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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
720/915

       肆拾


 夏侯惇side──


全速力で駆け接近すると、秋蘭の間合いの内へと深く右足を踏み込む。

力を溜める様に沈めた膝を一気に伸ばし、下から突き上げる様に剣を振り抜く。

左斬上に思いっ切り。


──が、ギャキィンッ!、と甲高い音を立てて左手に持った剣により容易く受け流されてしまう。



「──チッ!」



其処から更に、右手の剣が無防備となった隙を逃さず攻撃してくる。

直ぐ様間合いから離脱し、大きく距離を取る。



(ええい!、厄介なっ!)



攻守一体の戦い方に対して胸中で愚痴る。

それを口に出さないのは、姉としての意地だろう。

何しろ秋蘭(妹)から“実は昔から揶揄っていた”等と言われてしまうとな。

絶対に敗けられない理由が増えてしまうではないか。

姉としての立場的にもだ。


それはそれとして。

秋蘭の二刀流は厄介だ。

最初は一本だけだった。

通常の剣の規格と比べて、少しだけ長い自分の愛剣。

対して、秋蘭の剣は通常の規格よりも逆に短い。

両方を比べた上に、互いの戦い方の特徴を考えると、秋蘭は弓を主体とするから短いのだと思っていた。


しかし、闘いが進んで行き二本目を抜いてから初めて間違っていた事に気付く。

その一対の剣は、二刀流を前提にしているのだと。


元々、器用な秋蘭だ。

これ程まで見事に剣を使い熟していても私からすれば何も可笑しくはない。

私は不器用だから剣以外は差が大きいがな。

特に弓に関しては。

苦手だと言える。

そういう意味では、秋蘭が羨ましくもある。


自分の様に一撃必殺を主に置いた“剛剣”ではない。

攻撃と防御を二剣を用いて臨機応変に行う戦い方。

攻め勝つ自分とは真逆。

受け崩し、隙を突く。

謂わば、“後の先”を特に重視した戦い方と言える。

“柔剣”と言えよう。


だが、決して受け身だけに終始する事は無い。



「──甘いぞ、姉者!」


「──させるか!」



一旦距離を取ろうとすれば“逃がさん!”とばかりに秋蘭は詰めて来る。

勿論、常にではない。

此方等が誘っている時には距離を置いたままであり、間を置いて冷静になろうと考えたりしている場合には必ず詰めて攻めて来る。

“読み合い”という点では秋蘭の方が昔から上手。

普通に考えても自分よりも優れていると言える。

其処に加え、双子で姉妹。

更に、自分は前衛で秋蘭は後衛という形が長く身体に染み付いている。

互いの呼吸を感じ合わせる事は容易い。

しかし、それ以上に秋蘭は私の動き等を私以上に深く理解している。

当然と言えば当然だ。

後衛に居て、長く私を見て合わせていたのだ。

ある意味では私以上に私を知っていると言える。


そんな秋蘭を相手にすると安易な誘いや騙しでは全く通用しない。

必然的に全力で闘る以外に選択肢は無くなる。

彼是考えずに済む、という点では楽なのだが。

攻め切れないのが現状だ。




私達の得物の選択。

それは直感に由る物だ。

私が前衛(剣)を選んだ事で後衛(弓)を選んだのだが、妥協した訳ではない。

秋蘭自身、弓に惹かれての選択だったからな。

その辺りに負い目は無い。

ただ、必然的に役割分担が出来てしまっていた。

私は剣であり、楯。

敵を倒し、敵から守る。

秋蘭は私を援護しながらも敵を観察し、射抜く。

そういう形が、幼い頃から築き上げられていた。


そんな秋蘭が敵に回る。

想像した事が無かった。

“黄巾の乱”の最中だ。

久し振りに再会した時には“宣戦布告”されたが。

それは勝負としての意味が強かったと思う。

勿論、闘るからには本気で相手をするのだが。

試合と死合い。

その差は有ったと思う。

…まあ、秋蘭と本気で闘う事自体に関しては、私自身素直に望んでいたがな。


そんな事を思考の片隅にて思いながら、どうにかして秋蘭から距離を取った。

一旦足を止め、小休止。

