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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
722/915

       肆拾弐


端から見たなら、何気無い一合に見える事だろう。

しかし、そうではない。

拮抗している様に見えるが押し込まれ掛けている。


受け流す事は容易い。

だが、それでは駄目だ。

それでは足りない。

だから、退けない。



「──哈ああぁあぁっ!!」


「──っ!?、ぐっ…」



姉者の中では珍しい姿なのかもしれない。

私が咆哮を上げた瞬間に、驚きを見せた。

それはもう“何だとっ!?”と言う様にだ。


嘘や演技の出来ぬ姉者だ。

そういう反応が本物なのは私が一番知っている。

“…其処まで驚く事か?”“私とて気合いを入れれば咆哮の一つや二つ、上げもするのだがな…”と。

思わず言いたくなる。

勿論、口にはしないがな。


ただ、そういう物なのかもしれないな。

そう思わなくもない。

互いに知っているつもりで意外と知っていない部分は多いのだろう。

…いや、多くて当然か。

私達とて互いに全てを晒し見せ合っていた訳ではないのだからな。

別れる前まででも、色々と有った筈なのだから。

別れた後、更に増える方が自然だと言える。

減る訳ではない。

ただ、別れたからこそ解る事という物も有る。

だから、増えるだけという事は無いだろう。

…まあ、理解しようとする意思や努力が有れば、だ。


──っと、いかんな。

つい関係の無い余計な事を考えてしまう。

だが、簡単には直せない。

ある意味、癖・習慣だ。

“絶対に悪い事”ではないというのも有るしな。

我が事ながら難しい物だ。



『────破っ!!』



鍔迫り合いをしている剣を引く事は無いまま、互いに右足を振り抜いた。

互いの蹴りは相手の左腰を捉えて、蹴り飛ばす。


その次の瞬間。

“────は?”という、真剣な現状に相応しくない間抜けな声が聞こえた様な気がしてしまった。


その時に感じた衝撃。

それは、子供が腰の辺りに飛び付いてきた様な。

そんな感じだった。

有り得ない事だった。

私も、姉者も、決して弱い一撃は放ってはいない。

その蹴りは、其処等に居る賊徒程度であれば、一撃で首を圧し折れる。

当然、私達自身が受けても威力は変わらない。

受け流せば、話は別だが。

今は“撃ち合う”事を望み対峙している。

だから、していない。


なのに、衝撃は軽い。

痛みは…多少は有った。

しかし、一々気にする程の痛みではない。

“何故だ?”と。

思わない程が可笑しい。

そういう状況だった。


──が、その懐いた疑問は次の瞬間に消え去る。


衝撃を感じながら、身体が一瞬だが浮遊した。

投げられているかの様な、そんな感覚になる。

同時に、景色が回転する。

地面を踏み締めていた筈の左足が一旦離れ、再び地を捉えた時には、私達の居た位置が入れ替わっていた。


それは有り得ない事だ。

だが、理解してしまう。

“双子だから”では簡単に片付けられないのに。

納得してしまう。





「──くっ、はははっ!」


「──ふっ、くくくっ…」



だから、笑ってしまう。

笑うしかなかった。


蹴りが限り無く等しい威力であった事。

互いの蹴りの入った位置が正確に対称的だった事。

何より、全く同時に入ったという事。

それら、幾つもの要因が、綺麗に重なり合った結果。

私達は手を繋ぎ、踊る様にくるりと入れ替わった。


威力や勢いを受け流されてしまうのとは違う。

完璧に力が作用し合って、それは起きたのだ。

こんな経験、私は今までに一度もした事が無い。

否、いざ遣ろうと思っても簡単には出来無い。

…まあ、宅の面子なら可能かもしれないとは思うが。

それでも、かなり計算して合わせた上で、だろう。

互いに本気で蹴り合って、というのは難しい。

何方等かが意図的に合わせ受け流そうとするのなら、出来るとは思うがな。

今の様な私達の条件下では先ず有り得ない。


これは文字通りの奇跡だ。


その事は、流石に姉者でも理解している様だ。

今も剣は鍔迫り合いのまま押し合っている。

その刃越しに見える姉者の表情が憂いを滲ませる。



「──なあ、秋蘭…

