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恋姫三國史  作者: 桜惡夢
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       参拾弐


自業自得とは言え、だ。

遣られっぱなしのままでは終われない。

羞恥心から逃げるだけなら戦闘を始めてしまえば済む事なのだが。

それでは面白くない。

一方に遣られて終わるなど納得出来る訳が無い。

“子供みたい”だと言われ思われてもだ。


何か、遣り返さなくては。

気が済まない。



「そう言う、お主の方こそどうなんじゃ?

男っ気が無い者の言動には見えぬが?

まさか、生娘、という事は有るまい?」



敢えて挑発的様な言い方で話し掛ける。

一度、はぐらかされている事だけに此方が下手に出たとしても喋るとは思えない以上は無駄な事。

ならば、挑発的に行く方が感情を揺さ振れる可能性は高いと言える。

…自分が実証したしのぅ。


抑、今のままでは黄忠から何も訊き出せないままで、戦闘を始める事になる方が可能性としては高い。

量・質の問題ではない。

単純に有無が重要。

それが取るに足らない様な事でも構わぬ。

…いや、出来れば、根掘り葉掘り、じっくりと。

訊きたい所では有るがな。

そんな贅沢は言わんよ。



「…懲りませんね

まあ、別に強固に秘匿する事では有りませんが…

特に話す必要も無い様にも思いますけど…」



呆れる様に溜め息を吐く。

しかし、頑なに口を閉じる様な雰囲気は無い。

寧ろ、此方の出方次第では話す可能性も感じる。

当然、見逃す理由は無い。



「話しても構わんのなら、言えばいいじゃろう?

別に男が聞いておる訳でもないのじゃからな」



“儂だけが恥ずかしいのは不公平ではないか…”と。

つい、言いそうになる。

勿論、言いはしないが。

視線には、たっぷりと込め“これでもか!”と言わんばかりに打付けてやる。


そんな儂に対して黄忠から“自業自得なのですから、責任転嫁しないで下さい”という感じで睨み返され、目を逸らしそうになる。

祐哉の言う、“逆ギレ”と言う感じなのか。

或いは、八つ当たりか。

自覚が有るだけに気不味い事なのは間違い無い。


例え相手が敵だとしても。

一応、既知の間柄。

しかも、自分が武人として認めており、将来を期待し楽しみにしていた者だ。

気に為らない訳が無い。



「…はぁ…やはり、憧憬は憧憬のままにしておくのが一番の様ですね…」


「むぅ…言い返せんが…

所詮、憧憬は他人(自分)の主観に過ぎんからのぅ

実際の、その者の在り方が必ずしも自分の懐いておる憧憬通りであるとは限らん

寧ろ、そうではない場合の方が多いじゃろうな」


「…他人事みたいに…」


「事実、他人事じゃよ」



批難する様に睨む黄忠。

それに動じずに返す。

黄忠の気持ちは理解出来ん訳ではない。

儂にも覚えが有るしのぅ。

ただ、それは所詮、当事者自身の問題でしかない。

勝手な偶像を押し付けられ失望されたりしても此方は迷惑なだけじゃからな。

まあ、ややこしい話なのは確かじゃがな。




小さく息を吐く黄忠。

それを見て、諦めを含んだ様に感じるのは…儂だけの錯覚ではない筈。



「…まあ、私も生娘だとは言いませんよ

これでも“人妻”ですから相応な経験は有ります」


「…結婚しとったのか」


「抑、公表する様な事でも有りませんからね

私も貴女も、お互いの立場を考えれば公にするだけで色々と“面倒事”が増える事は判るのでは?」


「……確かにのぅ」



言われみれば、当然か。

黄忠が何時から曹魏に──曹操の下に仕えておるかは判らぬ事ではあるが。


決して、曹魏とて最初から今の様に磐石な状態という訳ではなかった。

曹操とて、数年前は有力な諸侯の一人に過ぎなかった訳じゃからな。

その当時からの積み重ねた基盤が有るにしても。

それが真価を発揮する様に為ったのは泱州の新設から始まる曹操の、曹魏の躍進有っての事。

つまり、それを活かすにも相応の地位や領地を要するという事。


ならば、それが整わぬ内は内部に“不安要素(火種)”を抱える真似はしない。

避けて当然と言えよう。

将師の結婚、子の誕生。

それ自体は目出度い事でも付け入る隙にも繋がる。

或いは、弱み、じゃな。



(…そうか、成る程のぅ

何故に、曹操の結婚だけが公表されておったのか…

曹操の最大の弱みとして、夫・曹純を表舞台に上げて注目を集めさせておれば、将師への注意は薄れる

しかも、曹純は文官寄りの平民の出自じゃとか…)