体勢と呼吸を整える。

視線は秋蘭から外さない。

外してはならない。

その一瞬が、命取りになる可能性は高いのだから。

何気無く、右手の袖口にて顔を拭った。

その瞬間、重くなった事で自分が思っていた以上に、汗を掻いていると気付く。

それは劣勢を意味しているという事実にも。


しかし、悪い気はしない。

寧ろ、面白い。

とても、燃えてくる。

姉妹で競う、という事自体随分と久しいのだ。

それこそ本気で競ったのは何時だったか。

それを思い出そうとしても直ぐには思い出せない位に遠く、懐かしい。

故に童心に返ったかの様に好奇心が胸を躍らせる。


何故、そう為ったのか。

簡単に言えば、慣れだ。

前衛後衛という形は武術を習い始めるよりも前から、私達の間には有った。

其処まで明確ではないが。

私が前を走り、妹(秋蘭)の手を握って引っ張り。

姉(私)の後ろを追い掛け、遣ってくる。

それは兄弟姉妹の姿として有り触れた光景。

同い年でなくとも歳の近い子供達が複数人集まれば、同じ様な光景にも為る。

二人、居れば。

其処に違いは生まれる。

生まれて当然だ。

私は私、秋蘭は秋蘭。

如何に双子で、姉妹でも。

私達は別人なのだから。

違っていて当然だ。

だからこそ、生まれる。

各々の立ち位置や役割が。


私達の場合は単純な構図。

それが続いていた。

ただそれだけの事だ。

普通であれば、成長と共に各々に進む道が分かれる。

其処で関係は終わる。

だが、私達は双子だった為普通よりも長い間、関係が続いていたのだ。

だから、気付けない。

こうして、決定的な別離を前にしなくては。



(…まあ、秋蘭の方が先に気付いたみたいだがな…)



前を向き、先を見詰めて、我武者等に真っ直ぐに走り続けていた自分よりも。




その事で、姉が、妹が、と言うつもりはない。

それは結果的に、だ。

可能性を言えば逆の場合、互いに気付いている場合、互いに気付いていない場合だって有り得たのだ。

気にしても仕方が無い。


そんな事よりもだ。

今は目の前の闘いの方が、遥かに重要だ。

此処で秋蘭に勝たなくては私は己の役目を果たせずに終わってしまうのだ。

それは受け入れられない。

如何に大事な妹で有っても譲れないのだ。

此処での勝利はな。



(だが、これは予想外だ

まさか、秋蘭の剣の技量が此処までとはな…)



正直、秋蘭を侮っていた。

いや、当然だと言えよう。

私は鍛練の殆んどを剣へと費やしていたのだ。

秋蘭も同様に弓に殆んどの時を費やしていた。

少なくとも、別れるまでは間違い無い事だ。

その中で言えば、私よりは秋蘭の方が他の事に対して時を割いていたのも確か。

それを考えれば、多様さは秋蘭の方が上だろう。

だが、それは手札を増やす事には為るが、手札自体を強くしている訳ではない。

“全く効果が無い”等とは私も言いはしないが。

費やした時が違うのだ。

そう簡単に追い付かれる程私は弱いつもりはない。


勿論、秋蘭には剣の才器も備わっており、それが私と別れた後、曹操の下に身を寄せた事で開花した。

そういう可能性は有る。

それに、剣質の違い。

これは相性の様な物だ。

得手不得手・有利不利。

そういった事も有り得る。

だから、一概には断定する事は出来無い。


ただ、強さは本物だ。

それだけは間違い無い。



(…弓を使っていても私を簡単に近付けさせなかった秋蘭だからな…

得物が二剣に変わった所で経験や技が失われるという訳ではないしな…)



間合いの取り方や、戦闘の運び方は本当に上手い。

突進し、接近し、打ち倒す自分とは違う。

勿論、そうする為に必要な駆け引きは私も遣るが。

根本的に質が違うのだ。

同じ事をしても、秋蘭には勝てる気がしない。

勝つ為には自分らしく。

自分にしか出来無い事を。

自分だけが出来る事を。

遣るしかないだろう。

…問題は、それが何かだ。

正直言って、見えて来ない状況だったりする。


そんな事を考えていると、秋蘭が溜め息を吐いた。



「…姉者らしくないな?

私を前に臆したか?」


「むっ…生意気な…

誰が誰に臆している!