何故、私達は今に為るまで一度も、こうしなかったのだろうな…」



そう静かに、愚痴る様に、姉者は呟いた。

弱気という訳ではない。

単純に“こんな事ならば、何故もっと早く…”という意味だろう。

その気持ちは理解出来る。



「…今省みれば、理由など幾らでも有るだろうな…」



そう、理由を挙げ出したら切りが無いだろう。

半分は自分達の責任だが、半分は他者の所為。

それは当然でもある。

今まで、私達は二人きりで生きてきた訳ではない。

縁や付き合いの深さという点は問わず、多くの人々と関わって生きてきた。

その影響は確かに有る。

だからこそ、理由を考える事は好ましくはない。

こういう場合には、だが。



「……そうだな…」


「…だがな、姉者よ

私はこう思うぞ

“この時の為に”、私達は歩んで来たのだと

もし、もっと早くに私達がこうしていたとしたら…

今の様な感覚を味わう事は無かっただろう…

これは、今に至ったから、感じられている事だ」



以前に対峙していたなら。

膂力の差も含め、今の様な奇跡は起きなかった。

こうまで深く感じ合う事は叶わなかっただろう。

今だからこそ、だ。

この時に、結実した。

だからこそだ。



「…そうか、そうだな!

今だからこそだ!」


「ああ、その通りだ」



私達の別離も、歩んだ路も無駄な訳が無い。

全ては、この時の為に。


そう考えれば、感じる。

雷華様の配慮は勿論だが…亡き母の深い愛を。

誰よりも私達の未来を案じ考えていれてくれた事を。

今、漸く感じられる。

深く、深く、強く。



──side out。



 夏侯惇side──


結果として言えば、私達は“遠回り”だったのだと。

そう言う事は出来る。

極端な話、母が亡くならず存命で有ったならば。

私達は母の指導の下に今の様に成っていた。

その可能性は否めない。


──だがしかし、だ。


その先に有る状況は今とは異なっているだろう。

曹魏の──曹操が元々から領地としていたも同然だと言える場所は私達の故郷の直ぐ側だったのだ。

泱州の新設時には、私達は其処に居たかもしれない。

と言うか、居る方が自然と言ってもいいだろう。

だから、秋蘭からすれば、今の状況と大差無いのかもしれないが。

私にとっては違う。


もし、そう為っていた場合──“私の側(其処)”には彼奴の姿は無いのだ。

勿論、敵対関係とは言え、出逢う可能性は高い。

その結果、私が今と同様の想いを懐く可能性も十分に考えられる。

…だが、そうは為らずに、私は別の誰かに対し想いを懐いた可能性も有る。


そう…考えたくはないが、それは有り得るのだ。

秋蘭の夫がどの様な男かは現状では解らない。

だが、私よりしっかりした秋蘭が選んだ者だ。

決して、凡夫ではない。

それに、曹魏にはあの男が──高順が居る。

もし、自分が曹魏に居て、高順と日々会っていれば。

惹かれぬ理由を考える方が私には難しいだろう。

勿論、今は違うがな。


今の自分に不満は無い。

決して、今の我等の状況が楽だとは思わないが。

それを含め、私は楽しいと感じる事が出来る。

だから、今を悔いる理由は見当たらない。



(それでも、“もし…”と考えてしまったのは…

ある意味では未練、か…)



雪蓮様に聞いた事が有る。

上の妹──孫権との別離は複雑だった、と。

“出来れば、一緒に…”。

そう思う気持ちが有る事は否定出来無いのだと。


それは私も同じだった。

離れ離れには為っていてもいつかは姉妹一緒に揃って戦場に立つ事が出来る。

そう思っていたからだ。



(…まあ、対峙、という形ではあるが、一緒に戦場に立つ事は出来た訳だな…)



苦しい言い訳の様だが。

それもまた事実だ。


私達は各々に選んだ。

各々が歩むべき路を。

其処に後悔は無い。

何故なら“間違い”だとは思わないからだ。

…まあ、劉備との同盟には多少は思わなくはないが。

それは個人の話ではない。

だから今は置いておく。


何故、母はもっと早くに、指摘しなかったのか。

その理由が解る気がする。

結果も大事ではある。

だが、それと同じ位に。

過程も大事なのだ。

だから、母は私達に敢えて旅をさせたのだ。

各々が見付け、選ぶ為に。



(…私は良い娘だったか、自分では判らない…

だから、どうか…

見ていて欲しい…)



