入った左膝を通して伝わった感触から。

趙雲の肋骨が折れたという確信を持つ。

擦れ違う様に目の前を通り過ぎてゆく趙雲の表情にも苦痛が浮かんでいた。


しかし、其処で止まる様な柔な相手ではない事を。

私は知っている。


趙雲は、空振りに終わった右の拳を開いて伸ばすと、落ちてくる愛槍の柄を掴み身体を左回りに捻る。

その勢いのまま空中で槍を振り抜いてくる。

私の回避が難しくなる様に腰から下を狙って。


繋げ方としては見事だ。

それだけに惜しまれるのが先の拳打の一撃だ。

槍士に限らず、武器を使い戦う者にとっては拳で殴り合う様な戦いは、基本的に避けて然るべき物。

それだけに慣れていない。

槍を突く感じで打ったとは思うのだが。

私に言わせれば、変な癖の付いた拳打という程度。

寧ろ、素人も同然。

その差を残念に思う。



──side out。



 張飛side──



「──っ!?、〜〜〜っ…」



関羽の左膝が入った瞬間に肋が折れたのが判った。

思わず助けに入ろうとして右足を踏み出した。

──その瞬間だった。

空中で身体を捻らせた星と視線が重なった。

“絶対に来るなっ!”と。

怒鳴られたみたいに感じて動き掛けた身体が止まる。


頭では判っている。

さっきの目潰しの時にも、星に止められたのだ。

あの目潰しは関羽に対する仕掛けじゃあない。

あれは瞬間的な“目隠し”だったのだ。

その一瞬で星は此方に対し“暫く休め”と指示した。

それは“疲れているから”ではない事位は判ってる。

関羽に勝つ為に。

休みながら、冷静になって機を待て、と。

そう言っていたのだ。



(…けど、辛いのだっ…)



星の考えは判る。

関羽に勝つ為には星よりも自分の一撃の方が可能性が高いのだと。

だから、今は待てと。

頭では判ってる。


でも、慣れていない。

今まで我慢するという事は殆んど無かったから。

戦いとなれば、誰より先に敵に向かって突撃する。

兎に角、沢山敵を倒して、倒して、倒しまくる。

そういう戦い方ばかりで。

戦ってる最中に敵から離れ待ってた事なんか無い。

だから、気持ちが焦る。


星が宙で回りながら放った一撃は当たる。

関羽は避けられない。

観ていて、そう思った。


──それを、関羽は躱す。

星とは反対に回りながら、偃月刀の石突きを地面へと突き刺して、星から逃げる様に離れて行った。


──と、同時に。

右足を振り抜き、星に向け後ろ回し蹴りを放つ。

今度は星が避けられない。

まだ空中に有って、攻撃が空振って体勢が崩れたまま防御も出来無い状況。

無防備な星の頭に向かって関羽の右足が迫る。


頭に思い浮かんだ光景。

この攻防の結末。

それは誰が見ていても多分同じだと思った。




──だから、考えるよりも先に身体が動いた。

気付いたら動いていた。



『────っ!!』



戦っている二人の間に。

まるで線を引くみたいに。

自分の投げた蛇矛が地面に突き刺さっていた。

関羽の蹴りを防ぎ。

星は地面に着地した瞬間に関羽から距離を取り此方に戻って来た。



「何故動いたっ…あれ程、動くなと言ったであ──」


「嫌なのだっ!」


「──なっ!?

今はそんな我が儘を──」


「嫌な物は嫌なのだっ!!

星を犠牲にして勝っても、鈴々は嬉しくないのだ!

だから嫌なのだっ!」


「──っ…だが、今は甘い事は言って居られんのだ!

その事は、お主とて十分に判っているだろうっ?!」


「判ってるのだ!

だから、星も鈴々も絶対に生きて勝つのだ!」


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、ええいっ!!

この馬鹿者めがっ!」


「馬鹿で結構なのだっ!」



星を見捨てるなんて絶対に認めないのだ。

二人で一緒に勝つのだ。

それ以外は嫌なのだ。

だから、馬鹿で良いのだ。



「…盛り上がっているのは結構な事だが…

武器も無しで一体どうするつもりだ?」



星と言い合っている所に、関羽が声を掛けてくる。

左手に握った自分が投げた蛇矛を見せながら。



「それは鈴々のなのだ!

だから持ち主の鈴々の所に返して欲しいのだ!」



そう言って関羽に向かって右手を差し出した。


すると、関羽は今まで全然見せなかった驚いた表情で此方を見詰め──何故か、深い溜め息を吐いた。

訳が解らず隣の星を見るとお腹を押さえてプルプルと震えている。

きっと、肋が痛いのだ。

でも、頑張るのだ。



──side out。



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