私は少々この後の攻め方を考えていただけだ!」


「…其処が、らしくないと言っている

大体、昔から姉者が戦闘で考えながら遣っていた事が何れだけ有った?」


「なっ!?、失礼なっ!

私とて、考えて遣っていた事は何度でも──」



──と其処で詰まる。

思い出そうとしても脳裏に浮かんで来ないからだ。

いや、無い訳ではない。

ただ、覚えていないだけで考えた事は有る筈だ。

そう、無い訳ではない。



「……………何度でも?」


「………な、何度も必要な事ではない!」





誤魔化す様に怒鳴る。

──が、相手は秋蘭だ。

誤魔化せる訳が無い。

心中を見透かす様に冷たい眼差しが向けられる。

…と言うか、呆れていると言うべきだな。

悔しいが、今は否定出来る自信が無い。



「…はぁ…いいか、姉者?

私とて姉者が何も考えずに突進ばかりしている猪とは思っては…いないぞ」


「今っ、間が有ったぞ!

今の間は何だっ?!

そう思っていたのかっ?!」


「いや、思ってはいない…が、自分で言いながら全く否定は出来無い事に気付き逡巡しただけだ

別に他意は無い」


「寧ろ有るべきだろっ?!

主に私への尊敬とかっ!

姉に対する畏敬とかっ!」


「済まん、最近耳が遠くて聞こえ難くてな…」


「そんな歳かっ!」


「冗談だ、半分位は」


「半分位は本気なのか!」



呼吸を整える筈が。

何故か、息切れをしている自分が此処に居る。

落ち着く筈が。

何故か、無意味に熱くなり苛立っている自分が居る。


それもこれも全て秋蘭との会話が原因で、だ。



(…くっ…秋蘭めっ…

姑息な真似を…

こんな手で私の呼吸を乱し自分へと流れを呼び込もうというつもりとは…)


「そんなつもりはない

姉者の呼吸を乱させるなら攻め続けている

それから流れを呼び込むのであれば、もっと良い形で仕掛けている

故に、単なる会話だ

それは姉者の被害妄想だ」


「何故解ったっ?!

と言うか解り過ぎだろっ?!

可笑しいだろっ!」


「…全く…姉者よ

私が何年、姉者の妹として生きていると思う?

何れだけの間、姉者の事を見ていたと思う?

この程度の読みであれば、私には造作も無い

他ならぬ姉者の事だからな

姉者より解る自信が有る」


「…そ、そうか…」



真顔で言われてしまうと、何故だか照れ臭いな。

まあ、悪い気はしないが。

………いや待て、やっぱり可笑しいだろ。

絶対に可笑しいだろ。




“揶揄われている”と。

気付いたから睨み返す。


すると、フッ…と、秋蘭は小さく笑って見せる。

間違い無かった様だ。



「まあ、揶揄っていた事は謝るつもりはないが…」


「無いのか!」


「姉者は何処を目指す?

今の居る場所で満足か?」


「──っ!」



無視された事は腹が立つが秋蘭の問いの方が優先され私の意識は切り替わる。

先程までとは全く違う。

真剣で、真面目な雰囲気が私達を中心に広がる。



「私は更に上を目指す

私の望みは今居る場所では到底叶わぬからな…」



秋蘭の言う“望み”が何か私には解らない。

同じ双子で、姉妹なのに。

ただ、それが秋蘭の本心で事実なんだと。

それだけは理解出来る。



「その為にも、姉者…

いや、“夏侯元譲”よ

私は此処で貴殿を超える

超えて、先へと進む」


「────」



初めて秋蘭が口にした名に思わず思考が止まる。

しかし、即座に我に返る。

秋蘭の眼差しが、闘志が、私を見据えている。

私に問い掛けている。

“さあ、どうする?”と。


答えは決まっている。

考えるまでもない。

最初から答えは私の心中で燃えているのだから。



「秋蘭…いや、夏侯妙才!

貴様に“望み”が有る様に私にも譲れぬ物が有る!

故に勝利(路)を譲る事など出来はしない!」


「…ならば、答えは一つ」


「ああ、一つだけだ…」


『進むべき路は己が刃にて切り開くのみっ!』



姉妹として、ではない。

一人の武人として。

一人の人、女として。

秋蘭、私はお前を倒す。

先へ進む為に。



──side out。



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