その真偽は定かではない。

だが、噂や人物評を聞いた限りでは容易く付け入れる気がしてしまう。

そういう風に思わせる為に意図的に流された事。

そう考えると納得出来る。


曹操夫妻は自らに目が向く様に仕向け、臣民を守り、その間に地盤を固めた。

先を、先を見据え。

先に、先に手を打って。

何処までも慎重に。

油断も隙も無いままに。



「…恐ろしい、夫妻よな」


「ええ、とても素晴らしい方々です」



誰が、という必要は無い。

それ故に、黄忠も理解して自身の気持ちを口にする。


心の底から、畏怖する。

同時に、尊敬する。

あれだけ驚異的な武勇伝を逸話を世に残しながら。

その考えは一貫している。

“全ては曹魏の民の為に”という意志の下に。

国が、民が、誰もが。

曹操の意志の下に。

一つと為っている。


それが、曹魏なのだと。

こうして直に対してみて、肌で感じてみて。

初めて、真に理解出来る。

曹魏だけは、絶対に。

絶対に敵に回しては為らぬ存在である事を。

そして、今の我等の選択は大きな過ちである事を。

嫌でも理解してしまう。


しかし、避けられぬ事でも有っただろうとも思う。

敵対関係は望まない。

だが、共存する為に我等は自ら示さなくて為らない。

そうする価値が有ると。

故に結果は変わらない。


ただ、その経緯が悪い。

その点だけが過ちだ。



──side out。



 黄忠side──


今回の戦闘に関して言えば私以外は皆、両陣営に縁の深い人物が居ます。

それも、かなり深い関係の人物がです。

そういう意味では、私達の関係というのは一方的な物と言ってもいいでしょう。

私が彼女に懐く想い。

それが有るだけですから。


──とは言うものの。

正直な所を言ってしまえば嬉しかったりします。

同じ“三弓”でも桔梗とは二つしか歳が違わないし、好敵手という面が強いので昔から彼我の上下関係等は無いに等しいです。

しかし、彼女は別です。

当時から、武人としても、家臣としても。

彼女は私の先に居た。


今でこそ、雷華様に出逢い実力的には越えていても。

心の奥には、残っている。

若き日の己が憧憬(残滓)が埋め火の様に。

今も熱を帯び眠っている。


それが、起きてしまう。

目覚めない訳が無い。

今を逃してしまったなら、二度と無いのだから。

手合い──試合ではない。

本気の闘い──死合いは。

今、此処でしか叶わない。

故に、燃え盛る。

強く、激しく、狂おしく、情欲にも似た熱を放ち。

私を染め上げてゆく。


しかし、今が如何に待望の状況とは言え、己が役目を放棄してまで私闘を始める気には為らない。

其処は当然でしょう。

だって、憧憬(過去)よりも恋愛(現在)なのですから。

何方等が上回るか、なんて考えるまでも有りません。

雷華様(現在)に、決まっていますから。


ただ、そういう思いを懐き此処に居るのは私だけではないという事です。

そして、それを汲んだ上で桂花は指示を出します。

本当に、有難い事です。


私は彼女──黄蓋の部隊の殲滅が役目に為ります。

とは言え、私が遣るという訳では有りません。

其処は新兵の皆の仕事。

私は、彼等がより高い質の経験を積める様に、舞台を整える事が仕事。

その一つに黄蓋を部隊から引き離し、一対一の状況に持ち込む事も含まれます。

邪魔をされない様に。


此方の仕掛けへの反応。

判断と行動の早さ。

それは見事でした。

尤も、あの部隊が賊徒等の寄せ集めであるからこそ、守る必要性が無い。

それが早かった理由の一つであるのは確かよね。

兵達を見捨てる様な真似を彼女はしないのだから。


その後も、感心する。

此方を安全に襲撃しようと考えたなら、私の知る中の彼女の力量で可能な位置を想定して待機していた。

方向は正しかった。

しかし、距離は違った。

私の想定よりも長い距離を彼女は取り──思わず私は見事だと思わされた。

