表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋姫三國史  作者: 桜惡夢
713/915

       参拾参


弓使い同士による勝負。

字面から考えると、普通は射的勝負という様な印象が強いでしょうね。

私自身も勝負するとなれば真っ先に思い浮かべるのはそういう方法ですから。


ですが、それは勝負という試合に近い不殺の場合。

或いは、純粋に弓の技量を競うだけの場合の話。

実戦──死合いとなれば、それは異なります。

立ち止まって狙いを定めて相手(標的)を射抜く。

或いは、物陰に潜みながら同様に仕留める。

──というのは、飽く迄も後衛に居る場合の話。

今の様に一対一の状況では先ず遣らない事です。


これが山や森林の中なら、まだ有り得ますが。

此処は平野でもなく岩肌に覆われた山岳地帯です。

近くの岩陰に隠れる程度は出来ても潜む事は至難。

何しろ、お互いに一旦視認した相手を見失う様な事は有り得ませんからね。

弓士にとっては特に視力は死活問題ですので。

高みに居る者が相手ならば尚更に難易度は増します。

…まあ、氣を使えば十分に可能では有りますが。

それは今は出来ませんから考えには入りません。

──と言うよりも、此処で使うつもりは有りません。

純粋に、技量だけで闘って勝ちたいので。

彼女との闘いに於いては。


さて、そんな私達の闘いはどの様な物なのか。

実は、他の武器を扱うより遥かに運動量が要ります。

剣や槍、自身の肉体による格闘であっても少なからず“鍔迫り合い”が有るのに対して弓では、その状況が生まれません。

勿論、先の様に剣を使えば戦いの中でも起きますが、弓では有りませんから。

氣を扱う者同士であるなら弓を使っての鍔迫り合いも起きるのですけど。

彼女は違いますからね。


鍔迫り合いが無い。

それは押し合う様な場面は勿論なのですが、何よりも“止まる事”が少なくなるという特徴が有ります。

全く止まらない、といった事は有りませんが。

基本的に、止まれば相手に狙い撃ちにされます。

私達ならば相手の矢に対し矢を射り、撃ち墜とす事は可能性ですが。

当然ながら、矢には限りが有りますからね。

無駄には出来ません。

矢の予備が大量に有って、補給役が居るのであれば、可能でしょうけど。

その場合には、先ず相手の補給を断ちに行きます。

使う矢も無料(タダ)という訳では有りませんから。

矢の消耗品という特性上、どうしても他の武器よりも運用経費が嵩みます。

ですから、弓隊というのは慎重に運用をされますし、鹵獲品でも優先順位は常に上位だったりします。

事後処理の際にも、回収を行う位ですからね。


そういった事情も有って、一対一となれば、動き回り相手の挙動を見逃さずに、一矢、一矢を射る。

それは宛ら、盤上を俯瞰し詰めてゆく。

それに近いですね。


そういう意味では、直接に打付かり合える他の武器は楽に思えますよ。

集中力──精神的な疲労の度合いが違うので。

ですが、其処が魅力なのも確かですけど。




そんな訳で、私達は地形を利用しながら移動し続け、お互いに仕掛け合います。


私の進行方向に大きな岩が立ち塞がる様に追い込み、進路変更の為に私の動きが変わる瞬間を狙い、黄蓋は矢を射ってきます。


それに対して足の裏を使い乾いた地面を利用して滑り身体を敢えて真後ろへ向け反転させながら弓を持った左手を振り抜く。



「──哈っ!」


「──チィッ!」



放たれた矢を弓を使って、打ち逸らして躱す。

そのまま右手に持っている矢を番えて、反撃。

──が、其処は彼女も甘い筈が無く。

あっさりと躱してみせる。


私の反応を見て舌打ちした黄蓋だけれど、表情からは悔し気な感じはしない。

寧ろ、嬉しそうに見える。



(…まあ、そうなる貴女の気持ちは判りますけどね)