この闘いの結末を。

私達の行く末を。

私達は刻み、託そう。

貴女の想いと意志を懐き、命を未来に繋げていく。

遥か彼方へと。




“らしくない”、と。

正直な事を言えば、それが素直な感想だ。

私の様に力で押し切るより技術で相手を翻弄する。

それが秋蘭の戦い方だ。


しかし、今はどうだ。

まるで別の自分が目の前に居るかの様に思える。

…別に双子だから、というつもりは無いのだがな。



「──哈あぁあっ!!」


「──雄ぉおおっ!!」



ガギィンッ!!、と鈍い音を立てて刃が打付かる。

技巧派の相手と闘っている時の音ではない。

拳と拳で殴り合う様な。

力と力の真っ向勝負。

それが今の私達の闘いだ。


しかしだ、自棄になって、という印象は全くしない。

寧ろ、危機感が凄い。

少しでも気を抜けば一気に持っていかれてしまう。

そう肌で感じるのだ。



(…ったく、秋蘭め!

これ程までに強く凄まじい緊張感は未だ嘗て味わった事が無いぞ!)



──だから、高揚する。

己が血が煮え滾る湯の様に熱く、熱く、沸き立つ。

単純明解だからこそ。

難しく考える必要は無い。

思うが侭、感じる侭に。

全力で打付かり合う。

判り易くて良い。


だから、関係無い。

“らしくない”から何だ。

そんなのは無視だ無視。

どうでもいい事だ。

重要なのは闘志だ。

気合いだ!、根性だ!──飽く無き闘争心だ!



「──ああっ、そうだ!、そうだそうだっ!

もっと!、もっとだっ!

猛ろ!、猛ろっ!

狂え!、狂い舞えっ!

血を!、肉を!、剣を!、死を!、生を!、魂をっ!

振るい!、奮わせろっ!」


「──っ、煩いぞ姉者!

気持ちは判らなくはないが近所迷惑だっ!

少し静かにしろっ!」


「ふはははっ!

何を馬鹿な事をっ!

此処は戦場だっ!

近所迷惑を気にしていたら闘いなど出来ぬわっ!」


「尤もだが、なっ!

だがっ、少し黙れっ!」



吹き荒れる風の様に逆巻き昂る感情は炎の如く。

我が心身を、彼の心身を、飲み込み、染め上げる。




一撃、一撃が重く。

じっくりと味わうかの様に押し合っていた状況は──今は遠い過去。


早く、速く、疾く。

一撃毎に加速してゆく。

ギィンッ!、ギギンッ!、ギギッ!、ギャリンッ!!

交刃の奏音は更に、更にと本能を掻き立てる。

思考は彼方へと置き去り、闘争本能が身体を動かす。

闘え、闘え!、闘えっ!!。

叫ぶ様に、吠える様に。

血が、肉が、魂が。

求め、望み、欲し、闘う。


筋の、肉の、骨の。

鳴き、軋み、痛みさえ。

この狂喜の前には霞み行き呑まれてしまう。

適度な苦痛は快楽にも似た刺激と為る様に。

貪欲に、喰らえと。

際限無く渇く喉を潤して、欲望を満たせと。

我等を駆り立てる。


獣の様に獰猛に。

けれど、人らしく冷徹に。

目の前に有る命を欲す。


家族?、姉妹?、双子?、だから、何だ。

そんな事は関係無い。

この闘いは、そんな要因の介在する物ではない。

より単純で、より純粋な。

命の奪い合い、殺し合い。



「────」


「────」



互いに何かを発する。

だが、聞こえない。

実際は聞こえているのかもしれないが、判らない。

抑、発しても声に、言葉に為っているかも判らない。


激しさを増す剣武。

苛烈になる舞闘。

いつまでも続きそうな。

終わりの見えぬ狂宴。


だが、それは訪れる。

意識などしていない。

故に、唐突に。

灯りを落とすかの様に。

何も感じる事も無く。

意識は闇へと沈んだ。


ただ、その中で感じる。

懐かしく、温かな。

幼き日に戻った様な。

包み込む優しさを。



──side out。



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