その技量の向上と熟達。


久しく忘れていた感覚。

万能な雷華様に対して懐く想いとは違う。

同じ土俵で、追い掛ける。

“挑戦者”の闘志。

燻っていた想いが猛る。

あの頃が甦る。

叶わなかった切望。

それが、時を経て叶う。

歓喜しない訳が無い。




それなのに──これです。


私であると見抜いた事自体には文句は有りません。

寧ろ、かなり早い段階での確信を得た事に対しては、素直に感心しますから。

ですが、そう確信に至った理由が…何ですか?

え?、胸の大きさ?

巫山戯てませんか?

巫山戯てますよね?

そんな理由って…最低では有りませんか!

──と、言いたくなるのも当然だと思います。

口に出さなかっただけでも私は自分を褒めたい。

…まあ、意趣返しの意味も含めて愚痴りながら彼女を揶揄ってみますが。



(…何かしらね、これは…

私や桔梗もそうだったけど歳を重ねてから落ちる恋に弱いのかしら…)



弓士、胸が大きい、という共通点も有りますが。

…胸は関係有りません。

…無い、と…思います。


…ま、まあ、それは兎も角としてです。

恋愛経験が少ないまま歳を重ね、本当の意味で恋愛が如何なる物であるのか。

それを知った時に、生娘の様に初に為ってしまうのは仕方が無いのでしょう。

普段は“歳上”の体で有り仮面を被っていますが。

恋愛に関係しては少女達と大差無いのですし。

寧ろ、色々“余計な事”を考えずに盲目に為れる分、少女達の方が楽でしょう。

…楽な恋愛など、無いとは思いますけど。


そういった理由からか。

愛する殿方の前では簡単に素顔を晒してしまう。

全てを、有りの侭の自分を見せてしまうのは。

経験の無さ、故に。


尤も、黄蓋の恋愛経験等は知りませんけど。

少なくとも、小野寺という孫家の“天の御使い”との関係は察しが付きます。

…他の男性の可能性?

もし、そういった方が元々居たのだとすれば、曹家の情報網に引っ掛かっていた筈ですからね。

近年まで、彼女が独り身で特に縁が無かった事だけは確かだと思います。




そんな黄蓋を見てしまうと私としても何も教えずに、というのは気が引けます。

とは言え、詳しく語る必要なんて有りませんからね。

事実の一部だけを教えて、別の方向に誘導します。

…揶揄っていた際に、つい余計な事を言いましたから後で思い返されない為にも誤魔化してしまわないと。

後々面倒ですから。



「…さて、雑談をする為に私達は此処に居る、という訳では有りませんよね?」


「…まあ、そうじゃな…

細かい理由は兎も角、今の儂等は敵同士の身…

此処で暢気に世間話に花を咲かせてはおれんか…」


「でも、何方等かと言えば咲いていたのは“恋花”の様な気がするけれど…」


「一々言うでないわっ!」



思い出した様に、再び顔を紅潮させる黄蓋。

揶揄われているという自覚も有るのでしょうね。

“もう止めんか!”という抗議を言外に感じます。

…何故でしょうね。

そういう反応をされますと尚更に揶揄いたくなるのは本能なのでしょうか。

…ああいえ、あれですね。

日常的に行われているので染み付いている訳ですか。

宅では私も揶揄われる側に為ってしまいますしね。


…折角ですから、もう少し揶揄いましょうか。

精神攻撃でも今なら黄蓋を倒せる気がしますし。

このままでも良い様な──いいえ、駄目です。

金輪際無い貴重な機会を、揶揄い倒して終わるなんて勿体無さ過ぎます。

何より、それでは私が得る物は少ないですから。

一時の満足に流されては、それは得られません。

更なる高みを目指す為の。

稀少で重要な経験(糧)は。


ただ、最後に一言。

きっと、貴女が思うよりも可愛らしいですよ。

“恋する乙女”の顔をした今の貴女の姿は、ね。




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