はっきり言って、望んでも実現しないのですから。

高い域に有る弓使い同士の一対一の闘いというのは。

本当に、稀である。

私個人に関して言うのなら恵まれていますが。

雷華様は勿論、華琳様も、秋蘭・桔梗も居ます。

経験の数という意味では、此方は黄蓋よりも圧倒的に多いと言えますので。


ですが、これが普通だと、皆無に等しくなります。

官軍の質が悪かった事は、本当に今更ですが。

“弓に長けている”という評判であっても、基本的に“止まって、狙い撃つ”が上手いというだけ。

私達の様に、動きながらの射撃が高い精度で可能では有りません。

ですから、そういった者と一対一をした場合には必ず的当て(試合)に為ります。

闘いには為りません。


それは仕方が無い事です。

弓隊自体も、遠距離で構え一斉射撃を行う。

それが普通なのですから。

宅の様に、機動力を求める高度な訓練はしません。

…理由の一端に経費面での問題が有りますからね。

余程潤沢な資金が無くては精強且つ機動力の有る隊は作り上げられません。


因みにですが、宅の場合は雷華様が居られますから。

色々と常識外れなんです。


そういった理由も有って、この様な状況は想像の域を出る事は難しい訳です。

ですから、今、彼女が懐く歓喜は理解出来ます。

相手が居なくては叶わぬ、限り無く不可能に近い事。

他の武器を扱う武人よりも遥かに出会える確率が低い存在なのですから。

嬉しくない訳が無い。

私が彼女の立場でも同様に歓喜している筈です。


“三弓”と称されながらも互いに矢を交える事無く、その機会も無いままに。

そう思っていただけに。

予期せぬ形での実現。

経緯など関係無い。

お互いに立場や役目も忘れ没頭してしまう。


ただただ相手を倒す為に。

弓士としての極限を求め。

歓喜と高揚に心身を染め。

己が培った技と経験を全て絞り出してゆく。

勿論、勝利する為に。

負ける事など考えず。

勝つ為だけに傾ける。

弓の如く靭やかに。

弦の如く引き絞り。

矢の如く射抜く。

勝利という未来を。




そうは言っても、です。

私達位の力量同士となると弓だけの戦闘という訳にはいかないものです。

勿論、お互いに“縛り”を暗黙の了解とする事は十分可能な訳ですが。

それだけですと決着までに数日を要します。

下手をすれば十日を越える可能性も有るでしょう。

それ程までに弓だけという条件は過酷な訳です。

…面白いんですけどね。

山を丸々一つを戦場として一対一で狩り合う。

一度は遣ってみたい闘いの一つだと言えます。

…あっ、雷華様は無しで、ですからね。

一方的に狩られるのが目に見えていますから。

………まあ、それはそれで有りかもしれませんけど。

いつかは、ですね。

今はまだ、時期尚早です。

恐怖が勝りますから。


…こほんっ、それは兎も角としてです。

弓だけでは埒が開かない為剣と体術──そして私達の周囲に有る物を駆使して、崩しに掛かる訳です。

ええ、勿論、仕留めるのは弓──矢ですよ。

其処は譲れません。

私達は弓士ですからね。

他の相手であれば兎も角、お互いに望んでいた相手を前にして“結果が全て”は有り得ませんから。

決め手は弓士として矢で。

射抜かなくては。



(…その為にも重要なのが矢の使い方ですが…

やはり、巧みですね…)



素直に感心してしまう。

それ程に、彼女の闘い方は上手いと言えます。

実戦経験の量では私よりも彼女の方が上でしょう。

質に関しては、私が上だと言い切れます。

…雷華様ですからね。


現在、彼女が所持している箙の数は二つ。

各々に入っている矢は数も種類も異なっている。

それは私達位になると当然だったりします。


先ず、一つ目は鉄製の鏃の付いている飛距離・威力・精度の高い矢。

鉄鏃を使用する分、製造に手間もお金も掛かります。

ですから、此方は仕留める自信が有る時に用いる事が殆んどだと言えます。

また、毒等を仕込む場合も貫通力が重要な訳ですから使用されますね。


もう一つは箆の先を削って尖らせているだけの矢。

木鏃と呼ばれる物です。

“木”とは言っても木製に限られてはいません。

竹製の物も多いです。

…まあ、それを言い出すと鉄鏃も鉄製だとは限らない訳なのですが。

其処は突っ込まないのが、大人の暗黙の了解です。

此方は製造が比較的簡単な事も有って、大体が弓隊で用いるのは此方。

弓隊に必要なのは威力より数ですからね。

尤も、宅では部隊の全員が両方を所持しますが。

これは非常に珍しい事で、普通では有りません。

何故なら、弓部隊の全員が有効活用出来る実力が有る訳では有りませんからね。

…まあ、兎に角使わせて、物量で確率を上げるという荒業も有りますが。

その為に必要となる経費を考えると剣や槍を製造して持たせた方が単純な兵力は上がりますから。

遣らない訳です。

宅は、練度が違いますから出来るというだけです。




──といった感じで、主に二種が矢には有ります。

火矢等、中には特殊な物も有りますが省きます。

アレは兵器扱いですので。

武の範疇には入りません。

と言うか、入れません。

入れたく有りません。


…それは兎も角として。

箙の大きさが同じ場合には鉄鏃の方が場所を取る為、必然的に所持出来る数量は減ってしまいます。

また、目一杯に詰め込めば当然ながら引き抜き番える一連の動作に影響します。

その為、余裕を持たせる事が普通です。

それらを加味して見ると、大凡の矢の残量を計る事は可能だったりします。



(…あの箙の大きさなら…大体、三十位かしら…)



鉄鏃で、ですが。

木鏃の方は五十は入る筈。

最初の狙撃で鉄鏃を八本、以後の交戦で木鏃は十本は使っていますから。

残りは鉄鏃二十、木鏃四十という辺りが最大数。


対する此方も似た様な物。

曹魏の正式な矢ではなく、一般的な形に合わせている造りの矢を今回は使用。

その為、箙に入る数量での違いは殆んど有りません。

ただ、今の所は、私の方が数量的には有利です。

狙撃と撃墜に使用したのは予備の矢でしたからね。

私の方は交戦に入ってから使用した木鏃の分だけ。

…まあ、そうは言っても、鉄鏃が多い点は、ですが。



(…予想してはいましたが短期決着は大変ですね…)



結様の銃という武器の様な戦い方は弓矢では困難。

と言いますか、アレが世に普及した場合は戦闘方法は一変するでしょう。

間違い無く。


ただ、その分、武の精神や人としての心や覚悟という部分は失われるでしょう。

アレもまた、兵器です。

武器では有りません。

武器には為り得ません。

余程、強靭な意志力を持つ者でなければ無理です。

呑まれて終わりです。

安易に得られ、振るう事が出来る“暴力”ですから。



──side out



 黄蓋side──


曾ては、その将来を期待し想像を膨らませた。

そのまま成長したのなら、何処まで至るのか。

“己の立つ所(此処)”まで上り詰められるのか。

出来る事ならば、是非ともそう成って貰いたい。

そして──予てより懐く、我が渇望(望み)を叶えよ。

そう思っていた。


しかし、ある時を境にし、その願いは封じた。

…否、忘れてしまった。


そう、あの日──文台様が逝かれた、あの日に。

儂は己の願いを捨てた。



(…いや、そうではないな

捨てたのではない…

儂は…願いを変えたのだ)



“孫家を未来へ繋ぐ”と。

文台様の思い描いた理想を実現する為に。

己は全てを孫家に捧げて、支えて行くのだと。

そう、誓ったのだ。


だが、可笑しな物で。

その孫家の未来を担う筈の策殿の案により迎え入れた祐哉によって、儂は自分が“女”であるという事を、再認識させられた。

同時に懐かされた。

忠臣でも、武人でもない。

只の女としての未来を。

その幸せを願う心を。


それ自体に後悔は無い。

多少、戸惑いはするが別に悪い気はせんからのぅ。

策殿の言う様に、儂もまた血を繋ぎ、残して行かねば為らぬのだから。

それは理解しておる。


だが、加えて、これじゃ。

忘却の彼方に消えた筈の、武人としての渇望。

それが、目の前に有る。



(…これは貴女の言葉なのですかな?)



“思い出しなさい”と。

“諦めるな、馬鹿者”と。

そう言われている様に。

今、自分に与えられるのは奇跡と言うべき状況。

奇跡としか言えない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